第弐話 【 修行 】
灰夢は沙耶たちの前から去った後、森エリアに入り、
周囲を警戒しながら、一人で自然の中を彷徨っていた。
「そうそう、上手上手っ!」
「えへへっ……。シルフィーお姉ちゃん、凄く優しいです」
シルフィーと夜空が練習しているのを見て、灰夢が足を止める。
「も〜、夜空ちゃんは可愛いなぁ〜っ!」
「シルフィーお姉ちゃん、とても暖かいです」
シルフィーは幸せそうな顔で、甘える夜空を抱きしめていた。
「よっ……。風の忍術演習は、順調みたいだな」
「あっ! フッシー、おかえり〜っ!」
「運び屋のお兄ちゃん、おかえりなさいですっ!」
「おう。まぁ、帰ってきたと言うより、逃げてきたんだけどな」
「……逃げてきた?」
「……?」
灰夢の言葉に、二人がくいっと首を傾げる。
「今、沙耶たちと鬼ごっこしてんだよ。……訓練の一環でな」
「それって、フッシーをみんなで捕まえるってこと?」
「あぁ、そういうことだ……」
「なるほどね。頑張って、フッシーっ! 私は応援してるよっ!」
「俺よりも、向こうを応援してやってくれ」
「それはそうなんだけど、個人的にね」
「……?」
顔を赤らめ、目を逸らしているシルフィーを見つめていると、
灰夢たちの周りの木々に、獣のような何かが飛び回り始めた。
「思ったよりも早かったな、飯綱……」
「こんなの、飯綱には朝飯前でごじぇますっ!」
「まぁ、獣の嗅覚がありゃ、こんなもんか」
飯綱が勢いよく飛びかかると同時に、灰夢が頭を抑えて避ける。
「──なッ!?」
「なかなかいい動きだが、獣としての単純さが裏目に出たな」
灰夢がそのまま木々を伝り、忍者のような足取りで逃げていく。
「……ま、待ちやがれですっ! 月影っ!」
「鬼ごっこで待つバカは居ねぇの。ほら、頑張れ……」
そんな光景を、シルフィーと夜空がポカンと見つめる。
「フッシー、犯罪者みたいなこと言ってるし……」
「運び屋のお兄ちゃん、夜空たちより忍者さんです」
「なんかもう、どっちが獣なのか分からないなぁ……」
「良いお兄ちゃんなのに、時々、敵さんより悪役に見えるです」
走り去っていった二人を、シルフィーと夜空はボーッと見つめていた。
☆☆☆
湖エリアの岩場では、夜海とディーネが休憩していた。
「それで……。わたし、逃げちゃって……」
「ディーネお姉ちゃんは、運び屋のお兄ちゃんが好きなのですか?」
「すっ、すすすすす、好きというか……。えっとですね、その……」
「夜海も、運び屋のお兄ちゃんが大好きですっ!」
「──えっ!?」
「お兄ちゃんは、夜海たちのヒーローさんですっ!」
「……ヒ、ヒーロー?」
「お姉ちゃんたちも、夜海たちも、悪い人から守ってくれたのです」
「な、なるほど……。ふふっ、灰夢さまらしいですね」
「えへへっ……。運び屋のお兄ちゃんは、凄く優しいのです」
逃げてきた灰夢が、高い岩の上から二人に話しかける。
「二人とも、今は休憩中か?」
「あっ、運び屋のお兄ちゃんっ!」
灰夢を見たディーネの顔が、一瞬で真っ赤に染っていく。
「──っ!? か、かかかかか、灰夢さまっ!?」
「……お、おう。……どうした?」
「い、いえ……。その……えっと、いつからそちらに?」
「いや……。今、来たばっかだが……」
「……そ、そうですか。ふぅ……」
話を聞かれていないことを確認し、ディーネが胸を撫で下ろす。
「なんだよ、俺に隠れて内緒話か?」
「い、いえいえ……。そんなことは、えっと……」
「ディーネお姉ちゃんは、運び屋のお兄ちゃんg……っ!?」
「夜海ちゃんっ! 練習を再開しましょうかっ!」
「……?」
「ほら、休憩もたくさんしましたからねっ! そろそろ……」
「……まだ、五分しかしてないですよ?」
「あ、あれぇ〜? そうでしたっけぇ〜?」
「ディーネ、目が泳いでんぞ……」
「い、いえっ! なんでもないんです、えへへっ……」
「怪しすぎんだろ。まぁ、別に聞かねぇけど……」
オロオロするディーネをジト目で睨みながら、灰夢が周囲を警戒する。
「あの、灰夢さま……」
「……ん?」
「灰夢さまは、その……。えっと、わたしを……」
「……?」
「わたしのことを、どう思っ……」
ディーネが灰夢に語りかけていると、周囲を灰色の煙が包み込んだ。
「……来たか」
「──ひっ!? な、なななな、なんですかっ!?」
「あっ、雅弥お姉ちゃんですっ!」
