第弐話 【 寄り道 】

 灰夢は商店街を後にすると、街外れへと向かっていた。





「お兄ちゃん、どこにいくんでしょうか?」

「さぁ、ここら辺に何かあるのかな?」


 灰夢は、歩道橋の階段を登ろうとしている老婆を見ると、

 その場にピタッと立ち止まり、その背中を見つめていた。


「おい、小娘……」

「…………」

「……おい?」

「……ん? ワシのことを呼んでおるのか?」

「そうだよ。他に誰がいるんだ?」

「あたしみたいなババアを『 小娘 』とは、面白い子だねぇ……」

「……そうか? それより……。その荷物、随分と重そうだな」

「……これかい? これはね、孫へのプレゼントなんじゃよ」

「……そうか」


 その言葉を聞いて、灰夢が老人の前にしゃがみこむ。


「連れて行ってやるから、背中に乗れ……」

「……え? いや、でも……」

「いいから、ほら……」

「……そうかい? それじゃ、お願いしようかねぇ……」


 灰夢は老人を背に乗せると、ゆっくりと歩き出した。


「最近の若い子も、捨てたもんじゃないねぇ……」

「どうかな。俺は昔に比べて、バカが増えた気がするよ」

「ははっ……。まるで、年寄りみたいなセリフじゃないか」

「まぁ、俺も見た目ほど若くはねぇんでな」


 老婆を運ぶ灰夢を、物陰から少女たちが見守る。


「おししょー、お婆さんを……。助けてる、です……」

「ししょー、困ってる人を見ると見捨てられない性分だから……」


「お兄さんって、一人の時はいつもこんなことしてるんでしょか?」

「そう、見たいです……」

「本当に、お人好しですね。送り狼さんは……」

「……狼さん」


 灰夢はそのまま、老婆の家まで送り届けていた。


「ありがとねぇ、助かったよ」

「おう、気をつけてな」

「ほら、お小遣いだよ。大事にお使い……」


 そういって、老婆が一万円を差し出すと、

 それを見た灰夢が、そっと老婆に押し返す。


「そいつは大事な孫の為に使ってやれ。じゃあな……」

「おやまぁ……」


 老婆は、そのまま歩き去っていく灰夢の背中を、

 見えなくなるまで、静かにじーっと見つめていた。



 ☆☆☆



 しばらく灰夢が歩き進むと、とある裏道の通りに、

 怪しげなテントの様なものが、ポツンと立っていた。



( ……? こんなの、今まであったか? )



 横目でテントを見つめながらも、灰夢は気にせず歩みを進める。

 すると、中から知らない少女の声が、ボソッと灰夢の耳に響いた。


「ねぇ、そこの君……」

「…………」


 その声を聞いて、灰夢がピタリと足を止める。


「よかったら、少し占っていかない?」

「占いは、あまり興味ねぇんだが……」

「そんな事言わないで、一回だけ……ね?」

「はぁ……」


 ため息をつきながら、灰夢がテントの中へと入っていく。

 そんな灰夢の後ろ姿を、子供たち隠れたまま見つめていた。


「お兄ちゃん、あの中に入りましたね」

「あれ、なんだろう?」

「占いの館って書いてありますね」

「おししょーが、占い……」

「送り狼さんには、なんだか似合わないですね」



 ☆☆☆



 中に入った灰夢は、ローブを被った少女の前に座っていた。


「ようこそ、夢の館へっ!」

「夢の館っつぅのか、ここ……」

「うん。1回千円で、あなたの未来を占ってあげるよっ!」

「それ、当たるのか?」

「任せておいてっ! わたしの未来予知は、凄いんだからっ!」

「…………」


 笑みを浮かべる少女の顔を、じーっと静かに見つめると、

 灰夢は懐から財布を取りだし、少女に千円札を手渡した。


「毎度っ! えへへっ。それじゃ〜行くねっ!」

「……おう」


 少女が水晶に手をかざし、険しい顔で念を込めていく。

 そんな少女の必死な顔を、灰夢は静かに見つめていた。


「むむむむむむむっ……」

「…………」


 だんだんと目を細めながら、少女はさらに念を込める。


「むむむむむっ……、バタッ……」

「……あ?」

「すやぁ……。すやぁ……」

「…………」


 少女は、崩れ落ちるようにテーブルに頭をぶつけると、

 気持ちよさそうな顔をしたまま、一人で静かに眠っていた。



( ……なんだ? こいつ…… )



「……ハッ!」

「…………」


 目を覚ました少女を見ても、灰夢は動じることなく見つめ続ける。


「……君、やばいよっ!」

「夢で予知するタイプかよ。水晶要らねぇじゃねぇか」

「そこは雰囲気だよ、雰囲気っ! えへへっ……」


 赤くなったおでこを擦りながら、少女が笑顔で誤魔化す。


「雰囲気ねぇ……。んで、具体的には、どうヤバいんだ?」

「えっとね。なんかこう、女の子に追い回されてて……」

「なるほど、少し信じられそうな気がしてきたな」

「──ほんとっ!? 信じてくれるの!?」

「あぁ……」

「でも、なんで急に? 占いには興味無いって……」

「その相手が誰かは知らねぇが、思い当たる節なら腐るほどある」

「君……。普段から、そんなに修羅場を経験してるの?」

「まぁな。あれはなんかもう、避ける手段がねぇんだ……」


「一応、言っておくけど、浮気はダメなことなんだよ?」

「浮気じゃねぇよ。家族だ、家族……」

「そ、そうなんだ……。なんか、苦労してるんだね」

「あぁ、まぁな。というか、本当に俺の未来を見たのか?」

「うん、たぶん。そうだと思うけど……何で?」

「今まで、俺の未来を見れた奴はいなかったからな」



( 閻魔大王でも見れなかったのに……。何で、こいつが…… )



「未来は変えられるものだし、確証までは無いけどね」

「それ、お前が言っちゃダメじゃねぇか?」

「そうだけど、よくない未来を避ける為の占いでもあるわけで……」

「まぁ、そう言われるとそうか」


 言われたことを整理しながら、灰夢が深く考え込む。


「ちなみに、その女の特徴は?」

「なんか、ローブを被ってて、デッカイ斧みたいなのを持ってたよ」

「……斧?」

「うん。あと、不気味に『 クスクス 』って笑ってたかな」



( ……なんだそいつ、闇落ちした桜夢か? )



「誰かまでは分からないけど、女の子は寂しがり屋だからさ」

「寂しがり屋ねぇ……」

「周りにいる女の子は、なるべく気にかけてあげてね」

「へいへい、せいぜい気をつけておくとする」


 少女からアドバイスを聞くと、灰夢はおもむろに席を立ち上がった。


「占って欲しいことがあったら、また来てね」

「あぁ、気が向いたらな」

「あっ、あとさ……」

「……ん?」


 不意な呼び掛けに、灰夢が足を止める。


「ありがとね、わたしを信じてくれて……」

「……おう」


 その言葉を最後にして、また灰夢が歩みを進めていく。


「あっ、狼さんでてきたよっ!」

「ほんとだ、何してたんでしょうか?」

「お兄さんには、まだまだ謎が多いですね」

「ししょー、また別の方向に行ったよ」

「おししょー、今度は……。どこに、いくんでしょうか……?」

「このまま調査を続けるの……」





 館を出て、再びどこかに向かう灰夢を、

 子供たちはコソコソと追いかけていった。

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