❀ 第壱部 第弐章 忌み子達の帰る場所 ❀

第壱話 【 家のクマさん 】

 我喇狗との戦いを終え、夜が明けた次の日の昼頃。


 目的を終えた灰夢かいむは、風花ふうか鈴音すずなを両肩に乗せて、

 他の仲間たちが住んでいる、隠れ家に向かっていた。





「ずいぶんと奥にあるんだね」

「あぁ、人目に付くと面倒だからな」


 裏路地の細道を抜け、緑に囲まれた森の道を進む。


「灰夢くん。……あそこ、何かいるよ?」

「狼の、お兄さん……。幽霊さんが、います……」

「あれは木霊こだまな。平和な森に住み着く、森の精霊たちだ……」

「……森の、精霊さん?」

「あれがいるってことは、ここは平和ってことなんだね」

「あぁ……。だから、別に恐れることはねぇよ」


 そんな話をしながら、灰夢が迷わず森の中を歩く。

 緑の木々を超え、竹林を通り、どんどんと奥に進む。

 すると、不意に灰夢が、何もない場所で立ち止まった。


「……どうしましたか? 狼の、お兄さん……」

「入り口は、ここだ……」

「……ここ?」


 何もない空間を見つめる灰夢に、二人が目を合わせる。


「特に、何もないけど……」

「まぁ、見てな……」


 そう戸惑う二人に告げると、灰夢は前へとゆっくり歩き出し、

 周囲と同化している、透明の鳥居の中へ足を踏み入れていく。


「うわっ、鳥居が出てきた……」

「鳥居がたくさん、です……」

「ここは結界の中だからな。肩から降りるなよ」


 そのまま前に進むと、何百個もの鳥居の続く道に繋がり、

 その中を表情一つ変えることなく、灰夢は進んで行った。



 ☆☆☆



 鳥居の連なった道を抜け、その先の森を抜けると、

 三人の目に、広大な自然と幾つかの建物が映り込む。


「凄い、です……。秘密基地、みたい……」

「何ここ、綺麗……」


「ここは、【 夢幻むげんほこら 】と呼ばれる異空間だ……」


「異空、間……」

「こんなところ、どうやって……」


「空間術式の一つだそうだ。仲間内に一人、そういうのを得意にしてる人が居てな」

「それ、灰夢くんいたら、壊れちゃわないの?」

「俺の体が壊すのは、俺を直接縛る類の幻術や封印術だけだ」

「……そうなの?」

「結界や人避けなんかは、壊れずにそのまま残ってる」

「な、なるほど……」

「要は、俺の忌能力を制限したりしなきゃ、勝手に壊したりはしねぇよ」

「あくまでも、ほんとに身を守るだけなんだ……」


 飛び抜けすぎた話の内容に、鈴音が呆れながら答える。

 そんな話をしていると、一つの大きな店が見えてきた。


「おぉ、立派なお店……」

「ここが俺らの憩いの場、【 ふくろうの寝床 】だ……」

「……ふ、ふくろうの寝床?」

「まぁ、二十四時間受付中の忌能力者専用お悩み相談センターみたいなもんだな」


「……夜も、やってるんですか?」

「あぁ……。夜は【 月影酒場 】っつぅ名の居酒屋になる」

「凄く……。オシャレ、です……」


 感動する風花を他所に、鈴音が離れた建物に向けて指をさす。


「あっちにも建物あるよ?」

「あれは道場だ、忌能力の試し場として使う」

「忌能力を使って、大丈夫なの?」

「外からは見えないからな。普通の人間に、この場所を悟られることは無い」

「な、なるほど……」


 すると、今度は風花が、大きなビニールハウスを見つける。


「……お兄さん、あっちは?」

「あれは植物庭園だ。植物に詳しいのがいてな、そいつの居場所になってる」

「凄い、穏やかで……。綺麗な所、ですね……」

「住み心地には、これ以上の場所はねぇことを保証してやるよ」


 灰夢が歩いて進むと、風花と鈴音が妙な生き物を見つけた。


「……なに? あれ……」

「……ク、クマさん?」


 店の周りを、大量のクマのぬいぐるみがテクテクと歩き回る。

 それを見た二人は、灰夢の肩を降りてクマに向かっていった。


「可愛い、です……」

「……キュゥ?」


 走ってきた二人を見て、クマのぬいぐるみが鳴く。


「うわぁ、凄くモフモフしてるぅ〜っ!」

