第参話 【 とある少女の恋物語 Ⅲ 】
そんなこんなで、二人で数時間、忌能力の練習をしましたが、
何のイベントもなく練習も終わり、お風呂にやって来ました。
「そんじゃ、俺はこっちなんで。……また後でな」
「あっ、はい……」
そういって、お兄さんが男湯に入っていき、
私も別れるようにして、女湯へと向かいます。
「恋白さんたちがいない。もう、お風呂でたのかな」
この祠のお風呂は、露天風呂と檜風呂の二つがあって、
晴れている日は基本的に、大きな露天風呂が使えます。
正直、贅沢極まりすぎて、悪い気がするくらいです。
「はぁ……。結局、進展なしかぁ……」
私って、女としての魅力、無いのかなぁ。
もう少し私のこと、意識してくれてもいいのに。
いや、ダメよ、氷麗。期待をしすぎてはいけないわ。
あの人は鈍いんだから、自分からアタックしないとっ!
そう思った私は、さっそく行動に出ることにしました。
☆☆☆
男湯を覗くと、お兄さんが湯に浸かっていました。
正直、女の子が男の人のいる風呂に入ってくるなんて、
もう、好意がある以外に考えられないと察してほしいです。
……というか、分からない方がヤバいです。
そう意を決して、ゆっくり風呂の入口を開け、
私は布一枚で、お兄さんに直接アタックします。
「ししょー! みてみてぇ、手でやる水鉄砲覚えた〜っ!」
「風花も……。覚え、ました……」
「おう、上出来じゃねぇか」
「えへへ〜っ! 鈴音たちは天才だもんねぇ〜っ!」
「では、次のレベルに挑戦でございますね」
「……あ?」
<<< 水神術・双頭蛇水 >>>
「いや、恋白。水で蛇を象るのは、さすがにレベル上がりすぎだろ」
「恋白ちゃん、すごぉ〜い」
「白蛇の、お姉ちゃん……。水神術、かっこいいです……」
「いや、何で普通に喜んでんだよ。水鉄砲の域じゃねぇだろ」
「ちゃんと水蛇の口から、水鉄砲も放てますよ?」
「それは水鉄砲じゃなくて、水圧カッターっていうんだ……」
どうしましょう、みなさん。私よりも先客がいました。
というか、ナチュラルに皆でお風呂に入ってるんですけど。
「……お兄さんのエッチ」
「……あ?」
「じーーーーっ……」
「おい。なんで、氷麗まで来てるんだよ」
「みんなはいいのに、私はダメなんですか?」
「いや、こいつらがいるのもおかしいんだよ」
「ここまで来たら、私が混ざっても問題ないですよね?」
「問題しかねぇわ。ここは男湯だぞ?」
「割合的には、今は女性の方が多いです」
「それがおかしいんだっつの……」
お湯に入ってしまえば、私の勝ちです。
ここまで来たら、私だって引き下がれません。
二人っきりではないけど、しょうがないですね。
「おししょー、頭くらくらぁ……」
「鈴音も、フラフラしてきたぁ……」
「逆上せる前に早いとこ出とけ。恋白、頼む……」
「はい、主さま。風花さま、鈴音さま、参りましょう」
「……うん」
「……はい」
恋白さんが二人を連れて、お風呂を出ていきました。
──あれ? ひょっとして、二人っきりになれた?
というか、ちょっと待ってっ!? 二人っ!?
