第捌話 【 手紙 】

 結果発表日の昼休み、言ノ葉たちは五人で、

 学校の屋上へと足を運び、お昼を食べていた。





「言われた通りに何も買ってないけど、ほんとにいいの?」

「もちろんですっ! お兄ちゃんも、奮発してくれましたのでっ!」


 そういって、言ノ葉が五段重ねの重箱を目の前に置く。


「今朝、背負ってたバカでかい風呂敷ふろしきって、弁当だったのかよ」

「嘘……。もうこれ、家族のピクニックとかそういうレベルじゃん」

「お兄さん、こんなに作ってくれたんだ……」

「今日は、みんなで頑張ったご褒美だそうですっ!」

「そっか。今度、お礼言わないと……」

「……うん」

「……そうだね」


 三人は顔を見合わせると、嬉しそうに微笑んでいた。


「それじゃ、開きましょ〜かっ!」

「あれ、弁当箱の上に、なんか置いてあるよ?」

「ほんとだ、何これ……メモ用紙?」

「というか、小さな手紙ですね」

「この紙、『 言ノ葉へ 』って書いてあるよ?」

「こっちは『 氷麗へ 』って書いてありますね」


 言ノ葉と氷麗が見つめ合いながら、不思議そうに首を傾げる。


「……まだある」

「これは、『 灯里へ 』って書いてありますね」

「──えっ!? アタシらにもあるの!?」

「多分、わたしが『 お昼を一緒に食べる 』って言ったからですかね」

「ほんとだ、香織と梅子にもメッセージがある」

「……センパイ」

「中は、何が書いてあるんだろう」


 五人は各々、自分の名前の書いてある手紙を手に取ると、

 息を飲みながら中身を取りだし、手紙の内容を読み始めた。



























  言ノ葉へ



  結果はどうだった? トップ10には入れたか?

  普段から、頑張り屋のお前だ。きっと大丈夫だろ。


  よく文句一つ言わずに、最終日まで頑張ったな。

  いつも信じてくれるお前がいるから、俺も頑張れる。


  自分も完璧にこなして、その上で人を応援して、

  そんなお前の姿に、俺もいつも励まされてるよ。


  これからも言ノ葉らしく、前を向いて生きてくれ。



  追伸……


  お前の母さんのメンタルが死にかけてるから、

  今日はなるべく、回り道せずに帰ってくるように。


  夜は宴だ、楽しみにしとけ……



























  氷麗へ



  一週間も苦手な勉強を、よく諦めずに頑張ったな。

  スタートが遅れた分、ハンデがあるから辛かったろ。


  お前は意外と努力家だから、きっとやり遂げるとは思ったが、

  それは簡単に出来ることじゃない。たまには自分を褒めてやれ。


  結果は少なくとも、お前が驚くくらいまでは上がっただろ?


  遅れはまだまだあるが、取り返せるまで付き合ってやる。

  だから安心して、高校生活に悔いが残らないように楽しめよ。



























  灯里へ



  学校では、仲良くやってるんだってな。


  普段は、家族の為に頑張ってるんだろ?

  頑張るのもいいが、たまには人にも甘えろ。


  頑張り過ぎて、お前が倒れたら元も子もねぇから。


  お前らの仲間を想う気持ちは、リーダーの灯里あってこそだ。

  言ノ葉や氷麗も含めて、お前の友達を、これからも大切にな。



























  香織へ



  お前、いつも成績が学年トップなんだってな。

  灯里のせいで、正直バカ三人組にしか見えなかった。悪ぃ……


  今回はどうだった? 俺の生徒たちに抜かれてねぇか?


  まぁ、一回誰かに抜かれても、次にまた挽回すりゃいいさ。

  常に冷静に考えられる香織なら、きっと何度でも立ち直れる。


  おふくろが病気だから、学費を抑えてるんだろ?

  それで特待生になったんだ。すげぇよ、お前は……


  これからもダチを大切に、勉学はもちろん大切だが、

  人生一度きりでやり直せねぇから、学生生活も楽しめよ。



























  梅子へ



  お前、いつも絶妙に目立たないところにいるらしいな。

  成績も良くも悪くもないような、微妙なラインだったりするのか?


