第拾弐話【 主との約束 】

 ゴーストが剣を掲げた瞬間、突然、ノーミーと幽々が、

 まるで、気を失ったかのように、その場に崩れ落ちた。





「──な、なんだっ!?」

「ノーミーさん、幽々さんまで、どうしちゃったんすかっ!?」

「……体の、力が……入らない、デス……」

「……いし、き……が……もって、い……かれます……」


 そんな二人を見て、沙耶が後ろを振り返ると、

 同じように地に伏せる、恋白の姿が目に映った。


「──恋白くん、大丈夫かっ!?」

「沙耶、さま……。皆様を、連れて……早く、逃げて……」

「なんだ、これ……。──お前、何をしたっ!」



「オレ様に逆らうから、こういうことになるのだ……」



「沙耶姉、ヤバいっす。自分、透明になれなくなってるっす!」

「……え?」


 沙耶が忌能力を使うも、何かに妨げられるかのように術式が解ける。


「この魔法陣のせいか。……これが、あの剣の力なのか?」

「その通り。この聖剣は、あらゆる忌能やマナの力を封印することができる」

「なるほどな。だから、妖力や魔力を主体にする、が倒れたのか」

「沙耶姉、どうするっすか? 周り、囲まれてるっすけど……」

「クソッ……。例え素手でも、今はやるしかないッ!!」

「そ、そうっすね……。何としても、突破するっすッ!!」


 沙耶と透花がクナイを使いながら、群がるアーマーに挑んでいく。


 だが、どれだけ倒しても、再び立ち上がるアーマーに、

 だんだんと囲まれながら、二人は追い詰められていった。


「チッ……。このままじゃ、みんなを守りきれないっす……」

「次から次へと……。さすがに、数が多すぎる……」

「どうしたっ! もっと抗え、オレ様を楽しませて見せろっ!」


 地に伏せる恋白たちを、他のアーマーたちが回収していく。


「マズイ、恋白くんたちが……」

「ほら、とっととガキ共も捕まえろっ!」


 再び魔法陣が光り、アーマーたちが数を増やして取り囲む。


「クソッ、どうしたら……」

「こんなに出てきたら、もう自分たちじゃ手に負えないっすよ……」


 アーマーたちに囲まれた沙耶と透花が、背中合わせに身構えると、

 突然、二人の腰に備えていた剣が、キラキラと光りを放ち出した。



「……な、なんだ?」



 その謎の光に、アーマーたちが警戒しながら後ずさる。


「この光……透花っ! 運び屋くんに貰った剣を抜くんだっ!!」

「──う、うっすっ!」


 透花は言われるがままに剣を抜き、その剣を持って構えをとった。


「はっ、そんなレプリカに何ができるっ! 所詮は偽物だ……」

「そんなはずはない。これは、運び屋くんに託された聖剣だッ!!」

「きっと自分たちに、力を貸してくれるはずっすッ!!」


 二人が剣を握りしめると同時に、突然、剣が機械の言葉を発する。



























      『 所有者ノ身体能力ステータス取得開始インストール機動範囲プログラムヲ作成── 』

























 突然のボイスに、沙耶と透花は剣を持ったまま固まっていた。


「剣が、喋ったっす……」

「……今、何て言った?」

「さぁ……。急すぎて、よく聞き取れなかったっすよ」

「ボクもだ……。だが、きっと何かが作動したんだっ!」

「そうっすね。そう信じて、戦うしかないっす!」


「くだらない……。多少傷つけても構わん、捉えろッ!!」


 ゴーストの掛け声に反応して、アーマーたちが一斉に襲い掛かる。



























        『 ──敵ノ攻撃ヲ確認、反撃ヲ開始シマス 』



























 その瞬間、剣の声と共に沙耶と透花が同時に動き出し、

 襲ってきたアーマーたちを、華麗な斬撃で打ち砕いた。


「──何ッ!?」


「なんだこれ、体が勝手に……」

「なんか、自動的に敵の動きを読んでるっす!」


 ひたすら向かってくるアーマーの大群を物ともせずに、

 次々と返り討ちにし、みるみるうちに攻め返していく。


 その異様な光景を、ゴーストは口を開けたまま見つめていた。


「馬鹿な。今は、オレ様以外の力を封印しているはず……」

「覚えておけ、ゴースト。──科学の力は例外だとなッ!!」

