第拾漆話【 生きる理由 と 死ねない理由 】

 東の国の城内から、無事に刹那を奪還した狼牙は、

 山の中へと入り、家族の待つ洞窟へと向かっていた。





「…………」

「…………」


 所々に転がる兵士の死体を目にする度、

 戦場の残酷さが二人の心に刻まれていく。



( あの噛み傷、グルドがやったのか )



 山の中にゴロゴロと転がる複数の死体は、

 獣に食い殺されたような傷跡をしていた。


「みんな、私のせいで……」

「そんなことはない。悪いのは、東の国の連中だ……」

「だって、だって……」

「…………」


 刹那の言葉を聞いて、狼牙がゆっくりと足を止める。


「……狼牙くん?」

「なぁ、刹那……。生きてる意味って、考えたことあるか?」

「……え?」


 狼牙は空を見上げると、そのまま静かに語り出した。





「俺はもう、自分の物心のついた時には既に、

 この山の中で、動物やグルドたちと共に居た。


 どこで俺は生まれたのか、本当の親は誰なのか。

 どうして捨てられたのか。何故、ここに居るのか。



 ──いくら考えても、俺には分からない。



 ただ一つだけ分かるのは、この異常な再生能力が、

 普通の人間には、恐怖の対象として扱われることだ。


 そんな俺が、何の為に生まれて来たのか。

 どうして死ねないのか、俺には分からない。


 この先、何の為に生きていけばいいのか。

 どんな最後を迎えるのかすらも分からない。


 グルドの親父や、山の動物たちに寿命が来ても、

 俺は、その後を追うことさえ決して許されない。



 ──なら、まだ【 死ねない理由 】があるのか?



 そう自分に問いかけても、その答えは見つからない。


 その答えを、どうしたら見つけることが出来るのかを、

 俺は物心ついた時から、がむしゃらに探し続けている。


 だが、この歳になってもまだ、答えは見つけられていない。


 多くの者が俺の力を見て、怪物のような目で見てくる時、

 生まれて来なければよかったのではないかと本気で考える。


 だが、いくら考えようとも、俺が死ぬことは絶対に許されない。

 そのことにもまた、意味があるんじゃないかと考える時もある。

 

