第伍話 【 風紀委員 】

 ホームルームを終え、灰夢は一人で教室を後にし、

 とてつもなく広い校内を、ほのぼの見て回っていた。





「夜宵のやつ、よくもまぁこんなにデケェ学校を作ったもんだな」


 大きなプールに体育館、国立図書館のような大きな図書館から、

 どこかの宗教に属する教会まで、あらゆる分野に長けた校舎内。


 そんな広々とした校内を、灰夢が一人で感心しながら歩く。

 そして、大きな教会の扉を開けると、そのまま中へと入った。


「お〜い、誰かいるかぁ……?」

「…………」

「……居ねぇのか」


 返事のない空間に、灰夢がため息を残して去ろうとする。

 その時だった──


「珍しいですね。こんな時間に、お客さまとは……」

「……ん?」


 そんな少女の言葉を聞いて、灰夢が後ろを振り向くと、

 目隠しをした一人の生徒が、ポツンと一人で佇んでいた。


「……なんだ、居たのか」

「申し訳ありません。少々、気が緩んでおりました……」


 灰夢が入口の扉を閉め、少女が灰夢の方へと歩み寄っていく。


「……お前、ここの生徒か?」

「……はい」

「ここは、何かの宗教でも信仰してるのか?」

「いえ……。ここは、ただの委員会の活動拠点です」

「……委員会?」

「……はい」


 それを聞いて、灰夢が教会の高い天井を目を細くして見上げる。





「ここは【 風紀委員ふうきいいん 】の主な活動拠点なんです。

 凄く簡単に言えば、学校の風紀を守る委員会ですね。


 基本的には、生徒が悪さをしていないか取り締まり、

 悪いことをしているのであれば、ここで矯正します。


 また、私が個人で奉仕部という部を兼任しておりまして、

 来訪者の懺悔や相談事などを、告解室で聞く機会も多い為、

 先生方のご好意で、この教会を提供していただいております」





「……なるほどな」


 少女の話す内容を聞いて、灰夢が納得しながら教会を見回す。


「……風紀委員なんてのがあるのか」

「そうですね。まぁ、それももう、無くなるかもしれませんが……」

「……なくなる?」


 少女の不意の言葉に、唖然とした表情を見せていると、

 少女が思い出したかのように、自分の名前を語り出す。


「申し遅れました。わたくしは、【 天王寺てんのうじ 毬亞まりあ 】と申します……」

「天王寺 毬亞……」

「今は、この学校の高等部三年の生徒です」

「そうか。俺は、不死……。じゃなくて、影無 刄だ……」

「影無先生というと、非常勤講師の方でお間違いないでしょうか?」

「おう、そうだが……。よく知ってたな、担当の学年も違ぇのに……」

「はい。新しい職員や生徒の方は、一応、把握しておりまして……」

「そうなのか。そりゃ、なんとも勤勉な生徒だな」

「いえ、それほどでも……」


 そんな話をしていると、教会の扉がゆっくりと開いた。


「……ん?」

「──あっ!?」


 扉を開けた一人の少女が、慌てて灰夢と毬亞の間に入り込み、

 灰夢との間に距離を開けながら、警戒するように睨みつける。


「──な、何ですかっ!? 毬亞姉さんに、何を……」

「お前は確か、うちのクラスの……」


「落ち着いて、真白……。この人は、大丈夫だから……」

「で、でも……」

「大丈夫、を信じて……」

「……は、はい」


 毬亞は少女に笑みを送り、冷静な対応で落ち着かせると、

 優しく頭を撫でながら、少女のことを灰夢に紹介し始めた。


「この子は【 天羽 真白あまはね ましろ 】、高等部二年の風紀委員です」

「それは知ってる、俺の担当するクラスの生徒だからな」

「とても生真面目なのですが、空振ってしまうことも多く……」

「……みてぇだな」

「あと、少々……。男性が苦手なところがございまして……」

「そうか。まぁ、俺は気にしてねぇから、距離を取りたきゃそうしてくれ」

「ご理解頂き、ありがとうございます」


 真白のことを庇いながら、毬亞が嬉しそうに微笑む。


「改めまして、天羽 真白です。よろしくお願いします……」

「あぁ、よろしく……」


 真白がペコペコしながら、申し訳なさそうに数回頭を下げる。

 そんな真白を慰めながら、灰夢が何事もなく和解していると、

 不意に教会の二階の方から、再び別の少女の声が響き渡った。


「こんな時間に客なんて、めっちゃ珍しいじゃん」

「……ん?」


 灰夢が視線を向けると、ガラの悪いの少女が二階から飛び降りる。


「よっ、と……」

「おうおう、随分とぶっ飛んだ運動神経だな」

「その割には、先生も驚いてないけどね」

「いや、単に感情が表に出ねぇだけだ……」

「ふ〜ん……」


 少女は灰夢に顔を寄せると、ほんの少しだけ小さく微笑んだ。


「まっ、いいや……」

「……?」

「ウチは【 天狼 氷雨てんろう ひさめ 】。風紀委員、しくよろ……」

「お、おう……。意外と多いんだな、この委員会のメンバーは……」


