第拾話 【 我喇狗という妖魔 】
山神は浮遊しながら、黒い火球を飛ばし続け、
灰夢はそれを交わしながら、山神を追っていた。
「空飛ぶのチートだろ。神のくせに、チキン戦法ばっかしやがって……」
「随分と変わった能力を持っているようだな。人間……」
「へっ、お前ほどじゃねぇよ」
「だが、体が力に耐えられていないのではないのか?」
「うるせぇ、余計なお世話だ……」
リミッターを外した灰夢が、猛スピードで浮遊移動する山神を追う。
踏み込む度に足の骨が折れ、飛んでくる火球を弾いては腕が焼ける。
それを瞬時に再生させながら、灰夢は走り続けていた。
「お前では、私に触れることすら出来ぬと知れ……」
「……あ?」
<<<
「……太すぎんだろ」
複数の巨大な木の根っこが、突然、大地から次々と現れ、
まるで、生きているように、灰夢の体を押し潰しにかかる。
「さすがに、ありゃ物理じゃ無理だな」
それを見た灰夢が手印を組み、新たな術式を展開していく。
【
灰夢の体に、新たに別の死印がジワジワと広がり、
その両手には、グルグルと風の渦が渦巻いていた。
「これで終わりだ……」
「──ッ!?」
足元から出てきた巨大な根に、灰夢が中へと弾かれ、
そのまま空中で押し潰そうと、木の根が襲い掛かる。
『
<<<
灰夢が放った風刃が、周囲の木々を一斉に切り裂いていく。
手刀で風の斬撃を生み、根を切り裂いては、また山神を追う。
だが、術を使う度にボロボロになる灰夢の姿を見て、
力の差を見せつけるように、山神は
「全く、『 人間 』というのは実に哀れだな」
「自分より弱いと思ったら、すぐこれだ。神も人間も変わんねぇな」
灰夢が大きな岩を投げてから、勢いよく空へと飛び上がる。
「甘いな、そんなものが当たると思っているのか?」
「……なわけねぇだろッ!」
「──ッ!?」
飛び上がった灰夢が、投げた大きな岩を足場にして止まり、
そのまま一気に角度を変え、山神の真上に急降下していく。
「──こうすんだよッ!!!」
【
そして、手印を組んだ灰夢の体に、新たな死印に加わった。
『
<<<
灰夢の足が風刃を纏ったまま、岩のように硬化する。
「──グハッ!!!」
灰夢は重力を味方につけ、回転しながら落下すると、
山神にカカト落としを叩き込み、地面に叩きつけた。
地面に落下した衝撃で、山神の
同時に、落下した灰夢までもが岩のように砕け散り、
再び時が戻るように、灰夢は何事もなく再生を始めた。
「まぁ、さすがに岩になって砕けた程度じゃ、死ねねぇよな」
そういって、灰夢が
倒れていた山神が立ち上がるのを、冷静に見つめる。
「おのれぇ、貴様……」
「
「ふっ、これを壊せば勝てるとでも思ったか?」
そう嗤って告げると、山神の背中に光背が復活し、
それを見て、灰夢の表情が一瞬で気だるげに変わる。
「おぃ、治んのかよ。萎えるなぁ……」
「いい加減、現実を見たらどうだ? 人間如きでは私に勝てぬのだと……」
「なら、
「
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<<<
無数の岩の
灰夢が影を
「貴様のしぶとさだけは認めてやろう」
「俺の特技は、長生きすることなんでな」
「ふっ、面白い……」
灰夢は幻影を解くと、仕切り直すように服の土を払い出した。
「しっかし、色んな術を反動も無しに、よくもまぁポンポンポンポンと……」
「お前のような人間とは、格が違うのだよ」
「ったく、俺は一発撃つ度に反動を受けるんだぞ?」
敵意すら感じさせない程の軽い言葉で、文句を言う灰夢。
それに答えるように、山神が手に持った錫杖を見せつける。
「これは、私を
「……見返す為の力?」
その言葉を聞いた途端、灰夢の顔から笑みが消えた。
「そうか、お前も……」
「……?」
『 俺らと同じ【 忌み子 】だったのか 』
「 ……忌み子か、そうかもしれんな 」
その言葉に何かを察した山神が、自分の過去を語りだした。
「私は昔、
生まれながらにして妖力が弱く、力もなかった。
だが、私と同じ弱い妖魔の中に、変わった少女がいた。
常に前向きで、誰よりも勇敢な、とても優しい少女がな。
私のような弱い者にも、優しく手を差し伸べてくれる。
そんな彼女に、私は幼くも、いつしか惹かれていった。
だが、どれだけ彼女が優しさを振りまこうと、
彼女に対する、周囲の目線は変わらなかった。
妖力の無い弱者に選択肢はないと、日々こき使われる。
その子が自分の意見を主張しようと、彼女は
──そんなある日、強力な妖魔が里を襲った。
少女は敵の隙を見ては、必死に逃げて続けていた。
だが、結局は逃げきれず、一部の仲間と共に追い詰められた。
その時だった──」
「 彼女を蔑んでいた里の者たちが、
自分が逃げる為の囮にしたのだ 」
「あまりにも理不尽に、誰からも手を差し伸べられることなく、
彼女はたった一人、孤独の中で妖魔に喰われ、無惨にも死んだ。
──その悲痛な叫びが、私の頭に今でも残り続けている。
囮として使われているうちに、他の者たちは生き延びていた。
だが、囮として差し出した村の者たちは平気な顔で笑っていた。