「凄く……。気持ちいい、です……」


 風花と鈴音は、クマのぬいぐるみを抱きしめると、

 二人して幸せそうな顔で、その感触に癒されていた。


「一匹だけ見た目の違うやつがいるはずだ。探してくれ……」

「……見た目の違うクマさん?」

「……あっ! あそこに、いました……。お兄さん……」


 風花が指を指した方角に灰夢が視線を向けると、

 二足歩行な上に、無駄にリアリティーを追求した、

 グリズリーとも呼ぶべきクマが、ヌッと姿を見せる。


 そして、その大きなクマは帰宅した灰夢に気づくと、

 つぶらな瞳を向けながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「凄く……。大きい、です……」

「触っても、大丈夫……?」


 つぶらなクマの瞳を、風花と鈴音がじーっと見つめる。

 そんな二人をじーっと見返し、大きなクマがコクリと頷く。


「やったぁ〜っ!」

「えへへっ、凄く……。モフモフ、です……」


 モコモコしたクマの体を、風花と鈴音が心ゆくままに堪能する。

 すると、クマは笑みを浮かべながら、灰夢に向かって口を開いた。


「何だか久しぶりだな、灰夢……」



 ──その声を聞いた瞬間、双子の顔がピシッと凍りつく。



「…………」

「…………」


「……ん? もういいのか? もっとモフモフしてもいいんだぞ?」

「そんなイカつい声してる奴、誰もモフモフしたくねぇだろ」

「オレの声って、そんなにイカついか?」

「周りにいるヤツらと比べたら、明らかに中身おっさんだからな」

「……そうか。そう言われると、なんかショックだな」


 そう──。その一匹だけは、他のクマと違い、

 可愛げが失せる程に、声が野太く低かったのだ。


「可愛くない、です……」

「騙された……。また、騙された……」


 声を聞いた風花と鈴音が、ショボーンと酷く落ち込む。


「おい、どうしてくれるんだ?」

「──えっ、オレが悪いのか? これ……」

「ガキ共が、めっちゃ落ち込んだじゃねぇか」

「いや、それで一番傷つくの、オレなんだが……」


 大きな体のグリズリーが、再び風花と鈴音の傍へと歩み寄ると、

 二人は逃げるように灰夢の肩に乗り、牙を出して威嚇を始めた。


「──グルルルルルッ!!!」

「──シャャャャャッ!!!」


「なんか、凄く嫌われてるな。オレ……」

「第一印象の大切さを経験できる、いい機会だな」

「たった今、その大切な瞬間が無惨な結果に終わったがな」


 二人が軽口を叩きながら、淡々と会話を続ける。


「ロボットにもトラウマが刻まれるのか、少し試してみたくてな」

「心は人間なんだから、同じに決まってんだろッ!!」

「まぁ、それもそうか……」


 グリズリーは、一人で蹲りながら落ち込んでいた。


「この、クマさん……。お兄さんの、お友達ですか?」

「こいつは、熊寺くまでら満月みちづき。通称、月影のくま〇ンだ……」

「……〇まモン?」


 その話を聞いて、グリズリーがクワッと灰夢の方を振り向く。


「だから、く〇モンはやめろって! 著作権的に消されちゃうから……」

「ん〜。じゃあアイテム出すから、ドラ〇もんで……」

「さらにアウトだろ。それに、お前も影から出すから、キャラ被りじゃないか」

「俺はアイテムを作りだすことは出来ねぇよ」

「ドラえ〇んだって、あるもん使ってるだけだろ」

「確かに、それもそうだな。満月、お前ってなんなんだ?」

「何かに例えないと気が済まないのか? お前は……」


 非常に慣れたツッコミとボケが、二人の間に連発する。

 その会話から、いつもの落ち着きを感じる二人だった。


「確か、昨日も言ったよな。満月が例の【 サイボーグ 】ってやつだ……」

「……さいぼうぐ?」

「分かりやすく言うと、人の体に機械を組み込んだだな」


 それを聞いて、風花と鈴音が物珍しそうに満月を見つめる。


「……クマさんなのに、人なの?」

「このクマは遠隔操作されたロボットだ、本体は別の場所にある」