かなり気を抜いていたせいで、色々と心の準備が……。
「氷麗、お前は出ねぇのか?」
「私は、その……。今、来たばかりなので……」
「はぁ、もういいや。好きにしてくれ……」
お兄さんは呆れながら、空を仰いでいます。
やっぱり、私といるのは迷惑なのでしょうか。
「お兄さんは……」
「……ん?」
「お兄さんは、私といるの……。嫌、ですか……?」
「……なんでそうなる」
「だって、目も合わせてくれないし……」
「あのなぁ……。お前、自分が年頃の女だっつぅ自覚あるか?」
「ありますよ。だから、こうして……」
「それなら、少しは自分の体を大切にしろ。男は皆、狼なんだぞ?」
「だって、お兄さんは狼にならないじゃないですか」
「なっただろ、この間の祭りの時に……」
「今の話ですよ。戦う時にだけ狼になって、どうするんですか」
お兄さんは戦う時、魔物のように狼の影を纏います。
それに、普段は狼のお面をつけているので、
【 不死ノ影狼 】と、呼ばれているそうです。
「俺が死なないからって、社会的に抹殺しにきてるのか? おのれは……」
「別に、そんなことしませんよ」
「それなら、もう少し遠慮してくれ……」
「…………」
「目のやり場に困っから……」
「……え? 今、なんて言いました?」
「別に、なんでもねぇよ」
そういって、お兄さんが湯船を出ました。
今、何か凄い大切なことを聴き逃した気が。
でも、お兄さんだし。そんな大したことでもないか。
「おい。なんで、お前までついてくるんだ?」
「たまには、お兄さんの背中を流してあげようかと……」
「はぁ……。言ったそばから、お前は……」
「……ダメ、ですか?」
「…………」
「…………」
「わかった、好きにしてくれ……」
「ふふっ、ありがとうございます」
私は知っている。お兄さんは、意外と押しに弱いことを。
でも、出来ることなら、お兄さんからも求めて欲しいな。
そんなことを考えるのは、私のワガママなんでしょうか。
☆☆☆
お風呂を出たあと、私たちは、お兄さんの部屋に戻りました。
「お兄さん。よかったら、耳かきしてあげますよ?」
「貴様、俺の鼓膜に何をする気だ……」
「いや、何もしませんよ。私のことをなんだと思ってるんですか」
「風呂のことと言い、耳かきと言い、どういう風の吹き回しだ?」
「別に、日頃のお礼と思っているだけですよ」
「女の礼には裏があるって、前にテレビでやっててだな」
「べ、べべ、別に裏なんかありませんよっ!」
「ほら、ポーカーフェイスが崩れてんぞ……」
「うぐっ……」
なんで、こういうところだけは、勘が鋭いのか。
私の乙女心の心情は、微塵も気が付かないくせに。
……この、主人公体質め。
「とりあえず、私の膝に寝てください」
「いや、別に膝枕じゃなくっても、そこの座布団とか……」
「じーーーーーっ……」
「…………」
( ……なんでこいつ、若干キレてんだ? )
「はぁ、わかったよ……。寝りゃいいんだろ、寝りゃ……」
「ふふっ、よく出来ました。それじゃ、始めますね」
こうして、私はお兄さんの耳かきを始めました。
まぁ、耳かき自体は、正直初めてなんですけど。
「…………」
「……痛くない、ですか?」
「あぁ……」
「…………」
お兄さんは、綺麗な灰色の髪をしています。
筋肉質な体に、目つきの悪い瞳、凛とした眉、
意外と可愛い鼻、言葉使いの悪い口、などなど。
よく見れば見るほど、興味が湧いてくる。
これが、一般的な恋というものなのでしょうか。
恋をしたのは初めてで、よく分かりませんが、
他の人とは違い、自分で感じるほどドキドキする。
もっと触れたいと、そばに居たいと想い続け、
相手から求められたいと、ざわめく心が治まらない。
そんな私は、どうかしちゃっているのでしょうか?
