第参話 【 好感度 】

 ある日の朝、灰夢はいつも通りの日常を過ごし、

 部屋の中でゲームをしながら、ゴロゴロしていた。





 そんな灰夢の部屋の扉を開け、満月が部屋に顔を出す。


「灰夢、ちょっといいか?」

「……ん? どした?」


 灰夢が呼びかけに振り返ると、満月は手にメガネを持っていた。


「なんだ? それ……」

「ちょっと面白いものだ。掛けてみてくれないか?」

「……?」


 灰夢は怪しみながらも、そのメガネをそっと掛ける。

 すると、満月の頭の上に、0と数値が表記されていた。


「なんか、数字が出てるな。なんだ? これ……」

「おぉ、灰夢にも使えるんだな。やはり化学は偉大だ……」

「……は?」


 一人で勝手に感動している満月に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「それは、【 好感度スカウター 】という代物でな」

「……好感度スカウター?」

「あぁ……。相手の心拍数なんかから、その相手の好感度を測ることが出来る」


 それを聞いて、灰夢は悲しそうに俯いていた。


「好感度、『 0 』って。俺、お前に嫌われてたんだな」

「いや、オレに脈拍はないから、オレには適応されないんだよ」


 一人で絶望に浸る灰夢を見て、満月が呆れながら答える。


「こんなの作って、何に使うんだ?」

「蒼月が、リリィにどう思われてるかを知りたいんだとさ」

「そうなのか。確かに、リリィって、あまり表情が変わらないもんな」

「あぁ……。その為に、色々と工夫をしてみた結果がこれだ……」

「なるほどな。そりゃ、たいした発明だな」


 灰夢が不思議そうに、メガネの掛け外しを繰り返す。

 すると、灰夢の部屋に、コンコンッとノックが響いた。


「……ん? 誰だ?」

「主さま、少しよろしいでしょうか?」

「恋白か。あぁ、構わねぇよ」

「では、失礼致しますね」


 そういって、白愛を抱いた恋白が部屋の扉を開ける。


「主さま、今晩の御夕食ですが……おや?」

「……【 146 】と【 428 】、か」

「主さま。そのメガネ、とてもお似合いですね」

「あるじぃ〜、おにあい〜っ!」

「そうか? そりゃどうも……」


 恋白は要件を済ませると、すぐに部屋を後にした。


「これ、上限数値はどこまで上がるんだ?」

「一応、【 1000 】までの値の中で数値化される」

「なるほどな。と、なると……恋白の428は、あまり高くないのか?」

「いや、家族でも150前後だ。400オーバーは普通じゃない」

「そ、そうなのか。まぁ、信頼されてると思えば、いいことだな」

「その数値は、信頼の度を超えている気がするけどな」


 すると、再び部屋にコンコンッとノックが響いた。


「はいよ、誰だ?」

「お兄ちゃん、ちょっといいですか?」

「言ノ葉か、入っていいぞ……」


 その言葉を聞いて、言ノ葉が部屋の扉を開ける。


「……あれ? お兄ちゃんがメガネをかけてるのです」

「おぉ……。なんか、すげぇ高ぇな」


 言ノ葉が興味津々な顔で、眼鏡姿の灰夢を見つめる。


「何か、俺に用があったのか?」

「あっ、そうでした。今日は早めに学校が終わるので、午後には帰りますね」

「そうか。なら、帰ったら、また練習だな」

「はい、お願いします」

「分かった……。早くしないと、学校遅刻すんぞ……」

「あっ、そうでした。では、言ノ葉は行ってくるのですっ!」

「おう、行ってらっしゃい。気をつけてな」


 要件を済ませると、言ノ葉は学校に向かった。


「言ノ葉の数値、どんなもんだった?」

「【 758 】だった……」

「いや、おかしいだろ。なんだそれ……」

「……そうなのか?」


 灰夢がメガネを外し、満月に手渡す。


「そんなに高レベルな数値、ポンポン出ないはずなんだけどな」

「平均値が分からねぇから、何とも言えねぇな」

「これ付けて、下のやつらの様子を見てきたらどうだ?」

「そうだな。試しに見てくるとするか」


 そういって、灰夢はメガネを掛け、部屋を出ていった。



