❀ 第壱部 第玖章 夏の終わりと勇気の一歩 ❀

第壱話 【 人と精霊 】

 恋白とのデートを終えてから、数日後の深夜。

 灰夢、蒼月、梟月は、飲みながら語りをしていた。





『本日のニュースです。


 昨夜未明、〇〇県〇〇市で、

 十四歳の少女が誘拐されたとの通報があり、

 警察は、誘拐の疑いで調査を進めておりますが、

 未だ、新しい情報は、入っていないとのことです』





「最近、こういう物騒なニュースが多いね」

「所詮は人も動物だ。本能のまま欲望を向き出せば、心も歪むだろ」

「だからって、人さらいとか、こんなに事件多かったっけ?」

「まぁ、確かに。最近は目に余るくらいに、よく見るけどな」

「なんか、裏の仕事以外でも見かけすぎて、この国の危機を感じるよ」


 そういって、灰夢と蒼月がお猪口を飲み干す。


「国家のやつらなんかから、何か聞いてねぇのか?」

「そういえば、最近は急に人が居なくなる事件が多いって言ってたかな」

「それは、今の誘拐みたいなやつか?」

「いや、少女や子供ももちろんあるんだろうけど、大人の男もだって……」

「……大人の男? 確かに、なかなか攫われる様な対象じゃねぇな」

「うん。だから、裏に何かあるのか、調べてるって言ってたよ」


「それが、怪異や忌能力者絡みじゃなきゃいいけどな」

「そうだねぇ。それだと、こっちに仕事が来ちゃいそうだし……」

「……面倒が来ねぇことを祈る」



 ──そんな話をしていると、店の入口がガチャッと開いた。



「……あ?」

「……ん?」

「……?」

「あの、すいませんっ!」


 扉が開くと同時に、灰夢たち三人が入口に振り返る。

 すると、焦った様子の風の大精霊が、そこに立っていた。


「シルフィー? どうした、こんな夜中に……」

「ノーミーちゃん、ここに来てませんか?」

「ノーミー? いや、来てねぇけど……」


「ノーミーちゃんって、あのDeathデス連呼してる地の大精霊だよね?」

「……はい」

「……何か、あったのか?」

「私が、さっき喧嘩をしてしまったら、庭園を飛び出してしまって……」

「……喧嘩?」

「はい。夜に、一人で騒いでいたので。つい、カッとなって……」


 シルフィーの不安そうな顔を見て、灰夢たちが深刻さを悟る。


「この祠の中にいるのか?」

「わかりません。クマさんたちや、微精霊たちとも探してるんですけど……」

「それで見つからないなら、ここを出ていった可能性が高いな」

「今のニュースを見た後だと、あまりいい予感はしないね」


 そんなことを話していると、シルフィーの後ろから、

 残り二人の大精霊たちを連れた、リリィが歩いてきた。


「ごめん。私、ちょっと、でてくる」

「待て、リリィ……」

「……何?」

「精霊たちが外に行くと、夜は発光が目立つ」

「なら、私が一人で……」

「外には俺が行く。お前らは、もう少し祠の中を探せ」

「……でも」

「牙朧武と契約してる俺は、暗闇が住処だ。夜でも周りがよく見える」

「……だけど」

「お前一人より、嗅覚の使える俺が、眷属たちと探した方が早いだろ」

「…………」

「大丈夫だ。必ず、見つけて連れて帰ってくっから……」

「……灰夢」


 不安そうなリリィに、灰夢がそっと笑ってみせる。


「なら、この祠の中は僕が探すよ」

「……蒼月」

「リリィちゃんたちは、もう一度、庭園の中を探してみて……」

「うん、わかった……」

「梟ちゃん、外にフクロウ飛ばせる? 僕もカラスを飛ばすからさ」

