第肆話 【  顔子 】

「「「 ──イヤァァァァァアァァァァァァァアアアアッ!!! 」」」



























 灰夢の後ろから姿を見せた、顔のない和服の子どもに、

 言ノ葉たちは慌てて距離を取りながら、悲鳴を上げた。





「──ッ!?」


 その悲鳴を聞いて、顔のない少女が慌てて灰夢に隠れる。


「おい、あんま驚くな。ビビってんだろうが……」

「し、しししし、ししょー……。か、顔がないよ……」

「知ってる、見りゃわかる」

「ど、どど……。どういう、ことですか? なんで、顔が……」

「どういうことって、見たまんまだ……。そういうあやかしなんだよ」

「……あ、妖っ!? それって、まさか……」

「あぁ、聞いたことぐらいあんだろ──」


























       『 他の何者でもない、あの、【 野箆坊のっぺらぼう 】だ── 』



























「のっぺら、ぼう……」


 灰夢の告げた一言で、子供たちが言葉を失う。


「夜宵は元々、妖刀や霊刀を集める『 刀狩かたながり 』で知られててな」

「……か、刀狩? 刀狩って、農民なんかから武器を集めるやつじゃ……」

「それは学校の教科書の話だろ。こいつの場合は、ただの趣味だ……」

「し、趣味……」

「ガキの教科書で言うとアレだ、『 弁慶 』ってのが近いかもな」

「この人が、刀狩りを……」


 キョトンとする子供たちを見て、夜宵が静かに口を開く。


「刀は造り手の魂さ。それ故に、刀その物が意志を持つことがあるんだよ」

「な、なるほど……」

「そして、時には人に憑依して、悪さをする妖刀や霊刀も存在するのさ」

「そういえば、九十九さんもお兄ちゃんに憑依できるって言ってましたね」

「確かに、灰夢の持つ妖刀【 雫落 】しずくおとしも、立派な妖刀の一つだね」


 説明を聞いていた氷麗が、白い目で灰夢を見つめる。


「九十九さんって、そんなヤバい代物だったんですね」

「……らしいな。俺には、よぅわからんが……」

「はぁ……。全く、この人は……」

「……んだよ」


 危機感の無い灰夢の感想に、氷麗が呆れて天を仰ぐ。


「まぁ、そんなこんなで、ここには曰く付きの代物が置いてあるのさ」

「ここに、そんな危ないものがたくさん……」


 周りに飾ってある沢山の骨董品を見て、子供たちが息を飲む。


「でも、刀以外のものまでいっぱいありますね」

「怪異的な事件を解決してたら、いつしか便利屋みたいになっててね」

「……便利屋?」

「あぁ……。おかげで、今じゃ忌能協力者のエイド・ファクター一員という訳さ」


「昔っから、困った時は夜宵に……みてぇな感じはあったたもんな」

「全く、アタシは刀以外に興味はないんだけどね」

「お前のお人好しが過ぎる証拠だろ」

「仕方ないだろう。頼まれたら、断れない性分なんだよ」

「俺と初めて会った時も、そんな感じの理由だったんだっけか?」

「そうだね。あの時は、森に潜む怪物の討伐依頼だったかな」


「「「 ……え? 」」」


 夜宵の口から出た過去の依頼内容に、子供たちが一斉に食いつく。


「俺、覚えてねぇんだよな。お前と戦ったの……」

「まぁ、あの時のお前さんは、暴走状態だったからね」



((( ……暴走状態っ!? )))



