第弐話 【 とある少女の恋物語 Ⅱ 】

 お兄さんの部屋でゲームをする、二人だけの空間。

 それは、私にとってのかけがえのない時間でもある。





『 こんな時間が、ずっと続けばいいのに…… 』なんて、

 さすがに夢を見過ぎてるとさえ思うような、私の乙女心。


 そんな時、お兄さんの部屋にノックの音が響きました。


「灰夢くん、ちょっといいかしら?」

「……ん? 霊凪さんか。どした?」


 この、とても綺麗な女性は不動 霊凪さんといって、

 言ノ葉のお母さんで、ここの女将さんなんだそうです。


「言ノ葉から『 部活の助っ人を頼まれて遅くなる 』って連絡が来てね」

「おう、そうか」

「『 忌能力の練習行けなさそうです、ごめんなさい 』って……」

「学生は学業と部活が優先だ。『 気にせず頑張れ 』って言っといてくれ」

「うふふ、わかったわ」


 そういって、霊凪さんは出て行っちゃいました。


「言ノ葉は遅くなんのか、どうする? 練習するか?」

「私は全然、二人でも大丈夫ですよ?」


 というか、夜まで二人っきりのチャンス到来!?

 言ノ葉には悪いけど、お兄さんに少しアピールを……


「いや、風花と鈴音は呼べば来るだろ」

「……あっ、そうですね」


 そうだった。ごめん、風花ちゃん、鈴音ちゃん。

 今の私、お兄さんとの二人の空間しか頭になかった。


 はぁ、重症だなぁ。私──



 ☆☆☆



 そんなこんなで、私たちは道場に練習をしに来ました。


「──えいっ!」

「キュッキュッキュッ!! キュキュッキュッ!」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 私の練習内容は、ベアーズと呼ばれるクマのぬいぐるみに、

 自分の忌能力を使って作り出した、氷の玉を当てることです。


 なの、ですが……


「キュッキュッキュ〜っ! キュキュッ!!」

「…………」


 おしりを出した子一等賞みたいな動きで挑発してくる、

 あのクマのぬいぐるみ。正直、凄くムカつくんですよね。


「氷麗、調子はどうだ?」

「今日は、ちょっとイマイチですね」

「一発打ってみ」

「……はい」


 お兄さんが見てる。絶対当てないと。

 そう思って、私は氷の玉を作り出します。


「落ち着け、焦りすぎだ……」

「──ひゃっ!?」


 お、おお、お兄さんが、私を抱きしめて……


「何もしねぇから、前だけ見てろ」

「は、はい……」


 分かってる。私だって、ちゃんと分かってる。

 お兄さんは、ただ教えてくれようとしているだけ。


 後ろから私を包むように、そっと私の手を掴んで、

 クマのぬいぐるみを狙う方法を、優しく教えてくれる。


 たったそれだけと分かっていても、やっぱり嬉しい。

 もっと密着したい……なんて、浮かれちゃいけないのに。


「ほら、今だ……」

「──ハッ!」

「──キュッ!?」


 そんな、お兄さんの教え方は、本当に実践的で、

 技はベアーズの頭に、クリティカルヒットしました。


 ……ちょっとスカッとした。


「よし、上出来だな」

「ありがとうございます、お兄さん……」

「疲れたら、ちゃんと休憩しろよ」

「大丈夫です。もう、お兄さんを傷つけることだけはしませんので……」


 私は過去に、何度もお兄さんを凍らせたことがあります。

 私自身にも扱えきれない程に、力が暴走することがあるのです。


 不死身と分かっていても、痛みや冷たさは感じるのに、

 それでも、お兄さんは恐れずに、私の暴走を止めてくれた。


 それを繰り返さない為にも、力をマスターしないといけません。

 もう、あんなことはしたくないから……


「いや、俺のことは別にいいんだが。お前に何かあったら危ねぇだろ?」

「…………」

「常に余裕は持っとけよ。焦らなくていいから……」

「……はい」

「そんな不安そうな顔すんな。暴走した時は、ちゃんと止めてやるから……」

「……お兄さん」


 あれだけのことがあっても、自分より私を心配してくれる。


 確かに、不死身だから、死なないのかもしれないけど、

 そんな優しく見守る顔で、そんなことを言われたら、

 私だって、あなたを好きになっちゃうじゃないですか。



『 ──グオォォオォオオォォォオオォォォォオオオッ!!! 』



 そんなことを思っていたら、凄い爆風が私たちを包みました。


「──ッ!?」

「──ッ!?」


「ししょーっ! 風花があぁぁぁっ!」

「はぁ、やれやれ……」



























 拝啓、お母さん……

 今、私の目の前に、とんでもない化け狐が居ます。


 しかも、そんなやばそうな生き物を相手に、

 何食わぬ顔で、私の好きな人が戦っています。


 この世界には、まだ私の知らないことが多いです。


 お母さんは、『 広い世界を見てらっしゃい 』と、

 あの日、上京する私を、優しく見送ってくれたけど、

 正直、今の私は、見る世界を間違えている気がします。



























        ( ……あっ、風花ちゃんが元に戻った )



























