❀ 第弐部 第拾壱章 昔馴染みと灰夢の素顔 ❀
第壱話 【 語らぬ背中 】
その日、灰夢は言ノ葉と氷麗の冬休みの課題を終わらせようと、
桜夢と幽々の二人も交えながら、休日を使って勉強を教えていた。
「お兄ちゃん。この、ウィドマンシュテッテン構造ってなんですか?」
「鉄とニッケルを多量に含む特殊な隕石が持つ特有の構造だな」
「狼さん。なんで、そんなことを知ってるの?」
「二百年くらい前に隕石に潰されてな。その時ついでに調べた……」
「つ、ついでにって……」
「お、おおお、送り狼さん、良く生きていましたね」
「いや、そりゃ生きてるだろ。不死身なんだから……」
真剣な顔で課題に取り組む氷麗を見守りながら、灰夢が淡々と答える。
「出来ましたよ、お兄さんっ!」
「おや、氷麗ちゃん早いですねっ!」
「……ほんと?」
「どれ、見せてみろ」
「はい、どうぞっ!」
氷麗が嬉しそうに、灰夢に自分の解いた課題を渡す。
「おい、氷麗……」
「……はい?」
「お前、いつから小学生の漢字の宿題をやり始めたんだ?」
「そんなのやってませんよ、高校の化学ですっ!」
「なら、なんで『 無機物 』って漢字の練習してんだ?」
「……えっ? だって、可能な限り無機物を書けって問題に……」
「物質の名前を書けっつってんだよ。ったく、足りねぇのは国語力か」
「つ、氷麗さんは……。その、典型的な理系嫌いですね」
「ったく、これじゃ無機物を暗記させても意味がねぇな」
頭を抱える灰夢を見て、氷麗の頬がぷくっと膨れる。
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないですか」
「正直、これ以上の言葉は出てこねぇぞ」
「はぁ、やっぱり勉強なんか嫌いです」
「そう言うな。お前は、やりゃできるんだから……」
「なら……。頑張ったら、ご褒美くれますか?」
「またそれか、味を占めやがって……」
その時、突然、コンコンッと部屋にノックが響いた。
「あいよ、誰だ?」
「私よ、ちょっといいかしら?」
「おや、お母さんなのです」
「霊凪さんか、いいぞ……」
「失礼するわね」
霊凪の声と共に、部屋の扉が開く。
「ごめんなさいね、お勉強の最中に……」
「おう、どうした?」
「お買い物に行こうと思ったのだけど、ちょっと冥界にお呼ばれしちゃって……」
「なるほど、買い物の代理を頼みに来たのか」
「えぇ……。梟月さんもお留守だし、申し訳ないのだけれど、頼めるかしら?」
「あぁ、別に構わねぇよ。特に仕事も来てねぇしな」
そう言いながら、灰夢が一人立ち上がる。
「……風花と鈴音は?」
「今は庭園にいると思うわ、妖精さんと遊んでるんじゃないかしら?」
「そうか。なら、たまには一人で行くか」
「……そう?」
「あぁ、寄りてぇ所もあるしな」
「それじゃ、お願いするわね」
すると、不意に氷麗たちがバッと顔を上げた。
「お兄さん、私も一緒に……」
「冬休みの課題は、終わったのか?」
「はい、1ページなら……」
「それは『 始まった 』っつぅんだよ。とっととやれ……」
「えぇ……」
「言ノ葉、幽々。桜夢と氷麗を任せるぞ……」
そう告げながら出ていく灰夢を、四人は静かに見送った。
「ど、どど、どうしますか? 少し、休憩にしますか?」
「うん、そうしましょう。私、疲れました……」
「休憩だぁ〜っ!」
「お昼寝タイムなのですぅ……」
四人はペンを置いて、バタッと床に転がり、
天井を見上げながら、静かに会話を始める。
「お兄ちゃん、行っちゃいましたね」
「ね〜、ワタシも行きたかったなぁ……」
「桜夢ちゃんは一緒に行くと、すぐ居なくなるじゃないですか」
「見たことないものがあると、ワクワクするんだよね」
「こ、行動が……。完全に小学生ですよ。桜夢さん……」
すると、そんな言ノ葉たちの部屋に、風花と鈴音が戻ってきた。
「ただいま〜っ!」
「ただいま、です……」
「鈴音ちゃん、風花ちゃん、おかえりなさい」
「……あれ、ししょーは?」
「お兄ちゃんなら、買い物にいきましたよ」
「あっ、そうなんだ……」
「おししょーに、まだ追いつくかな?」
「今、出たばかりだから、まだ鳥居の辺りじゃないですかね」
「……行ってみる? 風花……」
「……うん」
それを聞いた桜夢が、バッと立ち上がる。
「ワタシもいくぅ!」
「桜夢ちゃん、お兄ちゃんに怒られちゃいますよ?」
「でも、なんだかんだ許してくれるのが狼さんだもんっ!」
「まぁ、それもそうですね」
「ゆ、ゆゆゆ、幽々も行きますっ!」
「なら、みんなで行こ〜っ!」
「「「 お〜っ! 」」」
鈴音の掛け声と共に、五人は外へと走っていった。
( ごめんなさい、お兄ちゃん。言ノ葉には、止められなかったのです )
☆☆☆
六人は鳥居のところまで来ると、歩いている灰夢を発見した。
「あっ、いたいた……」
