❀ 第弐部 第拾章 踏み出す勇気と悪魔の契約 ❀

第壱話 【 変質者 】

 十二月中旬、灰夢は蒼月と晩飯の買い出しをしながら、

 変わりゆく季節を感じ、時の流れについて語っていた。





「なんか、ここら辺も変わったな」

「そりゃね。ここに住んで、もう何十年になるんだか」

「お前の容姿だけは、微塵も変わらねぇけどな」

「灰夢くんだって、人のこと言えないからね?」


 そんなことを言いながら、灰夢たちがゆったり歩いていると、

 二人の後ろから、勢いよくタッタッタッタッと走る音が響く。


「……あ?」


 自分の方に向かっている音に、灰夢がパッと振り返ると、

 一直線に走ってきた女子高生が、迷うことなく抱きついた。


「──お兄ちゃんっ!」

「おぉ、言ノ葉か……」


「お兄さん、蒼月さんも……」

「おや、氷麗ちゃん。学校、お疲れ様……」

「ありがとうございます。お二人は、こんなところで何してるんですか?」

「晩御飯の買い物さ、今日の晩御飯は手羽先らしいよっ!」

「手……羽、先……」


 蒼月の言葉に、氷麗がじゅるりとヨダレを垂らす。


「言ノ葉たちは、こんなところで何してるんだ?」

「えへへっ……。今日は、灯里ちゃんたちとお勉強会なのですっ!」

「……灯里たち?」


 言ノ葉の言葉を聞いて、灰夢が言ノ葉の後ろに目を向けると、

 灯里、香織、梅子の三人組が、灰夢たちの傍に歩み寄って来た。


「パイセン、おっひさ〜っ!」

「お久しぶりです、センパイ……」

「おう、久しぶりだな。お前ら……」


「おじさんも、お久しぶりです」

「久しぶりだね、梅子ちゃん。元気そうで何より……」


「これからファミレスで、みんなで勉強会をする予定なのです」

「そうか、あんまり遅くならねぇようにな」

「はい、了解なのですっ!」


 元気な声で返事をしながら、言ノ葉が満面の笑みを見せる。


「お兄さん、あの……」

「……ん?」

「今日は、その……。バイトは、ないんですけど……」

「……晩飯か?」

「……はい」

「分かった。作っとくから、言ノ葉と帰りに寄ってけ……」

「──やったっ! 楽しみにしておきますね」

「へいへい……」


「それじゃ、お兄ちゃん。またあとで〜っ!」

「おう、お前らも気をつけてな」



「「「 は〜いっ! 」」」



 言ノ葉たちは手を振ると、そのままファミレスへ向かっていった。


「氷麗ちゃんも、すっかり馴染んだみたいだね」

「あぁ、みたいだな」


「それに、梅子ちゃんたちも元気そうでよかったよ」

「あれだけのことがあった割には、普通そうだな」

「前に言った通り、僕のことなんて覚えてなかったでしょ?」

「……いや、覚えてただろ?」

「あぁ、いや……。この間のことじゃなくてさ……」

「……あ?」

「ほら、覚えてない? あの子たちが中学の時の……」

「お前、あいつらが中学の時から目をつけてたのか?」

「やれやれ、こっちの記憶まで消した覚えはないんだけど……」

「……ん?」


 呆れる蒼月を見て、灰夢が不思議そうに首を傾げる。


「前に、悩んでる中学生がいたの覚えてない?」

「……あぁ、あれかっ!」

「お、やっと思い出した?」

「あの、お前が変質者になってた時の……」

「はぁ……。ダメだコレ……」


 微塵も思い出す気配を見せない灰夢に、蒼月は言葉を失った。



  ❖ 回想 ❖



 今から二年ほど前の話、灰夢は一人で街を歩いていた。


「ふぅ〜、今日も平和だなぁ……」


 そんなことを呟いていると、ほのぼのと歩く灰夢の視界に、

 中学校を覗き見る、白服のヤクザのような風貌の男が現れた。


 それを見た灰夢が男に向けて、じーっと冷たい視線を向ける。


「…………」

「……ん? おや、灰夢くんっ!」


 灰夢を見つけた蒼月が、パッと笑顔を灰夢に向けると、

 灰夢は蒼月に歩み寄り、無言のまま手頸に枷をつけた。


「蒼月、自首してこい。今なら、まだ間に合うから……」

「あ〜、せめて事情は聞いて欲しいなぁ……」

「中学校を覗き見るオッサンなんて、もう確信犯だろ」

「一応、僕にも倫理観はあるんだよ?」

「そんなヤクザの格好をしてる奴に言われても、説得力ねぇよ」


 そう言いながら、灰夢が哀れみの視線を送る。


「そんで、こんなところで何してたんだ? お前……」

「いやね。この地区に、学生を狙う変質者がいるんだってさ」

「……なるほど、お前か」

「少しでいいから、兄弟子を信じてくれないかい?」


 躊躇のない灰夢の言葉に、蒼月は呆れていた。


「そんなこと、どこで聞いたんだ?」

「昨日、お巡りさんに声をかけられてね。そんなことを言ってた」

「いや……。それ確実に、お前のこと疑ってきてただろ」

「『 見かけたら報告するね 』って言ったら、不思議そうな顔してたよ」

「だろうな。それ、『 自首は? 』って顔だよ」


 蒼月の供述に、灰夢が的確なツッコミを入れていく。


「この時間帯に現れるらしいから、何となく見て回ってたんだよね」

「……そうか」

「灰夢くんは、何してたの?」

「晩飯の食材を買うついでに、散歩をしてただけだ」


「おっ! その材料って、もしかして?」

「あぁ……。お前の好きな、手羽先だよ」

「やった〜っ!」


 二人はそのまま、祠に向かって歩きだした。


「そいつは、痴漢か何かか?」

「なんでも、スカートをめくりに来るらしいよ」

「なるほど、それは蒼月じゃないな」

「確かに、僕はめくらなくても見れるけど、その確認の仕方は嬉しくないなぁ……」


「というか、今どきスカートめくりって。小学生のイタズラかよ」

「本当だよね。スカートは、ギリギリで中が見えないからいいのに……」

「はぁ……。一瞬でも、お前の倫理観を信じた俺の信頼を返せ……」

「大丈夫、僕はリリィちゃん一筋だからねっ!」

「むしろ、それが揺らいだら、俺がお前を捕まえるわ」


「灰夢くんだって、たまに言ノ葉ちゃんと一緒に寝てるじゃない」

「あれは、あいつが勝手に俺の布団に潜り込んでるだけだ」

「向こうから言い寄られても、手を出したら悪いのは男だからね」

「こういうことを言われるから、世の中は理不尽に溢れるんだよな」

「しょうがないさ。今回の変質者みたいなのが、実際にいるんだし……」

「そういう奴らのせいで、こっちにも偏見が来る思うとムカつくな」

「だね。ちゃんと見つけて、捕まえなくちゃ……」

「あぁ……。見つけたら、徹底的にボコってやる」

「あらあら……」


 そんな話をしていると、蒼月が不意に学校を見て立ち止まった。


「……ん? どうした? 蒼月……」

「灰夢くん。ごめん、やっぱり先に帰ってもらってもいい?」

「……何かあったのか?」

「ちょっと、野暮用を思い出してね」

「そうか、別に構わねぇが……」


 蒼月の言葉に、灰夢が首を傾げる。


「ごめんね、ご飯までには帰るから……」

「あいよ。せいぜい、警察に捕まんなよ」





 そういうと、蒼月は空間転移で目の前から消え、

 一人で残された灰夢は、歩いて祠に帰っていった。

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