「おししょー、ごめんなさい」

「別にいい。どうだ? 体は大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


「はぁ、よかったぁ。ししょー、ありがとう。風花を止めてくれて……」

「気にすんな。とりあえず、お前らは今日はここまでだな」


 あの子たちは、風花ちゃんと鈴音ちゃんです。


 すごく小さくて、可愛い女の子……なんですが、

 九尾という、伝承に伝わるような化け狐らしく、

 暴走すると、民家を超える大きさの狐になります。


 しかもなんか、牙とか目付きとかやばくて、

 普段からのギャップも相まって、凄く怖いです。


 私の忌能力なんて、ちっぽけに感じるくらいに──


「おししょー。怪我、大丈夫?」

「余裕だ。風花が俺を倒すには、まだまだ修行が必要だな」

「……おししょー!」

「へいへい、俺はここにいるよ」


 風花ちゃんは、凄く素直で、お兄さんが大好きです。

 見てるだけで分かるくらいに、お兄さんに甘えています。


「風花は甘えん坊だなぁ……」

「姉さんだって、おししょーのことが大好きなくせに……」

「べ、べべ、別に好きじゃないもん……」

「そうか。俺、お前に嫌われてたんだな」

「き、ききき、嫌いなんて言ってないもんっ!」


 鈴音ちゃんは、風花ちゃんの双子のお姉ちゃんです。

 そのせいか、少し意地っ張りで、素直じゃないみたいですね。


「まぁ、鈴音も風花の居ないところじゃ、同じだけどな」

「……そうなの?」

「ししょーっ! そういうこと言わないでよぉっ!」


 うん、そんなことも無いみたいです。さすが双子……。


「まぁ、あぁいう暴走をしねぇように、これからも練習だな」

「……うんっ!」

「……はいっ!」


 誰にでも優しい、不死身のお兄さん。少し妬けます。

 まぁ、小さい子を相手に妬くのも、あれなんですけど。


 そんな時、道場に一人の女性がやってきました。


「主さま、お疲れ様です」

「おう、恋白。どうした?」

「霊凪さまから、おやつを預かって参りました」

「そうか、ありがとな。氷麗、お前も休憩だ……」

「あっ、はい!」


「やったぁ〜っ! おやつだぁ〜っ!」

「霊凪さんの、プリン……大好き、です……」


 このプリンを持ってきた人は、夜刀神 恋白さん。


 真っ白な髪をした、凄く美しい女性で、

 正直、女である私でも、惹かれる程に綺麗です。


 なんでも、どこかの祠に祀られていた神様らしく、

 お兄さんが助け出したとかで、凄く慕っています。


 こんな人が傍にいたら、私に勝ち目がありません。

 恋のライバルが神様なんで、ズルいじゃないですか。


「汗をかかれた主さまも、とても素敵ですね」

「おいおい、褒めても何も出ねぇぞ?」

「ふふっ。出す時は、わたくしの中にどうぞ」

「ガキの前で変な事を言うんじゃねぇよ」


 ただ、感情のセーブが、少し苦手らしいですね。

 正直、積極的すぎて、お兄さんすら引いてます。


 でも、確かに……

 お兄さんって、本気で戦う時、上半身脱ぐんですよね。


 あれはちょっと、私でも目のやり場に困ります。

 というか、絶対見ちゃいますよね。普通に考えて。


「恋白。悪ぃが、二人を風呂に入れてくれるか?」

「はい、大丈夫です」

「プリン食ったら、風花と鈴音は風呂に入ってこい」

「はーいっ!」

「了解、です……」


 あれ? もしかして、お兄さんと二人っきりなのでは?


「氷麗はどうする? まだやるか?」

「はい、もう少しだけ頑張ります」

「そうか。まぁ、気が済むまでやってみな」





 これは、私のアピールチャンス、到来かもしれませんっ!




























 単純だなぁ、私……

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