第拾陸話【 奪還 】

 狼牙は、葛兵衛が炎の中に消えたのを自分で確認すると、

 近くで固まったまま、目を瞑っていた刹那に呼びかけた。




「刹那、もういいぞ……」

「……う、うん」


 刹那が恐る恐る目を開け、狼牙の瞳を見つめる。


「もう大丈夫だ、刹那……」

「狼牙くん……。本当に、狼牙くんだ……」


 狼牙は拾った小刀を使い、刹那の手足を縛る縄を解いた。


「……刹那、怪我はないか?」

「うん、大丈夫……。私は、大丈夫だよ……」


 笑顔で答える刹那の瞳から、瞬く間に大粒の涙が溢れ出す。

 すると、刹那は涙を隠すように、狼牙の身体に抱きついた。


「……刹那?」

「会いたかった、狼牙くん……。もう、会えないかと……」

「何を言ってんだ、来なくなったのはお前じゃねぇか」

「ずっと、会いに行きたかった……。でも、怖くて……」

「…………」

「また、私のせいで……。誰かが傷つくのが、怖くて……」

「……そうか」


「そしたら、さっきの人が私に脅迫状を送ってきて……」

「…………」

「もう、外に出ることも許されなくて……」

「大名の娘ってのは、お前だったんだな」

「……うん」

「ごめんな、遅くなって……」

「ううん。来てくれて、嬉しかった……」


 刹那が涙を流しながら、狼牙にギュッとしがみつく。

 そんな刹那を抱きしめながら、狼牙がホッと息を吐く。


「間に合ってよかった、本当に……」

「……うん」


 二人が抱きしめ合いながら、互いの存在を確かめる。


「……狼牙くん、私ね」

「……ん?」


 刹那が言葉を続けようとした途端、近くの柱に炎が燃え移り、

 ギシギシと軋む音を立てながら、屋根の一部と共に崩れ落ちた。


「──刹那ッ!」

「……えっ!?」


 それに気がついた狼牙が、パッと刹那を抱えて避ける。


「ここは危ない。早いところ、ここを出るぞ……」

「でも、何処に……。西の国には、もう私の居場所なんて……」

「大丈夫だ……。お前の居場所なら、もう一つあるだろ?」


 そう微笑む狼牙の瞳を見て、刹那が大きく目を見開く。


「……いいの?」

「あぁ……。きっと、みんなも待ってる」

「──うんっ!」


 そう刹那が笑顔で答えると、狼牙は落ちていた刀を口に咥え、

 雪那を背負いながら、メラメラと燃える道を駆け抜け始めた。


「──奴だ、見つけたぞっ!」

「──敵国の姫だ、逃がすなっ!」


「──狼牙くん、敵がッ!」

「──雪那、捕まってろッ!」


「──貴様ァ、止まれェェェッ!」

「──邪魔をするなッ!!!」

「グハッ──」


 狼牙が壁を走りながら、咥えた刀で敵を切り捨てていく。


「──狼牙くん、後ろッ!」

「──死ねぇぇッ!」

「──ッ!?」


 咄嗟に狼牙が咥えた刀で、敵の振り下ろした刀を受け止める。


「ここは、決して通さ……」

「──どけッ!!!」

「ガハッ──」


 狼牙は刀を弾くと、全力の回し蹴りで敵を蹴り飛ばし、

 その反動を利用しながら、再び城外に向かって走り出す。


「凄いわ。狼牙くん、カッコイイッ!!」

「チッ、歯が欠けた……」

「……大丈夫?」

「あぁ、もう生え変わった……」

「サメみたいね、あなた……」

「俺はサメじゃねぇ、オオカミだ……」


 呆れた表情を見せる刹那に、狼牙が冷静なツッコミを入れる。


「お前も舌を噛むんじゃねぇぞ」

「えへへっ……。狼牙くん、私を心配してくれてるの?」

「はぁ、俺の心配を返せ……。この、お花畑め……」


 嬉しそうに微笑む刹那に、今度は狼牙が呆れながら言葉を返す。


「狼牙くん、前より性格が丸くなったね」

「お前は相変わらず、いい性格してるけどな」

「私の事、そんなにハッキリ覚えてたの? ふふっ、嬉しい……」

「落としてやろうか、この小娘……」

「前言撤回、全然変わってなかったわ」

「性格は死ぬまで治らねぇからな」

「それ、狼牙くんじゃ絶対に治せないじゃんっ!」

「いいんだよ。これが、俺のアイデンティティだッ!!!」

「いやっ、ちょっとまっ……。──ひゃぁああぁぁああぁぁっ!!」


 狼牙は刹那を背負ったまま、止まることなく城外へと飛び出した。



 ──その瞬間、刹那と狼牙が周囲を見て、思わず自分の目を疑う。



「──ッ!?」

「あれ、誰もいない……?」


 城壁の前には無数の兵士の刀だけが地面に突き刺さり、

 血塗れになった地面だけが、辺り一面に広がっていた。


 その異様な光景の中、狼牙は足を止めることなく、

 周囲を警戒しながらも、ただ真っ直ぐにひた走る。


「これも、狼牙くんがやったの?」

「いや、俺は……」


 その猛スピードの中で、狼牙は瞳は確かに捉えていた──



























       バラバラに砕けた、人間の肉片を──



























  ( これが、神楽の力……。あの数を、たった一人で── )



























「あいつ、やっぱり人間じゃねぇな」

「……え?」

「……何でもねぇ、先を急ぐぞッ!」

「──ひゃぁぁああぁぁぁっ!!」





 狼牙は立ち止まることなく、狼たちの待つ山の中へと、

 忍者のような足取りで、木々を伝いながら走っていった。

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