「皆さんを、返してもらうっすよッ!!」


 二人が周囲の敵を打ち払い、そのままノーミーを奪還する。


「あと、二人っす! まだまだ行くっすよッ!!」

「小癪なガキ共が……」


 ゴーストは恋白の傍に歩み寄ると、恋白に剣を向け人質にし始めた。


「それ以上、オレ様に抵抗してみろ。……この女がどうなるかな?」

「──なっ、白蛇さんっ!」

「コイツ、この状況で人質を取るとは……」


 壊れたアーマーたちが、再びカタカタと音を立て立ち上がる。


「クソッ、ゾンビ共め……」

「ちょ、幽々さん奪還したんすけど、掴めないっす!」

「そうか。ボクたちじゃ、幽々くんに触ることが出来ないんだった」


 ノーミーと幽々を守る二人を、アーマーたちが追い込んでいく。


「さぁ、大人しく捕まれ……」

「くっ……。この男、どこまで性格が悪いんだ……」

「あんな聖剣さえなければ、こんな奴ら簡単に……」

「諦めろ。お前らに、逃げ道なんてもんはないんだ……」


 沙耶と透花がアーマーに囲まれ、ついに、逃げ場を失った。



 その時だった──



























             「 ……させ、ません 」



























               「 ……あ? 」



























        小さな声で呟きながら、恋白が必死に右手を伸ばす。



























        【  水神白蛇すいじんはくじゃ …… ❀ 八岐大蛇ヤマタノオロチ ❀  】



























 周囲を包む封印術の反動で、体を焼かれながらも、

 恋白は無理やり霊力を使い、巨大な術式を展開した。


「ヤーちゃん、お願い……。みんなを、主さまの元へ……」


 子供たちの足元に術式が広がり、巨大な蛇が顔を覗かせる。



『『『 シャーーーーーーーーーーーッ!! 』』』



「──なっ!?」


「──ちょ、今度はなんすかっ!?」

「──んっ!? ほわっ、ほわああぁぁああっ!」


 大蛇は子供たちを一口で喰らうと、再び術式の中に消えた。

 そんな一瞬の出来事に、ゴーストが目を見開いたまま固まる。


「なんだ、今のは……」

「あなたの、好きには……。させ、ません……」

「まさか、貴様……。この結界の中で、力を使ったというのか?」

「主さまと……。お約束、致しましたので……」

「……何?」

「わたくしが必ず、と……」

「──コイツッ!」


 ゴーストに胸ぐらを掴まれた恋白は、それでも笑みを浮かべていた。



























          「 わたくしの勝ちです、亡霊ゴースト…… 」



























 そんな恋白の不敵な笑みに、ゴーストが手を震わせる。


「…………」

「…………」

「へっ……。まぁ、いいだろう。本番前の準備運動には十分だ……」

「あなたのことは、きっと主さまが倒してくださる」

「……主さまだと?」

「あの方は、あなたなんかに絶対に負けない」


「はっ……。どんな人間も化け物も、今のオレ様には勝てはしない」

「必ず勝ちます。あの方は、わたくしのお使いする主さまなのですから……」

「……ほぅ? そいつは楽しみだな」

「くっ……」


 ゴーストは恋白の言葉に、不敵な笑みを浮かべると、

 再び剣を光らせ、そのまま気絶した恋白を連れ去った。



























      『 さぁ、彷徨う亡霊のショータイムだ。


              待っていてくださいよ、ミーア姫…… 』



























            「 ……あるじ、さま…… 」



























 クラーラと話をしている灰夢の頭の中を、不意に恋白の声が過ぎる。


「やっぱ、元の姿に戻ると、ファンタジー感がすげぇな。……ん?」

『……? どうされました? ファントムさん……』

「今、仲間の声が聞こえた気がしてな」

『……そうですか? 私には聞こえませんでしたが……』

「いや、仲間に何人か心話できるのがいるんだ」

