第拾参話【 いつかのともしび 】

「……雨か」

「……?」



























 そう呟く灰夢の出方を、我喇狗がじーっと静かに警戒する。

 雨は強くなり、雷鳴が轟き、その場の空気を重くしていく。


 灰夢はそっと目を瞑り、空を仰ぐように上を向いている。

 それを見た我喇狗が、隙を突いて先手を打とうとした──


 その時だった──



























          『 ──われける閃光せんこうとならん 』



























          【  ❖ 迅檑死術・蒼閃ノ瞬じんらいしじゅつ・そうせんのまたたき ❖  】



























 それは、ほんの一瞬だった──

 灰夢の体に、雷が落ちたように光った。


 紅い瞳の光と、体から放つ青白い雷光の軌跡だけが残り、

 気がついた時には、灰夢は一瞬で、我喇狗の目の前にいた。


「──ッ!?」



  <<< 牙穿流がせんりゅう参ノ型さんのかた漸影風刄脚せんえいふうじんきゃく >>>



「──グファッ!!!」


 灰夢が風の刃を放つ回し蹴りを叩き込み、

 我喇狗の周囲諸共、勢いよく蹴り飛ばす。


「──くっ、ならばッ!」



    <<< 神妖秘術しんようひじゅつ骸積崩がいせきくずし >>>



 我喇狗が地面に両手を付けると、大地が次々と隆起し、

 盛り上がった土の中から、大量の妖魔が飛び出していく。


 それを見た灰夢は、瞬時に次の術の構えに入った。


『 まじえるやいばよくするならば、氷華ひょうかはな大地だいちさかかせん 』



    <<< 雹霞死術ひょうかしじゅつ千刃万花せんじんばんか >>>



 灰夢が足を踏み込むと、足元から一気に冷気が広がる。


 そして、まるで、木々の枝から枝が伸びていくかのように、

 氷柱つららとげが大地から伸び、周囲の敵を貫いていく。


「──なにッ!?」

『 きるものいきめ、夢幻むげん蒼空そらへとりゆかん 』



    <<< 雹霞死術ひょうかしじゅつ月鱗氷霧げつりんひょうむ >>>



 灰夢が天に右手を掲げると、再び冷気が広がり、

 灰夢諸共、貫かれた妖魔たちが一瞬で凍りついた。


 それでも、灰夢だけは決して止まることなく、

 再生させながら、凍った体を無理やり動かす。



「──オラァッ!」



 灰夢が上に掲げた右手を、勢いよく下げると同時に、

 周囲の氷が一斉に砕け、跡形もなく空へと舞い散る。


 そして、漂う灰と再生し続ける灰夢だけが残った。


 そんな灰夢を見た我喇狗が、さらに熱を上げ、

 大きな翼を広げながら、灰夢に向かっていく。


「面白い。それでこそ、我が好敵手だッ!!」

「人間の底力は、こんなもんじゃねぇぞッ!!」


 我喇狗が手を伸ばすと同時に、炎を纏う刀を召喚する。


  『 万戦ばんせんらう業火ごうかとならん

             ──いでよッ!!! 』



   【  神剣しんけん …… ❀ 燈火ノ剣とうかのつるぎ ❀  】



 それに対抗するように、灰夢も影から黒い刀を取り出す。


  『 きる血潮ちしおらん。

             ──かしずけッ!!! 』



   【  黑妖刀こくようとう …… ❀ 雫落しずくとおし ❀  】



 同時に刀を構え、炎と雷光の軌跡を残しぶつけ合う。


 そして、目にも止まらぬ速度の殺し合いが始まり、

 周囲を巻き込む斬撃が荒れ狂うように地を駆け回る。



「そこだ──ッ!」

「──ッ!?」



 我喇狗の大きな一撃で、灰夢が遠くへと弾き飛ばされると、

 灰夢の着地点に木が生え、巨大な手の形に変わり襲い掛かる。


「チッ──」


 灰夢が刀を鞘に戻して、宙を舞う瓦礫を足場に変えていく。


 そして、構えと共に息を吐き、稲妻を纏って一瞬で加速。

 そのまま周囲の大木ごと、灰夢が我喇狗を切り捨てていく。



   <<< 雷閃居合らいせんいあい壱ノ型いちのかた死電一閃しでんいっせん >>>



「くっ……。──まだだッ!」


 我喇狗は傷口を修復しながら、刀を燃やし、

 炎の剣技を灰夢に向けて、勢いよく解き放つ。



     <<< 絶技・獄流灼鳳ぜつぎ・ごくりゅうしゃくほう >>>



 炎が三羽の鳳凰ほうおうの形を成して、

 勢いよく灰夢の背後から襲いかかる。


 すると、その場で灰夢が静かに目を瞑り、

 少し屈みながら、再び居合の構えをとった。



  <<< 雷閃居合らいせんいあい参ノ型さんのかた心刀滅殺しんとうめっさつ >>>



 灰夢が背を向けたまま、一瞬で鳳凰を切り捨てると、

 鳳凰の爆発と同時に、灰夢の刀が空へと舞い上がる。


 それを見た我喇狗が、確かなダメージに笑みを浮かべるも、

 不意に黒く上がる煙の中から、灰夢の放つ低い声が響く──


『 およばぬかべつならば、稲妻いなずまごとくだけ 』



   <<< 牙穿流がせんりゅう肆ノ型よんのかた走天哮牙そうてんこうが >>>



 爆発の中で詠唱しながら、黒刀を捨てた灰夢が飛び出し、

 雷を纏う獣の如く、四つん這いの姿で我喇狗に襲いかかる。


「──ッ!?」


 そして、空を舞っていた黒刀に気を取られていた我喇狗に、

 目にも止まらぬ速度で、四方八方から体術を叩き込んでいく。


「くっ──」


 我喇狗を高く蹴り上げたところを、灰夢が遠くまで蹴り飛ばす。


「潰れろ──ッ!!!」

「──ッ!?」



    <<< 神妖秘術しんようひじゅつ樹隆潰峰じゅりゅうかいほう >>>



 我喇狗は吹き飛ぶと同時に、己の持っていた刀を捨て、

 瞬時に妖術を使い、巨大の木の根で灰夢の腹部を貫く。


「……遅せぇな」


