第弐話 【 ホラー 】
夏のある夜。灰夢は何故か子供たちと一緒に、
自分の部屋のテレビで、ホラー番組を見ていた。
灰夢の膝にちっちゃくチョコンと座る風花と鈴音。
灰夢の右側に座る言ノ葉と氷麗、逆側に恋白と白愛。
そんな六人が、真剣にテレビを見つめる。
『おわかりいただけただろうかぁ……』
「風花……。今、居た?」
「分からない、です……」
「言ノ葉、どこにいたか分かった?」
「わたしも、見つけられませんでした」
『彼女の肩に、見知らぬ女の顔がァァッ!!!』
「「「 キャァァァァァアアアアアッ! 」」」
「……痛てぇよ」
テレビに驚いた子供たちが、灰夢の体にしがみつく。
そんな灰夢の横で、恋白が冷静にテレビを見つめる。
「こちらは、本当に幽霊なのでしょうか?」
「ほとんどが作り物だろ。霊凪さん曰く、中には本物もあるらしいが……」
「わたくしには肩の女性よりも、後ろの影の方がソレに見えますね」
「……どれだ?」
「ここです。この、影から出ている手のようなものが……」
「あっ、マジだ……。なんか生えてるな」
「この手からは霊力も見て取れるので、恐らく間違いないかと……」
「恋白さん、やめてくださいよっ!」
「恋白さんが言うと、説得力が凄いのだぁ……」
「ふ、風花ぁ……」
「ね、姉さん……」
灰夢の体にしがみつく四人が、さらにガタガタと震える。
「まぁ、悪霊ではなさそうなので大丈夫ですよ」
「……そうなのか?」
「はい。手の形を見て下さい、主さま……」
「……ん?」
灰夢が目を細めながら、画面の手をよく見てみると、
影から生えている複数の手は、全てピースをしていた。
「おい、これ……」
「はい。恐らく、ただ写真に映りたかっただけかと……」
「はぁ……。幽霊にも、リア充みてぇなノリはあるんだな」
ガッカリした灰夢が、呆れた顔で感想を述べる。
「あら、番組はもう終わりなのですね」
「だな。ほら、お前らもそろそろ寝ろ」
「「「 は〜い 」」」
「氷麗は、今日は帰らねぇのか?」
「き、今日は……。その、泊まっていきます……」
「あっそ……。まぁ、好きにしてくれ……」
灰夢がゆっくりと立ち上がり、部屋の外へと向かう。
「主さまは、どちらへ?」
「……風呂」
そう言い残すと、灰夢はそのまま部屋を後にした。
☆☆☆
「はぁ、サッパリした……」
戻ってきた灰夢が、ハンガーから落ちていた羽織を見て立ち止まる。
「……?」
違和感を持ちながら、灰夢が自分の羽織に手を伸ばすと、
突然、羽織がひとりでにモゾモゾと奇妙な動きをし始めた。
「……あ?」
それを見て一瞬だけ固まるも、灰夢がゆっくり羽織をめくる。
すると、中からピョコンッと小動物のような狐の耳が出てきた。
「おししょ……」
「ししょ……」
「何してんだよ、お前ら……」
「ししょー、一緒に寝よぉ……」
「風花も、おししょーと……。一緒に、寝たいです……」
「俺は別に、今日は寝る予定ねぇんだが……」
うるうるとした瞳を向けながら、風花と鈴音が灰夢を見つめる。
「はぁ……。そうだな。俺も寝くなったから、一緒に寝るか」
「……ほんと?」
「あぁ……」
「やった、です……」
灰夢は小さくため息をつくと、布団を敷いて双子と共に眠りについた。
☆☆☆
しばらくして、ゴソゴソと蠢く何かの音に灰夢が目を覚ます。
「……あ?」
「……あっ」
灰夢が布団の中を覗くと、潜り込んでいた言ノ葉と目が合う。
「何してんだ、お前……」
「いや、その……。ちょっと、寝床を探して……」
「……自分の部屋で寝ろ」
「だって、その……」
「はぁ……」
灰夢が両肩にしがみつく、寝相の悪い双子を綺麗に整え、
その横にもう一枚、言ノ葉用の布団を追加で敷いていく。
「せめて、寝るならこっちにしろ」
「……いいんですか?」
「まぁ、腹の上で寝られるよりはな」
そういって眠る灰夢に、言ノ葉はニコッと笑みを向けると、
自分用に敷かれた布団の中へ、モゴモゴと潜り丸くなった。
「おやすみなさい、お兄ちゃん……」
「……おう」
☆☆☆
しばらくして、灰夢が再びモゴモゴした物音で目を覚ます。
「……あ?」
「……はっ!」
灰夢が左を向くと、枕を抱えて忍び込んでいる氷麗が、
一瞬で凍りつくかのように、目の前でガチッと固まった。
「何してんだ、テメェ……」
「えっと、その……。言ノ葉が、いなくて……」
「別に、居なくても寝れんだろ」
「だって、その……。さっきの、テレビが……」
「はぁ……」
灰夢が面倒くさそうな顔をしながら、ゆっくり起き上がる。
それと同時に、灰夢がもう一つの身体の違和感に気がつく。
「……あ?」
「むにゃむにゃ……」
「おししょー……。め、です……」
何故か、横に移動させたはずの双子が、腹の上に乗っている。
( こいつらも、今日は一段と寝相悪いな )
再び灰夢が双子を整え、自分の左側にも新しい布団をしく。
