第拾肆話【 白影 】
夜空に大きな月が輝く、静まり返った深夜。
東の国では、大勢の兵士たちが自国の城を囲み、
西の国からの追っ手が来ないよう警備をしていた。
「……なぁ、こんな警備に意味はあるのか?」
「さぁな。第一軍だけでも、ほとんどの敵兵の殲滅をしているらしいが……」
「敵の3千8百人に対して、こっちは12万人の連合軍だぞ……」
「普通に考えたら、まず負けないだろうな」
「だな。まぁ、大名のワガママで米が食えるなら、オレらは儲けもんだ……」
「それもそうだな。楽な仕事に越したことは──」
そう兵士たちが話していると、城下町から半鐘の音が鳴り、
里の者たちのざわめく声が、城の警備隊の元にまで響き渡る。
「……なんだ? ──まさか、敵襲かっ!?」
「そんな、馬鹿な……。第一軍だって、6万人はいるんだぞ?」
「それじゃあ、この鐘の音は……」
すると、里の入口から、狼面を付けた血塗れの男が現れ、
城の入口を警備する兵たちの元へ、ゆっくりと歩いてきた。
「──止まれッ!」
「…………」
「──貴様、何者だっ! どうやって、ここまで来たッ!!」
「吠えるな、大名の犬共が……」
「頭が高いッ! 無礼を、許さぬぞッ!!」
「テメェの許しなんざ、俺には要らねぇよ」
ギロッと睨みを利かせながら、
「──貴様、この国の者では無いな?」
「…………」
「ならず者め、第一軍は何をしているんだ……」
「……もう居ねぇよ」
「……何?」
「……聞こえなかったか?」
『 西の国に居た兵士共は全員、俺が喰らったっつってんだ 』
そんな狼牙の圧力に、思わず敵の将軍たちも息を飲む。
「コイツ、戯言を……。──全兵、構えろッ!!!」
「次は、テメェらの番だ。戯言かどうか、その身で味わってみろ」
敵が構えると同時に、狼牙も四つん這いになり構える。
「──放てェェッ!!」
「──ッ!!!」
そして、銃弾が放たれると、狼牙は一瞬で暗闇に姿を消した。
「──なっ!? なんだ、コイツ……」
「──これが弱肉強食だッ!!!」
その言葉と共に、狼牙は兵士に首元に喰らいつき、
指揮をしていた将軍の首から、血飛沫が吹き荒れる。
「──うわあぁっ!!」
「怯むなっ! 奴の首を討ち取れぇっ!」
次から次へと向かい来る敵を、見えない速度で喰らい、
空に吹き荒れる血飛沫の中を、迷うことなく突き進む。
爪で切り捨て、歯で噛み砕き、敵の刀を奪っては斬り捨てる。
何万もの兵の中を、狼牙はたった一人で暴れ駆け抜けていた。
「──死ねぇぇッ!!!」
「──ッ!?」
城壁の目前で不意を突いた兵士の刀が、狼牙の背中を貫く。
「──グフッ!?」
「よし、これで……っ!?」
「痛てぇな、おい……」
「なんで……。コイツ、生きて……」
「そんなに死にたきゃ、お前から喰らってやらぁ……」
「う、うゎぁああぁぁ……。グハッ──」
狼牙は背中に刺さった刀を抜くと、その刃で相手を切り捨てた。
「──第二陣狙撃兵、放てぇぇぇっ!!」
「…………」
数十人から飛ばされた鉛玉を、狼牙が正面から受けるも、
それでも狼牙は膝を折らず、その場に佇み睨みを利かす。
「こいつ、不死身か……?」
「俺の邪魔をするやつは、一匹残らず喰らい尽くしてやる」
「くっ……」
狼牙の瞳から放たれる圧力に、兵士たちも思わず怖気ずく。
すると、城の城壁から、
「──第三陣狙撃兵、構えッ!!!」
「ちっ……。あれは、流石に痛てぇか」
構える兵士たちを見た狼牙が、再び四つん這いで構えを取る。
