第肆話 【 魔法の言葉 】

 灰夢たちは、妖魔が周りから居なくなると、

 静かになった森を見渡し、全ての術を解いた。





「半分くらいは逃がしたから、また少しは話題が広がるだろ」

「はぁ、よかったぁ……。凄い数だったね」

「ったく、九尾の力も大概だな……」

「また、しばらくは大丈夫かな?」

「化け狐の姿で暴れたからな。『 九尾はヤベェ 』って、伝わりゃいいが……」


 灰夢と鈴音が夜空を見上げながら、ホッと息を吐く。


「……風花、大丈夫?」

「…………」

「……おい、風花?」


 二人がそっと呼びかけると、風花の瞳から涙が溢れ出した。


「お、おい……。大丈夫か?」

「こわ、かった……」

「……ん?」

「こわ……かったよ、おししょー……」

「…………」


 そういって、静かに涙を流す風花を見ると、

 灰夢は肩から下ろし、優しく二人を抱きしめた。


「悪かったな。来るのが遅くなって……」

「風花、ごめんね……」

「ううん……。わたしも、ごめんね……」


 二人が謝るのを見て、灰夢がそっと二人を撫でる。


「よく言えたな、二人とも……」

「おししょーも、ごめんなさい……」

「気にすんな。俺もさっきは言い方が悪かった、ごめんな……」


「プリン食べたの、蒼月さんだった……」

「悪魔の、おじさん……?」

「冷蔵庫の裏まで見通せる悪魔だ。お前ら以外なら、犯人は蒼月しかいない」


 それを聞いて、風花が鈴音と目を合わせる。


「お姉ちゃん、早とちりしちゃった……」

「そっか。悪魔の、おじさんが……」

「まぁ、今、新しいのを買いに行かせたから、帰ったら二人で食え……」

「うん。ありがとう、おししょー……」

「ありがとう、ししょー……」


 二人はお礼を言うと、ニコッと灰夢に笑顔を見せた。


「……んにしても。だいぶ成長したな、お前ら……」

「……おししょー?」

「ししょーが、教えてくれたからだよ?」

「それでもだ。マザー戦の時は、見てやれなかったからな」


 二人の頭を撫でながら、灰夢が笑みを浮かべる。


「風花、一人の時……怖くて、何も……出来なかった、です……」

「死ぬかもしれないと思えば、誰でもそうなる。お前が悪いわけじゃない」

「風花、成長……してますか?」

「二人で化けて戦ってたじゃねぇか。前は、それすら出来なかっただろ?」

「……うん」

「出来ないことが出来るようになったのは、成長してる証拠だ」

「……おししょー」

「お前らも、ちょうどいい頃合いだな」

「……ししょー?」


 灰夢が影に手を入れ、とあるものを取りだす。



























          「 これが、お前らの努力の証だ 」



























     そういって、灰夢は二人の髪に、鈴の付いたリボンを結んだ。



























「おししょー、これ……」

「ちゃんと炎を扱えるようになるまで、頑張ったご褒美だ……」

「綺麗な髪飾り、ししょー……」

「おししょー、いつから……こんなの、持って……」

「お前らが力を使えるようになったら渡すつもりで、前に恋白と買ってたんだ」


「──おししょーっ!」

「──ししょーっ!」


 二人が嬉し涙を流しながら、灰夢の服にしがみつく。


「ししょー、ありがとうっ!」

「おししょー……大好き、です……」


 そんな二人の体を、灰夢がギュッと抱きしめた。


「お前らを祠に連れてきてよかった。あの時の判断は、間違ってなかったな」

「おししょー、風花たちを……連れてきてくれて、ありがとうです……」

「ししょーが、助けてくれたから……鈴音たち、凄く幸せだよ……」


 二人が涙を流しながらも、満面の笑みを灰夢に向ける。


「喜んでるところ悪ぃが、修行はまだまだ続くからな?」

「はい、えへへ……。風花たち、おししょーと……ずっと、一緒です……」

「鈴音たちが生きてる間は、ししょーはず〜っと、鈴音たちのししょーだよっ!」

