第参話 【 愛情表現 】

 灰夢は雨音や雅美たちを撒き、姿をくらませると、

 庭園を一周し、再び洞窟エリアへと戻って来ていた。





「あと10分か、存外あっという間だな」

「おや、ダークマスター。もう戻ってきたデスか?」

「あぁ、まぁな。どうだ? 調子は……」

「順調デスよ。この娘は、なかなか飲み込みが早いデス……」


「ノーミーお姉ちゃん、教えるのが上手なのっ!」

「えへへ〜っ。この子はお口が上手デスね」

「なんか、余計なところまで移ってないか? 夜陸……」


 ノーミーが嬉しそうに、デレデレと体をくねらせる。


「まぁ、楽しくやれてんなら良かったよ」

「ダークマスターは、結局、誰にも捕まえられなかったデスか?」

「まぁ、一通りは逃げてきたんだが、ミーアだけはまだ見てないな」

「ドラゴンプリンセスなら、後から歩いて追っていったデスよ?」

「そうか。なら、どっかで彷徨ってるのかもし──ッ!?」


 灰夢が何かの気配を感じで、一瞬で横に避ける。

 その瞬間、空から勢いよく、何かが飛来してきた。


「……な、なんデスか?」

「何か、空から落ちてきたのデス……」


 ノーミーと夜陸が、落下跡をじーっと見つめる。


「残念です。あと少しで、捕まえられそうでしたのに……」

「ミ、ミーア……。お前、鬼ごっこで俺を殺す気か?」


 残念そうに落ち込みながら、ミーアが姿を現した。


「ワタクシのお兄さまは、他の方にお譲りはしませんっ!」

「あのなぁ、鬼ごっこってそういうゲームじゃねぇんだが……」

「ですが、捕まえた相手は、自分の好きに出来るのですよね?」

「待て待て、どこからそんな話が出てきた?」

「先程、彷徨っていた時に出会った、蒼月さまが……」

「あんのクソ悪魔め、またミーアに余計なことを……」


 灰夢がゴゴゴゴッと、一人、心の中に殺意を燃やす。


「お兄さまは絶対に、このワタクシが捕まえて見せますっ!」

「その理由で捕まえられるのは、またアレなんだが……」



( まぁ、ミーアのやる気に繋がるならいいか )



「いくらミーアでも、俺は手加減しないからな?」

「はい。みなさまと平等である方が、ワタクシも嬉しいです」

「そうか。ならいい、いくらでもかかってこいっ!」

「はいっ! 行きますよ、お兄さまっ!」


 そこからは、音速を超えたリアル鬼ごっこが始まった。


 和服を着た御面の男を、ジャージ姿のお姫さまが、

 目にも止まらぬ速度で走り追いかける、謎の光景。


 そんな『 ごっこ 』を超えた、なんとも言えない光景を、

 ノーミーと夜空は、目を丸くしてマジマジと見つめていた。



( さすが半人半竜ドラゴノイド、バカみてぇに速ぇな )



