第参話 【 今を変える勇気 】

 悪魔を名乗るヤクザ風の男に出会った少女は、

 次の日の朝も、いつも通りに学校に来ていた。




 そして、落書きをされた自分の机を見て、

 少女は落ち着いた様子で、ため息をつく。


「はぁ、またか……」


 そこに、性格の悪そうな女子集団がやってきた。


「おっはよ〜っ! どうしたの? 暗い顔しちゃって〜っ!」

「ただでさえブサイクな顔が、もっとブサイクよ? アハハッ!!」


「いや、くだらないな〜って思ってさ……」


「……は?」

「アンタみたいなやつに構ってあげてるんだから、むしろ感謝してくれない?」

「あたしたち、友達でしょ? アハハッ……」


「友達……か。友達って、何なんだろうな」


「……何? コイツ……」

「ついに、頭おかしくなったんじゃない?」

「アハハッ、かわいそ〜っ!」


 バカにして笑う生徒たちに、少女が冷たい眼差しを向ける。





「あなたたちは良いよね、何を言っても正しいみたいにされて。

 先生たちだって、皆知ってるくせに、見て見ぬふりをしてさ。


 誰か一人を数で見下して、自分が偉いかのように振る舞って、

 それを全員でやれば、わたしが悪いみたいな空気になってさ。


 言葉は数の暴力。確かにそう、誰もわたしの言葉は聞かない。

 何を言っても信じないし、聞く耳を持とうとさえしてくれない。


 他者を見下すことを躊躇わない人に、この気持ちが分かる? 

 イジメられるって分かってるのに、わざわざ学校に来る気持ち。


 どうせ、分からないでしょ? 絶対、考えたことも無いもんね」





 そんな少女の言葉に、イジメっ子たちが苛立ちを募らせる。


「……は? 何様だよ、お前……」

「反応悪んだよ、つまんねぇなッ!!」


 そう言いながら、イジメのリーダーポジションの生徒が、

 落書きのされた少女の机を蹴り、少女ごと突き飛ばした。


「痛っ……」

「そう、そうだよ。その顔がお似合いだよ、陰キャ野郎……」



 その時、少女は昨日の悪魔と話していたことを思い出していた。



  ❖ 回想 ❖



『……特別な力?』

『うん、僕の要望を聞いてくれたからね。これは、僕からの特別サービスさ』

『それは、どんな力なんですか?』

『そうだなぁ……。じゃあ、これをあげるよ……』


 そういって、悪魔が少女に自分の羽を一枚渡す。


『……カラスの羽?』

『悪魔の羽ね。そこには、僕の魔力をつぎ込んでおいた』

『……魔力?』

『うん。それを握っている時だけ、物を凄く早く投げられるよっ!』

『それ、何の役に立つんですか?』

『そのイジメてくる女の子たちに、何かを投げてビックリさせてあげなよ』


 少女は羽をじーっと見つめると、悪魔の顔を見上げた。


『それはつまり、わたしに戦えってことですか?』

『別に戦わなくていい。ただ、人間の言葉は数の暴力だからね』

『…………』

『例え間違ったことでも、人は群れることで、それを正当化しようとする』

『ま、まぁ……。それは、確かに……』

『そういう時は、だいたい何を言っても通じないからさ』

『…………』

『暴力には暴力しか通じない。きっと、驚かすだけでも冷静になるよ』

『は、はぁ……。分かり、ました……』



  ❖ 回想終わり ❖



 それを思い出した少女が、ゆっくりと立ち上がる。



「暴力には、暴力でしか通じない……か。ふふっ、確かに……」

「……は?」


 そう呟くと、少女は自分の机を持ち上げた。


「そんなに反応を楽しみたいなら、楽しませてあげるよ」

「……何? そんなんで怖がると思ってんの?」

「アハハッ。何、ちょっと強がって……」



 ──その瞬間、机の足が黒板に刺さる勢いで飛んだ。



「……へ?」

「な、なっ……。何、今のスピード……」

「黒板に、刺さってるんだけど……」



『……どうしたの? もっと笑いなよ、これが面白いんでしょ?』



 少女は、後ろの黒板下からチョークを手に取ると、

 女子集団に向けて、小さく不敵な笑みを浮かべていた。


「ま、待って……。ごめん、悪かったって……」

「やめてって言ってやめてくれなかったのに、やめてくれると思ってるの?」

「ちょ、マジでコイツヤバいって……。本当に、頭おかしいんじゃ──ッ!?」


 そう告げる女子の顔の横を、チョークが銃弾のようにすり抜ける。


「誰のせいで、おかしくなったと思ってるの?」

「ちょ、ヤバいって、逃げよっ!」


 さらに机を手に取った少女が、ゆっくりと集団に歩み寄る。


「ふふっ、逃がすわけないでしょ?」

「うわあぁっ──」


 少女は怯えて丸くなる女子集団を見ると、静かに机を置いた。



「もう、わたしに関わらないで……。次に関わったら、許さないから……」



 その場で唖然としたまま、イジメていた集団が固まる。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 言葉を無くした女子集団に見守られながら、少女は一人、教室を後にした。



 ☆☆☆



 少女は、そのまま屋上に来ていた。


「居ますか? 悪魔さん……」

「うん、いるよっ!」


 声の方に振り向くと、そこには悪魔が座っていた。


「わたし、やってやりましたっ!」

「うん、見てたよ。やれば出来るじゃないっ!」

「悪魔さんのおかげです。ちょっと、スカッとしました」

「そっかそっか。うん、今日の君は、昨日より生き生きしてるね」

「本当ですか? えへへっ……」


「寿命までは残り六日、悔いが残らないようにね」

「そうですね。やり残したこと、全部やらなきゃっ!」


 少女はそういうと、小さく拳を握りしめた。



 ☆☆☆



 それから毎日、少女は中学校の屋上に来ていた。


「悪魔さん、居ますか?」

「うん、いるよ〜っ!」


 少女に呼び出されるように、その場に悪魔が現れる。

 すると、少女を見た悪魔が、キョトンと目を丸くした。


「おや、随分と印象が変わったね」

「えへへっ、ちょっと勇気を出して、昨日、美容院に行ってみました」

「そっかそっか。うん、よく似合ってるよ」

「本当ですか? えへへっ、嬉しいですっ!」


 ボサボサの髪から、ショートヘアになった少女。

 そんな少女を見て、悪魔が小さな笑みを浮かべる。


「いいね、人生を楽しんでるって感じがするよ」

「えへへっ、そうかもですね」

「残り三日、悔いが残らないようにね」

「はい、頑張りますっ!」


 そういって、少女は嬉しそうに笑っていた。



 ☆☆☆



 その次の日も、少女は屋上に来ていた。


「それで、一晩中ゲームをしてたら、夜が開けちゃって……」

「なるほどね。それで、今日はそんなに眠そうなのか」

「はい。ちょっと、無理しすぎました……」

「寝不足は、お肌に良くないよ?」

「いいんです。どうせ、死んじゃいますし……」

「…………」

「おかげで、好きだったゲームのエンディングも、見れましたから……」

「……そっか」


 少女の話を聞いて、蒼月が小さく笑ってみせる。


「えっと、明日は土曜日か」

「そうですね。わたしの人生、最後の週末です」

「寿命まで、残り二日。最後まで、悔いの残らないようにね」

「はい。頑張……り、ます……」





 少女は悪魔に寄りかかると、そのまま眠りについていた。



























「あと、もう少しだよ。頑張って……」

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