 二人の会話に若干引きながらも、言ノ葉が灰夢の袖を引く。


「お、お兄ちゃん……」

「……ん?」

「お兄ちゃん、人を襲ったんですか?」

「まぁ、襲ったは襲ったが、こっちにも言い分はある」

「……言い分?」


 不満げな表情で答える灰夢を向て、言ノ葉が首をかしげる。

 そんな、灰夢に変わるように、座っていた夜宵が口を開く。


「安心しな。灰夢は別に、理由もなく人は襲っちゃいないよ」

「でも、討伐依頼が出ていたって……」

「灰夢が怒ったのは、寝ているところを襲撃されたからさ」

「あぁ、なるほど……。いつもの奴なのです……」

「あの森は獣も多く、里の者たちに危険視されていたからね」

「では、暴走状態だったというのは……」

「それは、まぁ……。アタシのせいというか……」

「……え?」


 どこか、気まずそうに答える夜宵の姿を見て、灰夢が口を挟む。


「アレは別に、お前のせいじゃねぇだろ」

「だが、アタシが余計なことをしなければ、お前さんは……」

「主犯格が別にいる以上、どの道、争うことにはなっていた」

「…………」

「それにな、夜宵……。もし、お前が俺を止めなきゃ……」

「……?」

「俺は無関係な里の奴らまで、襲っていたかもしれねぇ……」

「そうだね。でも、お前さんを止めたのは、アタシじゃないさ」


 すると、近くに立っていた野箆坊のっぺらぼうの顔子が、灰夢の傍へと歩み寄る。


「そうだったな。俺を止めてくれたのは、お前だったか……」

「──ッ!!」

「顔子ちゃんが、お兄さんを止めたんですかっ!?」

「あぁ、そうらしい。俺は、覚えちゃいねぇんだがな」


 小動物のように甘える顔子の頭を撫でながら、灰夢が小さく微笑む。


「お兄さん、随分と好かれているんですね」

「なんか、よく分からねぇ言いがかりを付けられてんだ」

「……言いがかり?」


 灰夢に甘える顔子を見つめながら、夜宵が再び口を開く。


野箆坊のっぺらぼうは、初めて素顔を見せた異性と結婚する風習らしくてね」

「……え?」


 夜宵の言葉を聞いた途端、子供たちの表情が固まった。


「おししょー、結婚……。するん、ですか……?」

「しねぇよ、するわけねぇだろ」

「──ッ!?」


 灰夢の一言に顔子が『 ガーンッ! 』というリアクションを取り、

 しょんぼりと青ざめた顔色で落ち込みながら、部屋の隅っこにうずくまる。


「いつもあんな感じだが、顔子は灰夢の心を落とすことに必死なのさ」

「お兄さん、あんないたいけな子供をあしらうなんて最低です」

「氷麗は俺が、あんな幼女と結婚するっていったらどうすんだ?」

「もちろん、心の底からさげすみます」

「本当に容赦ねぇな。お前……」


 落ち込む顔子を抱き抱えながら、灰夢が再び座り込む。


「でも、顔子ちゃんは祠には住まないんですね」

「まぁ、顔子を拾ったのは夜宵だし、夜宵には顔子が必要だからな」

「……必要?」


 すると、不意に時計を見た灰夢が、思い出すように声を上げた。


「あっ、悪ぃ……。そろそろ飯の時間だ。話の続きはまた今度な」

「なんか、凄く気になるところで終わったんですけど……」

「そのうち知る機会もあるだろ。お前らの学校にいるんだから……」

「……誰がですか?」

「……夜宵がだよ」

「……え?」


 灰夢の言葉に、言ノ葉たちがキョトンとした顔を見せる。


「お侍さん、うちのコーチョーセンセーだもんねっ!」

「まぁ、一応はね」



「「「 ──えっ!? 」」」



 桜夢の一言に驚き、言ノ葉たちの顎が一瞬で外れる。


「うちの校長先生は仕事を掛け持っていて、あまり姿を見せないって……」

「まぁ、SACTからの依頼もあるし、見つけていない妖刀もあるからね」

「学校にいないのは、そういう理由だったんですね」

「あと、最近は地域ボランティアの付き合いもあって、何かと忙しいのさ」

「……地域のボランティア?」

「さっきの黒服たちはアタシの舎弟でね。地域安全を守る為に働いている」

「夜宵さんって、そんなこともしているんですか?」

「あぁ……。主に、アタシの経営する、学校の生徒たちを守る意味でね」

「な、なるほど……」


 人は見かけじゃないということを知り、氷麗が返す言葉を失う。


「でも、あんなにたくさんの舎弟さんがいるなんて……」