 その理由は果たして、この先で見つけることが出来るのか、

 本当に意味なんかあるのか、今の俺にはそれすら分からない。


 だから、俺は今も一人、この醜い世界を彷徨っているんだ……」



























   『 いつか、その理由が分かる日が来ることを信じて── 』



























 そう語る狼牙は、どこか悲しそうな表情をしていた。


「……お前は、どう思う?」

「……狼牙くん」


 横目で見つめる狼牙の瞳を、刹那が悲しげに見つめ返す。

 そして、背中の上から抱きしめると、刹那は口を開いた。


「私にも、自分の生まれた意味は分からない」

「……そうか」


 その言葉に、狼牙がそっと目を逸らす。


「……でも、生きる理由ならあるよ」

「……生きる理由?」


 刹那が狼牙の目を見つめ、優しく微笑みながら語り出す。





「私はね。あなたに出会うまでは、ひとりぼっちだったの。

 私の家は私が生まれた時から、西の国の名家だったから。


 その上、生まれつきからの、この異様に白い髪色のせいで、

 私は【 天女の生まれ変わりだ 】なんて妙な噂が広まった。


 そのせいで、周りの人たちは私から一線引いていた。

 だから、私には友達と呼べる人は一人もいなかった。


 私の唯一の楽しみは、喜助がお父さまとお母さまに内緒で、

 こっそりと外の世界へ、連れ出してくれることだけだった。



 ──そんな中で、私はあなたに出会った。



 立場も関係なく、何の躊躇いもなく話しかけてきて、

 大名の娘である私を、初めて叱ってくれた人だった。 


 あなたは、私の知らない世界を教えてくれた。

 私の見た事の無い色を、たくさん見せてくれた。


 私の目を真っ直ぐ見て、言葉を交わしてくれた。

 そんな狼牙くんに、私は初めて興味を引かれたの。


 でも、あなたは私よりも孤独な世界で生きていた。


 あなたの目を初めて見た時は、私に似てると思った。

 この世の中に何の興味もなく、冷たく凍りついた瞳。


 それを見た時、私はいてもたっても居られなかった。


 だから、私は毎日、あなたのところへ足を運んだ。

 通い始めた頃は、たったそれだけの理由だったの。


 でも、あなたと話して、グルドくんや子供たちと遊んで、

 くだらない話で、笑い合う日々を過ごしていくうちに──」



























   『 ──私にとって、唯一の【 居場所 】になっていた 』



























「でも、私のことを語る噂は、他国にまで伝わっていた。


 そして、私の存在を物珍しく思っていた葛兵衛さまが、

 自らの嫁に迎えようと、私に脅迫状を送り付けてきた。


 それからは、孤独だった頃の日々に戻ってしまった。

 何の色もなく、何も感じない、虚無に等しい暗い世界。


 私の為に多くの人々が争い、無駄な戦で命を落とし、

 争いの火種と扱われ、冷たい視線を向けられる日々。


 こんな世界に、私はどうして生まれてきたのか。

 生まれてこなければよかったと、何度も思った。


 お父さまが、お母さまが、喜助が目の前で殺されて、

 私は絶望の中で、自分の存在を心の底から呪っていた」



























   「 『 もう、自らの手で死んでしまおうか 』って── 」



























「そんな時に、こうして、あなたが再び目の前に現れた。


 全ての人間を敵に回しても、恐れることなく立ち向かい、

 私を助けてくれる、絵本のヒーローみたいな狼牙くんが。



 それだけで、私の世界は、また大きく色を変えた。



 あなたは私にとっての、たった一つの生きる希望。

 あなたが居てくれるから、私はこうして前を向ける。


 自分の存在を呪い続けている、絶望に満ちた中でも、

 まだ私が戦えるのは、あなたが居てくれるからなの。


 生まれた理由は、生まれる前から決まっているのか、

 生まれてから見つけるのか、私には分からないけど。


 もし自分の意思で、それを決められると言うのなら、

 それはきっと、こうして、あなたに出会う為だった。


 あなたと共に笑って、あなたとたくさん喧嘩して、

 悲しみを分かち合いながら、未来を生きていきたい。


 それが、きっと──」



























    「 ──私の【 生きる理由 】なんだって、思ってるよ 」



























 そう告げる刹那は、狼牙に満面の笑みを向けていた。


「ふっ……。それはまた、責任重大だな」

「そうだよっ! 狼牙くんには、責任を取ってもらうのですっ!」

「何キャラだよ。っつぅか、俺の選択肢がねぇじゃねぇか」

「もちろんです。大名の娘として、狼牙くんを直々に従者に命じます」

「お断りだ。誰が、こんな頭がお花畑な小娘の従者になんかなるか」

「狼牙くんの生きる理由は、私じゃないの?」