「あぁ、わかった。ここに戻ってきた時は、わたしから知らせよう」

「うん、お願いね」


 すると、店の二階から、満月が降りてきた。


「灰夢、蒼月、リリィ。これを持っていけ……」

「……ん? なんだ、これ……」

「通信機だ。見つかったら、これで知らせろ」

「そうか、わかった……」

「オレも街中の監視カメラを、ハッキングしてみる」

「……満月」


 動き出した月影に、リリィが少しだけ安心した表情を見せる。


「たまに、サラッと犯罪臭いこと言うよな。お前……」

「むしろ、こういう時に、こういう技術を使わないでどうする」

「僕たち、元々裏社会の人間だし、世間からしたら今更でしょ……」

「まぁ、それもそうか……」


 そういって、月影全員が立ち上がった。


「うっし。厨二病野郎、大捜索作戦。開始だ──」

「「「 ──おうっ! 」」」



 ☆☆☆



 その頃、ノーミーは一人、住宅街を彷徨っていた。


「別に、あんなに怒らなくてもいいじゃないデスか……」

「グルルルルルル……」

「──はっ、な……なんデスか?」

「ヴヴヴヴ……ワンワンッ!」

「なっ、ケ、ケルベロス……デスねっ!」

「──ワンワンッ!」

「ふふっ、一つ頭のケルベロスなど、恐るるに足らずデスッ!」


「──ワンワンッ!」

「…………」

「──ワンワンッ!」

「……き、今日は、ここまでにしておいてやるデスッ!」


 鎖の繋がれた犬を避けて、ノーミーが別の道を走る。


「……ふぅ、危うく地獄に送られるところだったデスね」


 物陰に隠れ、落ち着きを取り戻したノーミーが、

 来た道に戻ろうと、元の道への別ルートを探す。


「……あれ? ここ……何処、デスかね……」


 だが、元の道を探そうと、辺りを見回すも、

 ノーミーは、来た道が分からなくなっていた。


「こ、……ここ、これは……不味いかも、しれないデス……」


 人や車が通る度に、物陰隠れ。コンビニの光に驚き、

 ノーミーが、どんどん人の少ない裏道へと進んでいく。


「ヤバいデス、帰れないデス……マスタ〜、助けてデス……」

「……おや?」

「──はっ!? マスター?」


 突然の声に、ノーミーが振り返ると、

 見たことも無い男が、三人立っていた。


「……だ、誰……デス、か……?」


「君、こんな夜道に、一人じゃ危ないよ?」

「ボクたちが、お家に返してあげよう。おいで……」

「大丈夫、怖くないよ……」


 そう告げる三人の男たちの瞳は、赤く血走り、

 フラフラとした足取りで、明らかに様子がおかしい。


 まるで、見えない何かに操られる人間のように、

 定まらない瞳で、ゆっくりとノーミーに歩み寄る。


「いや、大丈夫デス……なんか、オジサンたち、目がヤバいデス……」


「大丈夫、痛くしないから……」

「お家に帰れるよ……」

「一人は、怖かったよね……もう、大丈夫……」


「これは、捕まったらヤバいやつデスッ!」


 ノーミーは転びながらも、男たちから走って逃げた。



( どうしよう。精霊術は、外では使用禁止と言われてるデス。でも…… )



 そんなノーミーを、男たちが走って追いかける。


「待って、どこいくのー?」

「怖くないよ〜?」

「そんなに、逃げないでぇ……」


「──く、来るなデスっ!」


 ノーミーは、行き止まりの路地裏にまで追い込まれ、

 壁にビクビクと張り付きながら、焦りを募らせていた。


「やばいやばいやばい、大ピンチなのデスよッ!」



( こうなったら、いっそ空を飛んで…… )



