第弐拾弐話【 いつかの約束 】
山に朝日が昇る頃、狼牙は積まれた石の前に座り、
静かに見つめたまま、争いの終わりを感じていた。
「…………」
そんな狼牙の後ろから、一人の女性が歩み寄る。
「……狼牙はん」
「……神楽か」
後ろから響く呼び声に、狼牙は返事をしながら、
出来たばかりの石の墓を、ただ見つめ続けていた。
「なぁ、神楽……」
「……なんや?」
「お前なら、俺を殺せるか?」
「…………」
その言葉を聞いて、神楽が狼牙の素肌に触れるも、
手が光ると同時に、バチッと弾くような音が響き、
狼牙に触れていた神楽の右手が、大きく弾かれた。
「──なっ!?」
「……ダメか」
何かを諦めたかのように、小さく呟く狼牙を見て、
神楽が申し訳なさそうに、自分の手を服の中に隠す。
「狼牙はんは、何者なんや?」
「何者でもねぇよ。ただのバケモノだ……」
「…………」
「俺は人にも狼にもなれない、あぶれ者だ……」
その言葉から目を逸らすように、神楽が墓を見つめる。
「狼牙はんも、わてと同じなんやな」
「…………」
「…………」
「俺らの生まれた意味って、何なんだろうな」
「…………」
「…………」
そう神楽に告げる狼牙は、明け暮れる戦いの中で、
光を失ったかのように、希望の無い瞳をしていた。
「……狼牙はん」
「…………」
狼牙が服の中に手を伸ばし、一つの巻物を取り出す。
「神楽……。これ、何かわかるか?」
「……死術書やな」
「……死術?」
「わてらのような異能の力を、他者の身体に宿す為の術式やったか」
「俺の不死身や、お前の肉体を変化させるやつか」
「せや……」
「世界には、俺らみたいなのが他にもいるんだな」
「やけど、普通の人間では、その力の反動に耐えられへんらしい」
「なるほど……。それで、【 死術 】と呼ばれるわけか」
「使ったら最後、死に至る禁じられた術式。それが、死術や……」
「俺は、そんな代物を使ってたんだな」
「中には直接、命を削る術式も多い。わてでもきっと死ぬやろな」
「…………」
「今も生きてる狼牙はんは、正真正銘のバケモノやと思うで……」
そう語る二人の間を、冷たい風が吹き抜ける。
「……死術ってのは、他にもあるのか?」
「まぁ、風の噂程度やけど、世界各地にあるっちゅう話は聞きはるな」
「……そうなのか」
「術の内容ももちろん、モノも巻物だけやないっちゅう話や……」
「お前は他に、これがどこにあるのか知ってるのか?」
「さすがに、そこまでは分からへんけど……」
「……そうか」
「でも、争いの道具やさかい、
「…………」
狼牙は服の中に巻物をしまうと、その場に立ち上がった。
そして、そのまま歩き出す狼牙を見て、神楽が声をかける。
「……狼牙はん、どこ行くんや?」
狼牙が背を向けたまま足を止め、呼びかけた神楽に言葉を返す。
「しばらくは、その死術ってやつを探してみるさ」
「……それは、何の為や?」
「……んなもん、決まってるだろ」
「…………」
狼牙の言葉に、神楽が言葉を失くしながら静かに佇む。
「刹那もグルドたちも、もうこの世界にはいない」
「…………」
「俺にはもう、生きる理由が何も無い」
「……狼牙はん」
「この不要な命を終わらせる手段を、俺は探しに行く……」
狼牙は背を向けたまま、澄み切った青空を見上げていた。
「そうだ、神楽……」
「……なんや?」
「まだ、お前に言ってなかった……」
「……?」
『 ──俺らを助けに来てくれて、ありがとな 』
その言葉を聞いて、神楽が悲しそうに目を逸らす。
「わては、何もしてやれんかった……」
「別に、皮肉じゃない」
「…………」
「お前は助けに来てくれた、それは事実だ……」
「それは、依頼されたからであって……」
「暗殺者は本来、人前には決して姿を見せない」
「…………」
「そんなお前が、敵陣の真ん中に姿を見せた」
核心を突くような狼牙の言葉に、神楽が言葉を詰まらせる。
「わては、ただ……」
「お前と同じように生きる、俺や刹那を思ってかは知らねぇが……」
「…………」
「お前は自らの意思で、俺らに手を差し伸べてくれた」
「…………」
「その事に、俺は心から感謝してる」
