第拾肆話【 死に損ないの成れの果て 】

 一瞬で空の雲が吹き飛び、周囲が明るくなった事に、

 地上で見守っていた三人は、自分の目を疑っていた。





「……何? 急に、明るくなったよ?」

「……竜巻も、雲も、無くなっちゃった」


 戸惑う風花と鈴音の横で、何かに気がついた牙朧武がるむが呟く。


「これは、いかんかもしれん……」

「……えっ?」

「お主ら、こっちへこいっ!」

「──えっ!? ちょちょちょっ!?」

「……っ!?」


 牙朧武が二人を連れて、急いで自分の影の中へと潜り込む。


 そして、牙朧武たちが隠れた数秒後、死術の衝撃波が大地を駆け、

 周辺の木や岩と共に、牙朧武の作った障壁までもが全て吹き飛んだ。



 ☆☆☆



 牙朧武と双子が顔を出すと、そこには何も残っていはなかった。


「今のは、いったい……」

「あと少し遅れてたら、鈴音たちも飛んじゃってたね」

「これほどの火力……。これが、火事場かじば馬鹿力ばかぢからと言うやつかのぉ……」



( 果たしてこれは、人の身で手にして良い力なのか )



 あまりの人間離れした光景に、牙朧武がるむが一人で考える。

 その瞬間、牙朧武たちの周辺に、新たな緑が芽吹めぶき始めた。


「あれ、緑が……」

「山の力が、自然に還ったようじゃな」

「という、ことは……。お兄さんは……」

「あぁ、灰夢かいむが勝ったんじゃろうな」


 そういって笑う牙朧武を見て、風花ふうかが目をうるませる。



( ……全く、たいした主じゃな )



