第参話 【 喧嘩 】
ある日の夜、灰夢が晩御飯の片付けを終えた後に、
一人で自分の部屋へと、帰ろうとしていた時だった。
部屋の中から、風花と鈴音の声が響く。
「……風花、一個しか……食べてないよ?」
「だって、無かったもん。鈴音、まだ食べてないもん」
「風花じゃ、ないもん……」
「じゃあ、他に誰が食べるの?」
「知らないよ。風花じゃ……ないよ。本当に……」
「……?」
何かで言い合っている声を聞いて、灰夢は部屋に入った。
「おい、何を喧嘩してんだ?」
「あっ、ししょー。風花がね、鈴音のプリン食べちゃったのっ!」
「風花じゃ、ないもん……」
「違うっつってんじゃねぇか……」
「だって、冷蔵庫の奥に隠してたんだもん。他の人は知らないもん」
「それ、いつ買ってきたんだ?」
「今日のお買い物の時に、霊凪さんが買ってくれた」
「プリンのこと自体は、風花と霊凪さん以外は知らねぇってことか」
「うん、だから……」
「だとしたら、犯人は……」
「風花じゃ、ないもんっ! 姉さんも、おししょーも……大っ嫌いッ!!!」
「あっ、おい。風花っ! ちょっと待てっ!」
灰夢が発言しようとした瞬間、風花が大声を上げ、
二人から逃げるように、部屋を飛び出して走っていく。
「ったく、話は最後まで聞けよ……」
「鈴音たちのしかないから、一つずつって言ってたのに……」
「お前、プリンに名前書いたか?」
「ううん、書いてない。今日中に食べるつもりだったから……」
「はぁ……。ここには、冷蔵庫の裏側まで見通せる奴がいるの、忘れてねぇか?」
「……え?」
灰夢は鈴音を連れ、店のカウンターへと向かった。
そして、席に座って酒を飲む蒼月に、灰夢が声をかける。
「なぁ、蒼月……」
「……ん? なんだい?」
「お前、プリン食ったか?」
「あぁ、食べたよ? 名前書いてなかったから、フリーかと……」
「あら……。蒼月さん、食べちゃったの?」
「……あれ? 霊凪ちゃんまで言うってことは、食っちゃ不味かったやつ?」
「ほら……」
そんな灰夢たちの会話を聞いて、鈴音の顔が青ざめた。
「風花じゃ、なかった……」
「……えっ!? もしかして、鈴音ちゃんのだったの?」
「……わだ……じ、ふう、か……うだがっ、ぢゃっだ……」
「あぁ、ごめんっ! 買ってくるから、泣かないでっ!」
鈴音が泣き出し、それを見た蒼月が焦りだす。
「はぁ……。梟月、風花が、どこに行ったか分かるか?」
「いや、さっき走って出ていったのは見たが、行先までは……」
「……そうか」
「僕、探してくるよっ!」
「テメェはプリンの材料を買ってこいッ! 今すぐ、大量にだッ!!」
「はい、承知しましたッ!!」
灰夢の前に跪きながら、蒼月が頭を下げる。
「よろしい。制限時間は一時間だ……」
「はい。なんでしたら、クリームとフルーツも添えて……」
「よかろう、許可する。──いけッ!!」
「──ハッ!」
返事をした蒼月は、その場から瞬間移動で消えた。
「梟月、ちょっと出てくんぞ……」
「あぁ、分かった……」
「ししょー……」
「まだ出ていって間もない、すぐに見つかんだろ」
「迷惑かけて、ごめんなs……」
灰夢が人差し指を立てて、鈴音の口を優しく押える。
「迷惑ぐらい掛け合うのが家族って、前に言ったろ?」
「…………」
「その言葉は、風花に会うまで取っとけ。いいな?」
「うん、ありがとう。ししょー……」
「よし。ほら、探しに行くぞ……」
「──うんっ!」
灰夢が鈴音を肩に乗せ、店の扉を開けた。