「全弾、はなっ──ッ!?」
「──ッ!?」
だが、狙撃の合図を放つ寸前、突然、城壁が一瞬で砕け散った。
「……なんだ、弾の暴発か?」
「何が起こったっ!? 上の狙撃兵は、何をしているっ!」
突然の光景に、狼牙を含めた兵士たち全員が思わず目を疑う。
すると、崩れた壁の中から、一人の女がゆっくりと姿を見せた。
『
その女は、戦争の予兆を狼牙に教えていた和服の女だった。
「神楽、お前……」
「数日ぶりやな、狼牙はん……」
「まさか、お前もコイツらの……」
「早まらんといてぇな。わては、狼牙はんの味方やさかい」
睨みを利かせる狼牙を前に、冷静な神楽が優しく微笑む。
「なんで、お前が俺の味方をする?」
「雇われたんやわ、あの小娘の護衛にな」
「あの娘の護衛……? まさか、喜助が……?」
「せや……。『 自分に何かあった時に 』と、前金を貰っとった……」
「…………」
( あいつ、自分が死ぬことまで分かった上で…… )
狼牙が拳を握りしめ、喜助の想いに言葉を詰まらせる。
「西の国の大名の娘、助けはるんやろ?」
「神楽……」
「はよいき……。ここは、わてが引き受けたるわ」
「…………」
「急がんと、あのバカ息子に取られてまうやさかい」
「悪ぃ、礼を言う……」
そう神楽に言い残すと、狼牙は神楽の横を通り、
躊躇うことなく、走って城内へと向かっていった。
( 必ず、助けるんやよ。狼牙はん…… )
狼牙の背中を見つめる神楽が、見守るように小さく微笑む。
その瞬間、二人の兵士が神楽の背後から一斉に襲いかかる。
「──貴様も敵なら、ここで討ち取るまでだぁッ!!!」
「──その首、貰い受けるッ!!!」
「やれやれ、心に余裕のない男は嫌われますえ……?」
神楽は刀を避けると、袖の中から両手を伸ばし、
兵士の顔をガバッ掴むと、優しい顔で微笑んだ。
「わてはなぁ、恋する者の頑張る姿が大好きなんや……」
「な、何を……」
「そして、それを邪魔する人間が──」
『 ──反吐が出るほど、大嫌いなんやわ 』
そう告げると同時に、神楽が兵士を軽々と空に投げる。
すると、突然、兵士たちが血飛沫を上げて砕け散った。
「──なっ!?」
「なんだ、コイツは……」
「今、何が起きた……?」
「残念やけど、わては刃物では殺せへんえ……?」
番傘をバサッと開き、舞い散る血飛沫の雨を防ぐ姿は、
華麗な踊りを舞い踊る、芸者のような演出を思わせる。
「こ、こいつ……。本当に、人間か……?」
「将軍……。コイツが人相書きの暗殺者、【
「──まさか、こいつがッ!?」
部下の言葉に驚きながら、将軍が神楽の顔を睨む。
「異様に白い肌に、狐面の形をした耳飾り……」
「確かに、聞いていた情報通りだな」
「ですが、指名手配書の顔とは違います。本当にやつが……?」
「情報の中には、自らの顔を変えるともある。可能性は捨てきれん……」
「……どうしますか? 将軍……」
「我々に立ちはだかる限り、切り捨てる他あるまい」
軍をまとめる将軍を筆頭に、兵士たちが一斉に刀を構える。
「受けた依頼は必ず完遂するんが、わての信念なんや……」
圧倒的な人数差を前にしても、微塵も怯むことなく、
不敵な笑みを見せる神楽に、兵士たちは戸惑っていた。
『 さぁ、わてと地獄で踊りたいもんから、かかって来なはれ…… 』
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