(7)

 坂を上って、目的地にたどり着く。


 いろいろと後が詰まっている気もするけど、ひとまず参拝。


 手を洗って、お金を入れて、二礼二拍手。


 神様、告白するのでちょっとだけ場所借ります。できればその間誰も来ないようにお願いできませんかね。お願いします。あと告白成功するよう見守っといてください。お願いします。まじで。


 最後に一礼して隣を見ると、藤島もちょうど顔を上げたところだった。


 さて、いざ。と意気込んで、備え付けられているベンチに誘導し並んで座る。


 鼓動がうるさい。けどもうここまで来たら後には引けない。というか引いたら今日一日ただ藤島を振り回しただけの変な人になってしまう。変人認定は避けなくちゃだもんなーと心臓を落ち着けながら、鞄の中から包みを取り出す。


「……はい、これ」

「お、さんきゅ」


 受け取ってすぐにラッピングをはがして食べ始める。一枚、口に含んだところで話を切り出す。


「あ、あのさー藤島」

「んー?」

「話がさ、あるんだけど」

「……ん、おう」


 顔を合わせることなく自分の靴先を見ながら静かに深呼吸。なんて言えばいいんだろう、どうすればいいんだろう、なんて考えてる余裕も時間もなくて、けれど言葉が見つからなくてただ無言の時間が過ぎていく。


 伝えるべき言葉は一つだけ。ならばそれを素直に吐き出せばいいのだろう。そんなことができたら苦労はないのだけれど、今はそれをするためにここにいる。


 ちらりと藤島を覗き見る。顔を見るまではいかず、その手元に渡したクッキーが収まっているのが見える。はよ告れや、と初手で食べられることを免れたふてぶてしい顔がまたもや私を覗いている。朝は憎らしかったその顔が、今はなんだか背中を押してくれている気がした。


 頑張れ私。気合を入れろ。あってないような度胸を絞り出せ。


 息を吸って、吐いて、また吸って。いちにのさんで、はいせーの。



「好きです」



 口から出たのは想像以上にシンプルな四文字だった。出してしまえば簡単なものだった。言えたぞ私。えらいぞ私。心臓はバクバクで顔は発火しそうなほどに熱くなっているけれど、それでも私はやり遂げたのだ。


 ……ん、いや、遂げてないな? 告げはしたけど遂げてはないな? て、くらいで止まってやがると藤島の顔を覗き込むとぽかんとした顔でフリーズしていた。そんな表情もかわいいな、じゃなくて返事はどーしたおい。こちとら一世一代の告白をかましたんだぞおい。


「……藤島?」

「…………えっ、あ、お、おう?」

「いや、おう、じゃなくて」

「あ、あぁ、そうだな、うん」


 返事をしながらも藤島の目はあっちへこっちへ右往左往に上下運動まで加わって大忙しだった。


「なんでそんなにきょどる?」

「いや、えっと」


 藤島は軽く顔を伏せて口元を手で押さえながら


「二宮から告白されるとか、ちょっと、想定外だったもんで」

「は?」


 想定外ってどういうこと、とよく見ると耳も赤くなってるし、うっわかわいいわこの人。語彙力溶けそう。というか溶けた。


 いや溶けてる場合じゃないな。ちょっと気になる言い回しだったけど、とりあえず。


「ねぇ藤島」

「ぉおう、なんだ?」

「返事は?」


 げふっ、と咳きこむ音が聞こえた。


「へ、返事と言われても」

「あ、そっか」


 さっきは好きとしか言わなかったし、返事というかただ聞くだけのものだったのか。なるほどなるほど。


「好きです付き合ってください」


 一回言ってしまえば割りとすんなり言葉が出るようになった。やはり案ずるより産むがやすしということか。いやちょっと違うな。


「返事ははいかイエスでお願いします」

「受け入れること前提なんだな!?」


 そりゃもちろん。こんなの誰も断られたくはないでしょうよ。誰が悲しくて断られる前提で告白しなくちゃならないのか。いやまぁそういうこともあるだろうけど少なくとも今この状況でそれはないと私が断言する。


 とはいえ、まぁ。


「……迷惑なら、その、ノーでも、い、いい、けど」


 いやよくないけど。どうしても、どうしてもというのであれば、それ相応の理由があるのであれば、まぁ、身を引いてやらなくもない。いや嫌だけど。そんなの想像するだけで目に涙が浮かぶくらいに嫌だけど、私は決して藤島の邪魔になりたいわけではないのだ。あ、ほんとに涙出てきた。


「え、ちょっ、な、泣くなよ」

「な、泣いてないしっ」


 目じりに浮かんだ水滴を拭う。そして、困った様子であたふたしてる藤島は睨みつける私の視線に気が付いたのか、片手で頭をガシガシ掻いて大きく深呼吸をした。


「あー、返事、返事な」


 一度視線を下げ、藤島の手の中にあるクッキーに目を向ける。ふてぶてしい猫はもはや私のほうを向いておらず、藤島と見つめあっていた。


 長いような短いような一瞬が過ぎて、今度は私と藤島が見つめあう。真剣な目。ちょっときゅんと来て、少し頬が熱くなる。……赤面しすぎか、私?


「なぁ、二宮」

「は、はいっ」

「……とりあえず、これ食べていい?」


 こけた。実際にはこけてないけど、精神的にはずっこけた。肩透かしが半端じゃない。


「今?」

「しょうがないだろ、お腹が空いたんだよ」


 返事は待たず、ふてぶてしい猫の顔を口の中に放り込む。さらば、君のことは忘れないヨ、と心の中で敬礼をする。そんな私の心情なんか知るはずもなく、藤島はそれを咀嚼し飲み込んだ。


「……やっぱうまいよな、二宮の作るお菓子」

「まぁね。頑張ったし」


 胸を張る。もっと褒めろ、私が喜ぶぞ。


「それってさ……いや、違うか」

「何が?」

「誰のためとかそういうのは関係なくて、多分俺はこれに胃袋つかまれてるんだろうなぁって」

「え?」


 心臓が跳ねる。つまりはそういうことだろうか。嬉しい、とかの前に頭が真っ白になって、だけどその言葉の続きが聞きたくて目でそれを訴える。


「だから、えっと、その」




「俺も好きです。これからよろしくお願いします」

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