『……そうなのですか』

「……おかしいな、気のせいか?」


 疑問を抱いた灰夢が、心の中で恋白に呼びかける。


『……恋白、何かあったか?』

『…………』

『……恋白?』

『…………』


「ダメだな、応答がねぇ。寝てるわけじゃねぇだろうし……」

『おや、大丈夫でしょうか。……心配ですね』

「何かあったのかもな。少し様子を見に……あ?」

『──っ!? なっ、なんですか? これは……』


 灰夢とクラーラの真横に、巨大な術式が広がった。

 その中から、大蛇が逃げるように次々と飛び出す。



『『『 シャーーーーーーーーーーッ!! 』』』



『──なっ、蛇っ!?』

「八岐大蛇……。待ってくれ、こいつは俺の仲間だっ!」


 八岐大蛇は術式を出ると、口から子供たちを吐き出した。


「うへぇ、喰われたァ……」

「ベトベトっす。おえぇぇ……」

「凄く、汚れちゃいました……」

「これは……。新手のプレイ、デスね……」

「おい、お前ら……。なんで、大蛇の口から……」



『『『 シャーーーーーーーーーーッ!! 』』』



 必死に訴える八岐大蛇から、灰夢が何かを感じ取る。


「おい、恋白はどうした?」

「ゴーストっす、ゴーストが出たんす……」

「……ゴースト? お前らの前にか?」

「あぁ……。なんか、街中に鎧が置いてあって、急に動き出したんだ……」

「そしたら、ゴーストが出てきて、恋白さんが連れていかれちゃったっす……」


「……恋白が連れていかれた?」

「恋白くんに、『 お前は綺麗だ…… 』みたいなことを言ってて……」

「そしたら奴が、無駄にデカい剣を取り出したんす……」

「その剣の変な光を浴びたら、やられちゃったデス……」

「幽々も、動けなくなっちゃって……。ご、ごめんなさい……」


 幽々とノーミーが申し訳なさそうに、俯いたまま灰夢に謝る。


「二人は悪くないんすッ! 二人とも、必死に戦ってくれたんすッ!」

「だが、あの光を浴びると、忌能や霊力そのものを封印されるんだ……」

『皇帝ノ光……。私の、聖剣の力……』


 不意に呟いた声を聞いて、子供たちはクラーラに視線を向けた。


「うわあぁぁっ! り、竜っす……」

「ほ、本物だぁ……」

「凄い、大っきいです……」

「ビ、ビックリしたデス……」

『あっ、驚かせてしまってごめんなさい』


 しょぼんと落ち込んだ八岐大蛇が、灰夢にそっと頭を寄せる。


『『『 シャァァァ…… 』』』

「そうか。恋白がお前らに頼んで、チビ共を逃がしたのか」


「……この大きな蛇は、白蛇さんの?」

「あぁ……。この八岐大蛇は、あいつの大切な相棒だ……」


 灰夢は慰めるように、優しく八岐大蛇の頭を撫でていた。


『『『 シャァァァ…… 』』』

「大丈夫だ……。俺が必ず、お前のご主人を取り返すからな」


「……運び屋さん」

「……運び屋くん」

「……送り狼さん」


 子供たちが心配そうに、灰夢の背中を見つめて黙り込む。


「傍に居てやれなくて、悪かったな……」

「ワタシが、あんな道を見つけたから……」

「……ノーミー」

「ワタシは、地の大精霊なのに……。ワタシは、何も……」

「──ノーミーッ!」

「…………」

「大丈夫だから、そんなに一人で背負い込むな」

「ダークマスター……」


 責任を感じるノーミーに、灰夢は小さく笑って見せる。


『ファントムさん……』

「クラーラ、悪ぃ……。先に、少し野暮用を済ませてくる」

『はい、かしこまりました。行ってらっしゃいませ……』


 子供たちの見つめる灰夢の足元から、黒いオーラがメラメラと沸き立つ。



























    『 愛の欲に飢えた亡霊だか何だか知んねぇが、


             俺の家族に手ぇ出して、タダで済むと思うなよ 』



























    灰夢は静かに拳を握り、心の中で何かを決心すると、


           怒りに満ちた獣の眼光を、そっと狼面の中に隠した。



























『 亡霊も闇も何もかも、この【 月影ノ幻影ファントム 】が喰らい尽くしてやらァ…… 』

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