 牙朧武が一人、空を見上げで静かに目を閉じると、

 灰夢の存在を感じ取って、深く溜め息をついていた。


「姉さん……。体は、大丈夫?」

「うん。黒いの、無くなったみたい」


刻印こくいんが消えたということは、印した者が消えたということじゃ……」

「それ、じゃあ……。わたしは、もう……」

「……うむ」


 コクリと頷く牙朧武を見て、鈴音すずなの目から涙が溢れる。



























    「 ……灰夢くん、わたし……。生きてる、生きてるよ…… 」



























 その瞬間、鈴音はハッと焦ったように牙朧武に尋ねた。


「──か、灰夢くんはっ!? 無事なのっ!?」

「……ほれ、自分の目で確かめてみよ」

「……?」


 そういって、牙朧武が空に指を指し、

 二人も釣られるように、空を見上げる。


 すると、空から炎をまとった隕石のようなものが、

 とんでもない速度で、地上に一直線に落ちてきていた。


「何か、落ちてきてます……」


 牙朧武が手をかざし、影の障壁を作り構えると、

 隕石の着地と同時に、凄まじい風圧が駆け抜ける。


「今の、もしかして……」

「お主らが探しておる、あの男じゃよ……」


 しばらくすると、立ち上る落下物の黒い煙の中から、

 見覚えのある人影が、何事もなくスッと立ち上がる。


 そして、人間の肉体から湯気と灰を漂わせながら、

 新しい服に身を包んだ男が、ゆっくりと歩いてきた。



























          「 ダメだ、また死ねなかった…… 」



























 何事もない顔で戻ってきた灰夢が、ボソッと呟く。

 その姿には、傷も焼け跡も一切残ってはいなかった。


「全く、呆れるほどにタフじゃな」

「この反動エグイな、マジで……」

「あれだけの大花火なんぞ起こしたら、そうなって当然であろう」

「これだけの術なら、さすがに俺にも迎えが来ると思ったんだがな」

「いくら灰になっても、お主の体は戻るじゃろうに……」

「この命を天に捧げるつもりだったんだが、また拒絶されちまったか」


 そういって、灰夢は呆れた顔で大きく溜め息をつき、

 そんな灰夢の新しいの服を見て、牙朧武が笑っていた。


「あれでは流石に、残りの服も焼けたか」

「あぁ、下まで全部な。あれは耐久性を上げても無理だ」

「危うく異名が【 歩く十八禁 】になる所じゃったな」

「全くだ。影に何でも収納出来るって、本当に便利だな」

「吾輩の力を多用しよって……」

「そう硬いこと言うなって、俺とお前の仲じゃねぇか」


 灰夢が空を見上げながら、巨大な花火を見つめる。


「というより、お主……。これだけの熱量を、一体どうやって生みだしたのだ?」

「……ん?」

「とても、人の体の熱量とは思えぬが……」

「あぁ、尻尾だ……」

「……尻尾?」

「汗は熱で蒸発するからな。それを、尻尾の中に溜めてただけだ」

「なるほど、あれは『 ガスボンベ 』じゃったんか」

「合ってっけど、言い方だろ。もっと他に良い例えなかったのかよ」


 そんな、くだらない話を淡々とする二人に、

 風花と鈴花は、必死に追いつこうとしていた。


「お兄さん……。その、大丈夫ですか?」

「あぁ、残念ながらピンピンしてらァ……」

「そっか……。よかった、です……」


 灰夢が呆れて言葉を返す姿を見て、風花の顔に笑顔が戻る。


「んで、お前の体は大丈夫なのか? ツンデレ狐……」

「ツンデレ狐って、言わないでよぉ……」


 頬を膨らませながら、鈴音がいじけたように答える。


 灰夢が牙朧武の方に、横目でチラッとだけ見ると、

 牙朧武は答えるように、一度だけコクッと頷いた。


「……そうか」






















           「 よく頑張ったな。鈴音…… 」






















 その言葉を聞いて、鈴音は涙の潤んだ瞳を手で隠した。

 そんな鈴音の行動を察してか、風花が灰夢に話しかける。


「狼の、お兄さんも……。お疲れ様、です……」

「お前もな、風花……。最後まで、よく頑張った……」

「えへへっ……。お兄さんの、おかげです……」

「今日は、死ぬほど長ぇ一日だった気がするな」

「ふふっ……。風花たち、今日のお昼に……。会ったばかり、なのに……」

「全くだ……。もう、全然そんな気しねぇな」


 そんな会話で、風花はクスクスと嬉しそうに笑っていた。

