第拾壱話【 神に抗う者 】

 言葉を交わし、それぞれの想いをぶつけ合った灰夢と我喇狗は、

 同時に忌能力を解き放つと、お互いの力を見せつけあっていた。





「山神の真の力を見せてやろうッ!! ──いでよッ!!」



  【  凱旋樹霊がいせんじゅれい …… ❀ 戦神観音菩薩せんじんかんのんぼさつ ❀  】



 我喇狗の後ろに大木が育ち、それが何本も重なると、

 千本の手を持つ、巨大な菩薩ぼさつの姿へと変わっていく。


「ようやく体も温まってきたんだ。ここからは、俺も暴れんぞッ!!」


 我喇狗に対抗するように、灰夢が影の鎧を体全身をまとっていく。


 灰色の髪が逆立ち、見る見るうちに黒く染まると、

 太い一本の尾を生やし、鋭い爪と牙を伸ばしていく。


 両肩から影の腕が生えると、四本の腕で型を構え、 

 体に刻まれた死術の術式が、紅く光りを放ち出し、

 夜叉を象った顔の瞳から、紅い眼光が我喇狗を睨んだ。



  【  幻影呪鎧げんえいじゅがい …… ❀ 幻狼夜叉明王げんろうやしゃみょうおう ❀  】



「さぁ、力の限り抗ってみせろ。灰夢──ッ!!!」

「死力を尽くした人間を、甘く見るなよッ!!! 我喇狗──ッ!!!」


 声をかけ合うと同時に、二人が攻撃を始める。



     <<< 戦神せんじん千手槍拳乱舞せんじゅそうけんらんぶ >>>



 観音菩薩の千本の手が拳に変わり、灰夢に向かって放たれる。

 それを見て、灰夢が再び手印を結び、三つの死印を重ねていく。



























  【  並行死術式展開へいこうしじゅつしきてんかい …… ❖ 飄風ひょうふう石巌せきがん迅檑じんらい ❖  】



























     『 てんからそそ霹靂へきれきを、ふたたそらへとかえすとしよう 』



























       【  ❖ 煉合死術れんごうしじゅつ楓霹壊裂拳ふうらいかいれつけん ❖  】



























 灰夢が死術を使い、自分の肉体を岩の如く硬化させ、

 風の刃を纏った拳を、稲妻を撒き散らしながら放つ。


 激しい拳のぶつかり合いは、周囲を吹き飛ばし、

 地形が変わる勢いで荒れ狂い、地響きを鳴らした。


 体格によって、技の重量が変わるものは、

 単純なぶつけ合いでは、硬く重い方が有利である。


 単純な見方では、巨人のような観音菩薩の方が、

 大きさと重量がある分、重い一撃で圧倒的に勝る。


 だが、灰夢は圧倒的な速度で、それを補っていた。

 一撃で砕けないなら、ダメージを蓄積させればいい。


 菩薩の放つ一つの拳に、灰夢が数十回もの連撃を込めて砕く。

 鎧が砕けては再生させ、次々に迫る、全ての拳にぶつけていた。


「どこまで耐えられる、灰夢──ッ!!!」


 死術はあくまで、の身を滅ぼしかねない術式である。



























              ──つまり、



























 【  】には、致命的な反動を受けたりはしない。



























 故に、牙朧武の幻影を己に纏うことで、

 死術の反動はかなり軽減することが出来る。


 ──だが、所詮、中身は人間である。


 どれだけ術の反動を影の鎧で軽減できようとも、

 衝撃が身体に負担をかけることに変わりはない。


 人は呼吸が乱れるほどに、必ず技にも乱れが生じる。

 その為、人間の放てる技の持続時間には限界がある。


 本来、動いて技を放つ時、生き物は呼吸を止めて放つ為、

 人間の技には、必ず呼吸を整えるインターバルが存在する。


 だが、山神は──



























          ──我喇狗は知らなかった。



























             そう、本当は──



























      【  】ということを。



























 生き物であるが故に、いつもは癖で吸っていても、

 不死身の肉体を持つ灰夢に、それは必須ではない。


 故に、という『 概念 』そのものがない。


 体に負担がかかればかかる程、筋肉も骨も壊れゆく。

 だが、それが治る程に、灰夢は強く速くなっていく。



「──どうしたッ! そんなもんかッ!?」



 落雷のような一撃をさらに加速させ、四本の影の腕を使って放つ。

