第肆話 【 分かち合う心 】
そして、寿命を迎える当日、週を開けた月曜日の朝、
少女は再び悪魔に会いに、学校の屋上へと向かっていた。
「悪魔さん、いますかっ!?」
「おや、今日は朝から来たんだね」
そういって、その場に悪魔が現れる。
「だって……。今日、死んじゃうんでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど……」
「授業中に心臓麻痺とかだったら、嫌ですし……」
「あははっ。確かに、そのパターンはあるかもね」
少女の言葉に、悪魔は笑っていた。
「それより悪魔さん、聞いてくださいっ! わたし、友達が出来ましたっ!」
「……友達?」
「はい。一昨日、好きなアニメの映画を見に行ったんですけど……」
「ほうほう……」
「その時、別のクラスの子たちがいて……。話をしてたら、意気投合して……」
「あぁ、なるほどね」
「昨日もその子たちの家に行って、グッズを見せあったんですっ!」
「そっかそっか、それは良かったね」
嬉しそうに語る少女を見て、悪魔も嬉しそうに微笑む。
「同じ趣味の話が出来るって、こんなに楽しいんですね」
「そうだね。それは、一人では得られない感情だもん」
「ですね。こんな気持ち、生まれて初めてですっ!」
──その瞬間、少女の瞳から涙が溢れた。
「 どうしよう、わたし……。死にたく、ないなぁ…… 」
悲しそうに告げる少女を見て、悪魔の顔からも笑みが消えた。
「分かってるんです、これも運命なんだって……」
「…………」
「前は、こんなこと思わなかったのに……」
「…………」
「ごめんなさい、わたし……」
「別に、泣いてもいいよ。泣きたい時は、泣いた方がいいから……」
「……悪魔さん」
悪魔がハンカチを渡すと、少女は受け取り涙を拭いた。
──その瞬間、屋上の扉がガチャッと開く。
「──っ!?」
開いた扉を見ると、そこには二人の男が立っていた。
「だ、だれ……?」
「おい、アイツか? お前を怪我させたってのは……」
「そ、そう。アイツ……」
その男たちの後ろから、少女をイジメていた女子集団が現れ、
何かを教えるかのように、少女に向かって真っ直ぐに指を指す。
「おい、オレの連れに怪我させたんだってな?」
「……え? 怪我は、させてない……」
「っざけんじゃねぇぞ、ゴラァッ!! 本人がそう証言してんだよっ!」
怒鳴り散らしながら歩く男に、少女が怯える。
「あ、悪魔さん……。わたし、ど、どうしたら……あれっ!?」
少女が後ろを振り返ると、話していたはずの悪魔の姿がない。
それに気がつくと同時に、少女は心の中であることを察した。
( ……そうか。これが、わたしの『
そう思って諦めていた時、少女の耳に、一人の声が響いた。
「 ──梅子ッ!! 大丈夫かッ!? 」
その声に、少女がハッと顔を上げた。
「あ、灯里ちゃん……」
「梅子、やっと見つけた……」
声をかけた金髪の少女の後ろから、さらにもう一人が姿を見せる。
「香織ちゃんまで……。なんで、ここに……」
「そいつらが変な話してたから、もしかしてって……」
「テメェら、アタシのダチに何してやがるッ!!」
「来ちゃダメッ!! この人たちは、わたしを本気で……」
「──知るかッ!! ダチが危ない目に会ってるのに、無視なんか出来るかッ!!」
「灯里ちゃん、どうして……」
「……んだ? テメェら、オレとやろうってか?」
「ウチらの友達に手を出して、ただで済むと思わないでよ?」
「テメェら全員まとめて、アタシがこの手でぶん殴ってやるッ!!」
少女を脅していた、二人の男の脅しにも屈することなく、
助けに来た二人の少女が、更なる圧をイジメっ子に向ける。
「なんだ、コイツら……」
「おい、あの金髪のって……。まさか、三組の日野じゃないのか……?」
その名前に、もう一人の男が目を見開いた。