「灰夢くん、風花ちゃんをよろしくね」
「あぁ、すぐに帰る……」
「みんなで、【 プリン・ア・ラ・モード 】を作って待ってるわ」
「あ、ら……もーど?」
「まぁ、なんかすげぇ豪華なプリンだ。楽しみにしとけ」
「うん、わかったっ!」
「んじゃ、行ってくる……」
「あぁ、気をつけて……」
灰夢は店を出ると、牙朧武の眷属たちを走らせ、
風花の匂いを辿りながら、祠の外へと走っていった。
☆☆☆
風花は一人、祠の外の森の中を彷徨っていた。
「暗くて、道が……分からない、です……」
光の無い森の中を、小さな足でゆっくり歩き、
手探りで木々を触りながら、前へと進んでいた。
「……寒い、です」
ボッと狐火を燃やして、風花が自分の体を温める。
すると、後ろの茂みから、カサカサと音が鳴り出した。
「──ひゃっ! だ、誰……です、か?」
一匹のタヌキが姿を見せ、すぐに走り去る。
それを確認すると、風花はホッと息を吐いた。
「ふぅ……。びっくり、です……」
「 それは私のセリフだ。こんな所で、九尾のガキに出会えるとはな 」
「 ……え? 」
風花が後ろを振り向くと同時に、数匹の妖魔が目に映る。
「あっ……あの、怖い人……ですか?」
「少なくとも、人ではないが。まぁ、そんなところだな」
「ごめん……なさい、お家に……帰りたいん、です……」
「残念だが、もうお前に帰れる未来はない」
次々と増えていく妖魔を見て、風花は思い出した。
妖力を使うと、妖魔に居場所がバレると言うことを。
──すると、瞬く間に、たくさんの妖魔が集まってきた。
その光景を見て、自然で生きていた風花が、肌身で悟る。
どう足掻いても、逃げ切ることはできないという現実を──
「あの野蛮な人間共は、いないらしいな」
「今なら、簡単に喰えるんじゃないか?」
「……姉さん」
「二匹いると聞いたが、一匹しかいねぇな」
「別にいいだろ。こいつ、ビビって何も出来ねぇみたいだ」
「……霊凪さん」
妖魔たちが、ゆっくりと怯える風花に忍び寄る。
( ……おししょー )
その瞬間、妖魔たちの間から、聞き慣れた声が響いた。
「 ……よぅ、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ 」
風花が声の方を見ると、妖魔たちと肩を組みながら、
ド真ん中に堂々と、狼のお面をつけた男が立っていた。
「……ん? お前、どこの妖魔だ?」
「俺か? 俺は、そうだなぁ。老後保健施設子供育成強化団体の一員だ」
「なんか長くて、変わった名前の組織だな」
「そうか? むしろ、分かりやすくていいと思うが……」
平然と立つ灰夢の姿に、周りの妖魔たちが目を疑う。
「お前、どこから湧いて出てきたんだ?」
「どこって、闇の中だよ。夜は俺の領域だからな」
「お前も、この九尾を狙ってきたのか」
「そりゃな。こいつは、俺の大事な家族だし……」
「……家族?」
「伝わってないのか? 子狐を守る、バケモノがいることを……」
「バケモノって……まさか、お前ッ!?」
妖魔が声を上げた瞬間、風花を守るように、
牙朧武の眷属たちが現れ、周囲を取り囲む。
「こ、こいつ……。──月影だッ!!」
「なんだ、ちゃんと伝わってんじゃねぇか。暴れた甲斐があったなぁ……」
「くっ、所詮は人間だろっ! こんなやつ一人くらい、一瞬で──ッ!!!」
妖魔が灰夢を掴んだ途端、突然、全身が黒い炎に包まれた。
「ギャーーーーーッ!!!」
「 やめとけ、俺に触れると火傷するぞ 」
燃える妖魔を見て、周囲の妖魔たちが後ずさる。
