(8)

「結局さ」

「ん?」

「これって、餌付けが成功しただけな気がするんだけど、そこのところどうなんですかね?」


 夕方、だいぶ日差しも傾いてオレンジ色も濃くなって来てはいたけれど、私たちは未だ神社の境内にいた。というより情景描写するにもほとんど変わってなくて、唯一変わったところと言えば私と藤島が手をつないでいるということだった。


 藤島の顔はまともに見れてない。それはもちろん頬が熱かったからなんだけど、流石にそろそろ顔を拝んでやろうかとも思う。顔の赤さも夕焼けで軽減されるだろうし。


「いや、そんなことはないぞ?」

「そうなの?」

「俺は俺で、お前のことを見てたし」


 え? と今まで目も合わせられなかったことも忘れて顔を上げる。


 藤島と目が合った。


 落ち着いてきたはずの心拍数が急上昇。今日だけで何年分の寿命が縮まったんだろう、まぁ縮まった分は藤島に責任を取ってもらうことにするとして、今はさっきの言葉の真意が聞きたい。ものすごく。寿命なんていくらでもくれてやるくらい意気込みは十分だった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 上から、『それってどういう意味?』『やべっ、失言した』『ねぇ早く説明プリーズ』『どうやって誤魔化すべきかどうしよう』の意。全て視線でのやり取りだった。視線だけで会話できるなんてきゃーもう以心伝心じゃんとか浮ついた心で考える。ぶっちゃけ全部デッドボールでお互いに好き勝手にボールを放っているだけだったけど。


「……とりあえず、帰ろうぜ」

「えー」

「えーじゃない」


 藤島が立ち上がり、つないだ手につられて私も立ち上がる。


「まだ明るいけど、そろそろ暗くなるし。……送るよ」

「あ、うん」


 頷いてしまった。しまった、もう少し一緒にいたかったのにという後悔と、家に着くまで一緒なんだという幸福感でないまぜになる。


 手は離さないまま帰路につく。少し前を歩く藤島の顔は見えないけれど、耳がほのかに赤い気がするのは目の錯覚なんだろうか。


「ほんとはさ」


 こちらを見ずに喋り始める。話す時ぐらい歩幅を合わせて隣を歩いてくれても、と思わなくはないけどなんだか私にとって嬉しい話が聞けそうだからまぁいいやと黙って耳を傾ける。


「本当は、俺から告るつもりだったんだよ」

「なんですと?」


 ちょっとそれは聞き捨てならない。詳しく聞かせろ。気持ちが前のめりになりすぎて体も一緒に前に出た。隣に並んだ藤島はそれでも私の方は見ずにフリーな方の手で頬を掻いた。


「夏休み前までには、まぁ、って思ってたんだけど。なんか里志がうるさくて。あ、里志ってのは……分かるか。クラスメイトだしな。ともかくあいつからせっつかれてタイミングを計ってたんだけど」

「ちょいまちストップ」


 どんな嬉し恥ずかし情報が出てくるかと黙って聞いてたらそんなことよりも気になる点が出てきた。


 まずもってクラスメイトたちはどれだけ私たちにやきもきしていたんだとか、今日の放課後やけにみんな帰るのが早いなと思ったらこれ絶対何かしらの連絡網が回ってたなとか、そもそも私たちって両想いだったのかとか、言いたいことはいろいろあるけどとりあえずまずは。


「告白されてみたかった!」


 これに尽きる。いや、本当に。別に自分から告白したことに後悔はないけれど、それはそれとしてなんで事を急いてしまったのかと若干の後悔。真央のせいだと半分くらい責任転嫁してみつつ、それはそれとして藤島に対して少しの批難を込めてロックオン。もうちっと早く来んかいこのやろー。少しばかり拗ねていると藤島が一言。


「いや、それは、その、いずれ……」


 言葉を切って無言になる藤島。それってどういう意味? と聞くのはなんか違う気がして、私も黙って隣を歩く。


 将来のことなんかわからない。少なくとも私は、今を生きるのに精いっぱいな十七歳の何の変哲もない女子高生だ。つないだ手が汗ばんできて気になってきたりとか、もうすぐ家についてしまうこの寂寥感せきりょうかんだとか、そういうのも思い出とは程遠い今現在のリアルな感情で。


 とりあえず今の私が考えるべきは、夏休みをどう過ごすのか、それとクラスのみんなにどんな顔をして報告をすればいいかということだった。


 あぁ、それとあとは、もう一つ。せっかくだから、これは藤島に聞いてみよう。


 なんて答えるかなぁ、何でもいいとか言ったら殴ってやろうと冗談半分に思いながら、隣を歩く恋人に声をかけた。


「ねぇ、藤島」

「ん?」



「明日は何のお菓子が食べたい?」

 

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