第拾捌話【 憎しみの果てに 】

 シトシトと雨が降り始める中、狼牙と刹那は山頂付近で、

 狼の家族が住む洞窟を見て、目を疑うように固まっていた。





「なんだよ、これ……」

「酷い、こんな……」


 狼たちの住む洞窟は、何かが起爆したかのように壊され、

 崩れ落ちた瓦礫の山となり、洞窟の入口が塞がれている。


 それを見た狼牙は、慌てて瓦礫まで走って駆け寄り、

 入口を塞ぐ瓦礫の山を、一つ一つ必死に退かし始めた。



「レナ、ルル、リド、アレン、リリ、ルナ、ラグ、リア、レイン……」



「……狼牙くん」

「…………」


 家族の名前を呼びながら、必死に瓦礫の山を退かす狼牙を、

 刹那と神楽が心苦しそうに、身体を震わせながら見つめる。

 すると、大きな瓦礫を退かした狼牙が、そのまま固まった。


「…………」


 それを見た刹那が、恐る恐る歩み寄り、狼牙の手元を見つめる。

 すると、そこには生き埋めになっていた、大きな狼が眠っていた。


「嫌、そんな……。なんで、こんな……」

「……グルド」


 狼牙が動かないグルドを抱きしめながら、悔しそうに唇を噛み締める。


「この、バカヤロウ……」

「…………」

「何が、『 お前はお前の救うべき者を救え 』だ……」

「…………」

「こんな姿になって、見る影もねぇじゃねぇか」

「…………」

「何とか言えよ、グルド。いつもみたいに、文句を言ってくれよ」

「…………」

「お前がいなきゃ、誰が俺の狩りに合わせてくれるんだよ。グルド……」

「…………」


 狼牙の両腕に抱えられ、眠ったままのグルドは、

 狼牙の絞り出した言葉に、答えることは無かった。


「……狼牙くん」

「…………」


 刹那の見つめる狼牙の瞳から、一雫の涙が流れる。

 すると、狼牙はグルドを抱えたまま不意に立ち上がり、

 グルドを瓦礫の外に置くと、他の家族たちを探し始めた。


「狼牙くん……。みんなは、もう……」

「まだ、生きてるやつがいるかもしれねぇ……」


 気力の無い声で答えながら、狼牙が瓦礫を退かしていく。


「……狼牙はん」

「…………」

「──狼牙はんッ!!!」


 無視する狼牙の胸ぐらを掴み、神楽がガッと引き寄せる。


「……なんだよ」

「死んだもんは、もう甦らん……」

「だから、まだ生きてるかもって……」

「戯言を……。この有り様で、どこにそんな希望があるんやッ!!!」

「うるせぇよッ!!! お前に、俺たち家族の何がわかるッ!!!」

「狼牙はんの家族のことは、狼牙はんにしか分からん……」

「なら、黙って──」

「せやけど……。命の重みなら、わても痛いほど知っとる」

「…………」


 そう告げる神楽の瞳は、殺し屋としての覚悟を秘めていた。


「わては多くの者を殺してきた。命の儚さは、誰よりも身に染みとる」

「……神楽」

「失ったもんばっか見んと、目の前の命を大事にせや……」

「…………」


 狼牙の瞳が我に返ると、神楽はそっと手を離し、

 それを見ていた刹那が、狼牙の胸へと抱きつく。


「ごめんね、狼牙くん……。ごめんね……」

「お前のせいじゃない。ごめんな、刹那……」

「狼牙くん……」


 そんな二人の慰め合う姿を見て、神楽が微笑む。


「やれやれやなぁ……」

「悪ぃ、また助けられた……」

「ええんや、これくらいは……っ!?」


 その瞬間、神楽と狼牙が背後に迫る気配に気がつく。


「──刹那ッ!」

「──ひゃッ!?」


「──放てぇぇぇッ!!!」

「──あかんッ!」


 大筒から放たれた大きな砲弾を見て、狼牙が刹那を庇い、

