第拾参話【 怒りの咆哮 】

 灰夢たちは地下遺跡を出ると、牙朧武の眷属たちを使い、

 連れ去られた恋白の居場所を探り出し、足を運んでいた。





「ここか、恋白が居るのは……」

「うむ、間違いないと思うぞ」

「そうか、礼を言う……」


 そういうと、灰夢が一人で茂みを出てアジトへと向かう。


「は、運び屋さん。自分も……」

「待つんじゃ、小娘……」

「……な、なんすか? 牙朧武さん……」

「今の灰夢に、不用意に近づくでない……」

「……え?」



























                 「 ……死ぬぞ 」



























        灰夢は歩きながら詠唱を始め、徐々に姿を変えていった。



























           『 しばる鉄枷くさりくだき、


                  きた獲物えものらす。


             はな咆哮ほうこうそらき、


                  かみをもらうきばとならん 』



























         【  幻影死炎獣 げんえいしえんじゅう ……  ❀ 魔天狼 フェンリル❀  】



























 アジトの最上階では、恋白が鎖に繋がれ牢に入れられていた。


「……急に暴れたりしないよな」

「大丈夫だろ。封印術を施した鎖に繋がられてるんだから……」

「そうだよな。……にしても、ほんとにいい女だな」

「やめとけ、ボスに殺されるぞ……」


 牢屋の見張りをする盗賊の一人が、恋白を舐めるように見つめる。


「この鎖を、解いてくださいませっ!」


「まだ抗ってるのか、気が強いな……」

「なぁ、少しぐらい味見してもいいんじゃねぇか?」

「いや、流石にバレるだろ……」

「ちゃっちゃと済ませりゃバレねぇって……」


「まぁ、そそる気持ちは分かるけどな」

「……だろ? ちょっと触るだけ、な?」

「そういって、最期までやるのがお前だろ」

「少しヤッたら、最期までヤッても同じだろ?」

「ご都合主義が過ぎるだろ、お前……」


「ボスは、今、あのお姫さまをさらいに行ったんだろ?」

「あぁ、盗賊の半分くらいを連れてな」

「それなら、女の一人くらい貰ってもいいだろ」

「はぁ、どうなっても知らないぞ……」


 男は牢獄の鍵を開けると、恋白の元へ歩み寄っていった。


「男はみんな狼なんだよ。覚えとけ……」

「全く、物は言いようだな」



























                 ( ……主さま )



























