❀ 第壱部 最終章 穏やかな日々と命の花 ❀

第壱話 【 ドロップアイテム 】

 ネクロマンサーを倒し、桜夢を救った数日後の夜。

 子供たちが眠た後に、灰夢は蒼月を部屋に呼んでいた。





「なんだい? 話って……。僕はリリィちゃん一筋だよ?」

「聞いてねぇよ。年寄り二人が、部屋で恋バナする訳ねぇだろ」

「違うのかい? なら、僕は帰らせてもらうよ」

「俺とは、恋バナ以外の話が出来ねぇのか?」

「そりゃね。僕の頭の中は、リリィちゃんでいっぱいだもん」

「せっかく、お前が喜びそうなプレゼントを用意したのによ」

「ごめんね。僕、リリィちゃん一筋だから……」

「そういう意味なわけねぇだろッ!!! ぶっ〇すぞッ!!!」

「あははっ。キレがいいなぁ、灰夢くんは……」


 全力のツッコミを笑いながら、蒼月が灰夢の前に座る。


「ったく……。こういう前置きがねぇと、会話が出来ねぇのか? お前は……」

「まぁ、挨拶代わりさ。それにしても珍しいよね。僕を部屋に呼ぶなんて……」

「あぁ……。これは少し、人に見られるのは、どうなのかと思ってな」

「……ん?」


 そういうと、灰夢は影の中から、二つの本を取り出した。


「君、それ……まさかっ!?」

「ほら……」


 灰夢が本の一つを渡すと、蒼月がパラパラと中をめくる。


「やっぱ、お前なら開けるんだな」

「あぁ、これは魔導書だからね。魔力がないと開かない」

「だと思って、お前を呼んだんだよ」


 蒼月は瞬きもせずに、本の内容を凝視していた。


「えぇ、嘘……。なんで、こんなの持ってるの!?」

「桜夢の後処理で忘れてたんだが、マザーを潰したら落ちてた」

「なるほど。確かに、魔導書は消えないように術式がかかってるからね」


「俺が死術集めてるように、お前も魔導書を集めてたよな?」

「うん。死術の情報は、そのついでに集めてるようなものだからね」

「その割には、ちゃんと集めてきてくれるけどな」

「手抜きはしないさ。僕も一応、情報屋だし……」


 そう言いながら、蒼月が灰夢に笑顔を向ける。


「まぁ、その礼も兼ねて、お前にやろうかと……」

「いやいやっ! 流石に、これは簡単には貰えないよっ!」

「……なんでだ?」

「君、これいくらの値になるか、知ってるのかい?」

「……いや?」

「これは【 外典 がいてん】。つまり、正典から外された、希少な魔術の一つだ」

「普通の魔導書より、レア度が高いってことか?」


 蒼月は本をいくつか並べると、分かりやすく説明を始めた。


「魔術に置いて、正典せいてんは【 基礎 】、偽典ぎてんは【 創作 】……」

「…………」

「そして、外典がいてんと呼ばれるものは、持つものだけに許される【 切り札 】だ」

「……切り札?」

「そう。わかりやすく並べると、こんな感じだね」


 蒼月が、どこからともなくホワイトボードを取りだし、

 詳しい内容をつけ加えながら、さらに魔術の説明を続ける。





 正典魔術 …… 聖書に記載される基本魔術。( 基礎 )


 偽典魔術 …… 自分で作るオリジナル魔術。( 創作 )


 外典魔術 …… 正典に外された禁忌の魔術。( 切り札 )





