第弐話 【 染命花 】

 灰夢が蒼月と、魔導書の話をした日の夜明け前、

 灰夢が庭に出ると、ベアーズが庭で何かをしていた。




「……何してんだ?」

『キュゥ? キュッキキュッ!』


 クマのぬいぐるみの一匹が、一輪の花を灰夢に見せる。


「花壇でも作ってんのか?」

『キュッキュッ!』


 灰夢の言葉に、ぬいぐるみたちがペコペコと頷く。

 すると、後ろから、大きなグリズリーが歩いてきた。


「おう、灰夢。おはよう……」

「おう、おはよう。満月、ここに何か植えるのか?」

「あぁ。霊凪さんに、昨日の夜に頼まれてな」

「……霊凪さん?」

「新しい住人が、ここ数ヶ月で、また増えただろ?」

「まぁ、そうだな」

「だから、店の改築と、その子たちの染命花を植えたいんだと……」

「あぁ、なるほど……」


 満月が灰夢の横に並び、二人でベアーズの作業を見つめる。


「せっかくなら大々的にと、店の形も含めて、今は色々と形を模索中だ」

「そりゃ、結構な新築が出来上がりそうだな」

「まぁ、染命花とはいえ、自然が増えれば華やかになっていいんじゃないか?」

「……まぁな」


 満月は、染命花に目を向けると、不意に灰夢に問いかけた。


「霊凪さんに、『 何の花がいいか? 』と聞かれたんだが、お前はどう思う?」

「ん〜。そこは、リリィに選んでもらうのが適任じゃねぇか?」

「まぁ、そういうとは思ったんだが……」

「……なんだよ」


「霊凪さんが、『 灰夢に選んでもらおう 』って言ってたんだよ」

「そういうこと言われると、ますます決めにくいだろ」

「だが、霊凪さんに頼まれたら、さすがに断れないだろ?」

「ま、まぁな……」

「だから、早いうちに伝えておこうと思ってな」


 灰夢は青空を見上げながら、大きく息を吐く。


「どの道、考えることになる可能性は高いってことか」

「そういうことだ。ちなみに白愛は、【 鈴蘭 すずらん】にしようと思ってる」

「それは、お前が決めたのか?」

「あぁ、霊凪さんに考えておいてくれと言われてな」


「お前、センスいいな」

「急に褒めるなよ、何かを疑うだろ」

「……なんでだよ」


 横目で見つめる満月に、灰夢が横目でツッコミを入れる。


「あとは氷麗、桜夢、恋白の三人だな……」

「氷麗のやつも選ぶのか?」

「あの子ももう、ほとんどここに住んでるようなものだろ?」

「まぁ、否定はしねぇけど……」


「氷麗が来ない日の方が珍しい。せっかくなんだ、選んでやれよ」

「なら、影にいる九十九と牙朧武、ケダマも含めて、全員分を決めるか」

「全部で六人分か、大変だな」

「そう思うなら、手伝ってくれよ」

「お前に選んで欲しいと言われているのに、それは出来ないだろ」


「はぁ……。一人で決めるのは、なかなか責任重大だな」

「何に決めても、誰も文句なんか言わないさ」

「だと、いいんだがな」

「花壇ができるのは少し先だ。今のうちに、ゆっくり考えればいい」

「とりあえず、植物庭園でも行ってみるか」

「あそこには、珍しい花もあるからな。気楽に色々見てこい」

「あぁ、そうするよ……」


 そういうと、灰夢は植物庭園へと向かっていった。



 ☆☆☆



 植物庭園の前では、リリィが空を見上げて立っていた。


「リリィ、何してんだ?」

「灰夢、おはよう」

「おう、おはよう」

「今度、大精霊たちの染命花、植えようかと思って……」

「……大精霊たちのもか?」

「この間、ノーミー、いなくなったから……」

「あぁ。そういや、そんなこともあったな」

「一応、あれば、安心できる」

「……そうか」


「ただ、いいのが、浮かばなくて……」

「珍しいな。リリィが迷うなんて……」

「なんだろうね。あの子たち自身が、お花みたいに、綺麗、だからかな?」

「確かに。そう言われると、他の花には例えにくいな」


 リリィが入口に咲く花を、そっと愛でる。


「灰夢は、何しに来たの?」

「俺も、チビ共の染命花でも考えようかと思ってな」

「……植物、見に来たの?」

「あぁ、少し見て回ってもいいか?」

「うん。ゆっくり、していって……」

「悪ぃな、邪魔すんぞ……」


 灰夢はリリィに許可を取ると、植物庭園の中へと入っていった。



 ☆☆☆



 植物庭園を歩きながら、灰夢が色んな花を見て回る。



( 相変わらず、種類が豊富すぎて、名前も何も分かったもんじゃねぇな )



