第参話 【 新年度 】

 子供たちの新たな門出を祝うように、桃色の花弁が舞う四月上旬。

 月影に住む子供たちも同じように、春風の吹く道を歩くのだった。





「今日から転校してきました、十六夜 桜夢ですっ! よろしくねっ!」

「おぉ〜っ!!」

「おぉ〜っ!!」

「おぉ〜っ!!」


 サキュバスの色香に釣られるように、教室の男たちが立ち上がる。


「やばっ、可愛すぎんだろ」

「このクラスになれて良かったァ……」

「あの子、彼氏いるのかなぁ……」


 そんな目に余るような光景に、氷麗と言ノ葉は哀れみの目を向けていた。


「……どう思う? 言ノ葉……」

「サキュバスの力ではないと、信じたいのです……」


「ほらほら、静かに……。転校生はもう一人居るんだから……」

「……えっ!?」

「……えっ!?」

「……えっ!?」


 姫乃先生の言葉を聞いて、男子生徒たちが一斉に振り向く。

 そんな静まり返った空気の中、もう一人の生徒が姿を見せる。


「ちゃろ〜っ! ウチ、吸山 鬼沙羅っていうの。みんな、よろ〜っ!」

「おぉ〜っ!!!」

「おぉ〜っ!!!」

「おぉ〜っ!!!」


 鬼沙羅を見た男子生徒たちは、再び歓喜の声を上げ始めた。


「……どう思う? 言ノ葉……」

「なんか、うちの学校が心配になってきました」

「男って、本当に単純……」

「性別での決めつけは良くないですよ。氷麗ちゃん……」


 そんな盛り上がりを見せる教室に、再び姫乃先生の声が響く。


「静粛にっ! 次に、今日から入る非常勤講師の先生をご紹介しますね」

「おいおい、もしかして先生も美人か?」

「ヤバい……。俺、ワクワクが止まらねぇよ……」

「美人巨乳教師、ぐふふっ……」

「影無先かげなし生、お願いします……」


 姫乃先生が廊下に向けて声をかけるも、教室の扉は開かない。


「……あれ? 影無先生、もしかして聞こえて……」

「……姫乃先生、俺はこっちですよ」

「──ひゃあぁぁあぁぁあぁっ!」


 何故か、窓側から響く声に驚きながら、姫乃先生が振り返ると、

 そこには白衣を身に纏う、灰色髪の眼鏡をかけた男が立っていた。


「影無先生、いつの間に……」

「いや、初めから居ましたけど……」


 影の薄い謎の人物の登場に、クラスの子供たちがザワつく。


「あの人、あんな所にいたか?」

「全然、気が付かなかった……」

「影、薄すぎでしょ……」

「ちょっと怖いかも……」


 そんな子供たちの前に立ち、男が黒板に名前を書き出す。


「非常勤講師の影無 刄かげなし じん だ、よろしく頼な」

「…………」

「…………」

「…………」

「おい、何か言えよ……」


 教師の軽い挨拶を、生徒たちは冷めた目で見つめていた。


「チッ、男かよ……」

「なぁ〜んだ、つまんねぇ……」

「期待して損したぁ……」


 嫌悪感を見せる生徒たちを見て、姫乃先生がアワアワと慌て出す。


「えっとぉ……。影無先生には、このクラスの副担任をしてもらいます」

「まっ、縁ちゃんがいるからいっか!」

「そうだな。二人も可愛い転校生いるし……」

「うちのクラスの女子レベル、また上がったな」

「縁ちゃんのクラスになれて、マジでよかったわ」

「も〜、先生を名前で呼ばないの〜っ!」


 プンプンと注意する姫乃先生を、影無先生は白い目で見つめていた。


「影無先生……。すいません、本当に……」

「いえ、構いませんよ」



( むしろ、無駄に興味や関心を持たれても面倒くさいしな )



「影無先生は保健室の管理もしているので、何かあれば相談を……」

「おいおい、男なのに保険の教師とかマジかよ」

「普通にセクハラじゃない? ありえないんだけど……」

「どーせ、下心とかで資格とったんでしょ……」


 そんなことを言いながら、生徒たちが灰夢を嘲笑っていると、

 バコンッという教科書を叩きつけた音が、教室に響き渡った。



























  『 それ以上、失礼なことを言うと。……本気で怒りますよ? 』



























「……え?」

「もしかして、縁ちゃん。……怒ってる?」

「ゆ、縁ちゃん……。ごめん、冗談だって……」


 焦った生徒たちの言い訳を聞いて、姫乃先生がギロッと睨む。


「す、すいません……」

「ごめんなさい、先生……」


「よろしい……。みなさん、仲良くしましょうね」


「縁ちゃんをおちょくるの、もうやめよ……」

「俺も、あんな怖いと思わなかった……」

「陸上ノ死神だァ……」

「でも、そのギャップがまた良い……」


 普通の笑顔に戻った姫乃先生が、灰夢の方に振り向く。


「少しヤンチャな生徒たちですけど、仲良くしてあげてくださいね」

「お、おう……。ど、どうも……」





 姫乃先生の相変わらずのギャップに、ドン引きしながらも、

 灰夢と子供たちの新生活は、いよいよ幕を開けるのだった。

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