「お前ら仙狐の子供に言われたら、俺の人生も終わりが見えねぇな」


 灰夢は呆れながらも、二人の頭を優しく撫でていた。



 ☆☆☆



 しばらくして、灰夢は二人を肩に乗せると、

 ゆっくり話をしながら、家へと向かっていた。


「……おししょー」

「……ん?」

「さっき、骸骨……使ってた、です……」

「あぁ……。あれは、マザーが持ってた死術書の術だ」

「マザーから取ってきたの?」

「取ってきたっつうか、消し飛ばしたら落ちてた」

「うわぁ……。ししょー、えげつない……」

「……ほっとけ」


 鈴音の冷たい視線を浴びながら、灰夢は歩みを進める。


「凄く、迫力があって……ちょっと、怖かったです……」

「術や力も使いようだ。今は、ちゃんとお前らを守る為の力だから、安心しな」


 そう横目で微笑む灰夢に、風花がそっと笑顔を返す。


「ししょー、黒い炎も使ってたね」

「あれは、九十九の妖炎だ」

「……九十九さん?」

「前に、妖刀を燃やして戦ってただろ?」

「……うん」

「あの炎を、少し貸してもらってるだけだ」

「ししょー、そんなこともできるんだ……」

「前から少しずつ、九十九に教わりながら練習しててな」


 灰夢は手を前に出すと、黒い炎をボッと生み出した。


「やっぱり、おししょーは……凄い、です……」

「凄いのは俺じゃなく、俺の周りにいる仲間たちだけどな」

「でも、みんなの力……大切に、使ってます……」

「まぁ、俺を助けてくれる、大切な家族だからな」

「……そっか」


 風花が嬉しそうに、灰夢の横顔を見つめる。

 すると、反対側から、鈴音が質問を問いかけた。


「ねぇ、ししょー……」

「……ん?」


























         「 死にたくない理由、見つかった……? 」


























 その質問に、反対側の風花が目を大きく開く。


「……姉さん」


 すると、灰夢は、その場にピタリと足を止め、

 星の瞬く夜空を見上げると、そっと息を吐いた。



























           「 ……少し、見つけたかもな 」



























「……ほんとっ!?」

「……ほんと、ですか?」


 灰夢の言葉に、風花と鈴音が食いつく。


「まだ、よくわからねぇが、何かが変わってきてる自覚はある」

「なら、この先は……?」

「どっちが先かだな。死ぬ方法が見つかるか、死にたくない理由が見つかるか」


「でも、死に方を探すだけが生きる理由じゃ、無くなったんだよね?」

「あぁ……。少なくとも、今は昔ほど、虚無の人生じゃなくなった」

「……そっか!」

「よかった、です……」

「お前らのおかげだよ。ありがとな、風花、鈴音……」


「えへへ〜、ししょーが素直だぁ〜っ!」

「えへへ、おししょー……大好き、です……」

「顔に抱きつくな、前が見えん……」


 二人は灰夢の顔に抱きつきながら、店の灯りを見つめていた。


「あの、おししょー……」

「……ん?」

「今日は、迷惑かけて……ごめんなさい、です……」

「そういう時は、『 ありがとう 』って言うんだよ……」

「『 ごめんなさい 』、じゃ、……ないん、ですか……?」


 不思議そうな顔で見つめる風花に、灰夢が微笑んでみせる。



























「もちろん、場合にもよる。間違った時、悪いことをした時は、

 ちゃんと言葉に出して謝って、仲直りをすることが必要になる。



 ──それは、誰かと生きていく上で、とても大切な事だ。



 だが、『 ごめんなさい 』という言葉は、笑顔を生まない。


 何度も謝ってばかりいると、罪悪感しか生まれない。

 助けた方も、助けられた方も、幸せな気持ちにはならない。


 俺は謝って欲しくて、お前を助けに行ったんじゃない。

 ただ、風花に笑って欲しくて、お前の為に戦ったんだ。

 

