第拾弐話【 助けを呼ぶ声 】
周囲に立ち並ぶ木々が、一斉に枯れると同時に、
「──ッ!? 木々の生命力が吸われておる、山神が何かしおったのか?」
「あ、熱い……」
「──姉さんっ!?」
突然、苦しむ鈴音を見て、牙朧武が首に付いた黒い跡に気づく。
「……ぬ?
「……刻印?」
「奴隷契約の一種じゃ……。山神の支配下となるよう、刻印が施されておる」
「そ、そんな……」
「これは刻印じゃから、恐らく、一方的に刻んだものじゃがな」
「じゃあ、姉さんは……」
「これを使って、山神は妖力を吸い取るつもりなのじゃろう」
焦りを出さないように、
「うぅ……。熱い、体が……内側から、引っ張られるような……」
「風花よ。鈴音の妖力が尽きぬように、お主の妖力を送り続けられるか?」
「送るのは、初めてで……。沢山は、出来なくて……。妖力も、もう……」
軽いパニックになりながら、風花が必死に牙朧武に訴える。
ひたすら自分の妖力を、鈴音に分け続けていた風花には、
吸われる続ける鈴音の妖力を
「……姉さん、姉さんっ!!」
「うぅぅぅ、うぁぁぁぁぁぁ……」
鈴音の体に刻まれた呪刻印が、身体中に広がり、
それを見た風花が、さらに焦りを募らせていく。
「これは、いかんのぉ……」
☆☆☆
その頃、荒れ狂うように山の中を駆け回っていた
「フッハッハッハッ! そうだ、もっと力を私に見せろッ!!」
「オラッ、隙だらけだぞッ! クソ天狗ッ!!」
「グハッ──。くっ、まだだァッ!!」
「──チッ! ちょこまかと……」
そんな時、灰夢の頭の中に声が響いた。
『灰夢、灰夢よ。……聞こえるか?』
『牙朧武か、どうした? 番組予約を忘れたとかなら、後にしてくれ……』
『そんな心配しておらぬわ、一週間前までは再録画できるのじゃぞっ!」
『詳しいな。呪霊のくせに……』
『吾輩を
その言葉に、灰夢が冷静に問い返す。
『……子狐共か、何があった?』
『鈴音の方じゃ。首についた呪刻印から、妖力を吸われておる』
『奴が山の生命力を吸い始めた時に、ガキの命も吸う様なこと言ってたな』
『このまま妖力が尽きたら、こやつは死ぬぞ。決着はまだかかりそうか?』
大地を駆けずり回り、我喇狗との激戦を繰り広げながら、
灰夢がひたすら頭を回し、牙朧武の問いかけに答え続ける。
『奴も山神の力を全力で使ってっからな。俺でも瞬殺はキツイ……』
『そう簡単には行かぬか……』
『お前の力を分けることは出来ねぇのか?』
『吾輩の呪力を普通の
『妖力って、やっぱ妖魔から取るしかねぇのか?』
「普通なら、まずそうなるじゃろうが、
こやつら二匹は、かなり特殊な
こやつらが生き物に触れて、直接吸魂が出来るのならば、
他の動物たちでも、供給することは可能なのかもしれぬ」
そんな牙朧武の見解を聞いて、ふと灰夢が閃く。
『動物か、そいつら半分は人間って言ってたよな?』
『あぁ、そのようじゃな』
『なら、俺の精気をくれてやれ。お前なら、そこからでも吸えんだろ』
『吾輩の呪術や死術を使って、お主もかなり消費し続けておるじゃろ』
『んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。今は他に手段がねぇ……』
『それは、そうじゃが……』
心配そうに答える牙朧武に、灰夢が冷静に言葉を返す。
『そんな簡単に死ぬんなら、俺は苦労してねぇよ』
『…………』
『大丈夫だ。俺はぜってぇ死なねぇから……』
『本当に、良いのじゃな?』
『あぁ、存分にくれてやれ……』
その言葉に、牙朧武が覚悟を決める。
『わかった。お主の命、こやつに吹き込んでみよう』
『頼んだ。俺もなるべく、早めにそっちに向かう』
『灰夢、死ぬんでないぞ……』
『ふっ、誰に言ってやがんだ……』
牙朧武の最後と一言に、灰夢は笑みを浮かべていた。
☆☆☆
「風花よ、少し鈴音を貸せ……」
「……?」
牙朧武が鈴音を抱え、鈴音に吹き込み始めると、
鈴音が気力のない声と瞳で、牙朧武に問いかけた。
「……私、もう……ダメ?」
「どうじゃろうな。お主と灰夢の頑張り次第じゃ……」
「……もう、山の動物も……。お母さまも、みんな居なくなっちゃった……」
「…………」
「これが、運命ってやつなのかな……」
「……姉さん」
「次は、私の番なのかな……。ごめんね、風花……。ごめんね、お母さま……」
鈴音の瞳から、小さな涙がこぼれ落ちる。
「小娘よ、何を弱気になっとる。お主が耐えようとせんでどうする」
「……姉さん、ダメだよ……。風花、一人じゃ……。絶対、頑張れないよ……」
風花が残り少ない妖力を、必死に送り鈴音を励ます。
「もっと、生きたかったなぁ……」
「やめてよ……」
「まだ、灰夢くんに……『 ありがとう 』って、言ってないのに……」
「やめてよ、姉さんッ!!」
「ご飯、美味しかった……。また、灰夢くんと一緒に、食べたかったなぁ……」
諦めた口振りの鈴音を見て、牙朧武は静かに語り出した。
「それを食いたくば、お主が、今、ここで頑張る他あるまい。
我の主は、お主に命を分けながら、今も戦っておるんじゃ。
普通の人間なら、すぐに空っぽになるじゃろうが、
あやつは……灰夢は、必ず生きて帰ってくる男じゃ。
吾輩の恩恵が、いまだに切れておらんということは、
あやつの体は、未だにピンピンしておるという事じゃ。
──じゃから踏ん張れ、小娘よ。
そなたは共に食事をし、あやつから何を教わったのじゃ?