  まぁ、周りに無駄に濃い個性的な奴が多いだろうが、

  別に、お前が落ちこぼれてるわけじゃない、気にすんな。


  お前はお前のペースで、その先を歩んでいけばいい。

  困ったことがあれば言ってこい、相談くらいは乗ってやっから。


























      ──弁当箱には、IDの書かれた紙が貼り付けてあった。


























 そんな小さな紙を見て、氷麗たちが固まる。


「これって……」

「多分、お兄ちゃんの連絡先ですね」

「うわぁ〜んっ! もぉ〜、なんなのぉ〜っ! あの人ぉ〜っ!」

「うわっ……。また、橘さんが泣いてる……」

「結果も含めて、全部見抜かれてるような内容ですね」

「ちょっとこれは、アタシでも流石に言葉にならないわ」


 手紙をギュッと握りしめながら、灯里が静かに微笑む。


「やばい、もう……。涙が、止まらないんだけど……」

「あははっ! お前も何回泣くんだよぉ、香織ぃ〜っ!」

「だってぇ〜っ! 不意打ちで、これはズルいよぉ〜っ!」

「お兄ちゃんは不意打ちのプロですからね、ほんとにタチが悪いのです」


 香織は溢れる涙を、必死にハンカチで拭っていた。


「えへへっ……。でも、なんか凄い包容感と安心感を感じるね」

「そうですね。それだけは誰にも負けないと思うのです」

「わたしみたいな地味な子供まで、ちゃんと見てくれてて……」

「マジで、パイセンって先生向いてんじゃね?」

「そうですね。本人は、全くそういう気がないみたいですけど……」


「これで『 数百歳 』っていうパワーワードよ。キャラ濃すぎんだろ」

「逆に普通にこれやってたら、ただのチャラ男だけどね」

「確かに……。よそから見てたら、アタシら女子高生に貢いでるみたいだな」

「お兄ちゃんは、やる時はやり過ぎなくらい手を貸してくれますからね」

「全く、素敵な家族が過ぎんだろ。不動の家族は……」

「ですね。わたしには、勿体ないくらいなのですっ!」


 言ノ葉が誇らしげに胸を張りながら、家族のことを語る。


「ちょちょ……。写真撮って、パイセンに送ってやろうぜっ!」

「いいですね。せっかくなので、デコって送りましょうっ!」

「待ってぇ〜。今、化粧直すから……」

「相手はクソジジイだぞ? 化粧して見せるような相手じゃねぇだろ」

「でもぉ〜、やっぱり可愛く見られたいもんっ!」

「こうやって、お兄ちゃんの犠牲者は増えていくんですね」


 必死に化粧を直す香織を見て、言ノ葉は何かを悟っていた。


「もう、毎日連絡送ってやるんだからっ!」

「氷麗ちゃん、毎日送らなくても家まで来てるじゃないですか」

「モーニングコールしてやるのっ!」

「お兄ちゃん寝ないですから、モーニングも何も無いですよっ!」


「……えっ、寝ないの? あの人……」

「そうですね。うちには数人、ずっと寝ないで起きている人が居ます」

「どうなってんだよ、お前の家族……」

「わたしが知りたいですよ。生まれた家がこれだったんですから……」

「確かに……。それなのに、なんで不動が社交的なのかが逆に気になるわ」

「これも、お兄ちゃんが助けてくれたおかげですね」

「アタシらや橘に加えて、不動もパイセンに救われてんのかよ」

「はい。お兄ちゃんは、わたしのヒーローなのですっ!」


 言ノ葉の笑顔に、灯里たちが家族の絆を感じ取る。


「まぁ、江戸時代から生きてる人間には、勝てる気がしないな」

「それが、言ノ葉さんの家には数人いるんでしょ? ヤバすぎじゃない?」

「ヤバすぎですね。わたしでも、たまには反応に困りますから……」

「あははっ! 不動がダメだったら、誰がカバーするんだよっ!」

「だって、ぶっ飛びすぎなんですよ。あの人たち……」

「まぁ、家族じゃないアタシたちでも、それは嫌という程感じるよ」


 灯里の言葉に、香織と梅子もコクコクッと頷いてた。


「せっかくですし、お弁当も開きましょうかっ!」

「うんっ! アタシもう、お腹ぺこぺこだわ」

「わたしも、早く食べたいな……」

「……ん? なんだこれ……」

「……ふりかけ?」

「それ、おむすび作る時に混ぜるやつじゃない?」


 弁当箱の横に添えられていた謎のふりかけを、

 不思議そうに見つめながら、子供たちが手に取る。


「……『 うめこ 』って、私の名前が書いてある」