 そう思い、ノーミーが羽を広げた瞬間、

 ノーミーの左手が、男の一人に掴まれる。


「──ちょっ! 離すデスっ!」

「逃げ場が、無くなっちゃったね……」

「さぁ、一緒に行こう……」

「怖くないから、大丈夫だよ……」


「嫌、デス……助けて、デス……誰かぁ、マスタァ……」



 ──その瞬間、壁に黒い巨大な影の穴が現れた。



「──えっ!? ちょ、あああああぁぁぁぁぁ吸い込まれるデスッ!!」



 ノーミーが引きずり込まれる様に、壁に広がる影の中に消える。

 すると、影が大きく膨らみ、そのまま大きな狼の形へと変わった。


「な、なんだこれ……」

「さっきの子は、いったいどこに……」

「……影? いや……何かの生き物か?」



『 グアアァァァァアアァァアアアァァアアァアアッ!!! 』



「うわぁぁぁあっ!」

「ば、ばけものだぁぁ!!」

「食われる、助けてぇっ!」


 巨大な影狼の咆哮と共に、男たちが慌てて逃げていく。


 そして、周囲に静けさが戻ると、壁に広がる影の中から、

 ノーミーを抱えた灰夢が、ゆっくりと歩いて出てきた。


『満月、ノーミー確保だ。今から帰る、みんなに伝えてくれ』

『こちら、満月。了解だ……』


 そういって、灰夢が満月との通信を切る。


「うっし、帰るか……」

「ダ、ダークマスター。なんで、ここに……」

「リリィの依頼だ。みんな、心配してんぞ……」

「そう、デスか……ごめんなさい、デス……」


 謝るノーミーは、申し訳なさそうに俯いていた。


「お前、なんで、逃げ出したんだ?」

「気分転換に、外を……見たかった、デス……」

「…………」

「あと、ちょっと……構って欲しかった、デス……」


 そうボソボソと呟くノーミーを見て、灰夢がため息をつく。


「はぁ……。まぁ、喧嘩をすりゃ、そういう時もあるか」

「……怒らないデスか?」

「怒らねぇと、分からねぇか?」

「いや、そんなことは……ない、デスけど……」

「ならいい。別に、俺が責めることじゃねぇしな」


 灰夢がノーミーに、そっと自分の羽織をかける。


「……ダークマスター、これは?」

「お前ら精霊は、キラキラしてっから。夜だと、その光が目立つんだよ」

「影に入れば、目立たないデスよ?」

「……外、見て回るんだろ?」

「……いいんデスか?」

「帰り道の間だけな。他に寄り道はしねぇぞ……」

「やったぁデス! さすが、ダークマスターデスっ! 痛っ……」

「……どうした?」

「さっき転んで、足を捻っちゃったデス……」

「ったく、ほら……」


 灰夢はノーミーの前に、そっとしゃがんで背中を見せた。


「ダーク、マスター……」

「空を飛べばいいんだろうが。夜は光が目立つから、やめた方がいい」

「えへへ、やったデス……」

「あんま背中で暴れんなよ……」

「は〜いっ!」


 灰夢がノーミーを背負って、祠の入口へと歩き出す。


「みんな、きっと……怒ってる、デスよね……」

「どうだろうな。帰ってみねぇと分からねぇよ」

「みんなに、悪いことしたデス……」

「そう思うなら、ちゃんと向き合って謝れ……」


「…………」

「…………」


 灰夢の背中を見ながら、ノーミーが疑問を問いかける。


「ダークマスターは、なんで怒ってないデスか?」

「人間も精霊も心は同じだ。生きてりゃ、不満が溜まる時もあるだろ」

「…………」

「怒って、笑って、泣いて、悲しむ……それが、生きるって事なんだよ」

「何か、膨大な経験値を感じるデス……」

「まぁ、人の中では、無駄に長く生きてるからな」


 そう灰夢が答えると、ノーミーは小さく微笑んでいた。


「ダークマスター、昔と変わってないデスね」

「……昔?」

「ダークマスターが、初めてワタシたち、大精霊と会った時デスよ」

「あぁ、まだリリィとも、あんま仲良くなかった時か」

「そうデスね。あそこから、色々と変わったんだと思うデス……」

「お前、よくそんなこと覚えてんな」

「忘れないデスよ。ダークマスターのお陰で、ワタシたちの、今があるんデスから」


「……大袈裟だろ」

「……そんなことないデス」


 ノーミーが目を瞑りながら、灰夢の背中に体を預ける。



























「あの時はまだ、ワタシたち大精霊も、仲良くなかったデス。

 精霊は領域があるデスから、種族ごとの争いも珍しくないデス。


 もちろん、リリィマスターがいるから、みんな協力はしてたデス。

 でも、心の中を見てみれば、本質的に一つだった訳ではないデス。


 そんな時に、あの場所にダークマスターが現れたんデス。

 人の身で、ワタシたち大精霊に、恐れず近づいてきたデス。