「凄い……。近未来、です……」

「周りで動いてる他のクマも満月のだ。あっちは自動操縦だけどな」

「ロボットと人の合体、そんなこと出来るんだぁ……」

「満月の場合は、……という方が正しいのかもだけどな」

「……?」



「……声で、嫌われた……第一印象、終わった……」



 ──トラウマは、しっかりとロボットの心に刻まれていた。

 すると、風花と鈴音が肩から降り、再び満月に近づいていく。


「……クマさんたちと、遊んでもいいですか?」

「……え? あぁ、構わないが……」

「──ほんとっ!?」


 風花と鈴音の目が光り、周りのクマたちを見つめる。


「……ちょっと待ってな」

「……?」

「……?」


 満月はノソノソと起き上がると、他のクマに呼びかけた。


「──集合だ、集まれっ!」



『『『 ──キュゥッ!!! 』』』



 満月が大声で一声かけると、点検をしていたクマたちが、

 風花と鈴音の前に瞬時にビシッと整列し、綺麗に列を成す。


「おぉ、凄い! かっこいい!」

「大きな、クマさん……。統率、してます……」


 ぬいぐるみとは思えない、俊敏かつ統率された動き。

 その動きの機敏さに、風花と鈴音が目を輝かせていた。


「好きに触れ合うといい。こいつらの中身はオレじゃないからな」

「……いいの?」

「……あぁ、構わないよ」


 恐る恐る風花と鈴音が、クマのぬいぐるみに近づく。


「──キュゥッ!」

「モフモフだぁ〜! 気持ちいぃ〜!」

「可愛い、です……。凄く、フワフワ……」

「ギュッて抱きしめても……いい?」

「風花も、ギュッて……しても、いいですか?」



『『『 ──キュゥッ!!! 』』』



 鳴き声と共に、逆に風花と鈴音に向かって、

 大量のクマたちが、一斉に抱きしめにかかる。


「うわあぁぁ! えへへっ、モコモコだぁ……」

「えへへっ……。凄く、暖かいです……」


 二人はクマの群れの中で、幸せに包まれた顔をしていた。

 そんな二人の姿を見ながら、満月と灰夢が言葉を交わす。


「んで、どこから連れてきたんだ?」

「今回行った山の中だ。死術書があった所でな」

「お前が誰かを連れてくるなんて、正直に言って驚きだな」

「あぁ、自分でもびっくりだ……」


 満月が冷静な表情のまま、風花と鈴音の姿を見つめる。


「あいつらは、怪異なのか?」

「……妖魔か、霊獣か、神獣あたりだな」

「……し、神獣!?」


 灰夢の放った一言で、満月が口を開けたまま言葉を失くす。





「蒼月とかなら、たぶん分かるんだろうがな。


 俺はそういう、怪異のジャンルみたいなのに、

 あまり詳しくねぇから、よく分からねぇけど。


 ただ、あんな見た目をした子供に見えても、

 半分は人間で、もう半分は九尾の妖狐だそうだ」





「九尾の妖狐か。まさか、この目で見ることになるとはな」

「居場所がないって言うから、連れてきた……」

「山には、住めなくなったのか?」

「俺が暴れて山の神を消し飛ばしたら、山の食えるもんが消えちまった」

「悪ぃ……。スケールがヤバすぎて、何を言ってるのか分からなかった」


 幸せそうな双子を見ながら、二人の軽いノリの会話が続く。


「しばらく、ここに住むと思う。出来れば、気にかけてやってくれ」

「まぁ、クマ好きに悪いやつはいないからな」

「……判断基準、そこなのか」

「……当然だろ」

「……まぁ、お前らしいか」


 そういうと、灰夢は風花と鈴音のところに向かって歩き出した。


「おい、そろそろ中に入んぞ……」

「……もう、お別れ?」

「そいつらは、ここの警備隊兼整備士だ。ここにいりゃ何時でも会える」

「──そっか! よかったっ!」

「それじゃ……。クマさん、また後でね……」





 沢山のクマたちに別れを告げると、風花と鈴音は、

 灰夢の肩の上に乗って、店の中へと向かうのだった。

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