第伍話 【 強さの理由 】

 高杉の剣さばきを、灰夢が全て受け流していく。

 そんな姿を、体育館にいた全員が見つめていた。





「見て、氷麗ちゃん。……狼さんが何かしてる」

「はぁ、また余計なことに首を突っ込んでるんですね。お兄さん……」


「あの人って、言ノ葉ちゃんのお兄さんじゃない?」

「そうですけど、何をしてるんですかね。お兄ちゃん……」

「ちょっと……。高杉と試合って、ヤバくない?」

「そうですね。確かに、ヤバいと思います……」



( 主に、高杉くんの方が…… )



 灰夢が攻撃することなく、ひたすら高杉の攻撃を防衛する。


「ははっ、どうした? さっきまでの威勢はよッ!!」

「…………」

「本番になって、怖気付いたかっ!? 防いでるだけじゃ勝てねぇぞっ!?」

「そう思うなら、一本取ってみろよ」

「チッ、余裕ぶっこいてんじゃねぇぞッ!!!」


 そういって、高杉が竹刀を勢いよく振り下ろした瞬間に、

 灰夢がギリギリを交わして、高杉の頭に一撃を打ち込んだ。


「──なッ!?」

「残念、ハズレだ……」

「──クソッ! まだだッ!!!」

「いい目だ、気が済むまでかかってこい」


 灰夢が無表情のまま、何度も防衛しては一本を打ち込む。


「──クソッ! なんで、当たんねぇんだ。……コイツッ!!」

「ほら、最初の自信はどうした? ……もっと打ってこい」

「調子に乗りやがって、ぜってぇに泣かせてやるッ!!!」


 その後も、灰夢の足さばきによる一方的な試合が続き、

 結局、一本を取ることもできないまま高杉は膝を折った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ん〜、良い竹刀だな。さすが私立……」

「なんで、このオレが……。こんな、変な御面の奴に……」


 高杉がヘトヘトになりながらも、灰夢を睨みつける。


「なぁ、高杉……」

「んだよ、言い返してやろうってか?」

「……そんなんじゃねぇよ」

「──じゃあ、なんだよッ!!」


 苛立ちをぶつける高杉に、灰夢が無表情のまま小さく呟く。



























         「 お前は、何の為に強くなったんだ? 」



























「……は?」


 そんな灰夢の一言に、高杉は固まっていた。


「だって、別に……。お前らが生きるために必要ないだろ? こんなの……」

「生きる為に必要ないって、そんなのどんな部活もそうだろッ!」

「そうだ、だから聞いてる」


 灰夢が竹刀を見つめながら、静かに語り出す。





「大体の部活なんてものは、生きる為には必要の無い事だ。

 それをやらなくても生きてる奴は、この世にゴロゴロいる。


 だが、どんな世界だろうと、それを極める者が必ずいる。

 そして、そこで勝てるやつは、大体何か特別な理由がある。


 親の背中を見て憧れてたり、誰かの期待に答えたかったり、

 誰かを見返してやりたかったりと、何かしら理由を持ってる。


 それは、本当に凄いことだ。何も無い俺には眩しいくらいにな。

 正直にいえば、俺ですら羨ましいと思うくらいに輝いて見える。



 ──そんな輝く奴らが生きる世界に、お前もいるんだろ?



 誰にも負けない強い意志。己の中の信念を貫く程の強力な武器。

 それをお前も持ってるから、このフィールドに立ってるんだろ?」



























           「 もう一度聞くぞ、高杉── 」



























        「 ──お前は一体、何の為に強さを求めた? 」



























         「 少なくとも、その磨き上げた刃は── 」


























      「 ──誰かを見下す為に、磨いたんじゃねぇだろ? 」



























「確かに、仲間は弱いかもしれない。経験に差があれば当然だ。

 だから、何度も何度も練習を繰り返して、人は強くなるんだ。



 ──お前だって、初めから強かった訳じゃないだろ?



 まだ弱かった頃のお前は、誰の背中を見て強さを求めたんだ?

 お前に刀を教えてくれたやつは、無差別に傷つける刃だったか?


 お前に刀を教えてくれたやつが、その教えに込めた想いを、

 お前は、今、どれだけ感じて、その想いに応えられてんだ?


 今、お前の刃に足りないものは何か、もう一度よく考えてみろ。


 お前は強ぇんだから、こんなところで立ち止まってんじゃねぇよ。

 独りよがりになってねぇで、大事な仲間の顔をもっと良く見てやれ。


 そして、過去にお前が憧れ、追いかけた相手のようなカッコイイ背中を、

 今度は、お前が上を目指す奴らに見せて、憧れられる人間になってみろ」



























     『 そうすればきっと、お前の迷えるその刃も、


            迷うことなく、想いに応えてくれっからよ 』



























 そういうと、灰夢は高杉に優しく微笑んで見せた。


「お前……」

「筋は良かった。また気が向いたら、いつでもかかってこい」


 灰夢が竹刀を戻して、氷麗たちの元に向かう。


「お兄さんは、本当にお節介ですね」

「別に、少し見てたら体を動かしたくなっただけだ」


「狼さん、すっごくかっこよかったよっ!」

「そりゃどうも。俺はいつもの喫茶店にいるから、気が済んだら戻ってこい」

「うんっ! わかったぁ〜っ!」


「言ノ葉っ! 部活、頑張れよっ!」

「──ハッ! りょ、了解なのですっ!」


 子供たちに別れを告げ、静かに灰夢が去っていく。


 そんな灰夢の背中を見て、高杉は慌てて走り出し、

 人のいない体育館の出口で、咄嗟とっさに大声を上げた。


「──おいっ! ちょっと待てっ!」

「……あ?」


 立ち止まる灰夢の顔を、高杉が呼吸を乱しながら見つめる。


「お、お前の……。お前の理由はなんだっ!?」

「……は?」

「お前はなんで、そこまで強くなった……」

「あぁ、俺の刀を持つ理由ってことか」

「…………」


 高杉が真剣に見つめていると、灰夢は空を見上げて答えた。



























    『 俺は、大切な者を守ることが出来なかった。


             その憎しみと後悔が、俺を強くしただけだ 』



























         『 同じ過ちを、繰り返さないようにな 』



























  そんな灰夢の想いを聞いて、高杉は亡くなった父の言葉を思い出していた。




























      『 父さんはな、母さんを守りたくて強くなったんだ  』




























 『 だから、お前もいつか、自分の愛する誰かを守る者として、


         その刀を握れるような、立派な男になるんだぞ。刀士郎── 』



























 父の残した言葉を思い出した高杉が、涙を流して拳を握りしめる。


「オレは、オレは……。ただ、親父に認められる男になりたくて……」

「……そうか」


 そんな高杉の言葉を聞いて、理由を悟った灰夢が狼面を外す。


「お前なら、その親父さんよりも強くなれる」

「オ、オレが……?」

「あぁ……。だから、その理由だけは忘れないようにな」


 そう笑って告げる灰夢を、ただ高杉が黙って見つめる。


「練習、頑張れよ……。またな、刀士郎……」

「…………」





 そう高杉に言い残して、立ち去る灰夢の大きな背中を、

 高杉はただたたずんだまま、見えなくなるまで見つめていた。

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