 そんな二人を守るように、神楽が迷わず二人の前へと立つ。

 そして、砲弾が命中すると共に、三人を爆発の煙が包み込む。


「──神楽ッ!」

「大丈夫や、致命傷やない」

「お前、腕が……」


 爆発の煙から出てきた神楽は、左腕を根こそぎ失っていた。


「こんな程度で死ぬほど、わてはヤワやないで……」



 ──その言葉と同時に、神楽の腕が再生していく。



「お前も、随分とイカれた身体をしてんだな」

「あれだけ刀で串刺しにされて、無傷の狼牙はんも人のことは言えへんよ」

「はっ、違ぇねぇ……」


 二人は笑みを交わすと、刹那を守るように敵を睨んだ。


「コイツら、どこから出てきやがった……」

「恐らく、万が一に備えて、山に潜伏させてたんやろうな」

「ったく、うじゃうじゃと湧いて出てきやがって……」


 狼牙が怒りを顕にするように、敵の武将をギロッと睨む。


「この、バケモノ共が……」

「もうテメェらの主人は死んだ。これ以上、何を求めて争うっ!」

「……葛兵衛さまが、亡くなられただと?」

「あぁ……。俺が、この手で殺した。他に証拠がいるか?」

「そんな戯言に、我々が踊らされると思っているのか」

「そうかよ。信じねぇなら、テメェも後を追わせてやらァ……」

「無礼な、好き放題に言いおって……。奇襲部隊、構えよッ!!!」


 武将が再び指揮を取り、仲間に大筒を構えさせる。


「……神楽、刹那を頼めるか?」

「分かった……。狼牙はんも、気ぃつけや……」


「……狼牙くん」

「大丈夫だ……。俺はぜってぇ、死なねぇから……」


 そう優しく微笑むと、狼牙は獣のように身構えた。



「──グルドたちの恨み、その身をもって償えッ!!!」

「──砲撃、放てぇぇぇぇッ!!!」



 敵軍の放たれた砲弾に向かって、狼牙が勢いよく駆け出す。

 そんな狼牙の姿を見て、神楽は地面に自分の腕を差し込むと、

 右腕を大きく肥大化させながら、大地を一気にひっくり返した。



 <<< 細胞変異・剛腕樹戦 さいぼうへんい・ごうわんじゅせん>>>



「──狼牙はん、飛ばすでッ!!!」

「──あぁッ!!!」


 放たれた砲弾を土壁で防ぎながら、神楽が狼牙を空へ投げ飛ばす。


「──うわあぁぁあぁっ! グハッ──」

「──こっちにいるぞッ!!!」

「──違う、こっちだッ!!!」

「おい、うしr……」


 着地と共に、暗い木々の中を駆け回る狼牙が、

 まるで、忍びのように敵を一撃で仕留めていく。


「おい、上から岩が降ってくるぞッ!!!」

「全兵、空にも注意せよッ!!! あの女の攻撃だッ!!!」


 神楽が肥大した腕を使いながら、洞窟の瓦礫の山を退かし、

 埋まった狼たちを掘り起こしながら、敵軍に岩を投げつける。


「早く助けに来れんくて、ごめんなぁ……」

「神楽さん……。あなたは、一体……」

「なぁに……。わてはただの、しがないバケモノやわ」

「バケ、モノ……」


 亡くなった狼たちを一箇所に集めると、神楽は祈りを捧げていた。


「──うわあぁ、岩に潰されr……」

「──このやろぉぉっ!!」

「やめろ、オレは敵じゃないッ!!!」

「気をつけろ、お前の後ろに……。グハッ──」


 一人で無双する狼牙の姿を、刹那と神楽が静かに見つめる。


「狼牙くん……」

「あれは、下手に手だしをせん方がいい」


「コノヤロウ、死ねぇッ!!! グフッ──」

「うわぁあぁぁああっ! グハッ──」



「──ワオォォォオォオオオォォォォオオンッ!!!」



 夜空から降り注ぐ岩を避けては、それを足場に変えて飛び、

