(2)

 勝負をかけるとしたら、夏休み突入前までだろうと勝手に思っている。


 そうじゃないときっと藤島と会うことができないだろうし。何の理由もなく男女が校外で会うのは難しいのだ。意味もないような羞恥心が邪魔をする。おのれ思春期。


 このもどかしさも大人になればいい思い出になったりするのだろうか。もしそうだとしても今ここにいるのはただの高校生の私なので遠い記憶になるはずもなく、ただひたすらにもどかしいばかり。どうしようもないなぁと思いながら通学路を歩く。


 目の前をねこみみフードを羽織った女子高生とその同級生であろう男子が歩いている。距離感的にカップルだろうか、非常にうらやましい。小突き小突かれ、それができる間柄になるために私はどれだけ頑張らなければならないのだろうか。考えるだけで気が遠くなりそうだ。


 差し当たっては、昨日作ったマフィン(兄カップルのアドバイスを受け手直し済)を彼に渡すというミッションをこなさねばなるまい。一体いつどこで、と考えたところで肩に衝撃が


「よっ、二宮。……二宮?」

「ふ、ふふふふじ島ぁぁぁ! いいい、いきなりなにしくさるんじゃー!」


 心臓が止まるかと思った。考え事に集中しているときにいきなり外部からのアクションが加わると女子高生としてよろしくない奇声を発してしまいそうになるから本当にやめてほしい。


「いや、見かけたから声かけたんだけど」

「もっと普通に声をかけて!?」

「かけたけど無視されたんだよなぁ」

「まじですか」


 全然気が付かなかった。どれだけ没頭してるんだ私は。ここまでになると危機管理能力が正常かどうか危ぶまれるぞ。


 検査してもきっと恋の病としか言われないだろうけど。でもまあ病には違いないのだから異常があっても仕方がないと自分を納得させる。こんなこっぱずかしいことを考えられるのはきっと夏の暑さのせいだ。脳が溶けてるに違いない。


 ともあれ、ごめんと一言謝りつつ少し先に歩く藤島に追いつく。


 さて、降って湧いたものではあるけれど、これはチャンスなのではあるまいか。学校に着いてから改めて呼び出して、とか、机やロッカーの中にこっそり、なんていうことをしなくても今この場で渡せれば一番スムーズに事を運べる。


 朝から一緒に登校できるし、今日はラッキーだなぁと頬の肉が緩んだのを自覚したところで、今度はどうやって渡せばいいのかという問題に行きついた。


 いきなりお菓子こんなものを渡すのは流れ的におかしいだろう。いや、流れなんてものは自分で作り出すものではあるのだけれどもそういうことではなく、ああでもそういうことなのか。


つまりは、言い訳を考えていないのだ。他人に物をあげるためには、大なり小なり理由というものが必要だ。特に、私のような思春期の人間が手作りのものを渡すという時には。おのれ思春期。またもや私の邪魔をするのか。


 と少しは悩んだものの、そういえば私の趣味は昨日からお菓子作りになったのだということを思い出してすぐに解決した。趣味なら作りすぎたと言ってもかまうまい。


 というわけで早速。


「ねぇ藤島」

「んー?」

「女子の手作りスウィーツに興味はある?」

「ないと言ったら嘘になるな」

「ふぅん」


 鞄の中をごそごそ。するほど物は入っていないので、ぱっと取り出してポイ。


「わ、っと。これなに?」

「女子の手作りスウィーツ」

「……女子って、二宮?」

「そうだけど。何かご不満?」

「いや、別に。対価として何を求められるのか戦々恐々だけど」

「私のことをどういう目で見てるのか、ちょっと小一時間くらい問い詰めてもいい?」

「ちょっとと小一時間が矛盾することにまず気付いてくれ」

「……一時間くらい問い詰めてもいい?」

「訂正した結果長くなったな!?」


 そりゃ長く一緒にいられる方を選ぶに決まってらぁ。こちとら恋する乙女だぞ。恋する乙女が好きな人を一時間も問い詰めるかどうかはさておき。


 好きな人と一緒にいられる時間って、イイヨネ。


「というか、どういう風の吹き回しだよ?」

「ん?」

「二宮がこういうのくれるのって初めてじゃん」

「あー、そうだっけ?」


 やっぱりそういうのは気になるのか。藤島もやっぱり思春期なんだなぁとちょっとほっこりする。いやほっこりしてる場合か。私は藤島の母親じゃなくて同級生だぞ。そしてあわよくばこいびこほんこほん。やっぱり理由の準備は大事だと実感。数分前に考えたこと自体は棚上げすることにした。


「ちょっと作りすぎただけだよ」


 どうだこのサラッと感。何の気もないように聞こえるはずだと思い至ったところで、それじゃだめだと悟る。少しは気を含ませなくては。とはいえ、放ってしまった言葉が私の口に戻ることはない。となれば追加発注するしかないと私は口を回す。


「あ、でも、誰かに食べてもらいたいなーとは思ってたけどね?」


 これでどうだと藤島の顔を窺うも、いぶかしげな表情。だめだ全然信用されてない。確かに嘘を吐いてはいるけれど、ここまで信じてもらえないとは私のことを理解されてると喜ぶべきかそれとも悲しむべきか。ともかくここを切り抜ける言葉を探さねばばば。テンパって回らない頭を必死に回転させてみる。


 下手な嘘は通用しないとたった今進行形で実感中なので嘘ではなくなおかつさらっとしていていい感じに気を持たせることができる言葉は、っていうかいい感じってなんだよ分かるわけないよそんな言葉がすっと出てきたら今から私は小悪魔キャラとしてやっていくよってそういうことでもそれどころでもなくてあああああもうどうにでもなれ! とやけくそになって勢いよく心情を吐露。


「せっかく藤島のために作ってきたんだから! つべこべ言わずに食べなさいな!」

「お、おうっ! ……おう?」

「ん!? なにか!?」

「な、なんでも!?」


 …………うん、これでいいのだ。とりあえず目標は達しているわけだし。投げやりになりすぎて新手のツンデレのようにしか思えないけれどもいいのだ。何か感づかれた気がしたけど思いっきり威圧してなかったことにしたからいいのだ。


 いや、別に今感づかれても良かったのでは? なんて考えがふと頭をよぎったけれども今はちょっと体の左側あたりが騒がしすぎてどうにもこうにもならないし、現在進行形の心の平穏の方が大事だからひとまず良しとしよう。


 そっと一息ついて、そういえば登校する人たちが全然いないなぁと疑問に思ったタイミングで、校舎の方からかすかに予鈴が響いてきた。


 ふーん予鈴かぁとオーバーヒート気味の頭で咀嚼し、理解したところで藤島と目を合わせる。タラリと冷たい汗が頬を流れる錯覚。


「は、走るぞ二宮!」

「お、おーけー!」


 なんかこう、こんなもにょもにょした言葉にしにくい理由で遅刻して、理由を尋ねられようものなら私は三日間くらい再起不能になるだろう。


 ある意味さっきのことよりも精神的ダメージが大きそうな状況を想像し、時よ止まれと心から願いながら藤島を追いかけた。

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