「一応、風紀委員は全員で七人おりまして……」

「……七人? っつぅことは、あと四人も……」


「イエス──。その一人が、この【 天霧 鎖枝あまぎり さえ 】です」

「──っ!?」


 気配のないまま、背後から語りかけた少女の声を聞いて、

 灰夢が慌てて驚きながら、思わず一歩だけ後ろに下がる。


「お前、どこからでてきた……」

「イエス──。自分は、氷雨姉さんと一緒に来ました」

「そうなのか。悪ぃ、全く気づかなかった……」

「大丈夫です。自分の影が薄いのは、いつもの事なので……」

「……そ、そうか」


 機械のような喋り方をする少女に、灰夢が思わず言葉を失くす。

 すると、棗芽の後ろから、さらに二人の幼い少女が姿を見せる。


「ぷーくすくす……」

「……あ?」

「大人のくせに、めっちゃ驚いててウケる。ザーコザーコ……」

「なんだ、コイツ……」


「教師と生徒であんなことこんなことなんて、絶対にダメなんだからっ!」

「……何の話だ?」

「ダメったら、ダメ~っ!」


「おい、毬亞……。また、なんか出てきたぞ……」

「その子たちは、【 天児 莉々亜あまご りりあ 】と【 天ノ川 心春あまのがわ こはる 】です」

「まさか、こいつらも……」

「はい。一応、どちらも風紀委員の仲間でして……」

「いや、風紀なんて守れんのか? こんなメスガキ共に……」


「メスガキって言ったなぁ〜っ! この死んだ魚の目をしたオッサンがっ!」

「非常勤講師に、メスガキプレイ……。ダメ、絶対にダメっ!」


「この子たちは優秀で、飛び級で高校生になっているんです」

「……嘘だろ、コレで?」

「おい、誰が『 コレ 』だっ! このクソ教師っ!」

「はい、コレで……」

「だから……。えっ、毬亞ちゃんっ!?」


 毬亞の予想外の一言に、莉々亜が驚いた表情をしていると、

 教会の入口を彩る大きな扉が、勢いよくガチャッと開いた。



『 ……全員、揃っているかしら? 』



 扉を開けた少女を見て、その場の全員の空気が重くなる。


「……あれが、最後の一人か」


 少女が歩き出し、灰夢の前まで静かに歩み寄ると、

 キッと睨みつけながら、少女は灰夢に問いかけた。


「……あなたは?」

「俺は今日赴任してきた、非常勤講師だ……」

「非常勤講師……。確かに、そんな話もあったか」


 ブツブツ呟く小柄な少女を、灰夢が感慨深そうに見つめる。


「ここの委員会には、飛び級の生徒が多いんだな」

「影無先生……。智乃ちのは、飛び級ではありませんよ」

「……え? だが、こんなに小せぇガキが高校生なわけ……」


 そう言いながら少女に目を向けると、小柄な少女は、

 イライラしたような表情で、顔を真っ赤に染めていた。


「失礼ね、私は立派な高等部三年よっ!」

「……嘘だろ? コレで……?」

「コ、コレ……? この私を、『 コレ 』ですって……?」



( 下手したら、言ノ葉よりも小さいぞ? お前…… )



 怒りに震える少女が、キッと睨みながら声を上げる。


「私は風紀委員長の【 天峰 智乃あまみね ちの 】よ。よく頭に刻んで起きなさい」

「おうおう、随分だな。教師に向かって……」

「アタシは自分が認めた教師以外に、敬語を使うつもりは無いわ」

「……左様ですか」

「そもそも、私は校長先生に呼び出されたのに、あの人はどこに……」

「校長先生って、まさか……」



「その『 まさか 』さ。どうやら、ちょうどいいタイミングみたいだね」



 少女と共に来た和服の女が、子供たちと灰夢を見て微笑む。


「お前もいたのかよ、夜宵……」

「ここでは校長先生と呼びな、影無先生……」

「…………」


 夜宵の立ち振る舞いを見て、灰夢が仕事であることを思い出す。


「この男は、校長先生のお知り合いなんですか?」

「そうさ。まぁ、アタシの昔馴染みってところかね」

「……そ、そうですか」


 夜宵に無理なり納得させられつつも、智乃が灰夢を睨み続ける。


「それで……。その校長先生が、わざわざ足を運んで何の用だ?」

「少し、影無先生に頼みがあってね」

「……頼み?」

「あぁ……」

「お前、今度は俺に何をやらせるつもりだ?」

「何、簡単なことさ……」

「……?」


 夜宵が不敵な笑みを浮かべながら、灰夢に向かって言葉を放つ。



























    『 お前さんには、この委員会の顧問を引き受けてもらう 』



























            「「「 ……は? 」」」




























 そんな夜宵の一言に、灰夢と七人の個性的な女子生徒たちは、

 同時に口を開けたまま、思考を停止させたまま固まっていた。

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