「な、なんだ!?」
「おいっ! あいつ、急に燃えたぞっ!」
「こいつ、本当に人間か!?」
灰夢が手をかざすと、妖炎の玉がクルクルと回り出す。
それと同時に、風花の影から、もう一人の狐が飛び出した。
「──風花っ!」
「……ね、姉さんっ!?」
「責めて、ごめんね。お姉ちゃん、間違えて疑っちゃった……」
「ううん、ごめんね。風花も、姉さん……嫌いって、いっちゃった……」
「一緒に帰ろうっ! 私たちの、帰るべき場所にっ!」
「……うんっ!」
そういって、二人が手を取り合い、ポンッと炎の狐に化ける。
「チッ、コイツが月影……」
「ほら、どうした? かかってこいよ、雑種……」
灰夢は威圧しながら、妖魔たちにゆっくりと迫っていた。
「 俺の愛弟子を泣かした罪は、万死に値する。覚悟しとけ…… 」
灰夢が手を空に伸ばし、死印を身体に刻んでいく。
【
『
『
【
灰夢の詠唱と共に、黒炎に燃える巨大な骸骨が姿を現した。
「……な、なんだ……あれはっ!?」
「妖魔っ!? いや、あいつの術なのか!?」
「こいつ、何者なんだッ!?」
その憎しみを体現した様な姿に、風花と鈴音も目を疑う。
「し、ししょーっ!?」
「おししょーの、術……?」
灰夢は二人を抱き上げると、そっと自分の肩に乗せた。
「 よーく見とけ、お前らの師匠の【
灰夢は笑ってそう告げると、巨大な骸骨を暴れさせ始めた。
「 ──さぁ、反撃の狼煙を上げる時だッ!!! 」
「うわぁぁっ!」
「く、喰われるっ!!」
「逃げんな。あの人間ををみんなでやれb……」
「おいっ! あいつ、一撃で潰されたぞっ!」
近づく敵を、灰夢が体術で次々と返り討ちにし、
妖炎を纏う餓者髑髏が、その周りを薙ぎ払っていく。
「おししょー、凄い……」
「ししょー、やっぱり強い……」
「お前らの力も、見せてみな……」
「はいっ、おししょーっ!」
「二人いれば、負けないよっ!」
<<<
肩の上に乗った二人が、火の玉を飛ばして応戦する。
「一斉に畳かけろ、所詮は三人だけだっ!!」
「やってみろ。全員まとめて、焼き付くしてやらぁ……」
「ししょーっ!」
「おししょーっ!」
「あぁ……。力借りんぞ、二人とも……」
「──うんっ!」
「──はいっ!」
灰夢が影を纏い、その上から白い炎が包み込むと、
三人は炎の渦を巻いて、九尾の狐へと姿を変えた。
【
「き、九尾の化け狐だっ!」
「そんな、まだこんな力は……」
『──妖魔の王に逆らったことを、死して後悔するがいいッ!!!』
<<<
九尾の妖狐が、口から大きな火の玉を吐き出し、
触れた相手が次々と、淡く白い炎に消されていく。
「逃げろっ! 奴に触れると焼かれるぞっ!」
「うわああぁぁっ!! こっちに来たあぁぁっ!」
「バカヤロウ、あっちには骨のバケモノがいるんだぞっ!」
「ばか、こっちに来るな。オレまで巻き込まれるだろっ!」
『──地獄の鬼ごっこは、ここからだッ!!!』
九尾が吠えると同時に、煉獄餓者髑髏が三体に増える。
「うわぁああぁっ!! おいっ、こっちにもいるぞっ!」
「時間を追うごとに増えていく、どうなってんだっ!」
「嫌だっ! 死にたくないっ!!」
「邪魔だどけっ! 前を走るんじゃねぇっ!」
「おい、やめろっ! 押すなよっ!」
仲間割れをしながら、必死に逃げ惑う妖魔たちを、
容赦なく喰らいながら、九尾と餓者髑髏は暴れていた。
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