第参話 【 御影 夜宵 】

 占い師の館を出た灰夢は、その場を後にして歩き出して、

 さらに路地を進み、大きな屋敷の建物へと消えて行った。







 その姿を物陰からこっそりと見つめていた子供たちが、

 コソコソと小さな声で話しながら、次の作戦を考える。


「お兄ちゃん、今度はあそこに入りましたね」

「なんか、凄い大きなお屋敷だね」

「豪邸、です……」

「パッと見はもう、そういう組合の入口みたいな」

「またまた、氷麗ちゃんは冗談がうまっ……」


 そんな話をしていると、不意に言ノ葉がビクッと固まる。


「……どうしたの? 言ノ葉……」

「みたいなっていうか、もう……」

「……ん?」


 後ろを向くと同時に、氷麗たちの目に黒服の男たちが写り込む。


「そういう、場所で……。間違い、なさそう……」

「……はい」


「お前らだな、ダンナをコソコソつけ回ってるって言うのは……」

「いや、そのぉ……」

「おい、連れてけ……」



「「「 ──へぃ! 」」」



 言ノ葉たちは男に、無抵抗のまま服を掴まれると、

 そのまま何事もなく、屋敷の中へと連れていかれた。



 ☆☆☆



 猫のように首後ろを捕まれ、屋敷の廊下を運ばれる言ノ葉が、

 しゅんっとした姿のまま横に並ぶ氷麗に、そっと声をかける。


「つ、氷麗ちゃん……」

「売られちゃうんだ……。私、このまま……」

「氷麗ちゃん、しっかりしてください」

「ごめんね、おがあざん……。わだじ、もう……」

「あぁ、もう……」



『 こっちを向いてください 』



 言ノ葉の言霊の効果で、氷麗の首がグキッと右を向く。


「あいったぁ……。何すんの、言ノ葉……」

「氷麗ちゃんが一人でブツブツ言ってるからなのですっ!」

「だっで、ごんなのもぅ……」

「いや、そうでもなさそうなのです」

「なんで、そんなこと言えるの?」

「だって、ほら……」

「……ん?」


 氷麗が後ろを向くと、桜夢が自分を掴んでいる黒服と、

 凄く仲良さそうに談笑しながら、笑顔で運ばれていた。


「わかる〜、あのドラマ面白いよねっ!」

「あぁ、特にクライマックスが良かったな」

「そうなの〜っ! あのラストのセリフ、たまらなかったなぁ……」

「そうなんだよな。特にバックの演出に力が入ってて……」


 そんな姿に呆れながら、氷麗が視線を逸らしていくと、

 桜夢たちの後ろで、黒服に優しく抱き抱えられながら、

 丁重に運ばれる風花と鈴音の姿までもが視界に写り込む。


「なんで、後ろはあんなに穏やかなの?」

「わ、分からないですが……。なんか、大丈夫な気配だけは感じるのです」

「た、確かに……」


 すると、氷麗たちを持ち上げていた黒服の男たちが、

 とある襖の前で立ち止まり、襖に向けて声を掛けた。


「姉御、例の子供たちを捕らえました」

「……入りな」

「へぃ、失礼しやす」


 そんなやり取りを聞いて、言ノ葉と氷麗が涙ぐむ。


「やっぱり、私たち売られちゃうのかなぁ……」

「き、ききき、きっと……。お兄ちゃんが、た、たた、助けてくれる、のです……」


 中から響く女性の声に答えながら、黒服の男が襖を開ける。


「おや、本当に居たんだね」

「ったく、勉強してろっつったのに……」


 そこには灰夢と共に、和服を身に纏う女性が座っていた。


「おにぃさぁ〜んっ!」

「おにぃちゃ〜んっ!」

「──痛ってぇっ!」


 飛びつく二人の頭突きをくらいながら、灰夢が二人を受け止める。


「おやおや、お前さんも随分と慕われてるんだね」

「慕われてるからじゃねぇだろ、これ……」


 泣きつく二人を慰めながら、灰夢が面倒くさそうにため息をつく。


「風花と鈴音も、大丈夫か?」

「大丈夫、です……」

「凄く、優しく運んでくれたよ」

「……そ、そうか」



( 絵面は、売り飛ばされる直前の子供だったがな )



 危機感を感じていない双子に、灰夢が哀れみの視線を向ける。


「桜夢は……」

「それでね。なんかこう、ババババーンってやっつけちゃうのっ!」

「そうなのかっ! やっぱり、戦いには背景のストーリーが必須だよな」

「うんうん。あぁいうの見ると、憧れちまうぜ……」

「分かる。正義のヒーローって、己を貫いててカッコいいよなぁ……」



( ……あいつ、学校でも余裕でやっていけるんじゃねぇのか? )