「こっちに『 かおり 』と『 あかり 』もあるんだけど……」

「あのパイセン、それで名前覚えてやがったのかっ!」

「はぁ、お兄ちゃんらしいですね……」

「確かに……。お兄さん、人の名前を覚えるの苦手だもんね」


 言ノ葉と氷麗は、何かを悟るように見つめ合っていた。


「……んじゃ、これは? このムラサキ色のやつ……」

「……『 ゆかり 』。これは、なんで入ってんだ?」

「これが、このふりかけシリーズの大元じゃなかったっけ?」


 そんな話をしているところに、姫乃先生が姿を見せる。


「あら、みんなでご飯食べてるの?」

「あっ、姫乃先生。こんばんわ……」

「聞いてよ、ゆかりちゃん。パイセンってば、アタシたちの名前……あれ?」

「『 ゆかり 』ちゃんって……」



「「「 ──あぁ〜っ!! 」」」



 その瞬間、全員が姫野先生を見て声を上げた。


「──へっ!? ちょ、みんなどうしたの?」

「この人が根源だったのか……」

「……こ、根源!?」


 呆れた視線で告げる灯里に、姫乃先生が目を丸くする。


「聞いてよ、縁ちゃん。あのパイセンってばさぁ……」

「……?」


 灯里は不満をぶつけるように、姫乃先生に説明を始めた。



 ☆☆☆



 その頃、家の中では灰夢が家族と宴の準備をしていた。


「灰夢くん、スマホなってるよ?」

「あぁ、言ノ葉たちからだな」

「あら、連絡が来たの?」

「来たよ、ほら……」


 灰夢がスマホに送られてきた、子供たちの写真を見せる。


「あっ、氷麗ちゃんや先生、ギャル子ちゃんたちもいるね」

「言ノ葉、お姉ちゃん……。笑って、ます……」

「成績、きっとよかったんだねっ!」

「あぁ、多分な……」


 灰夢は写真を見ながら、嬉しそうに微笑んでいた。


「さっすが狼さんだね。みんなの大先生だっ!」

「たまたまだろ。生徒に学ぶ気がなきゃ、結果は出ねぇよ……」

「全く、君は素直じゃないなぁ……」

「まぁ、ふりかけシスターズも、ちゃんと飯食ってるみてぇだし。いいか……」



「「「 ……ふりかけシスターズ? 」」」



 灰夢の告げた名前に、家族が揃って首を傾げる。


「あぁ……。ふりかけと同じ名前をしてるから、ふりかけシスターズだ……」

「もしかして、あのおむすびの混ぜご飯によく使ってるやつ?」

「あぁ、そうだ。キャラ弁作るのに便利なんだよ。あれ……」

「キャ、キャラ作ってるんだ。狼さん……」

「なるほどね。通りで灰夢くんが、この子たちの名前を一発で覚えてるわけだ」

「あんな覚えやすい名前、他にねぇよ……」


「本人が知ったら怒りそうだな」

「こいつらの手に持ってるのを見てみろ」

「いや、なんで直接入れたんだよ……」

「ネタバレタイムだ。その方が面白いかと思ってな」

「喧嘩売ってるな、こいつ……」


 ドヤ顔を見せる灰夢に、満月が白い目を向ける。


「これだけ笑顔なら、きっと宴も盛り上がりそうねっ!」

「そうだね、準備は万全にしておこう」

「これは、飯作りにも気合いが入りそうだな」


 霊凪の言葉に続くように、梟月と灰夢も気合いを入れ直していた。


「よっしゃ〜っ! 準備頑張るぞぉ〜っ!」

「桜夢、お姉ちゃん……。気合い、いっぱいです……」

「鈴音たちも頑張るよぉ〜っ!」


 風花と鈴音を肩に乗せながら、桜夢も元気に声を上げる。

 それを見たリリィと大精霊たちも、微笑みながら見つめ合う。


「ワタシたちも、準備、しようか……」

「ふっふっふ、我が真の力を見せる時が来たようデスねっ!」

「いいから……。とっとと準備を手伝わんかいっ!」

「あいったぁ〜っ! 何するデスか、フレイムマスターっ!」

「あんたが一人で、ずっと踊ってるからでしょっ!」

「ふふっ、ミーちゃんらしいね」

「なんだか、わたしたちもワクワクしますね」

「うん、そうだねっ!」


 そんな大精霊たちと共に、恋白と白愛も宴の準備に取り掛かる。


「おねえちゃん、わくわくだぁ〜っ!」

「白愛も、一緒にお手伝いしましょうね」

「おぉ〜っ!」






 その夜、言ノ葉と氷麗は帰ってくると、一目散に報告し、

 その日の宴は夜遅く、子供たちが力尽きて眠るまで続いた。

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