 明るく振る舞うウインドマスターの悩みを、見抜いたと聞いたデス。


 臆病なアクアマスターに、誰よりも真っ直ぐ向き合ったと聞いたデス。


 強気なフレイムマスターと、真っ向勝負で打ち勝ったデス。


 そして、こんなワタシにも、面倒くさがりながら構ってくれたデス。



 別々の世界を生きる大精霊が、一人の人間と触れ合って、

 種族や領域は関係ないんだって、教えてもらったんデス。



 ──心は、みんな同じだって、教えてもらったんデス。



 だからこそ、今のワタシたちがあるんデス。

 だから、ワタシたち大精霊は──」



























       『 ダークマスターのことが、大好きなんデスよ 』



























 ノーミーはそう伝えながら、静かに背中で笑みを浮かべていた。


「まぁ、悩みに気がついたのは、たまたまだけどな」

「でも、普通は大精霊と、バトルなんかしないデスよ?」

「あれはサラが『 力ある者が正義だっ! 』って、意地を張るからだろ」


 呆れた瞳をしながら、灰夢がノーミーの言葉に答える。


「あの時のダークマスターは、闇の力も、少ししか使えて無かったデス」

「まぁ、牙朧武に会う前だったからな」

「それなのに、人の力で打ち破ったデス。燃えても焦げても、めげずに……」

「それもまた、偶然だ……」

「その偶然に、ワタシたちは救われたデスよ……」





 灰夢とノーミーが静かに語りながら、夜の道をゆっくりと歩いていく。

 人と精霊、本来は触れ合うことも、心を通わすこともないような種族。


 それでも、例えかけ離れた種族でも、同じ心があるのだと、

 言葉を交わすことで分かり合えるのだと、二人は証明していた。


 死を纏う人間の中にある、【 優しさ 】という名の温もりを、

 ノーミーは体で確かめるように、灰夢の背中にくっついていた。





「まぁ、また逃げ出したくなったら、俺の部屋に来い」

「……いいん、デスか?」

「ゲームや漫画、お前の好きそうなものは多い。気晴らしにはなるだろ」

「マスターに、許してもらえるデスかね」

「リリィには後で、俺から言っといてやるよ」

「ダーク、マスター……」


 そういうと、灰夢が立ち止まり、前を見ながらノーミーに告げる。



























           「 ……ほら、お迎えの時間だ 」



























「……え?」


 ノーミーが前を見ると、リリィと大精霊たちが待っていた。


「……みんな」


「よかったぁーー!! ミーちゃんっ!!」

「もぉ〜、心配かけさせないでよ〜っ! バカ〜っ!」

「よかった……本当に、本当に無事でよかった……」


「ごめん、みんな……ごめんなさい、デス……」


 灰夢がそっと、その場にノーミーを下ろすと、

 シルフィーが走り、勢いよくノーミーを抱きしめる。


 それを見守りながら、サラとディーネも、傍で涙を流す。


「ごめんデス……本当に……ごめんなさい、デス……」

「私もごめんね、言い過ぎちゃって……ごめんね、ミーちゃん……」


 二人が涙を流しながら、必死に想いを言葉にし伝え合う。

 それを見て笑みを浮かべると、灰夢はリリィの元に向かった。


「悪ぃな、遅くなった……」

「灰夢、ありがとう……ほんとうに、ありがとう……」

「礼はいい。足を怪我してるみたいだ。後で、見てやってくれ」

「うん、わかった……本当に、ありがとね。灰夢……」

「あぁ。また、なんかあったら言ってくれ……」

「うん。頼りに、してる……」



 ──その瞬間、大精霊たちが、一斉に灰夢の方に振り向く。



「──灰夢さんっ!」

「──おにーさんっ!」

「──灰夢さまっ!」

「──ダークマスターっ!」


「……あ? ちょ、お前ら一気に向かってくん──痛ってぇ!!!」


 走ってきた四人の大精霊は、一斉に灰夢に飛びついた。


























   「「「 ありがとう。私たちを、いつも一つにしてくれて…… 」」」



























   そういって、微笑む大精霊たちに、灰夢は呆れながらも笑みを見せた。



























          「 あぁ、どういたしましてだ…… 」


























 四人の大精霊たちは、暖かい涙を流しながらも、


        互いを想い合うように、幸せに満ちた顔をしていた。

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