 黒服数人と盛り上がる桜夢を見て、灰夢は声をかけるのをやめた。


「この子たちは全員、お前さんが拾ってきたのかい? 灰夢……」

「言ノ葉以外は、その場の成り行きでな」

「全く、お前さんもお人好しだね」

「お前にだけは言われたくねぇよ。この屋敷を見てみろ」

「仕方ないだろ。アタシは断ってるのに、舎弟が勝手に増えてるんだから……」

「やれやれ……。お人好しもここまで来ると、もはや病気だな」

「今の自分の姿を鏡で見てから物をいいな。お前さん……」


 子供に泣きつかれる灰夢の姿を、憐れむように女性が見つめる。


はばき……。あんた、丁重に扱えって言ったじゃないかい」

「すいやせん。一応、丁重に運んだつもりなんすけど……」

「この子供たちの姿を見て、そんなことが言えるかい?」

「何か、オレらの姿を見た瞬間に固まったんで、説得するより早いかと……」

「まぁ、お前らみたいなのに囲まれた時点で、普通の子供は怖いだろうよ」

「はぁ、すいやせん……」


 女性は立ち上がると、怯える言ノ葉と氷麗の傍に歩み寄り、

 優しく頭を撫でながら、振り向く二人に優しく声を掛けた。


「すまないね、ウチの奴らが怖がらせちまって……」


「……ぐすっ」

「……お兄ちゃん、この人は?」


「こいつは俺の昔馴染みだ。まぁ、神楽みたいなもんだな」


「この人も、お兄ちゃんの……」

「怖い人じゃ無いですか? 私たち、売り飛ばされませんか?」


「されねぇよ。組合じゃねぇんだから……」


「でも、だって……」

「いっぱい、黒服の人たちが……」


 すると、和服の女性は立ち上がり、黒い狼の御面を取り出した。


「こいつを見れば、少しは信用してくれるかい?」


「そ、それは……」

「お兄ちゃんと同じ、狼の御面……」


「アタシは【 御影みかげ 夜宵やよい 】、灰夢と同じ忌能協力者のエイド・ファクター一人さ」


「──えっ!? 忌能協力者って、忌能力で人を助けるっていう……」

「じゃあ、ここにいる黒い服の人たちも、全員……」


「──あっ、お侍さんっ!」


 黒服たちとの話に夢中だった桜夢が、不意に夜宵の御面を見た途端、

 氷麗たちの会話に割り込むようにして、突然、後ろから声を上げる。


「……ん? おや、お前さんは……」

「こらこら、姉御にそんな口を聞いちゃ……」

「いいんだよ。はばき、離してやんな」

「へ、へぃ……」


 桜夢が嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねながら、夜宵の元に駆け寄る。


「お侍さんっ! ここ、お侍さんのお家だったのっ!?」

「そうさ。お前さんも、よく来たね」

「──うんっ! 遊びに来たよっ!」


「あははっ、お前さんのところの子供は面白いね。灰夢……」

「桜夢は危機感の無さが異常なだけだ……」

「まぁ、子供が笑っているのはいいことさ」


 夜宵は手で黒服たちに合図を出し、部屋から出ていかせると、

 灰夢たち以外に人がいないことを確認し、壁の方に声を掛けた。


「ほら、お前さんも出ておいで……。居るんだろ? そこに……」

「──ビクッ!?」


 恐る恐る様子を伺うように、障子をすり抜けて幽々が顔を見せる。


「……ゆ、ゆゆ、幽々のこと、見えるんですか?」

「あぁ……。残念ながら、アタシも似たようなのに憑かれてるからね」

「……に、似たようなもの?」

「ほら、今だって灰夢の後ろに……」


 そう言いながら、夜宵が右手で座っている灰夢の方を指さし、

 釣られるようにして、子供たちの視線もが灰夢の方へと向く。


 すると、灰夢の肩の上には、背中に隠れる何かの小さな手が、

 プルプルと怯えるようにしながら、必死にしがみついていた。


「本当だ、誰か隠れてますね」

「もしも〜し、怖くないよ〜っ!」

「ふふっ、可愛い」


「ほら、ガンコ。挨拶しておやり……」



「「「 ……が、がんこ? 」」」



 夜宵の口から放たれた謎の名前のギャップに驚きながらも、

 ゆっくりと素顔を見せる子供の姿を、言ノ葉たちが見つめる。


「…………」





 すると、ゴゴゴゴッという圧と共に、真っ白な顔をした、

 目も鼻も口も眉も何も無い、平坦な顔の子供が姿を見せた。



























「「「 ──イヤァァァァァアァァァァァァァアアアアッ!!! 」」」

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