 だから、どうせ貰える言葉なら、感謝される方がいい。

 お前を迎えに行ったことが、間違ってなかったと分かるから……」




























     「 この『 ありがとう 』という言葉は、


             誰もを笑顔にできる、なんだ 」



























「助けた俺も、助かった風花も、笑顔になれる言葉だ。

 それに、この言葉は、一人で生きる者には使えない。


 誰かと生きて、相手を尊重して、初めて使える言葉だ。

 そうして初めて、互いの存在のありがたみを実感できる。


 逆に、感謝の心が無い者は、孤独な道を生きることになる。


 誰かに救われることを、『 あたりまえ 』と解釈し、

 人の心の中にある、優しさや想いの価値を見失うことがある。


 そんな生き方をしている者に、歩み寄る者はいないだろう。


 日頃から、何事にも感謝ができる者になれば、

 心は、それを忘れないでいられるようになるはずだ。


 だから、日頃から使える時は、なるべくでいいから……」



























     「 『 ごめんなさい 』と言うよりも、


             『 ありがとう 』と、伝えてやれ 」



























        その言葉を聞いて、風花と鈴音は笑みを浮かべた。



























    「 ありがとう、おししょー……。迎えに、来てくれて…… 」


    「 ありがとう、ししょー。一緒に助けに行ってくれて…… 」



























          「 あぁ、どういたしましてだ…… 」



























  風花と鈴音は灰夢にしがみついたまま、三人で店の中へと帰って行った。



























 店の中に入ると、月影たちが揃って何かをしていた。


「おう、帰ったな……」

「おかえり、みんな……」

「おかえりなさい、三人とも……」

「おかえりなさい。灰夢くん、風花ちゃん、鈴音ちゃん……」


「おう、ただいま……」

「ただいま、です……」

「ただいま……」


 店の真ん中に、謎の大きな白い箱がそびえ立つ。


「なんだ? その、バカでかい冷蔵庫みたいなのは……」

「プリンを作る専用の冷蔵庫。名ずけて、【 プリン体120% 】だっ!」

「全く食欲をそそらねぇ名前してんな。痛風になりそうだ……」

「ならないだろ。お前、不死身なんだから……」


 灰夢と満月は、互いに冷めた視線を向けあっていた。


「二人とも、ごめんよ〜っ! プリン作ったから、食べて食べてっ!」

「ありがとう、です……。悪魔の、おじさん……」

「ありがとう、蒼月さん……」


 灰夢が風花と鈴音を下ろし、カウンターの席へと向かう。


「お疲れ様、灰夢くん……」

「おう、ありがとよ」


「ごめんよ〜、灰夢くん。僕が食べちゃったばっかりに……」

「まぁ、名前書いてない鈴音も悪い。これ以上、お前を責める気はねぇよ」

「ありがと、本当に助かったよ。今日は奢るから、飲んで飲んでっ!」


 蒼月が梅酒を手に取り、グラスについで灰夢に渡す。

 すると、後ろにいた霊凪が、パンッと笑顔で手を叩いた。


「さぁ、無事に戻ってきたんですし、プリンパーティよっ!」

「あぁ……。ちょうどこっちも、出来上がったところだっ!」

「……あ?」

「いざ、プリン体120%・オープンッ!!!」


 満月の言葉と共に、バカデカい冷蔵庫が、

 プシューッという音と共に冷気を上げる。


 そして、360度から展開するように開くと、

 中から、巨大なプリン・ア・ラ・モードが現れた。


「……満月、無駄な演出に力入れすぎだろ」

「プリンとは無縁の、大迫力スペクタクルを演出してみた」

「何がどう結びついたら、そんな発想が生まれるんだ。お前は……」

「数百個のプリンが、ぷるぷるしながら出てくるのも考えたが……」

「やめろ、集合体恐怖症になるわ」

「それだと、迫力が足りないと思ってな」

「そもそもプリンに、迫力を求めるのが間違ってんだっつの……」


 プリン・ア・ラ・モードが、光に照らされ輝く。


「まぁ、何を言おうが、ただのプリンに変わりはない。好きなだけ食うといい」

「だってよ、風花、鈴音。腐るほどあっから、好きなだけ食え……」


「わぁ〜いっ! ありがとう、満月くんっ!」

「クマの、お兄さん……ありがとう、です……」


「気にするな。せっかくだから、言ノ葉たちも呼んでこよう」

「大精霊たちも、呼んでくる……」

「まだまだ材料あるから、好きなだけ食べてねっ!」


「は〜いっ! ありがとうっ!」

「ありがと、です……いただき、ます……」





 プリンを頬張る、風花と鈴音の膨らんだほっぺの中には、

 暖かな家族の想いと幸せが、たっぷりと詰め込まれていた。

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