 すると、突然、灰夢が歩み寄り、風花と鈴音を抱き上げる。


「……っ!?」

「ちょ……ちょっと、灰夢くん!?」

「そんな死にそうな状態で居られっと、こっちの気が引けんだよ」

「死にそうって、そんな……」

「吸魂でもなんでもして、とっとと回復してくれ」


 それを聞いて、風花と鈴音が目を見開く。


 灰夢は胡座あぐらを掻いて、足の上に二人を乗せると、

 牙朧武の背にもたれ掛かかって、ぐったりと力を抜いた。


「はぁ……。しばらく、このまま休憩だな」

「ふっ、珍しく疲れておるではないか」

「オーバーワークが過ぎんだろ。体がいくら丈夫でも、心は疲れんだよ」


 灰夢は静かに目を瞑り、大きく深呼吸をすると、

 そのまま黙り込み、ゆっくりと息を整えていた。


 それを見た風花と鈴音も、パチパチと目を合わせ、

 灰夢の手をギュッと握り返し、自分の回復を始める。


 そして、不意に鈴音が、小さな声で疑問をぶつけた。


「なんで、灰夢くんは助けてくれたの?」

「別に……。俺はただ、自分の生き様を貫いただけだ……」

「…………」

「その過程で、お前らが勝手に助かった。……それだけだろ」


 そんな灰夢の答えを聞いて、鈴音が涙を流し始める。





「嘘だよ。戦ってる時もずっと、鈴音の命、繋いでくれてたもん。


 こんなに体が変わるくらい戦って、死ぬかもしれない術を使って、

 会ったばかりの鈴音のために、ボロボロになっても戦ってくれてた。


 戦ってる時だって、ずっと『 痛い 』って言ってたし、

 体が燃えてる時だって、『 熱い 』って言ってたもん。


 傷が治ったとしても、ちゃんと痛みはあるんだって、

 それでもずっと、私たちの為に必死に戦ってくれてた。


 どんなに苦しくても、どれだけ文句を言っても、

 最後まで諦めずに、私たちを守ってくれたもん。


 今まで、誰も手なんて差し伸べてくれなかったのに。

 人間なんて、ただ私たちを嫌うだけの存在だったのに。


 身を削ってまで、守ってくれる人なんて……

 今まで、誰も……。誰も、いなかったのに……」



























    必死に語る鈴音を見つめ、風花が一緒に涙を流す。


           そんな二人を灰夢が抱き寄せ、静かに語り出した。



























「俺は昔、人里から離れた山の中で、狼に拾われて生きてたんだ。

 人間に捨てられた俺にとって、あいつらが唯一の居場所だった。


 だが、その家族は人間の手によって殺され、俺は家族を亡くした。

 俺が唯一【 家族 】と呼べる奴らの死に、俺は心から絶望した。


 家族の後を追いたくても、俺は死を選ぶことすら許されない。

 それから長い間、俺は憎しみの中で無駄に長い時間を生きてた。



 ──そんな俺は、とある二人に救われた。



 ただの人間のくせに、俺みたいなバケモノを集めて、

 必死に孤独から救い出していた、お人好しのジジイと、

 そんなジジイを、何処までも信頼し続けるババアにな。


 何を考えてるのかわからなかったが、爺は俺の話を、

 面白いと笑いながらも、真っ直ぐ真剣に聞いてくれた。


 俺も皆と同じように、生きるか死ぬかの選択ぐらいは、

 選べるようになりたいという、馬鹿げた俺の考えをな。


 冗談ばかり言う、ふざけた態度のエロ爺だったが、

 俺は確かに、あの二人の手によって救われたんだ。


 だから、せめて死ねるまでは、同じ境遇を生きるやつらに、

 手を貸してやるのが、今の俺に出来る爺への恩返しなんだ。


 俺みてぇな悪人面で、自分の死も選べない死に損ないじゃ、

 ヒーローにだって、成り損なっちまうかもしれねぇが……。


 そんな死に損ないでも、せめて、この命が尽きる時までは、

 必ず戦い続ける。そう、あの二人と約束しちまったからな」





 そんな話を、三人は静かに聞いていた。


 空に舞っていた灯火が静かに消えていき、

 辺りが徐々に、夜の暗さへと戻っていく。


 そんな光景を見つめながら、小さな声で、

 鈴音が空を仰ぐ灰夢に向かって問いかける。


「灰夢くんは、どうしても死にたいの?」

「あぁ……。一人で残されるのは、もうコリゴリだからな」

「そう、なんだ……」

「まぁ、今だってこのザマだ。俺が死ねるのは、まだまだ先だろうがな」


「…………」

「…………」


「灰夢くんのそれは、変えることができる?」

「俺の気持ちってことか?」