 森エリアを探索するように、灰夢が色々な花を目にしながら進む。

 すると、奥で花を見ながら、フワフワと浮かぶ風の大精霊を見つけた。


「ふっふふ〜ん、ふんふんふっふふ〜ん〜♪」

「おい、シルフィー……」

「ふわわわわわっ!!!!」


 声をかけた瞬間、シルフィーが驚き地に落ちる。


「おい、大丈夫か?」

「フ、フフフフ、フッシー!?」

「おう。悪ぃな、急に声をかけて……」

「い、いやいやっ! 大丈夫、大丈夫……、ごめんね、ビックリしちゃって……」


 シルフィーは土を払うと、パッと立ち上がった。


「お前、ここで何してたんだ?」

「お花たちと、お話してたんだよ。『 君たちの季節になったね~ 』って……」

「そうか。これは、なんて名前の花なんだ?」



「コスモスっ! この国じゃ、【 秋桜 あきざくら】とも呼ばれてるんだよっ!」



「秋桜……か。いいなぁ、それ……」

「……ふぇ?」

、いい響きだ……」

「フッシーが、ロマンチストに……。どうしたの? 急に……」


「今、新しく来たやつらの染命花を考えててよ」

「あぁ、なるほど……。それで、ここに来たんだ……」

桜夢らむの花は、これがいいかもな」

「確かに、出会いのストーリーにピッタリかもしれないねっ!」

「よし、それでいこう……」

「えっへへ〜。なんだか、力になれたようで嬉しいなぁ……」


 シルフィーがニコニコしながら、灰夢の横顔を見つめる。


「せっかくだ。シルフィー、他のを選ぶのも手伝ってくれないか?」

「ほんとっ!? 一緒に見てもいいの!?」

「ここのやつは、季節問わずに咲いてっから、俺には多すぎて分かんねぇんだ」

「やったぁ〜! いくいくっ! デートだ〜、デート〜っ!」

「デートって……。まぁいいか」


 灰夢はシルフィーと共に、森エリアを巡りだした。


「改めて見ると、ここは本当に何でも生えてるな」

「森エリアの中でも、色んな環境に別れてるし、世界中のお花がいるからね」


 真っピンクに染まったエリアで、灰夢が足を止める。


「この時期に【 桜 】が見られると、マジで季節感が分からなくなるな」

「あ、あっははは……」


 そして、再び散策しながら、さらに奥へと歩みを進めていった。


「そういえば、お前らの染命花も作るって、リリィが言ってたぞ」

「そうなんだよぉ〜っ! 何の花になるのか、ドキドキしちゃってね〜っ!」

「お前に似合うもの、きっと選んでくれるだろ」

「うんっ! 私も、そう思うっ! 楽しみだなぁ……」

「まぁ、お前ら自身が花みたいに綺麗だからって、迷ってたけどな」

「ほんと? そこまで悩んでくれると、なんか逆に嬉しくなっちゃうね」

「いいマスターだよ、全く……」

「…………」


 不意にシルフィーが足を止め、それに気づいた灰夢が振り返る。


「……どうした?」

「あの、さ……ふ、ふっしーも……そう、思う……?」

「……あ?」

「私たちのこと、綺麗って……」

「あぁ、思うよ。動くだけでキラキラしてるし、精霊術なんて特に綺麗だ……」

「そ、そそそ、そっかぁ……」

「可愛い女の子が、そんな格好して舞い踊ってたら、誰の目でも引くだろ」

「か、可愛いか……。え、えへへ……」


「自分で聞いといて、なんで赤くなってんだよ……」

「なっ、ななな、なってないよっ! 暑っついなぁ! このエリアは〜っ!」

「熱帯雨林のエリアは、とっくに抜けてんぞ?」

「で、ですよねぇ……。あっはは……」

「大丈夫か? 俺の体は疲れねぇから、疲れたらちゃんと言ってくれよ?」

「う、うん……」


 灰夢はシルフィーを気にかけながら、再び歩き出した。

 そんな灰夢の横に並びながら、シルフィーが再び問いかける。


「あ、あのさぁ……。もう一つ、聞いていい?」

「……ん?」

「フ、フッシーなら、何を選んでくれる?」

「……は?」

「わ、私の……その、えっと……染命花、をさ……」


 灰夢がシルフィーの問いを聞いて、周囲の花を見回す。


「ん〜、そうだなぁ……。パッと見の印象では、あれだな……」

「……ふぇっ?」

「パッと明るい感じが、シルフィーには良く似合う」



 ──そこにあった花は、【 アネモネ 】だった。



「念の為に言っとくと、テキトーじゃないからな?」

「う、うん……大丈夫、凄くよく……伝わった、から……」