生きる楽しさを、幸せを、灰夢から教わったのじゃろう?
生きるも死ぬも、自らが自分で選択するべきだと、
灰夢の想う気持ちを、お主にも伝えたはずじゃろ。
お主が生きたいのならば、自らの意思で生き延びて、
ちゃんと自らの言葉で、あやつに気持ちを伝えてやれ」
牙朧武の語った言葉で、灰夢との僅かな思い出が、
ひと時の他愛無い記憶が、鈴音の中に次々と蘇る。
ほんの少し、たった一回、ご飯を一緒に食べただけ。
それだけで、記憶から離れないくらいの幸せをくれた人。
この世で初めて、家族以外で、自分を受け入れてくれた人。
無愛想な表情のまま、くだらない冗談を言う、
なんてことない幸せを、思い出させてくれた人。
そんな温もりをくれた、ひと時の思い出が、
諦めかけていた鈴音を、力強く突き動かした。
「鈴音が、死んだら……。灰夢くんの努力が、無駄になっちゃう……」
「あぁ、そうじゃな」
「だから、鈴音も……。もう少し、頑張る……」
「うむ、その意気じゃ……」
そう告げる鈴音の手を、風花が優しく握りしめる。
「ちゃんと、会って……。『 ありがとう 』って、言うんだ……」
「……うん」
「鈴音、なんかを……。助けてくれようとしてる、灰夢くんに……」
「……うん」
「一生懸命、戦ってくれてる……。私たちの、ヒーローに……」
力こそないが、風花の方を向いて、
少し笑いながら、鈴音は伝えていた。
それを見て、風花が涙を流しながら、静かに
「ちゃんと、二人で……。お礼、言おうね……」
「うん……。お姉ちゃん、頑張るからね……」
その言葉に、牙朧武がそっと胸を撫で下ろす。
その瞬間、牙朧武がバッと後ろに振り返ると、
目の前に手をかざして、影の障壁を作りだした。
「──ッ!?」
すると、ドゴォン!!! という強い衝撃波が広がり、
山の頂上から降ってきた、灰夢と我喇狗が姿を見せる。
「──ッ!?」
「──ッ!?」
初めとは見違える程に、変わり果てた二人の姿に
風花と鈴音は理解が追いつけず、自分の目を疑う。
そんな灰夢の姿を見て、牙朧武はボソッと呟いた。
「灰夢、
飛んできた灰夢は、影の尾の数が既に六本にまで増え、
禍々しいオーラを放ちながら、牙を剝き出しにしている。
( なんじゃ、あの尾の数は……。吾輩も初めて見る姿じゃな )
すると、我喇狗と静かに見つめ合っていた灰夢が、
その場で大きく息を吸い込み、大声で叫び出した。
『 まだ生きてっかぁッ!? ツンデレ狐ェェェッ!!!! 』
聞き覚えのある声に、風花と鈴音が夜叉の正体に気づく。
「……ツン、デレ……言うなぁ……」
そんな、鈴音の言葉を聞いて、灰夢は笑みを浮かべた。
「ふっ、そんだけ強がれりゃ十分だな」
「 あと少しだ、ぜってぇくたばんじゃねぇぞ 」
そう告げる灰夢の言葉に、鈴音の瞳が潤む。
すると、それを聞いた我喇狗が口を開いた。
「灰夢、お前は確かに強かった。だが所詮は人間だ、限界というものがある」
「自称神様を相手に、これだけ戦えてりゃ十分だろ」
「確かに、人の身では大したものだ。だが、貴様には進化がない」
「進化なんぞするか、ポケ〇ンじゃねぇんだぞ……」
「だから、人間止まりなのだ。私の力には、貴様では決して追いつけない」
「よく言う。こっちはハンデに、狐に命を分けながら戦ってんだ……」
「あんな子狐一人の命に、いったい何の価値がある?」
「どうせ、今のお前には分かんねぇよ」
煽るような我喇狗の言葉に、灰夢が睨みを利かし答える。
「欲張って全員を守ろうとするから、誰も守れずに終わるのだ」
「守れねぇなんて、誰が決めた……?」
「目に見えた現実だ。弱者は切り捨てる、それが強者のありようだ」
その言葉に反応するように、一人の微かな声が響いた。
「 ……負け、ないで…… 」
風花は涙を流しながら、力いっぱいに声を出していた。
『 ──負けないで、狼のお兄さんッ!! 』
「「「 ──ッ!? 」」」
小さな見た目に見合わない程の大きな声で、
必死に叫ぶ風花に、その場の全員が振り返る。
「……風花」
「もう、寂しいのは嫌なの……。もう、誰も……。失いたく、ないの……」