「……うん」

「さぁ、どうだろうな。正直、俺にもわからねぇ……」

「……そっか」

「けどまぁ、この世に絶対ってものはねぇからな」

「……?」

「この先、俺が生きていて、死ぬことを考えなくなったら──」



























  『 俺にも【  】が、出来たってことなんだろうな 』



























 その言葉に、風花と鈴音が顔を上げる。


「……そっか!」

「あぁ……」


 牙朧武は静かにうなずき、風花と鈴音は目を合わせて笑った。


 芽吹いたばかりの草原で、灰夢は牙朧武にもたれ掛かり、

 静かに空を見つめながら、風花と鈴音を回復させ続ける。


 すると、ふと疑問を思い浮かべた灰夢が、三人に問い掛けた。


「なぁ……。この山は今後どうなるんだ?」

「山神の力は、本来……。受け継ぐもの、です……」

「でも、今回は全部砕けちゃった……」

「あ、もしかして俺、割とやらかした感じか?」


 今更気づいたのかという顔で、牙朧武が灰夢に冷たい視線を送る。


「まぁ、山の力は還っておる。自然と新たな山神が生まれるじゃろう」

「……そうなのか?」

「それが何年後か、何十年後か、何百年後かは、吾輩にも分からぬがな」

「……そうか。悪ぃ、もろに打ち砕いちまって……」

「灰夢くんは悪くないよ。そのおかげで、私は生きてるもんっ!」


 青ざめた顔の灰夢を慌てて庇うように、鈴音が声を掛け励ます。


「そうか、そうだな。それならよかった……」

「うんっ! えへへっ……」


 そんな励ましを聞いて、灰夢が鈴音の頭を撫で、そっと微笑む。


「お前らは、これからもこの場所で生きていくのか?」

「そうだね、行く宛てもないし……」

「…………」

妖魔ようまは他の妖魔を呼びやすいから、人は自ずと私たちを受け入れない」

「村人すら、ダメだったっつってもんな」


「それに妖魔の中でも、鈴音たちは特別な存在だから──」

「…………」

「同じ妖魔だとしても、自分の力にしようと狙われることになる」

「ほんと、生きにくい世界だな」

「鈴音たちはどこに行っても、結局は嫌われ者だからね」


 寂しそうに俯きながら、鈴音が小さな声で答える。


「……そうか」


 静かに灰夢が、鈴音の言葉に返事をした。

 そこに続くように、風花が灰夢に問いかける。


「狼の、お兄さん……。どこか、行っちゃうんですか?」

「そうだな。俺も、次の死術を探さねぇといけねぇし……」

「また、死術を……。探すん、ですね……」

「今回のヤツじゃ、見ての通りダメだったからな」

「…………」

「俺の目的は終えた。もう、ここに残る理由はねぇよ」

「……そっか」


 すると、今度は牙朧武が双子に問いかけた。


「お主ら、普段は山神に恵みをもらって生きておったのか?」

「風花たちには、よくわからないです……」

「でも、前に動物たちが、『 最近は、お恵みが少ない 』って言ってたよ」

「……お恵みってなんだ?」


 三人の会話を聞いて、灰夢が牙朧武に問いかける。





「大人になれば、妖力を自ら練ることも出来るのじゃろうが、

 こやつらは見ての通り、今はまだ、ただの子供の怪異じゃ。


 本来は動物も、森も、川も、大地も、その土地の代表たる山神が、

 あらゆる力を補い、常に管理をすることで、自然や生き物を助け、

 長い年月をかけて、命を育み、その山全体を育てていくんじゃよ」





「あ〜、あれか。……仕送りみてぇなもんか」

「いやまぁ、そうなんじゃが……。他に言い方無かったのか」


 灰夢の呆れた回答に、牙朧武が哀れみの視線を返す。


「確かに、そう言われると……。ってか、こんなに殺風景だったか?」

「お主が木々や岩なんかを、必殺技とやらの衝撃波で吹き飛ばしたんじゃろ」

「……マジ?」

「……マジじゃよ、吾輩の障壁諸共な」


 牙朧武の言葉に、灰夢が口を開けたまま固まる。


「悪ぃ。なるべく気をつけて、離れてから放ったつもりだったんだが……」

「そのおかげじゃな。爆発の炎は、ここまでは来なかったぞ」

「じゃあ俺は風圧だけで、お前の重ねてた障壁をぶっ壊したのか?」

「……そうじゃな」

「…………」


 まさかの事実に、灰夢はいよいよ言葉を失った。


「……自覚、ないの?」

「他人が生み出した死術なんて、やってみるまでは分からねぇからな」

「山の神様を一人で倒しておいて、いまさら何言ってるの。この人……」

「こやつは、こういう男じゃ……」