「元々は街で悪さをしていたヤツらだが、とっちめたらついて来ちゃってね」

「おぉ、とてつもない程の姉御体質なのです……」

「生徒の安全も守らなきゃ出し、せっかくならと手伝ってもらっているのさ」

「た、確かに……。この街、何故か、黒服の人を頻繁に見かけるのです……」

「まぁ、アタシも最近は、舎弟が増えすぎて困ってるのもあるんだけどね」


 夜宵は頭を掻きながら、困ったように苦笑いをしていた。


「でも、なんで……。刀を集めている人が、学校の経営なんて……」

「もちろん、お前さんたちのように、忌能力で悩む子供の居場所を作る為さ」

「……夜宵さん」

「元々、あそこは昔も学校みたいだが、廃校になっていたからね」


「えっとえっと……。それ、元々、幽々が通っていた学校です……」

「どうせならと、新しく建てたのが、今の私立異彩学園しりついさいがくえんという訳さ」


「まぁ、じゃなきゃ桜夢が数ヶ月で合格なんてするわけねぇからな」

「あ〜っ! 狼さん、ひっどぉ〜いっ!」


 桜夢が頬をぷっくらと膨らませながら、灰夢の背中をポコポコと叩く。


「アタシが面談したんだ、不平の無い評価はしたつもりだよ」

「確かに、うちの入試や編入試験は面接だけでしたね」

「大切なのは『 個性こせい 』って、募集要項に書いてあった気がする」

「氷麗ちゃんは、それでウチの学校を申し込んだんですか?」

「うん。なんか、他の高校と違う気がして……」

「わたしは小学校からなので、あの学園以外は見たことなかったのです」

「あの個性という言葉は、『 忌能力 』という意味だったんですね」

「それだけじゃないが、同じ悩みを持つ者は、自然と集うものだよ」

「と、とんでもない学校だったのですよぉ……」


 自分の通う学校の真実に、氷麗と言ノ葉が言葉を失う。


「まぁ、そんな訳だ。学校で何かあれば、アタシに言うといい」

「は、はぁ……。ありがとう、ございます……」

「お兄ちゃんの人脈、驚き過ぎて、言葉にならないのです……」


 夜宵の堂々たる姿勢に、二人は開いた口が塞がらずにいた。



 ☆☆☆



「そんじゃ、また来るな。夜宵、顔子……」

「あぁ……。お前さんも、またトラブル起こすんじゃないよ」

「へいへい、頭の片隅には入れておいてやる」

「ふっ、信用出来ないね。この男は……」

「ほっとけ、お互い様だろ」


「顔子ちゃん、また今度なのです」

「また、お話たくさん聞かせてね」

「ですです。楽しかったです……」

「お邪魔、しました……」

「またね〜っ!」


 別れの挨拶をする子供たちに、顔子はフリフリと両手を振っていた。



 ☆☆☆



 子供たちと共に別れを告げた灰夢たちが、歩いて祠へと向かう。


「お兄ちゃんって、意外と顔が広いんですね」

「『 意外と 』ってなんだ。これでもお前らの数十倍は生きてんだぞ」

「学校とか仕事の話は、お父さんが全てを担っていると思ってました」

「まぁ、SACTからの事件関連はそうだが、俺にも人付き合いはある」


「でもでも、どこに行っても、言い寄られてるのは変わらないですね」

「さっすが、狼さん。……見境ないねっ!」

「笑顔で褒めてる風に言っても、嬉しくねぇよ。幽々、桜夢……」


「お兄さんの浮気者……」

「氷麗、引きずる女はモテねぇぞ」

「原因であるお兄さんにだけは、言われたくないですっ!」


「ししょーは、誰のものでもないもんね」

「おししょーは、みんなの……。おししょー、です……」

「風花と鈴音が一番まともという事実に、何だか悲しみを覚えるな」


 夕暮れに染る帰り道を、みんなで話しながら歩いていく。


「そういや、お前らここに来たってことは、宿題は終わったんだろうな?」

「あっ……」

「それは、そのぉ……」

「テメェら、帰ったら覚えておけよ」

「嫌だぁ、もう数字みたくな〜いっ!」

「つ、氷麗ちゃんが壊れました……」

「泣けば許すほど、俺は優しくねぇ……」

「うわぁん、言ノ葉ぁ……」

「あ、あははっ……。お兄ちゃん、容赦ないのですよぉ……」





 灰夢が顔に出さずとも、共に歩む子供たちには、

 灰夢の思いやる素直な心が、自然と伝わっていた。

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