「……狼牙はん」
「だから、せめて……。お前だけでも、幸せになってくれ──」
そう神楽に告げると、狼牙は最後まで振り返らぬまま、
木々の並ぶ長い山道を降りながら、人知れず姿を消した。
五百年後──
春──
とある伝承の地へと、狼の御面を付けた青年が足を運ぶ。
暖かな春の温もりに包まれる、古びた社の縁側に腰掛け、
咲き誇る桜の木を見ながら、青年はお団子を食べていた。
「昔は雪だらけだったのに……。今じゃ、見違えるようだな」
「…………」
「まさか夢幻桜が、山ごと春に変えるとは思わなかった」
「…………」
まるで、そこに誰か居るかのように、一人で語りかけながら、
花弁を舞い散らせる桜の木を、青年が感慨深そうに見つめる。
「ここは、いつでも静かだな。今の俺の居場所とは大違いだ」
「…………」
「この桜吹雪を、お前と一緒に見たかったな」
「…………」
すると、青年の足元に、一匹の小さな狼の子供がやってきた。
「クゥゥ……」
「なんだ、見ない顔だな」
「ヘッヘッヘッヘ……」
「匂いか、なるほどな。この桜餅は食うなよ、喉に詰まるから……」
そういって、小さな子狼を青年が優しく撫でる。
その後ろからは、大きな二匹の狼が顔を覗かせ、
青年に甘える小さな子狼を静かに見つめていた。
「ほら、お迎えだってよ。迷わねぇうちに、自分の住処に帰りな」
「クゥゥ……」
「あぁ、来年な。その時はまた、大きくなった姿を見せてくれ」
「──ワンッ!」
青年に答えるように、小さな狼が精一杯に吠える。
そして、大きな二匹の狼は、青年に頭を下げると、
小さな狼を咥えながら、山の深くへと姿を消した。
「……命ってのは、巡ってるんだな」
「…………」
「あぁいうガキを見ると、うちのチビ共を思い出す」
「…………」
青年が空を見上げながら、嬉しそうに語る。
「言ノ葉はお前によく似て、一生懸命で真っ直ぐなんだ」
「…………」
「氷麗は浴衣を着ると、雪女みてぇな見た目がお前にそっくりでな」
「…………」
「桜夢の天真爛漫なところなんか、お前の馬鹿さ加減がよく似てる」
「…………」
「何かと夢見がちな幽々を見てると、絵本を探してたお前を思い出す」
「…………」
「鬼沙羅を組合から助けた時は、お前を迎えに行った時を思い出した」
「…………」
「ミーアなんか、国の女王さまだとよ。どこぞの誰かさんみたいだな」
「…………」
「そういや、神楽なんか母親みてぇになってたぞ」
「…………」
「その引き連れてるガキ共も、これまた個性が強くてよ」
「…………」
「俺の灰色の人生も、最近は少し色づいてきたのかもしれねぇな」
「…………」
青年は宙を舞う桜の花弁を掴むと、それを静かに見つめていた。
「なぁ、刹那……。俺はまだ、死ぬ事が許されねぇみたいだが……」
「…………」
「いつか、お前のところに会いに行けたら……。その時は──」
「 お前と一緒に、同じ時間を過ごせたらいいな 」
そういうと、青年は右手に持っていた団子の串を、
桜の木にぶら下がる、的の真ん中を狙って投げる。
ド真ん中に突き刺さり、ユラユラと揺れる的には、
既に何百本もの団子の串が、隙間なく刺さってた。
「そろそろ時間か。そんじゃ、また来年だな」
「…………」
「その前に死ねたら、その時は歓迎してくれ」
「…………」
「またな、刹那……。グルドたちのこと、よろしくな……」
「…………」
戦国時代と呼ばれた、遥か昔──
とある地域に、何万もの連合軍を返り討ちにした、
最強の『 忍 』が存在した記録が残されている。
その名も無き忍は、後に【
戦を終えた現代にまで、密かに語り継がれている。
殲忍が隠れ家としていたという、ある山の奥地には、
春をもたらす桜と、使われていない御社が眠っている。
崖を超えた先に建てられ、未だに見つかることなく、
動物たちに見守られている、隠された小さな御社には、
春になると、誰かの訪ねた跡だけが残されているという。
鮮やかな桃色に染った、桜餅と共に──
❀ エピソードゼロ 回想 淡雪の姫と不死の忍 完結 ❀
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