 灰夢の返答に、鈴音が呆れた瞳で見つめる。


「巻き込んじまって悪かったな」

「二人も影に入れたから、大丈夫じゃよ」

「すぐに、避難……。させて、くれました……」

「そうか。礼を言うよ、牙朧武……」

「影に逃げろと言っとったのは、お主じゃよ」


 灰夢は自分の手を見つめながら、戦いを思い返していた。


「それにしても、マジで必殺技とか言ってただけあるな」

「それ、お主が勝手に言い出したんじゃろ」

「あれが、俺の人生のフィナーレになる予定だったのにな」

「いつも通りに、何事もなく帰ってきおったがな」

「そこはまぁ、残念だったが……。なかなか決まってたのは確かだろ?」

「今回は、否定はせんでおこう」

「歳を重ねても、ロマンや憧れってやつは大切にしねぇとな」

「死を招く術に災害レベルの火力、能力的には完全に悪役側じゃがな」

「そこは触れちゃいけねぇやつだろ、牙朧武……」


 そういって、牙朧武と灰夢は何気なく笑い合う。





「まぁ、どの道、山は枯れておった。


 奴は一度、この山の全ての力を吸った。

 そして、その力は、再び大地に還ったんじゃ。


 それは、

 ということに、他ならんからのぉ……」





 その牙朧武の言葉を聞き、灰夢が双子に問いかける。


「みんな死んじまったのに、何で二人は今日まで無事だったんだ?」

「お主、デリカシーの欠けらも無いのぉ……」

「俺は、ただの不死身だ……。空気は読む忌能力はねぇよ」

「それは、人として致命的じゃな……」


「俺を人間扱いしてくれるのか、嬉しいじゃねぇか」

「たった今、唯一のその人としての尊厳そんげんを、お主は失ったがのぉ……」

「……俺の人としての尊厳、それしかねぇの?」


 そんな会話を聞きながら、風花がクスクスと笑う。


「ずっとね……。お母さまが、守って……くれてたから、です……」

「……お母さま?」

赫月あかつきの力と自分の力で、鈴音たちに加護を作ってくれてたって……」


 それを聞いて、牙朧武が納得したように頷く。


「なるほどのぉ、そういうことか」

「その加護のおかげってことか?」


 そう問いかける灰夢に、牙朧武が分かりやすく答える。





「恐らく、妖狐ようこの力に手を出すと発動する術式を、

 赫月あかつきの力を応用する形で、作り上げたのじゃろう。


 それに、そこに一緒に己の力を込めていたのであれば、

 そこから妖力を少しずつ与え続けることも出来るじゃろう。


 じゃから、例え恵が無くとも、生き延びることもでき、

 他の者が命を吸われても、こやつらだけは加護が守る。


 赫月の力は強すぎるが故、赫月の力でしか解くことができぬ。


 故に、こやつら二人にだけは、今日というこの日まで、

 あの山神ですらも、手出しができずにいたんじゃろうな」





「いつの世も母は強し、か……」

「まぁ、そう言うことじゃな」


 何かを思い返すように、灰夢と牙朧武は夜空を見上げた。


「……で、どうするんじゃ?」

「牙朧武……。お前、こういう時は性格悪いよな」

「そもそも呪霊じゅれいに、性格の良さを求める方がおかしいんじゃよ」

「自分で言うなよ、ツッコミづらいだろ」


 何の話か分からずキョトンとした顔で、風花と鈴音が灰夢を見つめる。


「爺は、こういう気持ちだったのか」

「少なくとも、お主よりは正義感あったのではないか?」

「そりゃ、間違いねぇな」


 灰夢が静かに微笑みながら、星の輝く夜空を仰ぐ。


「しゃあねぇ、何かあったらそんときはそんときだな」

「……何の話、ですか?」

「お前らに一つ、この先の選択肢をやる」

「……選択肢?」


 不思議そうに見つめる双子に、灰夢が指を立てて説明する。


「一つは、ここに残ることだ……」

「……?」

「ここに居てぇなら、俺にそれを止める権利はねぇからな」

「他にも、選択肢があるの?」

「あぁ、もう一つは──」



























          「 俺らと、一緒に来ることだ── 」 



























「……えっ?」

「……えっ?」


 突然の提案に、風花と鈴音が目を見開く。


「俺には一応、帰れる場所があってな」

「……帰れる場所?」

「悪魔だの精霊だの、守護神だのサイボーグだのがいる場所がな」

「……それ、大丈夫なの?」

「全員見た目は少しアレだが、悪い奴らじゃねぇのは保証してやる」


 灰夢が少し苦笑いしながら、鈴音の問いに答える。

