第拾伍話【 不死の忍 】

 西の国から連れ去られ、東の国へと連れて来られた刹那は、

 手足を縄で縛られたまま、東の国の大名に捕らえられていた。




「いい加減、素直に伴侶になると言え……」

「私は、あなたのものになんてなりませんっ!」

「強情な小娘が……」

「早く、この縄を解いてくださいませっ!」

「偉そうな口を聞きやがって。ボクは、この国の大名。東条 葛兵衛とうじょう くずべえだぞっ!」

「くっ……」


 東の国の大名が胸ぐらを掴み、じーっと刹那に睨みを利かす。

 そんな刹那も負けることなく、ギロッと葛兵衛を睨み続ける。


「ボクに逆らうと、この国では生きていけないぞ?」

「あなたに従うくらいなら、死んだ方がマシよ」

「ふっ、まぁいい。気の強い女の方が、落とし甲斐があるからな」

「この、クズが……。あなたの伴侶になんて、絶対にならない」

「その生意気な口が聞けなくなるくらい、身も心もボクに染めてやる」

「──キャッ!?」


 葛兵衛が刹那を縛ったまま、布団の上へと押し倒す。


「──やめて、離してっ!」

「うるさいっ! お前は黙って、ボクに身体を捧げていればいいんだっ!」

「──嫌だ、やめてっ!」

「はははっ……。天女の生まれ変わりと言われても、所詮はただの女だな」

「私に触らないでっ! 嫌だ、やめてっ!」

「これでもう、お前もボクのモノだ……」


 そういって、葛兵衛が刹那の服を剥がしていると、

 部屋の襖の前に影が現れ、静かにしゃがみ込んだ。


「葛兵衛さま。お取り込み中、失礼致します」

「……チッ、なんだ? この大事な時に……」

「現在、どこぞの忍びが二名、この城に攻め入ってきておりまして……」

「……二人? 西の国の連中か?」

「分かりません。ですが、手練のようでして、城門付近が荒れております」

「こっちは12万人いるんだ。そんな連中、とっとと殺してしまえっ!」

「直ちに……。ですが、万が一に備え、葛兵衛さまも退避のご準備を……」

「大名のボクに、逃げろと言ってるのか?」

「申し訳ありません。ですが、何かあってからでは……」

「うるさいッ! いいから、とっとと殺して首を持ってこいッ!!!」


 葛兵衛が障子の向こうに跪くひざまず部下に向かって怒鳴り散らす。

 すると、部下の後ろからもう一人、人影がゆっくりと現れた。


「その必要はねぇよ。お前の欲しがってる首なら、ここにあっからな」

「──なっ、貴様ッ!?」

「どけ、邪魔だ……」

「グハッ──」


 障子の向こうから響く部下の断末魔と共に、

 間を挟んでいた障子がビチャッと赤く染まる。


「──な、なんだッ!?」

「いったい、何が起こって……」


 葛兵衛の部屋の外にあった灯篭がガシャッと倒れ、

 部屋を包み込むように、メラメラと炎を上げていく。


 そんな中、刹那と葛兵衛が静かに息を飲みながら、

 血塗れになった障子の向こうを、静かに見つめる。


 すると、数秒の間を置いてから、血塗れの障子を突き破り、

 先程まで目の前に跪いひざまずていた、葛兵衛の部下が飛んできた。


「──うわっ!?」

「──きゃっ!?」


 死体の後ろから、背中に何本もの刀を突き刺された青年が、

 全身から血を流しながら歩み寄り、ギロッと睨みを利かす。



 ──その青年の御面を見た瞬間、刹那は大きく目を見開いた。



「……狼牙、くん?」

「悪ぃ、刹那……。遅くなった……」

「なんで、なんで……」


 言葉にならない声を出しながら、刹那が静かに涙を流す。

 すると、葛兵衛が置いていた刀を抜き、狼牙に刃を向ける。


「お、お前……何者だっ!!」

「テメェに名乗る名前なんかねぇよ、カス……」

「ボクはカスじゃない、東条 葛兵衛だッ!!!」