 だが、灰夢が闇に溶け込むように、その場から消える。



    <<< 幻影呪術・虚ろな影げんえいじゅじゅつ・うつろなかげ >>>



「──まさか、幻影か?」


 我喇狗が術に気づくと同時に、灰夢が背後から忽然こつぜんと姿を見せ、

 術式を組む間を与えることなく、次の死術を容赦なく叩き込む。


『 あまをもらうあらしとなりて、われいただきへみちびかん 』


「──なッ!?」

「──ぶっ飛べッ!!!」



    <<< 嵐峰死術・黒龍乱昇らんほうしじゅつ・こくりゅうらんしょう >>>



 黒い風が渦巻く脚で、灰夢が我喇狗を蹴り上げる。


 その衝撃と共に、いくつもの黒い龍が空へと昇り、

 巨大な黒い竜巻が、雲を喰らうように巻き上がった。



( 今までとは、術の速度も威力も桁が違う )



 我喇狗は身動きが取れないまま、竜巻に巻き上げれられ、

 地上では赤く燃え上がる炎を、灰夢が全身にまとっていく。


 そして、灰夢が巨大な竜巻の中を伝い、空へ向かうと共に、

 灰夢の通った竜巻が、みるみるうちに火災旋風へと変わった。



























        『 われいくさわらせるもの


                われ世界せかいくつがえもの


          ほむらまといて大地だいちくだき、


                いかかみをも穿うがほことなれ 』



























      『  おさないのちすくえるならば、われはこのそらささげよう 』



























 纏う炎は更に勢いを増し、灰夢は雲をも突き抜ける。

 雲の上では、先に上がった我喇狗が待ち構えていた。


「全く、素晴らしい力だッ! これでこそ、私の宿敵ライバルと言えようッ!!!」

「負けても泣くんじゃねぇぞ。今度会ったら、一杯奢ってやっからッ!!!」

「面白い。ならば、私の全てを尽くして迎え撃ってくれるわッ!!!」


 我喇狗はそう告げると、出せる妖力の全てを込めて、

 禍々しい稲妻の渦を巻く、小さな黒炎の玉を作り出す。



























     そして、向かってくる灰夢に向かって、我喇狗が黒炎の玉を放った。



























   打ち放たれた黒い炎が、一直線に灰夢へと向かってくるも、


         それを避けることなく、真正面から灰夢が突っ込んでいく。



























       ──ついに、灰夢が黒炎に触れた瞬間、最後の術を発動した。


























       【  ❖ 終焉神妖秘術しゅうえんしんようひじゅつ極殺煉獄死染ごくさつれんごくしせん 終爆 しゅうばく ❖  】






















     その瞬間、灰夢を包み込む黒炎が、凄まじい威力で爆発し──


























       雲をも焼き尽くさんとする勢いで、空へと燃え広がった。



























           「 これが神の力だ、灰夢…… 」




























                 ──だが、


























      それでも灰夢は止まらずに、一直線に我喇狗へと飛んでいく。




























              「 ──なッ!? 」



























     黒炎を受けたダメージは、確かに入っていた。


            上半身の鎧は剥がれ、左腕は無くなっていた。



























      それでも、灰夢は我喇狗との衝突と共に、


             右足で力いっぱいの回し蹴りを叩き込む。


























         そんな灰夢の姿は、全身が黒く焼け焦げていた。



























    ( 灰夢、これが貴様の示す【 正義 】か。


             人間を辞めるとは、よく言ったものだな )
























                ──そして、



























           我喇琥は最後に一言、小さく呟いた。
























        「 貴様の意志、この目でしかと見届けたぞ 」
























  我喇狗に叩き込まれた右足が焔を纏い、周囲を覆う程の眩い光を放つ。


      そして、九本にまで増えた影の尾は、最後の死術と同時に全て消えた。






























         【  ❖ 焔帝死術せんていしじゅつ燚花ノ燈火いつかのともしび ❖  】





























    術は周囲の黒炎や雲、竜巻すらも全て消し飛ばし、


           地上では、夕焼け色に染まる紅い空が一瞬で広がる。



























 眩いくらいの死術の光が、大地に降り注ぐと、


        我喇狗に刻まれた、鈴音を蝕む黒い呪刻印が、


               誰の目にも止まらずに、静かに消えていった。

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