 ☆☆☆



 しばらくすると、灰夢は部屋に戻ってきた。


「おう、おかえり。どうだった?」

「えっと、確か──」





 蒼月   ……  153

 リリィ  ……  161

 梟月   ……  158

 霊凪   ……  150

 風花   ……  433

 鈴音   ……  433





「──っとまぁ、こんな感じだったな」

「なんかまた、二人異常なのがいるが、そういう事なんだろうな」

「……ん?」


 すると、灰夢の部屋に、再びコンコンッとノックが響いた。


「あいよ。今度は誰だ?」

「私です、お兄さん……」

「氷麗か、入っていいぞ……」


 その言葉を聞いて、氷麗が部屋の扉を開ける。


「おはようございます、お兄さん……」

「おう、おはよう。……ん?」

「お兄さん、老眼なんですか? メガネなんかして……」

「失礼だな。まだ、そこまで衰えてねぇよ」


 そういって、灰夢がメガネを外す。


「なぁ、満月。お前も掛けてみろ」

「……ん?」


 満月がメガネを掛けて、氷麗を見つめる。


「……どうだった?」

「102……。まぁ、他人同士としての平均ってところだな」

「そうか。なら、これはなんだ?」


 灰夢が再びメガネを掛けて、目を細めながら氷麗を見つめる。


「なんですか? さっきから人の顔をジロジロと……」

「氷麗。お前、俺の事をどう思ってんだ?」

「──ふぇっ!?」


 灰夢の突然の言葉に、氷麗が真っ赤な顔で固まった。


「いや、悪ぃ……。別に、無理に答えなくてもいいや……」

「……え?」


 そんな話をしている灰夢に、満月が小さな声で問いかける。


「お前の目には、氷麗の数値はなんて書いてあるんだ?」

「分からん。『 Errorエラー 』って書いてある」

「……は?」


 その言葉に、満月は口を開けたまま固まっていた。



( 色々と厳しくしすぎたか。まさか、測れないほど低いとはな )



 灰夢が小さくため息をつきながら、メガネを満月に返す。


「もう少し、優しくしてやるとするか」

「お、おぉ……」


 そういって、灰夢が氷麗と話している様子を、

 満月が後ろから、物珍しそうな表情で見つめる。



( まさか、【 1000 】を超えるほどの猛者がいるとはな )



 予想外の数値結果に、満月は満足そうに頷く。


「氷麗。今日は、何でも一つ言うことを聞いてやるよ」

「……え? ちょ、なんか怖いんですけど……」


 突然の態度の変化に、氷麗は少し引いていた。



 ☆☆☆



 その日の夜、満月はメガネを蒼月に渡した。


「……これは?」

「例のブツだ。これなら、脈拍なんかから好感度が読み取れる」

「えっ、ほんとっ!? ということは、僕は君に嫌われているんだね」

「灰夢と同じこと言うなよ。オレに脈拍はないんだよ」

「でも凄いや、本当に作っちゃうとは。さすが、ミッチーだね」

「せっかくだ、リリィに試してきたらどうだ?」

「そうだねっ! さっそく、行ってくるよっ!」


 蒼月は嬉しそうに渡された眼鏡を掛けると、

 ウキウキしながら、植物庭園へと向かった。



 ☆☆☆



 しばらくして、酷く落ち込んだ蒼月が戻ってくる。


「……ど、どうした?」

「リリィちゃんの数値、【 5 】だった……」

「……は? 5って、お前……それ、道端の石ころだぞ……」

「リリィちゃん。僕のこと、本当に何とも思ってないのか」


 蒼月は悲しそうに答えると、トボトボと部屋に戻っていった。



























     満月は眼鏡を分解すると、青空を見上げ、一人で呟いていた。



























          「 ……人の心って、難しいな 」



























 蒼月は、その日から一週間、体調不良で仕事を休んだ。

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