Episode 2.2

 ルチャナ砂漠はこの島の面積の大半を占める、大陸でも屈指の広さを誇る砂漠だ。

 その砂漠のど真ん中に簡易テントを張り、略奪品の分け前を配る盗賊団の姿があった。


「げひゃひゃひゃひゃ、アイツらこれっぽっちしか持ってませんでしたよぉ、お頭ァ!!」

「ぎゃっはっはっはっは・・・!!」


 盗賊団の下卑た笑い声が、乾いた風に掻き消される。砂が舞い、慣れていないと歩くのすら大変だ。テントの前に立っていた見張りは、砂埃の向こうから人影が近づいてくるのに気づき、身構えた。

「なんだ? アイツら・・・」


 間合いの一歩手前まで距離を詰め、アルドたちは見張りと対峙した。

「お前らが『堕落の月』か!? 村を襲ったのはお前らだな!!」威勢良く言い放つ。

「だったらどうしたってんだ!? お前らは村人に雇われた用心棒か!? ははっ!! 俺たち相手に歯向かってくるとはいい度胸だな!!」見張りのひとりが怯むことなく捲し立てる。

「応援を呼ぶまでもねぇ!! やっちまえ!!」別の見張りが間髪入れず襲い掛かってきた。


 ガキンッ!!


 迫り来る凶刃をサイラスが刀で受け止める。一瞬睨み合った後、サイラスが吠えた。「刀の錆びとなるでござる!」

 サイラスに続きアルドも剣を構える。


「気を引き締めていこう!」


 アルドが言葉を放ったのとほぼ同時に、リィカが頭上へと飛び上がっていた。「コンバット・モード起動」そう呟いた次の瞬間、自分の身体と変わらぬ程の大きな槌を、睨み合う両軍のど真ん中へと衝き立てる。まるで開戦の合図と言わんばかりの轟音が鳴り響き、辺りに大量の土煙が舞った。


 外の騒がしさになにごとかと、テントの中に居た盗賊たちがわらわらと出てきたが、彼らが事態を把握するより速くエイミの拳が彼らの腹筋へと叩き込まれ、鈍い音と共に屈強な男たちは膝から崩れ落ちた。彼女は瞬く間に三人の盗賊を沈め、早くも次の獲物を捕捉している。ヘレナとフィーネは後方支援に徹し、盤石の体制を敷いていた。

 見張りを含め最初に出てきた十人程の盗賊は見るも無残に倒れていた。後から出てきた残りの盗賊たちは、倒れた同胞を見てようやく自分たちの置かれた状況を理解する。


「やりやがって・・・!!」

 盗賊たちが動揺を隠せずにいると、遅れてひとりの大男が現れた。如何にも盗賊といった風貌、そして言われずとも分かる、この男が『堕落の月』の――

「お頭ァ!!」

「お頭!! すいやせん! こいつら不甲斐なくって」

 子分たちが平謝りしている。間違いなく『堕落の月』の頭だ。


「ガハハッ!! お前ェら、なんて無様な格好晒してやがんだ。みっともねェったらありゃしねえ。そんなガキども相手によォ!! ガハハハハ」男はこの状況をまるで楽しんでいるかのように一笑に付した。

「お前が『堕落の月』のリーダーだな!? 覚悟しろ!! 全員まとめて捕えてやる!!」

「ガハハハ!! 活きのいいガキじゃねぇか!! こりゃあ丁重に相手してやらねぇとな!!」


 相手は今、完全に油断しきっている。討つなら今――アルドがそう思った瞬間、大男の背後から音もなく忍び寄る影――アウイルが、得物を全力で振りかざしていた。


「やった」


 アルドのみならず仲間全員がそう思った次の一瞬、大男は振り返りアウイルの渾身の一撃を受け止めた。


「なにっ!?」


 討ち損じたと分かった瞬間、即座に距離を取る。「よく受け止めたな。今のは完全に捉えてたぜ、お頭さんよぉ」アウイルは落ち着きながらも、苦い笑みを浮かべている。

「ガハハハッ!! こんな砂漠のど真ん中で一箇所に固まってるわきゃねぇだろう。遠くで別部隊に監視させているのさ。そして笛の音で合図を送り、お前の奇襲を知らせてくれていたって訳よ!! お前らには風の音に紛れて分からなかったろうがな! もうすぐ別部隊もここに到着する。一気に形勢逆転だ。ガハハハ!!」

「噂通り悪知恵だけは働くようで。そうやって俺の親父にも深傷を負わせたのかい?」

「親父? さあて、こんなの日常茶飯事だからな。どいつのことかてんで覚えちゃいねぇぜ。ガハハ!!」

「お前が首から下げてる、その大きな赤い石の前の持ち主――と言っても分からないか?」

「なに・・・? ほう、あの男の息子か。こりゃあ面白ェ」

 確かにその大男は、大きな鉱石のような赤い石を首から下げている。


「あの石がどうしたっていうんだ?」アウイルの元へとアルドが駆け寄る。

「あの石はな、元々ザルボーの宝として代々村に受け継がれていたものでな。親父が村を怪物から救ったとかで、その礼にと村長から贈られたものなのさ。それが『堕落の月』に奪われ、今アイツの胸でしくしく泣いてるって訳だ」アウイルは怒りを滲ませながらも、淡々と説明した。

「そうだったのか」アルドも同様に怒りの表情を隠せずにいる。


「なんだ、息子がこの石を取り返しに来たのか? 泣かせるじゃねぇか。俺に勝ったらくれてやるよ! 勝てればの話だけどな! ガハハハ!!」大男は余裕の表情で挑発する。

「それは英雄の証だ。お前みたいな奴が持つには荷が重てぇんだ。俺が軽くしてやるからとっととお縄につけ。ま、今更謝ったって罪の重さは軽くなんねぇけどよ!」


「うおおおおおお!!」


 辺りに怒号が鳴り響く。盗賊団の別部隊が到着し、加勢を始めた。圧倒していたはずが防戦へと転じ、いつの間にかアルドとアウイルは仲間たちと分断され、周囲をぐるりと囲まれてしまった。

「アルドっ!! 大丈夫!?」応戦しながらエイミが声をかけるが、彼女も増援部隊を捌くので手一杯だ。とてもアルドたちを援護しに行ける状況ではなかった。

「ガハハッ!! 楽しいショウの始まりだ。少しは楽しませてくれよな」

 囲まれたアルドとアウイルは背中合わせで盗賊たちとの距離を測っている。

「ここが正念場だな。頼むぜ相棒」アウイルが背中越しに呼び掛けた。

「ああ、最後まで諦めずに戦おう!」


 砂漠の決戦。やがて太陽が頭上高くへと昇る。

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