「やっほ〜っ! 夜海ちゃん、お姉ちゃんだよ〜っ!」
下半身を煙に変えて、雅弥がグルグルと空を舞う。
「すげぇスピードだな。やっぱ、忌能力の掛け合わせは一味違ぇか」
「えっへへ〜ん、パパッと狼くんを捕まえちゃうゾっ!」
「そう簡単に、捕まるわけねぇだろ」
「──なっ!?」
灰夢は水の中に飛び込み、煙の壁を抜けると、
そのまま水面を上がり、水の上を走り出した。
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「うそぉ〜っ!? 狼くん、水の上も走れるのぉ〜っ!?」
「相手が水遁使いだった時の練習だ。ほら……」
<<<
灰夢が水の竜を呼び起こし、雅弥に差し向ける。
「ほわわぁ、お姉ちゃんピーンチッ!」
「お姉ちゃんは速いんだろ? これぐらい避けて見せろ」
「……ま、待ってぇ〜っ!」
雅弥が水の竜を避けながら、逃げる灰夢を追いかけていく。
そんな二人の後ろ姿を、ディーネと夜海がポカンと見つめる。
「あぁ……。また、聞けませんでした……」
「……ディーネお姉ちゃん?」
しょぼんとしゃがみこむディーネの頭を、夜海は優しく撫でいた。
「ディーネお姉ちゃん、元気だしてください」
「……夜海ちゃん」
「ディーネお姉ちゃんなら、きっと大丈夫ですっ!」
「でも、わたしなんか……」
「ディーネお姉ちゃんは、とても優しいお姉ちゃんですっ!」
「……やさ、しい?」
「はいっ! なので、きっと大丈夫ですっ!」
満面の笑みを浮かべる夜海を見て、ディーネがバッと立ち上がる。
「ありがとう、夜海ちゃん……。わたし、頑張りますねっ!」
「はいっ! 何かわからないけど、夜海も応援するのですっ!」
フンスッと意気込むディーネを、夜海はノリで応援していた。
☆☆☆
火山エリアでは、火恋がサラと共に修行していた。
「凄いな、精霊術というのは……」
「慣れだと思うよ。火を集める時は圧縮、攻撃する時は爆発するイメージかな」
「なるほど、その都度イメージを変えて扱うのか」
すると、後ろでポコンと風鈴姉妹が、炎を帯びた狐の姿に化ける。
「サラ、お姉ちゃん……。これは、どうですか……?」
「おぉ、凄いね。二人の炎も、前より安定してるよ」
「ししょーとサラちゃんが、いっぱい教えてくれたから……」
「ううん。二人の実力だよ、いつも頑張ってるもん」
「えへへっ、やりました……。褒められた、です……」
「はぁ、癒し……」
双子を撫でるサラは、我を忘れた表情で癒されていた。
「凄いな、炎で自分の姿すら変えられるのか」
「鈴音たちは狐だから、化けるのは得意だよ」
「火恋さんも技だけじゃなく、状態変化みたいにしてみたら?」
「そう言われても、なかなか上手くイメージが湧かないな」
そんな話をしているところに、灰夢が空から舞い降りる。
「おっ、やってるな。お前ら……」
「ししょー、おかえり……」
「おししょー……。おかえり……なさい、です……」
「おう、ただいま。……どうだ? 調子は……」
「一応、言われた通りにイメージと練習を繰り返してるよ」
「そうか、ありがとな。サラ……」
「べ、別にいいよ……。おにーさんの、頼みだし……」
頭の後ろで手を組みながら、サラが照れ隠しに目を逸らす。
「火恋はどうだ、新しいイメージは掴めてるか?」
「そうだな。少しづつだが、掴めている気はしている」
「そうか。まぁ、火の扱いも様々だ、自分なりに編み出してみな」
「その、それなんだが……」
「……ん?」
「運び屋。お前なら、状態変化として炎を使う場合、どう使う?」
「……状態変化? 風花たちみたいに、姿を変化させるってことか?」
「あぁ……。何か、新しいバリエーションを増やしてみたくてな」
「そうだな。なら、せっかくの炎だ。空でも飛んでみたらどうだ?」
「……へ?」
斜め上の発言に、火恋がポカンと目を丸くする。
「……空を飛ぶ? 化けるんじゃなくてか?」
「お前って、術を放つ時によく跳ねるが、勢いよく落ちてくるだろ?」
「あぁ、まぁ。……そうだな」
「それを、落ちないようにキープしてみろ」
「落ちないようにキープ、そんなこと出来るのか?」
「まぁ、分かりやすくいえば、ロケットよりはブースターのイメージだな」
「つまり、一定量の炎を出し続けて、浮遊するということか」
「そうだ。雅美もそうだが、飛行能力が使えると、戦いの幅が段違いになる」
「確かに、それは一理あるな」