「カスもクズも変わりはしねぇ、ザコは引っ込んでろ」

「──コイツ、言わせておけばッ!!!」


 そう言いながら、襲いかかってくる葛兵衛の刃を、

 狼牙は焦ることも無く、平然と何度も避けていた。


「クソッ、クソッ……」

「…………」


 すると、次第に葛兵衛の動きが鈍くなっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「お前に分かるか、その手に持ってるもんの重みが……」

「……何?」


 狼牙が体に刺さった刀を抜き、ギュッと手に握りしめる。


「この刀の重みが、戦場を生きる者たちの魂の重さだ……」

「こんなもの、ただの鉄の塊だッ!!!」

「そんな軽い信念だから、刀もろくすっぽ振れねぇんだ。クズ……」


 身体の刀を一つずつ抜きながら、狼牙が哀れむような瞳で睨む。


「うるさい……。うるさい、うるさいッ!!!」

「…………」

「ボクは、この国の大名だッ!!!」

「だから、何だ……」

「否定する者は許さないッ!!! ボクの言うことは絶対だッ!!!」

「恵まれすぎたな、哀れな奴だ……」


 そんな狼牙の言葉に、葛兵衛がキッと瞳を尖らせる。


「──死ねぇぇぇえええぇぇえぇぇッ!!!」

「…………」


 葛兵衛は吠えながら、刀をギュッと握り締めると、

 そのまま走りだし、狼牙の胸へと刀を突き刺した。



 ──その一撃の刃が、狼牙の背中まで勢いよく貫く。



「──狼牙くんッ!!!」

「…………」


 その光景を目の当たりにして、刹那が焦りを募らせる。


「アハハッ、油断したか……? ボクだって、やれば出来……」

「心臓に刺した程度で、俺を殺せるとでも思ったのか?」

「──ッ!?」


 刀が胸に突き刺さったまま、狼牙が葛兵衛の首を掴み、

 怒りに満ちた瞳を向けながら、身体を持ち上げていく。


「お前……。何で、生きて……」

「言ってんだろ。テメェとは、命の重みが違ぇんだ。カス……」


 みるみるうちに全身の傷が全て癒えていく狼牙。

 その異様な治癒力は、胸を貫いた刀の傷までも、

 あたかも無かったかのように、再生させていた。


「次は、俺の番だ──」

「や、やめ……。グフッ──」


 左手を離すと共に、右手を葛兵衛の顔面に向け、

 奥の障子を貫く勢いで、力いっぱい殴り飛ばす。


「い、痛い……。痛い痛い痛い痛い……」

「刹那の受けた痛みは、こんなもんじゃねぇぞ……」

「やめろ、やめろっ! 助けろ、誰でもいいからボクを助けろっ!」


 殴られた葛兵衛が涙を流し、必死に悲鳴を上げながら、

 誰かに助けを求める為に、狼牙に背を向けて走り出す。


「そうやって、すぐ敵に背を向ける」

「──誰か、誰かボクを助けろッ!!」

「だから、自分の身すらも守れやしねぇ……」


 そういうと、狼牙は自分の胸から引き抜いた刀を握りしめ、

 背を向けて逃げようとする葛兵衛の背中に、狙いを定めた。


「狼牙くん……」

「刹那……。少しだけ、目を瞑ってろ……」


 狼牙の殺意に満ちた目を見て、刹那が慌てて目を伏せる。


「誰か、ボクを助け──」



























           「 ほらよ、忘れ物だ── 」



























       その言葉と共に、鋼の一閃が部屋の真ん中を横切る。



























 投げられた鋭い刃は、葛兵衛の頭に真っ直ぐ突き刺さり、


         葛兵衛は床に倒れ込んだまま、燃える屋敷の中へと消えた。

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