 乱れぬ呼吸で繰り出される拳が、恐ろしい速さで標的を砕いていく。



「──な、なんだ!?」

「──まだ、上がるッ!!!」



 戦況の変化に、我喇狗は疑問を抱き始めていた。


 撃ち合い続けてから、時間が経てば経つほどに、

 灰夢の一撃の威力が観音菩薩の拳をまさっていく。


 初めから、速度では劣っていた観音菩薩が、

 みるみるうちに、灰夢の連撃に押されていく。


 風と雷を纏う硬い拳は、衝撃波を飛ばすかのように、

 遠く離れた観音菩薩の拳すら、一瞬で粉砕していく。



 そして、ついに──



























   灰夢の拳が、観音菩薩の腕の再生速度を超え、


          終いには、観音菩薩の全ての拳が消し飛んだ。



























      「 あとは、てめぇだけだ。菩薩──ッ!! 」



























   灰夢が四つの手を、二つずつ合わせ型を作り、


          菩薩に向けると、詠唱と同時に足を踏み込む。



























     『 虚空きょくうつらぬ獄狼ごくろうは、かみをもらうきばとならん 』



























       【  ❖ 飄風死術ひょうふうしじゅつ螺旋双狼牙らせんそうろうが ❖  】



























 灰夢の周囲の空気が圧縮され、巨大な圧縮空気弾が放たれた。

 その空気弾が二頭の狼の形を成し、渦を巻きながら飛んで行く。


 すると、新たに作った観音菩薩の拳を一瞬にして貫き、

 空気の獣は、観音菩薩の本体を木っ端微塵に打ち砕いた。


「ふぅ〜、熱っちぃ。さすがに暴れすぎだな」

「…………」


 灰夢は技に組み込んでいた、三つの死術を解除して、

 体から熱気を立ち込めながら、その場で脱力していく。


 その時点で灰夢の影の尾の数は、になっていた。


 死術を放つ灰夢を目の当たりにしていた、我喇狗本人ですら、

 人間の手によって砕かれた観音菩薩の姿が、信じられなかった。


「貴様、本当に人間を辞めているな」

「だから、『 やめる 』ってさっき言っただろ」

「そうやって辞められるものだったのか? 人間とは……」


 崩れ落ちていく観音菩薩を見て、思わず我喇狗の本音が漏れる。


「流石に、これほどとなると私も手加減などしてる場合ではないな」

「お前、まだ進化すんのかよ。……何段階まであるんだ?」

「安心しろ。これで最後だ……」


 そう告げると、我喇狗は錫杖を大きく空に向かって掲げた。



     <<< 神妖秘術しんようひじゅつ魑魅吸命ちみきゅうめい >>>



 術の発動と共に、山の木々が次々と枯れ、

 山上から流れる川の水までもが渇き始める。


 牙朧武の眷属から逃げ惑っていた他の妖魔たちも、

 まるで、山に吸われるように大地へと消えていく。



「……お前、山の命を吸ってんのか」



 我喇狗の体が白く染まり、黒い術式が浮かび上がる。


 そして、桁違いの妖力を全身に纏いながら、

 我喇狗は喜びに溢れた表情で、灰夢に告げた。


「二つは手に入れておらぬが。まぁ、片割れでも事足りるであろう」

「……二つ?」

「貴様程の好敵手を相手に、そんな戯言ざれごとをぬかす暇はない」

「お前、まさか……」


 余裕の表情を見せながら、我喇狗が灰夢に嗤って告げる。


「子狐の片割れには、私の呪刻印じゅこくいんを刻んだ」

「……っ!?」

「子供とはいえ九尾の妖狐だ。取り込めば、かなりの力にはなる」

「なるほど……。何かやべぇのは、とりあえず俺でも理解できた……」


 そういって、初めて灰夢が焦りを隠す表情で笑う。


「いよいよ、ラスボス降臨って所か」

「その姿では、貴様の方が悪役だがな」

「正義の味方よりは、悪役の方が俺には向いてそうだ」

「その強がりが、どこまで持つかな?」


 我喇狗が錫杖を振り、複数の術式を同時に展開する。



























        「 私の悲願は、もうすぐだ…… 」



























「 貴様に『 守りたい 』という意志があるのなら、


         己の力を持って、この私に正義を示してみせよ 」



























「せいぜい、私を楽しませてくれよ。灰夢……」

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