「さすがお兄さま、逃げるのがとてもお速いですね」

「その言い方は俺がチキンみたいだから、やめてくれねぇか?」

「なんとしても、ワタクシがお兄さまをゲット致します」

「マジで捕まりたくねぇなぁ、色んな意味で……」


 呆れながらも、ミーアを交わしながら全力疾走で逃げる灰夢。

 そして、ミーアが着地したと同時に、灰夢が空へとジャンプした。


「……上に逃げましたか」

「頑張れ、ミーア……。タイムリミットは、あと三十秒だ……」

「でしたら、ワタクシも本気で参りますっ!」


 ミーアがギュッと膝を曲げ、勢いよく灰夢へと飛びかかる。


「まぁ、そう来るよな」

「逃がしませんよ、お兄さまっ!」



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 ミーアの掴んだ灰夢が、幻影となり澱んで消えていく。


「──なっ!?」

「残念、そいつはハズレだ……」


 周囲に無数の灰夢が現れ、ミーアの視界を惑わす。


「さぁ、本物を当てられるか? ミーア……」

「ふふっ……」

「……ん?」

「ワタクシがドラゴンなのを、お忘れではありませんか?」



 ──その瞬間、ミーアの背中にドラゴンの翼が生えた。



「……マジかよ」

「空中なら、お兄さまにも負けませんよッ!!」


 ミーアは大きく羽ばたくと、瞬時に加速し、

 宙に舞う無数の灰夢へと、虱潰しらみつぶしに掴みかかる。


「いや、そのスピードは異次元が過ぎねぇかっ!?」

「──見つけましたッ!!」

「しまっ──」


 ミーアは灰夢の本体を見つけると、ギュッと抱きつき、

 全力で掴んだまま、二人で勢いよく地上へと落下した。


「──ダ、ダークマスターッ!?」

「運び屋の、お兄ちゃん……。大丈夫、なのデスか……?」


 落下の衝撃波によって、大きな地響きが響き渡り、

 着地点から、威力を物語る巨大な砂埃が立ち込める。


 しばらくしてから、周囲を覆う砂埃が晴れると、

 嬉しそうに灰夢に抱きつくミーアが姿を見せた。


「えへへっ……。お兄さま、ゲット致しましたっ!」

「お前、もうちょい優しさと言うものをだな」

「もう逃がしませんよ、お兄さまっ!」

「ちょい、骨が逝ってるから……。優しくしてくれ、優しく……」


 ミーアに抱かれた灰夢が、力なき人形のようにグネグネと曲がる。


「あのダークマスターが、圧倒されてるデス……」

「ミーア、お姉ちゃん……。只者じゃ、ないのデス……」


 ミーアの嬉しそうな顔を見て、灰夢が静かに微笑む。


「……終了五秒前、負けちまったな」

「えへへっ。これで、お兄さまはワタクシの好きに出来るのですね」

「お姫さまは老いぼれた爺さんを、どう調理するおつもりで……?」

「それはもちろん、【 監禁 】でございますっ!」



「「「 ──監禁ッ!? 」」」



 お姫さまの口から出るとは思えない、狂気染みた発言に、

 その場の全員の思考が停止し、目を丸くして固まっていた。


「ダークマスターが、監禁されるデス……」

「運び屋の、お兄ちゃん……。もう、戻ってこないのデス……」


「待て、ミーア……。どこで、そんな言葉を覚えた?」

「大切な方への愛情表現だと、この間のドラマで拝見致しましたっ!」

「はぁ……。純粋無垢って、マジで怖ぇな」

「……?」

「……いいか? ミーア、監禁っていうのはだなぁ……」


 灰夢が身の恐怖を感じながら、必至に言葉の意味を伝える。


「つまり、相手の自由を無くして、無理やり自分のものにする行為でだな」

「なるほど……。確かに、お兄さまに嫌われてしまうのは、とても悲しいですね」

「どこにも行かねぇから、自由までは奪わないでくれ」

「はい、失礼しました。ワタクシのせいで、ご不快な思いを……」

「あぁ、いや……。分かってくれたんなら、それでいい……」


 ミーアは少しだけ俯くと、そっと灰夢の羽織を握った。


「でしたら、お兄さま……」

「……ん?」

「今月末に、二人でお出かけなどは出来ないでしょうか?」

「……お出かけ? 買い物ってことか?」

「その、庶民の遊びや日常風景を、もっと教えていただきたくて……」

