第肆話 【 プライド 】

 学生組が後期中間テストを終え、数日が経ったある日。

 言ノ葉たちの高校から、桜夢宛に一通の電話が来ていた。





『それじゃあ、ワタシは……』

『はい、入学おめでとうございます。十六夜さん……』


 そんな姫乃先生の一言で、桜夢の顔に笑顔が溢れる。


「狼さんっ! 受かったって!」

「そうか、よかったな」


「灰夢くん、随分とリアクション薄いね」

「まぁ、正直落ちるとは思ってなかったからな」


 平然とした顔で答える灰夢に、蒼月がそっと笑みを返す。


「やったぁ〜っ!! 狼さんっ! 合格貰ったよ〜っ!」

「痛てぇ……。わかったから、落ち着けっ! はいはい、おめでとうな」


 桜夢は灰夢に抱きつき、体を使って気持ちを表現していた。


「ほら、電話変われ。桜夢……」

「えへへっ、はいっ! 狼さんっ!」


 満面の笑みを浮かべる桜夢から、灰夢がスマホを受け取る。


『もしもし……。すいません、騒がしてくて……』

『ふふっ、こちらにも喜びが伝わって来ましたよ』

『それじゃ、今度手続きに向かいますので……』

『あの、それなんですけども……』

『……ん?』

『良ければ手続きの際、部活動をご見学されてはどうかと思いまして……』

『……なるほど、部活動か』


 そんな姫乃先生の提案を聞いて、灰夢が桜夢に視線を向ける。


「……ん?」

「お前に、今度行く時に部活を見てみないかってよ」

「──いいのっ!? 見たい見たいっ!」

「そうか、わかった……」

「えへへっ、やったぁ〜っ!」


『本人も喜んでるので、ぜひお願いします』

『分かりました。では、また近いうちにご連絡致しますね』

『はい、お願いします』

『では、これで失礼致します』

『はい、ありがとうございました』


 姫乃先生に別れを告げると、灰夢はスマホの通話を切った。


「なんか、灰夢くんが敬語使ってるのに、凄い違和感感じるね」

「やめろよ。俺自身もそう思ってんだから……」

「聞いてるだけでも、むず痒さを感じるよ」

「敬語なんて、今までまともに使ったこと無かったからな」


 自分の過去を思い返すように、灰夢がおもむろに手を伸ばす。


「それだけ僕たちは、世間とは離れた世界にいるからね。しょうがないさ……」

「そう思うと、俺もリアルに馴染んできてるって事なのかもな」

「……そうかもね」


 二人は静かに語りながら、喜ぶ桜夢を見つめていた。


「えへへっ〜、学校だぁ〜学校だぁ〜っ!」

「桜夢ちゃんも、来年からは一緒に登校ですね」

「うんっ! 言ノ葉ちゃんと氷麗ちゃんと、一緒に行けるねっ!」

「なんか、凄く新鮮な気がしますね。桜夢さんが来るの……」

「えへへっ、楽しみだなぁ〜っ!」


 蒼月が軽く珈琲を飲み、学生組に問いかける。


「そういえば、言ノ葉ちゃんと氷麗ちゃんは、テストはどうだったの?」

「わたしは今回、五位だったのですっ!」

「おぉっ! さすが言ノ葉ちゃん、やるねぇ〜!」

「いえ、幽々ちゃんが教えてくれたおかげなのですっ!」

「えへへっ……。みんなで勉強会、とても楽しいのっ!」


 幽々が両手を上げながら、嬉しそうな顔で微笑む。


「氷麗ちゃんはどうだったの?」

「……言わなきゃダメですか?」

「あれ、その様子だとダメだった?」

「ダメ、ではないですが……」


 氷麗が目を潤ませながら、しゅんっとした顔で落ち込んでいた。


「氷麗ちゃんは、今回赤点ギリギリだったそうです」

「あら、そうなんだ。でも、回避は出来たんだね」


 言ノ葉と蒼月の会話を聞いて、灰夢が氷麗に視線を送る。


「前回、凄く良かったので、油断してました……」

「だから、言っただろ。他の範囲には通じねぇぞって……」

「まさか、あんなにも何も解けないとは……」

「基礎がまだまだの証拠だな。今度から課題を増やすか」

「そんなぁ……。学校からの課題でも、手一杯なのにぃ……」