「日野って、あの……。一人で他校に乗り込んで、全員を潰したっていう……」
「あぁ、【
「おいっ! その二つ名やめろっ! 殺すぞッ!!」
名前を呼ばれた灯里が、顔を真っ赤に染めてキレる。
「ブラッド……サン、ライト……ぷっははははっ!」
「ちょっ! 香織までっ! 何で笑ってんだよっ!」
「だって、ネームセンス……あははははっ!」
「もぉ、笑うなって言ってるだろ〜っ!」
腹を抱えて笑う香織を、灯里が照れくさそうに叩いていた。
「クソっ……。なんで、アイツがここに……」
「ちょっと、何で逃げ腰になってるのよっ! さっさとやっちゃってよっ!」
「ふざけんな、あんな奴がいるなんて聞いてねぇぞっ!」
「チッ……。男のくせに、つっかえないわねっ!」
灯里の登場により、イジメっ子たちが仲間割れを始める。
それを見た梅子は、状況がわからず、ただ呆然としていた。
「とりあえず、梅子は返してもらうぞっ!」
「ふんっ! あたしたちを傷つけたら、他の男たちが黙ってな──ッ!?」
マウントを取ろうとするイジメっ子の顔面を、
灯里が迷うことなく、力いっぱいに殴り飛ばす。
「痛ったぁ……。こいつ、本当に殴って……」
「殴られる度胸もねぇやつが、人のこと傷つけてんじゃねぇ……」
イジメっ子の主犯格を、勢いよく殴り飛ばした灯里が、
胸ぐらを掴んで持ち上げながら、ギロッと睨みつける。
『 男でも何でも連れてこいよ。まとめてアタシが相手してやっからッ!! 』
その圧力に、イジメっ子たちが怯えて逃げていく。
「覚えてろッ! 絶対に見返してやるんだからッ!!」
「いこいこ……」
「何あれ、ムキになっちゃって……」
逃げた女子たちを見送ると、灯里と香織はスっと深呼吸をした。
「威勢だけで、大したことのない連中ね」
「別に、香織までついてこなくてよかったのに……」
「そうはいかないでしょっ! あんた、すぐ暴走するんだから……」
「お前は、アタシのお母さんかっ!」
「お母さんじゃなくて、幼馴染ね」
そういって、二人がそっと笑顔を交わす。
「そんで、梅子は大丈夫だった?」
「う、うん……。大丈夫、だよ……」
「なんだよ、そのキョトンとした顔は……」
「だって、なんで……。二人共、ここに……」
「いやぁ、なんかアイツらが梅子のこと話してたから気になってね」
「アタシ、悪巧みって顔見れば分かるんだよ」
「それ、あんたがよく悪巧みしてるからでしょ?」
「まぁ、それは一理ある」
「開き直らないでよ、もう……」
ドヤ顔でコクコクッと頷く灯里に、香織が哀れみの視線を送る。
すると、二人を見つめていた梅子が、ポロポロと涙を流し出した。
「──えっ!? ちょ、梅子っ!?」
「な、なんで泣いてんの……? もしかして、何かされた……?」
「ぐすっ、なんで……。二人共、わたし……。なんかの、ために……」
「そんなの、決まってるっしょ……」
「うん。友達なんだから、当たり前だよ……」
「だって、わたしたち……。一昨日会った、ばかりなんだよ……?」
「時間なんか関係ないって……」
「そうそう。気が合って、一緒にいたいと思えたら、それでいいんだよ」
「それに、なんか梅子って放っておけないんだよね」
「そうそう。鈍臭いっていうか、なんていうか……」
「わだ、じ……わ、だじ……」
ボロボロと涙を流す梅子を、二人がそっと慰める。
「よく一人で頑張ったね。梅子……」
「もう大丈夫だから。アタシたちが、一緒にいるから……」
「うん、うん……。ありがとう、灯里ちゃん。香織ちゃん……」
「あははっ! 梅子の顔、泣きすぎてぐしゃぐしゃじゃん」
「どう、しよう……。教室、戻れない……」
「も〜、しょうがないなぁ〜。一緒にサボるかっ!」
「灯里、それ自分がサボりたいだけでしょ……」
「まぁ、否定はしないでおく……」
「はぁ、まぁいいか。どうせ、授業の範囲はもう知ってるし……」
「でたよ、この優等生め……」