 グルドたちの怒りを身に宿すように、狼牙が咆哮を上げる。


 御面の下で涙を流す狼牙の姿は、鬼を宿した獣の如く荒れ狂い、

 闇夜の中を駆け回りながら、次々と敵の首を切り落としていた。


「今は、そっとしておいてやりぃや……」

「…………」


 刹那が両手を力強く合わせ、狼牙の無事を必死に祈る。


「全兵、奴の首を切り落とせッ!!!」

「やってみろ、三下ァァアアアアッ!!!」

「くっ! このっ……」


 殺した兵士から刀を奪い取ると、狼牙は両手と口を使い、

 三本の刀を振り回しながら、将軍へと襲いかかっていく。


「貴様のようなバケモノに、生きる資格はないッ!!!」

「何様だ、テメェ……。神にでもなったつもりか、人間ッ!!!」

「わたしは葛兵衛さまの為、この命を懸ける武士だッ!!!」

「そりゃ、信念を懸ける相手を間違えたなッ!!!」

「──ぬかせッ!!!」


 二人が何度も刀を弾き合いながら、己の信念をぶつけ合う。

 すると、大地がグラグラと揺れ始め、地面が大きく割れた。


「──なっ!?」

「なんや、これは……」

「──狼牙くんっ!!!」



「「「 ──うわあぁぁああぁぁっ!!! 」」」



 狼牙を囲んでいた敵兵たちが、山の割れ目に落ちていく。

 それを見た狼牙が空に飛ぶと、真横に巨大な影が現れた。


「──なっ!?」

「──ヴアアァァアアァァアアァァアァッ!!」


 巨大な影に殴り落とされた狼牙が、勢いよく地面に落下する。


「──狼牙くんッ!!!」

「──狼牙はんッ!!!」


「クッソ、身体が……」

「ヴァァァァ……」


 巨大な影が息を荒立てながら、倒れる狼牙に歩み寄っていく。


「なんですか、あれ……」

「あんなバケモノ、何処におったんや?」


 雲が切れ間から降り注ぐ、微かな月の光と共に、

 禍々しいオーラを放つ怪物が、その姿を見せる。


「……あれはまさか、【 霊鬼れいき 】か?」

「……霊鬼?」

「霊鬼は死者の亡霊、死者の怨霊が悪鬼と化したバケモノや……」

「死者の、怨霊……」


 霊鬼の姿を見つめる刹那には、恨みと憎しみに駆られた、

 一人の男の怨念が、ヒシヒシと痛いほど伝わってきていた。


「まさか、そんな……」

「あかん、このままでは──」

「──ヴアァァアァァアアァァァアアァァァッ!」

「──なッ!?」


 狼牙を助けようとした神楽の方へと霊鬼が振り向き、

 巨大な身体で大地を震わせながら、力強く殴り飛ばす。


「──神楽さまッ!!!」

「──神楽ッ!!!」


 反撃をモロに受けた神楽が、そのまま瓦礫の中に埋まる。


「──ヴアアァァアアァァアアァァアァアアッ!!」

「チッ、クソッ……」


 霊鬼が咆哮を上げながら、地面に這い蹲る狼牙に迫っていく。



( 身体の再生が、間に合わねぇ…… )



 狼牙の目前まで迫った霊鬼が、威圧するように睨みを利かせ、

 その瞳を見た狼牙は、霊鬼に募る憎しみの正体に気がついた。


「へっ……。死んでまで、執着しやがって……」

「──ヴッ!?」

「しつこい男は嫌われんぞ、葛兵衛くずべえ……」

「──ヴアアァァアアァァアアァァアァアアッ!!」


 狼牙の言葉に反応するように、霊鬼が咆哮を上げながら、

 巨大な爪を鋭く尖らせ、倒れる狼牙に勢いよく襲いかかる。



























 ──その一撃は刄の如く、周囲を一瞬で赤く染めあげた。

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