「残念だが、俺に【 生きる理由 】はない」

「えぇ……」

「言っただろ。俺はただ、死ねないだけだって……」

「も〜、つれないなぁ……。せっかく、頑張って告白したのに……」


 冷たくあしらう狼牙を見つめながら、刹那が頬を膨らませる。


「……でも、そうだな」

「……ん?」

「もし、俺にも【 死ねない理由 】が、あるんだとしたら──」



























  『 それはきっと、なのかもしれないな 』



























 そう恥ずかしそうに答える狼牙を見て、刹那が目を見開く。

 そして、大きく両手を広げると、そのまま強く抱き締めた。


「──狼牙くん、大好きっ!!!」

「うわっ、おい。引っ付くな、暑苦しいだろ」

「こんなに寒いんだから、温め合わなくちゃっ!」

「──痴女か、テメェはッ!!!」

「この数年で、私の身体も成長したんだよ?」

「誰も聞いてねぇよ、いいから離せっ!」

「あっ、ちょ……」


 二人がじゃれ合い、そのまま体勢を崩して倒れ込む。

 そして、転がった白い雪の上で、互いに笑みを交わす。


「ねぇ、狼牙くん……」

「……ん?」

「もし一緒に生き残れたら、その時は──」

「刹那……」


 狼牙の刹那が、ゆっくりと顔を寄せ、

 それに合わせるように、狼牙も刹那に顔を寄せる。


「…………」

「…………」


 時が止まったような静けさの中、心臓の音だけが、

 互いの想いを知らせるように、二人の空間に響く。


「刹那、俺は……」

「狼牙くん……」


 刹那がそっと目を瞑り、狼牙が優しく頬に触れる。

 そして、刹那の唇に狼牙が触れそうになった瞬間──


「──ッ!?」

「……狼牙くん?」


 狼牙がバッと起き上がり、静かに背後を見つめると、

 傍に落ちていた刀を拾って、近くの木へと投げつけた。


「──そこかッ!!!」

「──あわわ〜っ!?」

「──誰だ、出てこいッ!!!」

「わてや、神楽や……。狼牙はん、落ち着いておくれやす……」


 慌てふためいた神楽が、申し訳なさそうに姿を見せる。


「はぁ……。なんだ、お前か……」

「助けられた相手に、あんまりやないか?」


 狼牙が溜息を吐きながら、力が抜けるように倒れ込む。


「お前、なんでいつもコソコソと隠れてるんだよ」

「そりゃもう、イチャイチャしとる姿が眼福やったからやわぁ〜っ!」

「チッ……。コイツ、やっぱり気に入らねぇ……」


 腰をくねらせながら、幸せそうに微笑む神楽を見て、

 刹那が恥ずかしそうに赤面し、狼牙の後ろに隠れる。


「……狼牙くん、この人は?」

「こいつは、見ての通りの変態だ……」

「説明不足が過ぎるやろ。狼牙はん……」

「一番重要なところだ、間違ってねぇだろ」


 神楽は不満そうに膨れると、刹那の方を見つめた。


「わては月夜魅 神楽つくよみ かぐら。【 白影 びゃくえい】と言えば、聞いたことあるかえ?」

「白影……。それって、城下町に貼られた人相書の……」

「本職は暗殺専門の忍なんや。今は敵やないけん、捕まえんといてぇな」


 神楽が優しく微笑みながら、刹那に向けて言葉を返す。


「……大丈夫なの? 狼牙くん……」

「こいつが敵を足止めしてくれたから、お前を救えた」

「この人が、足止めを……」

「少なくとも、今は敵じゃないのは確かだ」


「なんで、私なんかの為に……」

「あんさんの付き人が、わてに依頼をしてきたからや……」

「私の、付き人……?」


 刹那が神楽に、不思議そうな顔で問いかけると、

 神楽は胸元から、一つの小さなお守りを出した。


「これを、あんさんにと……」

「──っ!? これは、喜助の……」


 それを受け取った刹那が、その場で静かに涙を流す。


「……喜助」


 すると、神楽はかがみながら、刹那に優しく声をかけた。



























  「 あんさんを大切に思うもんはちゃんとおる。


          せやから、その想いを忘れんようにしいや 」



























 その言葉を聞いて、刹那はチラッと狼牙を見つめる。


 それを見た狼牙が、照れくさそうに目を逸らすと、

 刹那は涙の跡を残しながら、神楽にコクリと頷いた。


「……はい、ありがとうございます」

「……ふふっ、どういたしましてやわ」


 刹那の言葉を聞いた神楽が、満足気な顔で微笑む。


「そんじゃ、そろそろいくか。遅くなるとグルドに怒られちまう」

「──うんっ!」


「せっかくやわ。わても、ご一緒してええかえ?」

「好きにしろ。どうせ止めても、隠れてついてくるんだろ?」

「おほほっ……。よぅ分かってはるなぁ、狼牙はんは……」

「はぁ……。俺もまた、めんどくせぇのに目をつけられたな」





 狼牙は溜息をつきながらも、再び刹那を背中に背負うと、

 雪の積もる山道を登りながら、グルドたちの元へ向かった。

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