「半年も引きこもってたのが悪い」

「むぅ……。お兄さん、意地悪です……」

「赤点を回避出来ただけでもよかったじゃねぇか、幽々に感謝しとけ」


「えへへっ〜。元寝たきり病人の学力は、伊達じゃないのっ!」

「あははっ……。それは少しツッコミにくいよ、幽々ちゃん……」


 ドヤ顔を見せる幽々に、蒼月は少し呆れていた。


「まぁ、今回は夜影衆の面倒を見てたから、俺もほとんど見てなかったしな」

「次はもう少し、頑張ってみます」

「一緒に頑張りましょうっ! 氷麗ちゃんっ!」

「うんっ! いつか、言ノ葉も追い抜くからねっ!」

「えへへっ、望むところなのですっ!」


 意気込む二人を見て、蒼月と灰夢が小さく微笑む。


「いいねぇ、青春って感じで……」

「これはまた、香織がまた追い込まれそうだな」


 今を生きる子供たちの前を向く姿を、静かに見つめながら、

 灰夢はどこか満足した様子で、自分の昼飯を食べるのだった。



 ☆☆☆



 それから数日後、灰夢は合格した桜夢と共に、

 入学手続きの書類を持って、学校を訪れていた。


「本日の手続きは以上になります」

「そうですか、分かりました」


「先生っ! 部活動見に行っていいっ!?」

「はい、大丈夫ですよ。今なら体育館に、言ノ葉さんもいると思いますので……」


「言ノ葉は、何をしてるんですか?」

「バスケ部の助っ人を頼まれて、練習試合に参加しているそうです」

「あいつ、本当に忙しいやつだなぁ……」

「氷麗さんも応援に行っておりますので、よければどうぞ……」


「えへへっ、行きた〜いっ!」

「そんじゃ手続きも終わったし、行ってみるか」


 手続きを終えた灰夢は、桜夢と姫乃先生を連れて、

 言ノ葉と氷麗がいるという、体育館へと向かった。



 ☆☆☆



 体育館の中に着くと、言ノ葉を応援する氷麗が立っていた。


「あっ、氷麗ちゃんみっけ!」

「桜夢さん、手続きは終わったんですか?」

「──うんっ! 今から部活を見学するんだぁ〜っ!」

「……そうですか」

「言ノ葉ちゃんも居るんでしょ?」

「居ますよ、あそこに。ほら……」

「あっ、ホントだっ! 言ノ葉ちゃん頑張れ〜っ!」


 桜夢が氷麗と共に、試合中の言ノ葉を応援を始める。

 そんな部活の風景を、灰夢も姫乃先生と見つめていた。


「はぇ〜。体育館だけでも、結構な部活があるんだな」

「今日だけでも、バスケ・剣道・柔道・卓球を行ってます」

「これだけ部活動が盛んだと、確かに一つよりは助っ人の方が楽しめるかもな」

「ふふっ。掛け持ちをしている生徒なんかも、珍しくは無いですね」


 すると、不意に灰夢の後ろから、大きな声が響き渡る。



























      「 ハハハッ!! 雑魚が、弱すぎんだろ。


             お前、向いてねぇんじゃねぇのかっ!? 」



























 そんな相手を罵倒する謎の声に、灰夢たちが後ろを振り返ると、

 剣道の防具を着た一人の青年が、他の部員に竹刀を向けていた。


「……なんだ? ありゃ……」

「あぁ、また……」

「あれは、剣道部ですか」

「はい。あの子は剣道部主将の、高杉たかすぎ 刀士郎とうしろうくんです」

「なるほど、プライド高すぎ高杉くんか」

「全国の個人戦で、準優勝した成績を持った男の子なんですけど……」

「個人戦で……。つまり、チーム戦はあれってことですか?」

「はい。顧問の先生も、手を焼いているようで……」


 その生徒を見つめながら、灰夢がゆっくりと歩き出す。


「……お、お兄さん?」

「すいません。ちょっと、剣道部を見学してきますね」


 灰夢はそう言い残すと、剣道部の方へと向かっていった。


「高杉くんっ! 相手選手を罵倒するのは反則行為ですっ!」

「はっ、知らねぇよ。こいつらが弱いのがいけねぇんだろ」