          『 ──こはくぅぅぅぅぅぅううううッ!! 』



























       『 ──助けに来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!! 』



























 外から響く声に、見張りたちが慌てて見つめ合う。


「──なっ!?」

「……なんだ? 今の声は……」


 その声を聞いた途端、恋白の顔に笑顔が戻る。


「──主さまっ!」

「今の声は、入口の方からかっ!?」

「ったく、見張りは何してるんだっ!?」


 見張りたちがアジトの入口を見ると、一匹の怪物が暴れていた。


「おい、なんだあのバケモノはっ!?」

「あんなヤベぇの見た事ねぇよっ!」


 怪物が盗賊たちを喰らいながら、入口の門を破壊する。


「──入口が壊されたぞっ!」

「あれが、噂の竜ってやつなのかっ!?」

「どう見ても、竜なんて生き物じゃねぇだろっ!」

「じゃあ、アレはなんだよっ!」

「知らねぇよ。そんなの俺に聞くなって!」

「……おい、アイツ登ってきてないか?」


 灰夢は全身に灰を纏い、大きな骨格の獣に姿を変えると、

 その上から影の鎧と妖炎を纏って、一人で乗り込んでいた。


「あんなバケモノ、どうやって止めんだよっ!」

「どこから湧いて出てきた、なんでこんなところにっ!」

「いけっ! 亡霊たちっ! 奴を殺せッ!!」

「やれやれっ! 何としても奴を食い止めろッ!!」


 盗賊たちの呼び掛けで、待機させられていたアーマーが走り、

 それを次々と喰らい続けながら、灰夢がアジトを駆け上がる。



























           『 このやみちようと、


                  はかな笑顔えがおすくえるのなら、


             こころまでをもいかりにめて、


                  一輪いちりんはなしてまもろう 』



























          【  ❖ 嵐峰妖炎死術らんほうようえんしじゅつ死怨楚歌しえんそか 鬼哭きこく ❖  】



























     『 ──ワオオオオオォォォォォォォォオオオオンンンンッ!!! 』



























 灰夢の咆哮と共に、周囲に蒼い炎の渦が燃え広がり、

 周囲の全てを飲み込むように、敵を消し去っていく。


 そんな光景を、子供たちは影から静かに見つめていた。


「は、半端ないっすね……」

「あのアーマーを、そのまま食べてるんだが……」

「送り狼さん、凄く怒ってます……」

「敵が次々と、闇の炎に抱かれて消えるデスよ」

「まるで、牙朧武殿のようじゃな」

「吾輩って、あんな見た目なんじゃろうか」


 何重にも張られた柵を、灰夢がいとも簡単に壊していく。


「あぁいう走る黒いバケモノ、ジ〇リにいたっすよね」

「あの神隠しするお湯屋に出てくる、カ〇ナシってやつデスかね」

「それよりも、もの〇け姫に居た、祟〇神たた〇がみの方が近くないか?」

「とりあえず、怒らせたらヤバイ系なのは分かりました……」

「そ、そうっすね……」


「運び屋くんは、本当に人間なのか? 動きからして、獣のようじゃないか」

「灰夢は、人生の半分を森や山の中で生きておったからのぉ……」

「……山の中?」

「うむ……。じゃから武術とは別に、獣のような狩りの動きをする」

「なるほど……。まさしく、弱肉強食の世界で生きてたということか」


「前に、『 喰うなら喰われる覚悟をしろ 』みたいなことを言ってたっすね」

「あれは、自然で生きてたからこその教訓なのかもしれないな」

「あぁ、そうじゃな……」

「さすが月影……。人間のやめっぷりが、神楽さまに負けてないっす……」


 子供たちは息を飲みながら、荒れ狂う灰夢を見つめていた。


 化けた灰夢が止まることなく、敵の群れを喰らい続け、

 あっという間に、アジトの最上階まで登り詰めていく。


「うわわわわわあああああa……」

「やめてくれ、殺さないd……」



『──ワオオオオオオォォォォォォオオオオオオォォンンン!!!』



 灰夢が全ての盗賊とアーマーを喰らい尽くし、

 大きな月に向かって、夜に響く遠吠えを上げる。


 すると、牢の目の前で吠えるバケモノを見て、

 恋白は目を見開いたまま、思わず名前を呼んだ。


「あるじ、さま……?」

『──恋白っ!?』


 恋白に気がついた灰夢は、力ずくで牢獄の檻を破壊し、

 元の姿に戻って、恋白に繋がっていた鉄の鎖を全て外す。


「──恋白、無事か!?」

「はい、必ず来てくれると信じておりましたっ!」

「はぁ、よかった……。本当に良かっt──っ!?」


 鎖が外れると同時に、恋白は勢いよく灰夢に抱きついた。


「──恋白っ!? おい、落ちつけ……恋白っ!」

「主さまぁぁ、主さまあぁぁぁっ!」

「わかった、わかったから……。頼む、落ち着けって……」


 灰夢を押し倒した後も、恋白は嬉し涙を流しながら、

 全身で気持ちを表現するように、足をバタつかせる。


「おっと、これは急なロマンチック展開っ……!」

「おぉ、恋白くんも大胆だな……」

「ご主人は、いつでもモテモテじゃのぉ……」

「送り狼さんが、一瞬で抵抗出来なくなりました」

「あのダークマスターを止めるとは……」

「さすが、蛇娘は一味違うのぉ……」


 愛を全身で伝える恋白を、子供たち微笑ましく見つめていた。


「というか、恋白さんが一発で『 主さま 』って呼んだことにビックリっす」

「普通、あれは牙朧武殿と思うじゃろうのぉ……」

「まぁ、そこは愛じゃろ。吾輩には、それしか言えん……」

「おぉ、なんか愛の語り手デスね。シャドーマスター……」


 下敷きに倒れた灰夢の上で、少しだけ顔を離しながら、

 頬を赤く染める恋白が、嬉しそうに微笑んで誤魔化す。


「えへへっ、申し訳ありません……。つい、嬉しくなってしまって……」

「お、おう……」

「本当に……。本当に、来てくださったのですね」

「当たり前だろ。ったく、心配かけやがって……」