「お兄さん、しゃがんで何してるんだろ?」
「手元に、何かいますね」
六人が静かに隠れながら、目を細め見つめる。
「うっし、取れたな。もうツタに絡まらねぇように気をつけろよ」
「……キュンッ!」
灰夢はツタに絡まっていた狐を解放すると、
そのまま優しく地面に置き、自然に帰していた。
「おししょー。お狐さん……。助けて、ました……」
「……お兄さん」
「あっ、お兄ちゃんが行っちゃいますよ」
「ねぇねぇ、せっかくだから、このまま狼さんを観察してみない?」
「……ししょーを?」
「……観察、ですか?」
「うん。ワタシたちが居ない時の狼さんなんて、なかなか見られないでしょ?」
「お兄ちゃんの素顔ですか、それは少し気になりますね」
「ですです。幽々も、ちょっと興味があります……」
「よし、そうと決まれば観察開始ですねっ!」
「「「 お〜っ! 」」」
六人は桜夢の提案を聞いて、気づかれないように後を追い出した。
☆☆☆
灰夢が一人で手ぶらのまま、地域の温もりに溢れた商店街を歩く。
「おや、御面の兄ちゃんっ!」
「よぅ、今日の調子はどうだ?」
「それがなぁ、ちとアジが余っちまってよ」
「そうか。なら、それを余ってる分を全部くれ」
「女将さんといい、兄ちゃんといい。悪いね、いつも助かるよ……」
「別にいい、うちは家族が多いからな」
魚を買った足で、灰夢が再び次の店へと向かう。
「おや、御面のお兄さんじゃないの。揚がったばかりのコロッケ、良かったらどう?」
「そうか、なら1つ頂く……」
コロッケを食べ歩きながら、灰夢が次の店に進む。
「よぅ、あんちゃんっ!」
「おう、今日の調子はどうだ?」
「そうだなぁ。今日はキャベツが売れなくてなぁ……」
「そうか。なら、それを余ってる分を全部くれ」
「……本当かい? 悪いねぇ、いつも……」
地域の人たちと話す姿を、少女たちは物陰から見つめていた。
「お兄ちゃん、意外と商店街の人とも仲良いんですね」
「みたいですね。送り狼さん、意外とコミュ力高いです」
「お兄さんって、いつもあんなことしてるの?」
「うん、そうだよ〜っ!」
「おししょーも、霊凪さんも……。いつも余り物で、お料理してます……」
「そ、そうなんだ……」
「凄いね。それで、あんなに美味しいご飯が作れるなんて……」
「うちの家族は、筋金入りのお人好しなのです」
「あの立ち振る舞いからは、全然想像できないけどね」
「ですね。でも、それでこそ、言ノ葉の自慢のお兄ちゃんなのです」
「うん、そうかも……」
言ノ葉と氷麗が、そっと見つめ合い笑顔を交わす。
その時だった──
「きゃああぁぁあぁっ! 誰かっ! ひったくりよ〜っ!」
「「「 ──ッ!? 」」」
女性と悲鳴に、その場の全員が振り向いた。
「大変なのです、助けないと……」
「うん、行かなきゃ!」
「待って、ひったくりが狼さんの方に……」
「……え?」
ひったくり犯がバックを持ったまま逃走しようと、
刃物を振り回しながら、灰夢の方へと向かってくる。
その犯人を、灰夢は静かに見つめていた。
「おらおら、死にたくなけりゃどけどけぇっ!」
「…………」
刃物を見せつけ、人を押し退けながら犯人が走る。
「へへっ、ちょろいぜ……っ!?」
「…………」
目の前に佇む灰夢を見て、犯人が大きく目を見開く。
「オラァッ!!! 邪魔だ、邪魔だァッ! 道を開けろォッ!!!」
「はぁ……」
灰夢が体を一歩動かし、体を拗じるように道を開ける。
「……お兄さんっ!?」
「……お兄ちゃん?」
「ははっ、誰も俺を止められはしn……」
だが、犯人がドヤ顔で灰夢の真横を通り抜けようとした瞬間、
捻った体から放たれた灰夢の回し蹴りが、顔面へとヒットした。
「グハッ……」
「邪魔はお前だ、どけ……」
グルグル回転しながら、地面に倒れ込む犯人を無視して、
灰夢は飛んできた小さなバックを掴み、女性へと手渡す。
「ほら、もう取られんじゃねぇぞ……」
「あっ……。ど、どうも……」
唖然とする周囲の人々を気にすることなく、灰夢が平然と歩いていく。
そして、数秒の間をおいてから、店主たちが一斉に歓喜の声を上げる。
「うぉ~っ!」
「すげぇ、すげぇよっ! 兄ちゃんっ!」
「やるなぁ、あんちゃんっ! よっ! 色男っ!」
「やだもぉ、コロッケもう一個あげるわっ!」
「……そうか、悪ぃな」
「……お兄さん」
「狼さん、行っちゃった……」
「ししょー、やっぱり強いね」
「す、凄いです……。たった、一撃で……」
「おししょー、かっこいいです……」
「お兄ちゃんはやっぱり、最強なのですっ!」
溢れかえる歓喜の中、灰夢はもう一つコロッケを受け取ると、
そのまま気にも止めずに、その場を無言で後にするのだった。
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