「お前の戦い方はキレがある。火力はもう十分だから、次は応用力を磨いてみな」
「あぁ、わかった。……色々と試してみよう」
「サラは羽で飛ぶイメージを、火恋に教えてやってくれ」
「りょ〜かいだよ。おにーさん……」
「頼むな。俺は、こいつらの相手をし終えたら、また見に来るから……」
「……こいつら?」
灰夢は腕を組むと、ゆっくりと後ろに振り返った。
「やっぱりバレてるんすね。運び屋さんには……」
「透明になった程度じゃ、俺は欺けねぇよ」
「どの道バレているなら、隠れる必要も無いな」
「そうっすね。ここからは、実力行使っす!」
そう言いながら、前からは透明になっていた透花が、
後ろからは隠れていた沙耶が姿を見せ、灰夢を挟む。
「丁度いい、押し出し相撲の成果を見せてみろ。小娘共……」
「ボクたちを甘く見ていると、痛い目を見るぜ。運び屋くん……」
「自分たちのコンビネーションは、夜影衆の中でも随一ッスよっ!」
二人が同時に動き出し、渦巻くように灰夢を追い詰めていく。
「確かにいい戦術だが、まだ甘い……」
「──何ッ!?」
「上が、ガラ空きだ……」
灰夢は二人の頭を抑えると、勢いよく上に跳ね上がった。
「引っかかったっすね、運び屋さんっ!」
「……ん?」
「今だ、雨音っ! 運び屋くんをゲットだぜッ!」
「はいっ! 沙耶姉さまっ!」
岩の上で待っていた雨音が、バッと灰夢に飛びかかる。
「三人組か。さすが夜影衆、いい連携だな」
「逃がしませんよっ! 運び屋さまっ!」
「空中で襲いかかる。確かに、死術が無ければ避けられねぇ……」
「これで、ワタシたちの勝ちですッ!」
「 ──とでも思ってるなら、大きな勘違いだぞ? 」
【 ❖
雨音が灰夢に掴みかかった瞬間、そこに居ないかのように、
スルッと一瞬ですり抜け、灰夢の体を何事もなく貫通した。
「──なッ!?」
「目に見えるものだけが全てじゃない。覚えておけ……」
突然のことに、雨音の表情が一瞬固まる。
「そうか。死術がなくても、運び屋さんには【 幻影呪術 】があったっすね」
「さすが、運び屋くんだ。……一筋縄ではいかないか」
瞬時に対応する適応力に、透花と沙耶が戦術を模索していく。
「この運び屋さまは、偽物っ!?」
「どうだかな。そんなことより、雨音……」
「……はい?」
「お前、高いところ大丈夫になったのか?」
「……ふぇ?」
灰夢の言葉に促されるように、雨音が足元を確認した瞬間、
二十メートル程の高さを目の当たりにし、一瞬で青ざめた。
「た、高いところ……。こわい、です……」
「……なら、飛んだんだよ」
「──いやああぁああぁああああぁぁあぁぁあああぁぁああっ!」
「そうだ、雨音は高所恐怖症だった!」
「そうなんすかっ!? というか、なぁんで、今、思い出すんすかっ!」
「はぁ、ったく……」
灰夢が近くの岩場から飛び、空中を横切るように雨音を抱き抱える。
「……あれ? 痛く、ない……」
「ほら、大丈夫か? 雨音……」
「……運び屋さま? あれ、触れる……」
「……おう、怪我はしてねぇか?」
「運び屋さまっ! えへへっ、捕まえましたっ!」
雨音は灰夢と分かるや否や、両手で体にしがみついた。
「おい、それはズルいだろ」
「こ、ここここ、これも作戦ですので……」
「なるほど……。まぁ、確かに悪くない作戦だな」
「もう逃がしませんよ、運び屋さまっ!」
「雨音、さっきも言ったよな?」
「……え?」
「目に見えていることだけが、全てじゃねぇって……」
雨音が抱きついていた灰夢が、徐々に幻影となり消えていく。
「──ひぇッ!? ちょ、運び屋さまっ!?」
「それ、影分身っすよ。雨音……」
「……え、えぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇえええっ!?」
「まんまと、運び屋くんにしてやられたな」
「まさか、初めっから影分身だったんすかね」
「分からない。透花の術もだが、こう上手く使われると判断が難しい」
「お姉さまたちも、分かってるなら先に言ってくださいよぉ〜っ!」
灰夢は岩の影から、そっと雨音の無事を確認すると、
静かに微笑み、一人で洞窟エリアへと向かっていった。
「も〜っ!! 運び屋さまのバカぁ〜っ!!!」
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