 それでも、不安がぬぐいきれない風花が告げた。


「でも、私たち……。妖魔を、呼び寄せる……。迷惑、かけちゃいます……」

「んなもん、またいくらでも追い返せばいい」

「たくさん、迷惑かけたら……。お兄さんまで、嫌われちゃいます……」

「ただの妖魔が来た所で、逃げるような奴はあそこにはいねぇよ」

「……本当に、いいの? 鈴音たちに、帰る場所なんて……」

「あそこなら、俺なんかよりもイカれたやろうがいるからな」


「そんなに、みんな凄いの?」

「あぁ……。少なくとも、お前らが怖がられることはねぇよ」

「…………」

「それに最悪、俺の精気を喰らってりゃ、お前ら死なずに済むんだろ?」


 そう告げる灰夢を見て、静かに涙を流しながら、

 風花と鈴音が、灰夢の羽織をギュッと握りしめる。


「まぁ、理由はともかくだ。山神を消し飛ばしたのはこの俺だからな」

「やれやれ……。全く、簡単に言いよるわ」

「そのつぐないだ。お前ら望むなら、俺がお前らを守ってやる」


「……いいの? 鈴音たち、これからも……生きてて……」

「ばーか、当たり前だ……」



























   『 生きてちゃいけないやつなんて、この世にはいねぇんだからな 』



























        その言葉に、二人の瞳から大粒の涙が溢れ出した。



























    「 お前らが笑って帰れる居場所を、俺がお前らに教えてやる 」



























     「 ──だから、俺と一緒に来ないか? 風花、鈴音…… 」



























「……灰夢くん」

「……お兄さん」


「……答えは、聞くまでもねぇか」


 灰夢は涙を流す二人の頭を、そっと撫でた。


 すると、溢れ出る涙を、長い袖で拭いながら、

 風花と鈴音がニッコリと、灰夢に笑って見せる。


 それを見て笑い返すと、灰夢は夜の星空を見上げた。


























          その時、灰夢は心で呼びかけていた。

























     ( ガキ共がこうして、笑えてるんだ。


             俺は自分のした事に、後悔はねぇぞ )






















           ( ……お前は、どうだ? )



























 ( 俺がこの呪いを解いて、そっちに行けるか。


       お前の命が再び巡り、俺が死ぬまでの人生で、


              もう一度、お前に会うことがあるなら── )



























         ( ──その時は、友として会おう。


                ……我喇狗がらく )



























    灰夢が風の音を聴きながら、一人、夜空を見つめていると、


       風花と鈴音も、そっと灰夢の手を握って、共に夜空を見上げた。



























           そして、小さな声で二人が告げる。



























          「 ……ありがとう、灰夢くん…… 」


          「 ……ありがとう、お兄さん…… 」



























        「「 ……私たちを、助けてくれて…… 」」



























     灰夢は優しく二人の頭を撫でながら、


          安心するように、ホッと一息吐くと、


               静かに目をつむって、笑って答えた。



























         「 ……あぁ、どういたしましてだ…… 」




























 灯火が全て消え、澄み切った夜空には、


        大地を照らす大きな赫月と無数の星々が、


               まるで、四人を祝福するように輝いていた。



























❀ 第壱章 不死の狼と二人の妖狐 完結 ❀

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る