「全く、何度言ったらわかってくれるんですか?」

「別にいいだろ。事実、オレが一番強いんだから……」

「高杉くん、君って人は……」

「先生だって、俺がいなくなった困るだろ?」

「そ、それは……」


 怒鳴り散らす高杉を、剣道部の顧問が止めに入るも、

 高杉が反省することなく、上から目線で反抗を始める。


 そんな高杉の近くでは、灰夢が竹刀を抜き確かめていた。


「おいっ! ……誰だ? お前、何を勝手にうちの部活の備品触ってんだよ」

「なんだ、この備品はお前が買ったものなのか?」

「チッ……。部外者に触られんのが、気に入らねぇって言ってんだよッ!!」

「──コラっ! 高杉くん、やめなさいッ!!」


 高杉が八つ当たりをするように、灰夢に竹刀を振り下ろすと、

 灰夢が一瞬で攻撃を弾き、そのまま高杉の頭に一撃を叩き込む。


「……は?」

「なんだ、主将っつぅから期待してたが、大したことはねぇな」


 その言葉を聞いて、キレた高杉の目付きが変わる。


「テメェ、誰に向かって言ってんだ。オレは全国を取った男だぞ?」

「……準優勝だろ? その程度で満足なのか? お前は……」

「……なんだと?」

「そんなに実力を自慢したいなら、剣道で俺に勝ってみろ」


 灰夢は微笑みながら告げると、静かに竹刀を高杉へと向けた。

 そんな二人の姿を見て、周囲の野次馬たちがザワザワと集まる。


「おい、見てみろよ」

「まさか、あれって……」

「もしかして、送り狼さま?」

「やだ、何……喧嘩?」


 高杉が不機嫌そうな顔で、周囲の人間たちを睨む。


「チッ……。お前あれか、噂の灰色狼ってやつか?」

「なんだ、お前も俺のこと知ってんのか」

「そんなバカみてぇな御面してりゃ、誰でも分かんだろ」

「はぁ、ったく……。そりゃ、ますます外しにくいな」

「どこぞの番犬が、こんなところで油売ってていいのか?」

「今日はガキの部活見学でな。せっかくだから、俺も体験してみようかと思ってよ」

「お嬢さまの下僕如きが、偉そうに……」

「そう思うならかかってこい。そうすりゃ下僕かどうか、嫌でもわかるだろ」


 高杉は灰夢を見下すように、竹刀を構えて睨みを利かせる。


「テメェ、防具も着ねぇでやる気か?」

「安心しろ。お前じゃ俺には一撃も入れられねぇから……」

「テキトーな構えしやがって……。竹刀を片手で扱えるわけねぇだろ」

「いつもはこれより重いもん二本持ってんだ。こんな軽い竹刀に両手も要らねぇよ」

「チッ、図に乗りやがって……」


 互いを挑発し合う二人を見て、顧問が慌てて走ってきた。


「あの、お兄さん。……危ないですよっ!」

「悪ぃな。すぐ終わらせっから、少しだけ目を瞑ってくれ……」

「ですが、お怪我をなさってからでは……」

「気にすんな。別に学校にクレームも入れねぇし、傷つける気もねぇよ」

「し、しかし……」


 灰夢が笑みを浮かべながら、剣道部の顧問の先生を見つめる。


「だってよ、先生。……コイツ、叩き潰していいよな?」

「竹刀は喧嘩の道具じゃありませんよ!」

「喧嘩じゃねぇよ、試合だ。……なぁ? 従者さんよぉ……」

「あぁ……。うちのガキが体験入部してるんで、俺もそれをしてみただけだ」

「そういうことなら、思う存分味あわせてやるよ。全国の力を……」

「そりゃいい。俺に一本でも入れられたら、お前に頭を下げてやるよ」

「……言ったな? 後で、泣きべそかいても知らねぇぞ?」

「残念だが、それは無理だ。俺を泣かせられるのは、タマネギだけだからな」





 灰夢は静かに笑みを浮かべながら、片手で竹刀を向ける。

 それを見た高杉は走り出し、勢いよく竹刀を振り下ろした。



























「──雑魚が、粋がってんじゃねぇぞッ!!!」

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