「…………」
「こんな地獄は、もう嫌だよ……。お願い、お兄さん……。姉さんを……」
「 ……私たちを、助けて…… 」
その言葉を聞いて、灰夢だけが静かに微笑む。
「牙朧武……。お前らの周りに、何重にも障壁を張れ……」
「……?」
「あと、俺の生命力をできるだけ多めに蓄えておけ」
「…………」
「今から暴れる。命の消費が激しすぎて、多分、お前でも吸えなくなる」
それを聞いて、牙朧武が小さく頷く。
「
「それでも男には、
「愚策だな。気持ちだけで他人を救うなど、所詮は
「…………」
「現実は無慈悲に、全てを失うだけだ。誰一人として救えずになッ!!!」
そう宣言した我喇狗を見て、灰夢がニヤリと笑った。
「戯言はお前だ。我喇狗……」
「……何?」
「お前はまだ、人間の恐ろしさを知らねぇ……」
「人間など神の座からすれば、ただの
「そうか。なら、今から見せてやるよ──」
『 死力を尽くした人間の、【
灰夢が真っ直ぐな瞳で、我喇狗を見つめ続ける。
「そうだな。せっかくだ、初めての【 必殺技 】でも使ってみるか」
「……必殺技、だと?」
「あぁ……。文字通り、
「神である私を、本当に殺すことが出来る技が存在すると思うか?」
「あんだろ。お前が札を貼っつけて、大事に隠してたやつが……」
それを聞いて、我喇狗が鼻で嗤う。
「……ふっ。なるほど、焔帝ノ書のことか。
確かにあれは、かつての使用者が炎を纏いながら、
たった一人で、村を焼き尽くしたと聞いたことがある。
だが、いくら強力な死術と言えども、所詮は人間技だ。
今の私に、たったそれだけの力で勝てるはずがなかろう?」
「……勝てるさ、必ずな」
「……なに?」
「死術とは、命と引き換えに不可能を可能にする術だ。
己を顧みることなく、願いを叶えようとした者たちが、
心に秘めた想いを生み出す、命を懸けた死を招く代物だ。
救い、祈り、恨み、怒り……。例え、どんな想いでも、
口先だけで語られる、くだらない作り話なんかじゃなく、
不可能を可能にし、誰かの想いを実現する為の物語を生む。
それが死術、『 作り話 』を『 創り話 』にする禁術。
だから俺は、俺の意志を貫く為に、この力で幻想を実現する。
俺が俺である為に。この命を懸けてでも、お前を必ずぶっ潰す」
その言葉と共に、灰夢の周辺に黒い霧が集まり始めた。
「
「所詮、人の身など、その程度が限界に過ぎんのだ」
「なら俺が、今、この場で──」
『 この空を全部を焼き尽くして、記録更新といこうじゃねぇか 』
そう告げながら、灰夢は闇に飲まれていった。
『
【 ❖
「……?」
灰夢が呪力に包まれると同時に、その気配が消え、
その命の鼓動が、我喇狗にさえも感じ取れなくなる。
そして、灰夢の体から全ての死印が一気に消えると、
再び一つだけ、大きく紅い死印が体に浮かび上がった。
「すぅ〜、ふぅ〜……」
灰夢が大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出していく。
そして、灰夢の全身を包み込んでいた黒い霧が晴れた時、
灰夢の影の鎧は、霧のかかる前とは別の姿に変わっていた。
【
灰夢は腕を二本に戻し、忍の様な影の鎧を纏うと、
獣を象る影の顔から、紅い眼光で睨みを利かせる。
「灰夢、貴様はいったい──」
「進化がないって言ったな。なら、その期待に応えてやる」
「…………」
目を見開く我喇狗に向かって、灰夢が拳を向けながら、
殺意を込めた鋭い視線で、全員に聞こえるよう宣言した。
『 忌能を扱う裏の仕事人、月影五人衆が一人。
不死身の運び屋、
『 子狐共は、
『 死ぬ気で行くぞ、我喇狗── 』
そんな初めて見る灰夢の姿に、我喇狗は喜び笑みを浮かべる。
「 ……ふっ、よかろう…… 」
「 この戦いに、決着を付けようではないか 」
空は曇り、光は無く、どんよりとした暗闇の中、
しとしとと静かに、大地に雨が降り注ぎ始めた。
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