人は恋をすると、こんなにも見る景色が変わるのか。
そう思うくらいに、お兄さんの事でいっぱいなのです。
「あの、お兄さん……」
「……ん?」
「お兄さんは、恋って……したこと、ありますか……?」
思わず聞いてしまった。まぁ、無さそうだけど……。
「……あるよ」
「……えっ!?」
「……なんだよ」
「いや、ごめんなさい……。その、あまりにも意外で……」
「失礼だな。これだけ長生きしてりゃ、それくらいあるだろ」
「あぁ……。まぁ、そうですよね……」
それを聞いて、私は頭の中が真っ白になりました。
( ……そっか。お兄さん、好きな人がいるんだ…… )
霊凪さんと梟月さんは、結婚しているとしても、
リリィさんや恋白さんは、その対象になり得ます。
あんなにレベルが違うほどの綺麗な人たちです。
正直、好きと言われたら、もう何も言えません。
それでも、私は聞かずにはいられませんでした。
「それは、ここにいる人なんですか?」
「いや、いねぇよ」
「なら、今はどこに……」
「どこにもいない。そいつは、不死身じゃなかったからな」
その言葉を聞いて、私は目が覚めました。
「あっ……。その、ごめんなさい……」
「別にいい。これは、不死身にしか分からない悩みだ」
「…………」
お兄さんは、少し寂しそうな顔をしました。
あまり実感は湧きませんが、お兄さんは不老不死。
周りの人が歳をとっても、自分だけは変わらない。
それは時に、死という別れを告げられるということ。
変えられない寿命という別れが、訪れるということ。
そんな孤独を、お兄さんが生きているとしたら、
私みたいな恋心は、お兄さんには迷惑なのかな。
「お兄さんは、もう……恋とか、しないんですか?」
「さぁな。そういうのは、その時が来ねぇと分からねぇよ」
「……そう、ですよね」
「…………」
「…………」
どうしよう、返す言葉が見つからない。
私の忌能力が、他の人には理解できないように、
不死身の感覚もまた、私なんかには分からない。
孤独も辛さも、得てしまったものは変えられない。
その力がある限り、元の人間には、もう戻れない。
そういう人生を、私も痛いほど知っているから。
そんなとき、お兄さんの口が僅かに動きました。
「あのな、氷麗……」
「……はい?」
「恋をした時は、迷うなよ」
「……え?」
「手が届かなくなったら、もう遅いから……」
「…………」
私にも、言葉の意図は分かりませんが、
何か強い意志と、重い後悔を感じました。
お兄さんは、過去に失恋したのでしょうか?
理由は分かりませんが、そんな気がしました。
呪霊である牙朧武さんが生まれたのは、お兄さんが過去に、
大切な誰かを失った後悔が原因だと言う話を前に聞きました。
もしかしたら、その大切な人というのは──
「あの、お兄さん……」
「…………」
「……お兄さん?」
「…………」
「……寝てる」
お兄さんは、とても気持ちよさそうに寝ていました。
寝なくても死なないのに、こういう時は寝るんですね。
都合がいいと言うか、タイミングが悪いというか。
目の前の好意を持つ私には気が付かないのに、
アドバイスだけして、先に寝てしまうだなんて。
大人は本当にズルいです。特に、この人は……。
「ふふっ、子供みたい。可愛い……」
お兄さんの髪はサラサラで、寝顔は可愛く、
いつもとは違う、穏やかで、幸せそうな表情。
こんな顔されたら、キスしてやりたくなりますね。
……しても、いいのかな?
そんなことを思いながら、私は添い寝をします。
お兄さんの横で寝ていると、少し変な気持ちです。
「私は、あなたを好きになってもいいですか?」
「…………」
「ふふっ、聞こえないか。──ひゃっ!?」
突然、お兄さんに抱き寄せられました。
「…………」
「…………」
どうしましょう、心臓が止まりそうです。
「…………」
「……まだ、寝てる?」
心臓の音だけが響き、体温が上がるのが分かる。
少し動けば、唇が当たりそうなくらいの近い距離。
「……もう、はな……さ、ねぇ……から……」
「……へ?」
「すぅ~、すぅ~……」
「なんだ、寝言かぁ……」
そういう言葉は、出来れば起きて言って欲しいです。
そんなことを思いながら、私はお兄さんに顔を埋め、
お兄さんの匂いに包まれながら、夢の中に入りました。
いつか、この思いを伝えますね。
あなたに、この手が届くうちに──
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