「……そうか?」

「うん。フッシー、半端じゃない直感してるね」

「……ん?」


























        【 アネモネ 】 …… 別名 : 風の花



























 二人は再び歩きながら、たくさんの花を見比べていた。


「そういえば、俺はなんで沈丁花なんだろうな」

「……なんで? ピッタリだよ?」

「……そうか?」

「……不満なの?」

「リリィは彼岸花とか、満月は熊童子とか、蒼月は初鴉とかは分かるだろ?」

「まぁ、名前にリンクする動物や花は、確かに示しやすいよね」


「梟月のオリーブは、前に【 アテナ 】っていう神絡みだってのは聞いた」

「そうだね。【 梟 グラウクス】って異名が、まずそれだもん」

「だが、俺は花の名前と関係ないだろ?」

「まぁ、それはそうだけど……」


「狼的な関連でもあれば納得だが、そういうのも特にないからなぁ……」

「確かに、昇藤のぼりふじっていう植物は、狼から名前が来てるらしいけど……」

「……あるのか? そういう花も……」

「あるよ。ただ、どこでも育つ強靭さから付いただけの名前だけどね」

「見た目は狼と関係ないってことか」

「うん。『 狼っぽいか? 』って言われると、そうでも無いかなぁ……」

「まぁ、あの二人が選んだんだから、沈丁花にも意味はあるだろうけどな」


「フッシー、沈丁花の花言葉って知ってる?」

「……花言葉? ……いや?」

「なら、今度調べてみて。きっと納得するから……」

「……そうなのか?」

「うん。絶対、納得すると思う」

「そうか、分かった……」


























    【 沈丁花 じんちょうげ】 …… 花言葉 : 栄光、不死、不滅、永遠。


























 灰夢が白い花を見ながら、そっとしゃがみこむ。


「この白いヒラヒラしたやつ、なんかカッコイイな」

「これは、【 ネコノヒゲ( 猫の髭 ) 】って言うんだよっ!」

「……ネコノヒゲ? それは、花の名前か?」

「……うん」

「そのまんま過ぎるだろ。捻りの欠片もねぇな」

「だって、そういう名前なんだもん」


 シルフィーが頬を膨らませながら、灰夢の横顔を見つめる。


「まぁでも、こんなにケダマにピッタリな花はねぇな」

「確かにっ! ケダマちゃん、喜びそうっ!」

「うっし。後で、霊凪さんとリリィに言っとく。次だ……」

「うんっ! どんどん行こ〜!」


 そういって、再び灰夢とシルフィーは、森の奥へと歩き出した。



 ☆☆☆



 すると、禍々しいほどの黒い花を見て、灰夢が再び立ち止まる。


「これ、すげぇな。みてぇに真っ黒だ……」

「これは、【 黒百合( クロユリ ) 】だよっ!」

「まんま、黒いユリか……」

「うん。ただ、この子はちょっとオススメしないかなぁ……」

「……なんでだ?」

「花言葉に、【 呪い 】って言うのがあるんだよ」

「……呪い?」

「うん。逆に、【 恋 】って言うロマンチックなのもあるんだけどね」


「恋心を知る呪い持ちとか、ぴったりにも程があんだろ」

「……へ?」

「これも決定だな。次だ……」

「えっ、ちょ……、本当に、これにするの?」

「あぁ、そうだが?」

「大丈夫? その子、ガッカリしない?」

「いや、大丈夫だろう」


 灰夢は小さく笑みを浮かべながら、シルフィーの方を振り返った。


「いいか? シルフィー……」

「……?」


























    「 時に、【 呪い 】という名の束縛は、


              誰にも負けない、固い絆になるんだ 」


























「フッシー……」

「一緒にいるだけで、相手が死に至る呪いも、不死身相手には効かねぇからな」

「えへへっ……。そんフッシーしかいないよ〜っ!」

「ふっ、かもな。次、行くぞ……」

「うんっ! 行こ行こ〜っ!」




 その後も、灰夢はシルフィーと共に庭園を周り、

 残りの仲間たちの染命花を、次々と決めていった。

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