「いや、あんたが勉強しなさすぎるだけでしょ……」
「ふふっ、ふふふっ、あははっ……」
本音を言い合い、心から笑う灯里と香織を見て、
梅子は嬉しそうに声を上げながら、笑っていた。
それを見た二人が、そっと笑って梅子の手を取る。
「ほら、いこいこっ! 弟たちも、また会いたがってたしさ」
「先生に怒られないかな?」
「大丈夫だってっ! バレなきゃいいんだよっ!」
「あ〜、灯里最低〜っ!」
「あんまり真面目になると、香織みたいになっちまうぞ?」
「ちょっと、それどう言う意味よっ!」
「乙女脳に染まりすぎて、リアルで恋愛できなくなるタイプだよっ!」
「うっさいなっ! いいじゃん、ロマンチックを求めるくらいっ!」
「あんな二次元みたいなヒーロー、どこにもいないってのっ!」
「いるもんっ! いつか、ウチを迎えにきてくれる王子様が……」
「勉強しすぎるとあぁなるから、梅子も気をつけろよな」
「それは関係ないでしょーがっ!」
「ふふっ、灯里ちゃん……。言い過ぎ、あははっ……」
「梅子も笑わないでよ〜っ! もぅ〜っ!」
そんなことを話しながら、中学校を抜け出す少女たちを、
学校の屋上から、悪魔は一人笑みを浮かべ見つめていた。
「いやぁ、青春だねぇ……」
そんなことを呟いていると、悪魔の後ろから、
小さな黒い影が広がり、静かに男が姿を見せる。
「おや、灰夢くん。どうしたんだい?」
「変質者を捕まえたから、連れてきたんだよ」
そういって、灰夢は一人の男を投げ捨てた。
「さすが灰夢くん、仕事が早いね」
「たまたまだ。そんで、もう、あのガキはいいのか?」
「うん、大丈夫。あの子はもう、生まれ変わったからね」
「お節介だな、お前も……」
「別に。僕は、ただ『 一週間後に死ぬ 』としか言ってないよ」
「少なくとも、中学生に使う比喩表現じゃねぇだろ」
「いいのさ。それで、あの子が幸せになれるのならね」
「やれやれ……。未来が見える悪魔さまは言うことが違ぇな」
その言葉に、蒼月が小さな微笑みを浮かべる。
「人間、死ぬ気でやれば、大概なんとでもなるからね。
周りの目を気にして、怯えているから動けないんだ。
気持ちが吹っ切れるだけで、存外、物事は上手くいく。
上手くいかなくても、きっと後悔のない道にはなる。
簡単に出来ることじゃないけど、キッカケを得て、
一歩を踏み出す勇気を持てば、自ずと道は開かれる。
それだけで、どれだけ自分の未来を左右するのかを、
今回のことで、あの子に気づいてもらえると嬉しいな」
そういって、蒼月は蒼く澄み渡る空を見上げた。
「死ぬ気か。まぁ、間違っちゃいねぇな」
「君の場合は、死ぬ気が過ぎる部分があるけどね」
「死術は使ったら死ぬんだ。文字通り、死ぬ気でしか使えねぇだろ」
「やれやれ、もう少し命を大切にして欲しいなぁ……」
「そんなに脆い命なら、とっくに死んでるっつの……」
蒼月の言葉に、灰夢が当然のように答えていく。
「また会ったら、何か言われるんじゃねぇのか?」
「大丈夫だよ。多分もう、僕の顔も思い出せないだろうからね」
「便利だなぁ、魔術ってのは……」
「悪魔の存在なんて、人間は知らない方が幸せさ」
「まぁ、それもそうだな」
「それじゃ、僕たちも行こっか」
「あぁ、この変態をとっとと連れてってくれ」
「え〜、僕が後処理するの〜?」
「リリィに、『 蒼月が女子中学生を眺めてた 』って愚痴ってやろうか?」
「この仕事……。心から喜んで、お引き受けさせていただきます」
「はぁ……。これが自分の兄弟子と思うと、本当に悲しくなってくんな」
二人はそのまま、子供たちの記憶に残ることなく、
自分たちの住む裏の世界へと、静かに帰っていった。
❀ 第弐部 第玖章 心の刄と悪魔の契約 完結 ❀
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