──そんな奴らを見た時、私は心から絶望した。
結局、弱者は強者に使い捨てられるしかできないのだと、
我々のような力無き者に、選択肢など存在しないと知った。
……だから、私は里をぬけた。
誰よりも強力な力を得て、あの者たちに復讐する為に、
だから、私はこうして、この山神の力を手に入れたのだ。
あとは
今度は強大な力を使って、この私が奴らを使い捨てでやるのだ。
この絶望を、この力を、この復讐の素晴らしさを、
お前如きに、果たして理解することができるか?」
灰夢は戦いの中で、人間とは思えぬ程に太く
変わりきった自分の肉体を見つめながら、静かに語り始めた。
「……俺もな。こんな体だから、人間社会じゃハブられもんだ。
誰も受け入れやしねぇし、好き勝手に嫌悪して俺を遠ざける。
別に死術は関係ない。傷が癒えるのが早いだけでアウトなんだ。
中身は普通の人間と何も変わらねぇ、ただの人間だとしてもな。
それだけで人は拒絶するし、後ろ指を指して
だから、孤独というもんなら、この体が嫌という程知ってる」
それを聞いて、山神が問う。
「……貴様、灰夢と言ったな?」
「あぁ……」
「ならば貴様も、そやつらに復讐してやればいい」
「…………」
「そうすれば、少しは
「……かもな」
灰夢が真剣な眼差しで、山神を目を見つめる。
「確かに、同じ目に遭わせてやりてぇと、
復讐を考えたことは、俺も何度もある。
だが、怒りは怒りを生み、憎しみは連鎖する。
力で支配出来れば、その先に残るのは孤独と虚無な感情だ。
今、俺が戦う為の強さを得て、改めて知ったことだ──
そんな時に、俺は二人の人間にあることを教わった。
俺がガキの頃、誰にも救われなかったように。
俺らのように、生まれ持った何かが違うだけで、
前を向いて生きられねぇガキが、時々現れやがる。
そいつらに、優しく手を差し伸べられんのも、
辛さや、孤独な気持ちを分かってやれんのも──」
「 同じ痛みを知る、俺らだけなんだって…… 」
そう告げる灰夢に、我喇狗が怒鳴り散らす。
「そんなものは、ただの偽善に過ぎないッ!」
「あぁ、そうだ……。ただの偽善で、自己満足さ……」
「何の見返りもない雑魚を助けて、何になるというのだ?」
「別に偽善でいいんだ。それで、そいつが救われるなら……」
「──ッ!?」
冷静に答える灰夢に、我喇狗が言葉を詰まらせる。
「過去の俺やお前が、他の誰かに救いを求めたように。
目の前で泣いてるガキの涙を、ただ拭ってやりゃいい」
世の中の大体が、理不尽な多数決で決まっていく世界だ。
言い訳は通らない。決めつけられたら、それまでなんだ。
人間も妖魔も悪魔も精霊も、それは変わらねぇんだろう。
変わり者や異端者たちは、多数決の勝者に除け者にされ、
どこに行っても後ろ指を指され、蔑まれ続ける道を歩む。
だから、多くの者は、そのくだらない【 仲間 】から、
仲間外れにされないように、必死に足掻いて生きている。
世間が作り出した【
だが、俺みたいな忌能力者には、隠しきれない者もいるんだ。
そいつらは生まれた瞬間から、人権なんてもんは存在しない。
人にもなれず、妖魔にもなれず、悪魔にも精霊にもなれない。
異端者は結局、どこの世界にも行けずに蔑まれたまま終わりだ。
だが、その上でも、あの男は俺に言ったんだ──
『同じ道を辿って、孤独を生きてきた過去のある俺らなら、
同じ痛みを知り、それを分かってやれる『 お前 』なら、
同じ境遇の奴らに、きっと優しく手を差し伸べてやれる』と──
『例え、それが偽善だとしても、周りに何を言われようと、
お前が正しいと思う、お前が過去に自分が求めたことを、
過去の自分を救うように、同じ救いの手を待ってる奴らに、
たった一つの希望を、お前の手で差し伸べてやれ 』ってな」
灰夢が語り終えると、我喇狗は小さく呟いた。
「貴様は、その人間に救われたのだな」
「あぁ、そうだ……」
「救われたから救う、か……。ふっ、実に愚かだ……」
「お前にもいたんだろ? お前を救おうとした奴が……」
「そうだな。私には、救えなかったが……」
そう答えると、我喇狗は悲しそうに空を見つめていた。
「こういう形じゃなけりゃ、お前とはダチになれたかもな」
「どこまでも愚かなだな。貴様は……」
「それは、お互い様だろ……」
「ふっ、そのようだ……」
二人は互いを詰め合い、静かに笑みを浮かべた。
そして、静かな目を瞑ると──
──同時に、己の力を解き放った。
灰夢と我喇狗は喜びに満ちた表情で、互いを見つめ高揚する。
「どの道、私の考えは変わらない。貴様を倒し、世界を征服するッ!!!」
「それでいい、この世に平等な正義なんてもんはねぇからなッ!!!」
「求めるモノの為にぶつかり、勝った方が己を貫く。それが生きる者の定めッ!!」
「それだけが俺ら『 忌み子 』に残された、たった一つの生き様だッ!!」
二人は言葉を発する度に、どんどんと力を解放していく。
その力は、気力だけでも大地を揺らす程に高まっていた。
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