第弐話 【 入学 】

 四月、新年度を迎え、桜夢たちが入学を迎える日の前日。

 灰夢は朝早くから、満月の工房でとある準備をしていた。





「なぁ、本当にこれでいくのか? 満月……」

「あぁ……」


 いつもは上げている髪を下げ、メガネをかけている灰夢。

 そんな自分の姿を鏡で見た灰夢が、死んだ魚の目に変わる。


「なんだろうな、この陰キャ感……」

「陰キャなのは、ここにいる全員が同じだろ」

「お前、自分で言ってて悲しくならねぇのか? それ……」

「ならないよ。それに、幻影で化けるよりも安全だからな」

「……そうか?」

「学校には、別組織の奴らが潜伏してるかもしれないんだろ?」

「あぁ……」

「もし、それが本当なら、忌能の力を感知するやつもいるかもしれない」

「なるほど……。確かに、それは一理あるな」

「その『 変装メガネ 』を付ければ、言ノ葉たちでも分からないだろう」

「このメガネ一つでか? どういう仕組みなんだ?」

「お前の目が、なんと優しいタレ目に見えるレンズを搭載している」

「それだけで分からなくなるのは、逆に虚しく感じるが……」

「何を言っているんだ。優しい顔の灰夢なんて、灰夢じゃないだろ」

「ガラクタにしてやろうか、お前……」

「バレないに越したことはない。いいから、オレを信じて行ってこい」

「はぁ……。分かった、ありがとな。満月……」

「……おう」


 灰夢は満月に見送られながら、学校へと向かっていった。



 ☆☆☆



 学校に着いた灰夢は、夜宵の待つ校長室を訪れていた。


「本当に、お前さんなのかい? 灰夢……」

「あぁ……」


 灰夢がメガネを外し、変装していることを明かす。


「まさか、ここまで上手く変装するとはね」

「そんなに分からねぇもんか? これ……」

「当たり前さ。優しい顔のお前さんなんて、お前さんじゃないからね」

「テメェら、揃いも揃って喧嘩売ってんのか?」

「事実を言ったまでさ。ほら、他の職員に紹介してやるから付いてきな」

「チッ──。クソが、覚えておきやがれ……」



 ☆☆☆



 灰夢は職員室へと招かれると、他の職員たちに紹介されていた。


「こちら、影無先生だ。明日から非常勤講師として働いてもらう」

「影無 刄だ、よろしく……」

「無愛想だが、根は悪いやつじゃない。皆、仲良くしてやっておくれ」

「……無愛想で悪かったな」


 夜宵の話を聞いた教師陣が、拍手で灰夢を歓迎する。



 ❖ 回想 ❖



「……俺が教師?」

「あぁ……」

「冗談だろ。校内を調査するだけじゃなかったのか?」

「その通りさ、依頼内容に変わりはない」

「それなら、用務員とかでも十分だろ」

「何か役職があった方が、都合もいいんじゃないかと思ってね」


 夜宵の提案を聞いて、灰夢が面倒くさそうな表情を見せる。


「まさか、学校でも俺にガキの面倒を見ろってんじゃねぇよな?」

「いつもここでしてるんだし、その方が何かと調査もしやすいだろう?」

「教師ともなれば、教科書を読んでるだけの学力じゃ足りねぇだろ」

「お前さんの学力は、十分すぎるくらいに教師の域を超えているよ」

「家で教えるぐらいなら出来るが、現代の教育環境なんて知らねぇぞ」


「それなら、お前さんにもできる保健教師の枠をくれてやるよ」

「……保健教師?」

「あぁ……。簡単に言えば、保健室に来た生徒を面倒見るだけの仕事さ」

「本当に、それだけなんだろうな?」

「あとは、2年A組の副担任も掛け持ちで……」

「おい、ポンポンと役職を増やしてんじゃねぇ……」

「去年入った新人の先生が、まだ担任に慣れてないのか危なっかしくてね」

「2年A組の担任って、面接にもいた言ノ葉たちの担任だろ?」

「あぁ……。お前さんところの子供たちを見守れるし、一石二鳥だろ?」


「一応、俺にも月影の仕事があるんだが……」

「それなら、非常勤講師という扱いにしておくよ」

「保険室の教師は常に必要だろ、俺がいない時は大丈夫なのか?」

「お前さんが居ない時は、鴻先おおとり生に任せておくさ」

「……鴻先生?」

「ほら、あのサキュバス娘が面接に来た時にいただろ?」

「あぁ……。あの、スローモーションで喋る女教師か」