「主さま……。本当に、ありがとうございます……」

「まぁ、無事ならよかった……」


 感極まって溢れる恋白の涙を、灰夢が拭いながら微笑みかける。

 そんな二人の元に影から子供たちも姿を見せ、一同が合流した。


「間に合ったみたいっすね。良かったっす……」

「本当に良かったデス、これで一安心デスね」

「さすが送り狼さん、本当に全員を一人でやっつけちゃいましたね」

「さっきの光景は、さすがにボクでも言葉にならないがな」


 子供たちを見た恋白が、安心したように微笑む。


「皆様、ご無事だったのですね」

「はい、恋白さんのおかげっす」

「あの大きな蛇が、運び屋くんの所へ連れて行ってくれたんだ」

「おかげで、ワタシたちは助かったデス……」

「本当に、ありがとうございました」

「そうですか、ヤーちゃんが。よかった……」


 ホッと息を吐く恋白の頭を、灰夢が優しく撫でる。


「恋白、よくみんなを守ってくれたな」

「主さまとの、大切なお約束でしたので……」

「だからって、お前……。自分が捕まってまで……」

「主さまなら、必ず助けに来て下さると信じておりましたから……」


「すっごく荒れ狂ってましたもんね。運び屋さん……」

「しょうがねぇだろ。どいつがゴーストか分からねぇんだから……」

「だからって、計画も無しに一人で突っ込むとは思わないだろう」

「そこは、なんかこう。つい、カッとなっちまって……」

「まぁ、それで勝っちゃうところがアレっすけどね」


 当然のように答える灰夢に、子供たちが呆れ返る。


「そこまで大切に想ってくださっていたと思うと、わたくし……」

「当たり前だろ。恋白は大切な家族なんだから……」

「えへへっ……。あなたをお慕いして、本当によかったです……」


 恋白の幸せそうな顔を見て、子供たちが胸を撫で下ろす。


「でも、マジで焦りすぎて、心臓が止まるかと思ったんだからな?」

「例え心臓が止まっても、主さまは助けてくださいますから……」

「あのなぁ、厚い信頼が過ぎるだろ」

「もちろんですっ! 主さまですからっ!」

「はぁ……。まぁ、期待に応えられたならよしとするか」


 呆れながらも、空を見ながら安堵している灰夢を見て、

 恋白が顔を赤く染めながら、ゆっくりと顔を近くに寄せる。


「あの、主さま……」

「……ん?」



























        「 わたくしの誓い、どうか受け取ってくださいませ 」



























          そういうと、恋白が灰夢の唇に優しくキスをした。



























                 「 ──っ!? 」



























「あわわ、大胆……」

「これはまた、随分と大きく出たな」

「……ごちそうさまっす」

「ダークマスターが、固まってるデス……」


「えへへっ……。主さまと契約、しちゃいました……」


 恋白は顔を真っ赤に染めながら、幸せそうに微笑んでいた。


「お、おぅ……。なんだか、随分と積極的になられたようで……」

「わたくし、今、とてもドキドキしております……」


 胸に手を当てながら、恋白が自分の心臓の音を確かめる。


「危機的状況に陥るほど、生物の本能は高まると、前に読んだ小説に書いてあったのぉ……」

「……本能?」

「つまり、今のわたくしの欲求は、生物として正しいということなのですね」

「……は?」


 牙朧武の語る内容に、恋白が何かを納得しながらコクコクと頷く。

 すると、それを見た子供たちが、百八十度向きを変えて歩き出した。


「わらわたちは向こうで待っとるから、ゆっくりしてくるとよい」

「では、また後でお会いするっすよぉ……」

「応援してるデス、ダークマスター……」

「はぁ……。送り狼さん、女たらしです……」

「まぁまぁ、今ぐらいは恋白くんに譲ってあげたまえ……」


「──ちょっ! 何、急に空気読んでんだよ。お前らっ!」


 焦る灰夢の服を掴み、恋白がグイッと距離を縮める。


「では、主さま。皆様のお許しをいただけたということで……」

「あの、恋白さん? 何で服を脱いでんだよ、俺のお許しは出てねぇぞ?」

「申し訳ありません。今だけ少し、恋白は悪い子になっちゃいますっ!」

「待て待て待て待てっ! 落ち着けって、おいっ!」


 灰夢の言葉を気にすることなく、恋白は愛を注ぎ始めた。


「俺らは家族っ! 家族だからっ! こは……恋白っ!!」

「はいっ! 恋白は今から、主さまの家族になりますっ!」

「もうなってるんだって! その一線は超えちゃダメなんだよっ!」

「今のわたくしたちに、越えられない一線はございませんよっ! 主さまっ!」


「やり過ぎ、やり過ぎだっつのっ! もう契約はしたから、恋白っ!」

「契約を超えてどこまでも、わたくしは主さまのお世話係ですからっ!」

「そっちの世話役は要らねぇんだよっ!」


「これがちまたで噂の、濃厚接触なのでございますねっ!」

「今、その言葉は一番使っちゃいけないやつだろうがっ!」

「わたくしの愛情を、心ゆくまで受け取ってくださいませっ!」

「受け取ったっ! もう、十二分に受けとったからっ!」


「まだです、主さまっ! まだ、全然終わっておりませんよっ!」

「その『 終わり 』ってなんだよっ! 俺は最後に何されんだよっ!」

「嫌ですわ、主さま。そんなこと、わたくしの口からは言えません……」

「目がやべぇんだよっ! 目がマジなんだって、目がっ!!」



























      怯えて逃げる灰夢の体を、瞬時に蛇で捕まえながら、


             しばらくの間、恋白は灰夢に愛情を注ぎ続けていた。



























「逃がしませんよっ! 主さま〜っ!」

「助けてくれぇッ! 牙朧武〜ッ!!!」


「やれやれ、世話が焼けるのぉ……」


「ダークマスターの本気のヘルプ、初めて聞いたデス……」

「「「 た、確かに…… 」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る