「あぁ、別に構わねぇが。……そんなんでいいのか?」

「ワタクシには、とても嬉しいご褒美です」

「そうか、わかったよ。今月末な……」

「はいっ! 楽しみにしておりますね、お兄さまっ!」

「あぁ、任せとけ……」


 ミーアの表情に笑顔が戻り、それを見た灰夢がそっと微笑む。

 すると、灰夢を探していた子供たちが、洞窟エリアに戻ってきた。


「……あれ? 運び屋さんが、捕まってるっす……」

「おぉ、帰ったか。お前ら……」

「さっきの地響きは、ミーアくんのものだったのか」

「お兄さまは、無事にいただきましたっ!」


 笑顔を見せるミーアを見て、沙耶と透花が言葉を失い、

 さらに、二人の後ろでは、飯綱と雅弥が頬を膨らませる。


「はぁ……。お姉ちゃん、また負けちゃったなぁ……」

「月影を捕まえるとは……。お前、只者じゃねぇでごじぇます……」

「ふふっ……。光栄です、飯綱さま……」

「お前らで俺を捕まえるなら、初めからべきだったな」


 雅弥の後ろに隠れる雨音が、じーっと灰夢をジト目で睨む。


「運び屋さまに、弄ばれました……」

「おい、人聞きの悪い言い方をすんじゃねぇよ。助けてやったのに……」


 灰夢は呆れながら立ち上がると、全員の無事を確認していた。


「とりあえず、怪我人はいねぇな」

「お兄さまも、お体は大丈夫ですか?」

「あぁ、もう治ったよ。……心配すんな」

「そうですか、良かったです」


 頭を撫でられるミーアが、灰夢に満面の笑みを返す。


「そろそろ、いい時間だな。昼飯にすっか」

「お姉ちゃん、お腹すいちゃったよぉ……」

「運び屋さまっ! また、お肉料理を作って頂けますか!?」

「雨音って、本当に飯の時だけは積極的だよな」


「食いしん坊な妹で申し訳ないね。運び屋くん……」

「うちの妹が、ご迷惑をおかけするっす……」

「も〜っ! みんなして、ワタシを食いしん坊扱いしないでくださいよ〜っ!」

「いや、紛れもなく食いしん坊だろ。お前は……」

「──グサッ!」

「雨音ちゃんの場合、神楽さまのお墨付きだもんね」

「──グサグサッ!」


 雨音が落ち込みながら、木陰で一人、悲しそうにうずくまる。


「ぐすっ……。皆様が、ワタシをイジメてきます……」

「雨音ちゃん、元気だしてっ! お姉ちゃんが付いてるゾッ!」

「今、トドメ刺したのはお前だけどな。雅弥……」


「無自覚な優しさは、時に暴力っすよね」

「お前らの姉妹、本当にろくなのが居ないよな」

「個性が溢れると言ってくれたまえ、運び屋くん……」

「はっ、個性が聞いて呆れるわ」


 灰夢は雨音に歩み寄ると、ポンッと頭に手を置いた。


「ほら、【 サイコロステーキ丼 】作ってやるから。元気だせ……」

「本当ですかっ!? 運び屋さまっ!!」

「お、おぅ……」


 その一言で、雨音の表情に純粋無垢な笑顔が戻る。


「我が妹ながら、チョロ過ぎて悲しくなるな」

「お姉ちゃん、少し雨音ちゃんが心配になってきちゃったよ」

「まぁ、うちの家族は男に免疫ないっすから、しょうがないっすね」


 雨音の姉たちが、眩しい笑顔を見せる雨音をあわれむ。


「お前ら、雨音が変な男に連れていかれないように気を付けろよ?」

「も〜っ! ワタシだって、そんなに単純じゃないですよ〜っ!」

「どう見ても、飴玉一つで連れていかれそうだろ」

「運び屋さまは、ワタシをなんだと思っているんですかっ!?」

「腹ぺこ娘の食いしん坊……」

「む〜っ! 運び屋さま、いじわるですっ! ぷいっ!」


 不貞腐れる雨音に、姉たちが更に蔑みの目を向ける。


「既にアウトだろ、あれ……」

「ですね。完全に手のひらで遊ばれてるっす」

「狼くん、策士だなぁ……」

「おい、なんで俺が悪いみたいになってんだよ」


「も〜っ! いい加減にしてくださ〜いっ!」

「痛てぇよ、雨音……。不死身にも、痛覚はあるんだぞ……」

「運び屋さまがいけないからですよ〜っ! も〜っ!」





 雨音は頬を赤らめながら、ポコポコと灰夢に当たるも、

 サイコロステーキが用意されると、再び笑顔に戻っていた。

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