「あの人は、去年まで保険室の管理もしていたからね」

「なら、俺は要らねぇじゃねぇか」

「今年は二年の学年主任も任せるから、負担を軽減させたいのさ」

「だから、俺に出来るだけ保健室を見とけってか?」

「あぁ……。鴻先生は教師の勤めも長いから、困ったときは頼るといい」

「はぁ……。これだから、お前の仕事は受けたくなかったんだ……」

「そう言わないでおくれよ。これも、子供たちの平穏の為だからさ」

「…………」



 ❖ 回想終わり ❖



 夜宵に押されるがままに、灰夢は仕方なく教師を引き受けていた。


「影無先生に色々と教えてあげておくれ、姫乃先生……」

「……あっ、はいっ!」


 夜宵の言葉を聞いた姫乃先生が、アワアワしながらピッと胸を張る。


「明日からは生徒も登校してくる。各自、準備を怠らないように……」

「「「 ──はいっ! 」」」

「よし……。──では、解散ッ!」


 夜宵が朝会の終わりを告げると、教師たちは各々解散し始めた。



( こいつらの中に、アドニスとやらの連中が紛れてたりすんのか? )



 目の前を過ぎ去っていく教師陣を、灰夢が瞬時に記憶していく。


「どうも、影無先生……。体育教師の松岡ですっ!」

「ど、どうも……。影無です……」

「はっはっはっ! そんな元気では、子供たちは付いてきませんぞっ!」

「は、はぁ……」



( なんか、暑苦しいな。こいつ…… )



「これから、よろしくお願いしますね。影無先生っ!」

「……は、はい」


 先頭の体育教師に続くように、他の教師陣も軽い挨拶を交わす。

 そんな中、かなり色白な肌に、フードを被った女教師と目が合う。



( ……ん? この匂い、何処かで…… )



 だが、その教師は止まることなく、灰夢の前を去っていく。

 すると、別の白衣を身に纏う、小さな少女が立ち止まった。


「やぁやぁ、君が新しい非常勤講師くんだね」

「……あ?」


 まるで、子供が白衣を着ているような姿の少女の登場に、

 灰夢が眉をひそめながら、ジーッと少女の顔を見つめる。


「随分と気が早いな、生徒の登校は明日からだぞ」

「──ぬぅおぃっ! ボクは生徒じゃなくて教師だッ!」

「そういう夢を見たのか、よかったな。ほら、早く帰れ……」

「いやいや、少しぐらいは信じる素振りを見せたまえっ!」


 ムッとした顔をしながら、小柄な少女が灰夢の顔を睨む。


「ボクは西園寺さいえんじ 乃愛のあ、これでも立派な生物の教師だぞっ!」

「なるほど、そういう夢を見たのか。いつか、本当になるといいな」

「だぁから、生徒じゃないってっ! 信じてよぉ〜っ!」


 ポカポカ叩かれる灰夢に、姫乃先生がオドオドしながら近づいていく。


「あ、あのぉ……」

「……ん? あぁ、姫乃先生……」

「あっ……。名前、覚えてくださっていたんですね」

「……え? あぁ、そうそう。さっき、やよ……校長に聞きまして……」

「な、なるほど……」



( やべぇ、あまりに自然すぎて、何も考えずに言葉を返しちまった )



 灰夢が平然を装いながら、気を取り直して姫乃先生と言葉を交わす。


「なんでも、自分が担当するのは姫乃先生のクラスだとかなんとか」

「あっ……。そうですね、はい。明日から、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね」

「うぉい、ボクを忘れるんじゃないっ!」


 ひたすらポカポカ叩く白衣の少女を、灰夢が摘むように持ち上げる。


「一人、生徒が紛れていたので……。姫乃先生、頼めますか?」

「……え? あっ、その……。西園寺先生は、生徒では……」

「自分は校長に用があるので……。今日のところは、これで……」

「は、はぁ……」

「では、また明日……」





 灰夢はちびっ子教師を姫乃先生に預けると、二人に背を向け、

 何事も無かったかのように、一人で職員室を後にするのだった。



























「待て、こらぁ〜っ! ボクを子供扱いしたこと、許さないぞ〜っ!」

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