「寝るならせめて、こっちにしてくれ」
「……いいんですか?」
「まぁ、俺の布団に入られるよりはな」
そういって、布団を敷き終えた灰夢が、再び自分の布団に潜る。
「ふふっ、ありがとうございます」
「…………」
「おやすみなさい、お兄さん……」
「……おう」
氷麗が布団に入ったのを確認すると、灰夢も再び眠りについた。
☆☆☆
数時間後、灰夢の顔にペチペチと何かが当たっているのに気づき、
灰夢は面倒くさそうな顔をしながら、再びゆっくりと目を開けた。
「……ん?」
「おししょ……」
「……風花? ……どうした?」
「ト、トイレ……。行きたい、です……」
「……は?」
顔を赤くしながらモジモジする風花に、灰夢が目を細める。
「トイレなら、いつも一人で行ってるだろ」
「怖い、です……」
「あぁ……。あのテレビか……」
灰夢が仕方なさそうに呟き、布団から起き上がると同時に、
再び自分の腹の部分に、さっきと同じような違和感を感じた。
「えへへっ、ししょ……。だい、しゅきぃ……」
「……こいつ」
灰夢の腹にくっついて、ヨダレを垂らしながら寝言を言う鈴音を、
灰夢が無理やり引き剥がしにかかるも、頑なに離れようとしない。
そんな間にも、風花が震えながら灰夢の袖をクイクイッと引く。
「おししょ……」
「はぁ、分かった……」
灰夢は鈴音を抱えたまま、風花と共にトイレへと向かった。
☆☆☆
「おししょー、おやすみなさい」
「……おう」
トイレを済ませた風花が寝たのを確認し、灰夢が再び眠りにつく。
☆☆☆
それから数分後、再び灰夢が顔に当たる何かに目を覚ます。
「……あ?」
「ししょー、トイレ……」
「…………」
目の前でモジモジする鈴音に、灰夢が呆れた視線を向ける。
「……すぐそこだろ」
「……怖いんだもん」
「はぁ……」
灰夢が面倒くさそうに、自分の布団から起き上がると、
左肩にギュッとしがみつく、風花の姿が視界に写った。
「おししょー、いっちゃ……や、です……」
「……こいつ」
灰夢が風花を引き剥がしにかかるも、風花は頑なに手を離さない。
その間にも、鈴音が身体を震わせながら、灰夢の袖をクイッと引く。
「ししょー……」
「はぁ、ったく……」
灰夢は仕方なく風花を肩に装着したまま、トイレへと向かった。
☆☆☆
「ししょー、おやすみ……」
「……おう」
トイレを済ませた鈴音が寝たのを確認し、灰夢も布団に潜る。
( さすがに、もう起こされることはねぇだろう )
そう心の中で呟くと、灰夢はそのまま再び眠りについた。
☆☆☆
しばらくして、灰夢が体をユサユサと揺らされていることに気づく。
「……ん?」
「あの、お兄ちゃん……」
「なんだ、言ノ葉……」
「その、えっとぉ……」
股をギュッと閉じながら、言ノ葉が灰夢を上目遣いで見つめる。
「お前、まさか……」
「その、えっと……。一人で行くのが、怖くて……」
「お前、もう高校生だろ」
「うぅ……。だって、テレビが……」
「…………」
もはや言い返すのも疲れた灰夢が、再び布団から起き上がる。
それと同時に、当たり前のようにくっついた双子が姿を現す。
「お兄ちゃん、それ……」
「セミだ、気にすんな」
「セ、セミ……」
「あぁ、夏だからな」
微塵も動じていない灰夢に、言ノ葉は呆れた視線を向けながらも、
トイレに行きたい言ノ葉は、仕方なくそのまま連れていくのだった。
☆☆☆
「お兄ちゃん、ありがとです……」
「おう、お前も早く寝ろよ」
「はい。おやすみなさい、お兄ちゃん……」
「あぁ、おやすみ……」
灰夢は役目を終えると、疲れきったように眠りについた。
( もう二度と、ホラー番組を見るのはやめよう )
☆☆☆
しばらくして、灰夢が自分の顔にツンツンと、
何かが当たっていることに気づき、目を覚ます。
「……あ?」
「あの、お兄さん……」
顔を赤らめながらモジモジする氷麗を見て、
灰夢は口を開けたまま、遂に言葉を失くした。
「……一人でいけ」
「──えっ!? ちょ、お兄さん……。まだ、なにも……」
「もうトイレは疲れた……」
「ねぇ〜っ! おにぃさぁん、トイレぇ……」
「俺はトイレじゃありません」
「お願いします、お願いしますってばぁ……」
「……知らん、寝る」
灰夢が氷麗の訴えを無視して、そのまま眠りにつく。
☆☆☆
その日の朝、氷麗の布団はびっしょりと濡れていた。
「氷麗ちゃん、まさか……」
「違うのっ! これは、緊張で汗と氷の力が出ちゃって……」
「……おもらし」
「だからぁ、違うんですってぇばぁ〜っ!」
風花と鈴音が幸せそうに眠る中、氷麗は現状の誤解を解くため、
冷めた視線で見つめる灰夢と言ノ葉に、何度も弁解するのだった。
それからしばらくの間、氷麗のあだ名は『 おもらし 』になった。
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