「正典は得意不得意とか、適正はあれど、やろうと思えば誰でも出来る」

「つまり、魔術師にとっての教科書か」

「僕のよく撃ってる魔弾なんかは、まさしくそれだね」

「なるほど……」


「だが、外典は正典と違って、誰でもは使えない」

「その術式の載った本を持ってなきゃ、外典の魔術は使えないと……」

「外典は書物に記された術式を身体に取り込むことで、初めて使用できるんだ」

「それは、どこか死術に似てるな」

「死術は元々、魔導書を元にして作られた書物だからね」

「……マジかよ」

「そして、使い手が死ぬと、また外典は書物として蘇る」

「つまり、使い手が死ぬまでは、他の奴は使えねぇってことか」



「しかも、その力は凄まじく、モノによっては生態系すら変えてしまう。

 それくらい強大な力であるが故に、外典は正典から外されているんだ」



 灰夢はコクコクと頷きながら、蒼月の持つ魔導書を見つめていた。


「禁忌ねぇ……」

「その上にも、さらに【 神典しんてん 】っていうのもあるんだけど……」

「……もっと強いのか?」

「【 星を滅ぼす魔術 】だよ。ただ存在も噂程度だから、今はいいとして……」

「おい、さらっとシャレにならねぇこと言うなよ」

「外典だけでも、金で言えば余裕で【 億 】、下手したら【 兆 】すらも超える」

「そんな代物、この世に存在するのか?」

「今、目の前に存在してるでしょうが……」


 蒼月が呆れながら、手に持った本を見せつける。


「そんなに価値があるんだな。さすが、マザーのドロップアイテムだ……」

「そんな、ゲームのボスみたいに言わないの。世界の危機だったんだよ?」

「ぶっ倒してアイテム落としたら、似たようなもんだろ」

「まぁ、僕も少し思ったけど……」


 蒼月は本を閉じると、そっと灰夢の前に置いた。


「じゃあ、それは要らねぇのか?」

「いや、買わせていただきます。流石に、今すぐには買えないけど……」

「金なんか、いらねぇよ……」

「でも、簡単に『 落ちてたよ〜 』で貰える代物じゃないでしょ……」

「まぁ、価値は理解したが、使えなきゃ結局は開かない本だろ」

「そりゃ、そうだけどさ……」


 蒼月が申し訳なさそうな表情をしながら、魔導書を見つめる。


「いつも死術の情報には感謝してる。この間の桜夢の時も助かった」

「……灰夢くん」

「空間転移じゃなきゃ間に合わなかったし、悪魔の群れも倒してくれただろ」

「そりゃ、僕だって月影だ。泣いてる子供たちくらい、助けてあげたいし……」


「お前も一緒に戦ってくれたんだから、それを貰う資格は十分にある」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、マザーを倒したのは君だよ?」

「蒼月が強くなるほど、これから先、より多くのガキが救えるのも確かだろ」

「まぁ、それはそうかもだけど……」


「あと、お前。真剣な時は、割とポンポン情報を俺らに話してるからな?」

「僕らは家族だ。普段は仕事と言えど、困った時は人として手を貸したい」

「俺だってそうだ。そういう気持ちでの感謝の意味もある」

「……家族としてってこと?」

「あぁ……。金がどうこうじゃなく、日頃の礼をお前にしたい」


 灰夢は魔導書を手に取り、再び蒼月に差し出した。


「お互い、かなりの老骨だが……。一応、ここでは兄弟子なんだろ?」

「──えっ、嘘ッ!? 僕のこと、そんな風に思っててくれたのッ!?」

「まぁ、歳は俺の方が倍以上も上だが、恩義を忘れる程は落ちぶれてねぇよ」

「ここ数年の君の発言の中で、今のが一番の驚きだよ……」

「昔から助けて貰っていることは多い。今までのツケと思えば安いだろ」

「それじゃあ、本当にタダで貰っていいの?」

「あぁ、むしろ貰ってくれ……」

「やったぁ〜っ! ありがとぉ〜っ! 灰夢くんっ!」

「やめろ、くっつくなっ! 爺同士の馴れ合いとか、誰得だよっ!」


 蒼月が抱きつく瞬間に、灰夢が顔面を脚技で蹴り飛ばす。

 そして、蒼月が元の位置に座ると、再び会話の続きが始まる。


「でも、この魔導書は本当にヤバいね」

「そもそも、それは何の魔術なんだ?」

「何って、そりゃぁ……」



























        『 マザーの使っていた、【 死の宣告 】だよ 』



























「うぇ、マジかよ……」

「あれを記した魔導書が、これだ……」


 それを聞いて、灰夢はホッと息を吐いた。


「そりゃ会得できるか以前に、とりあえず拾ってきてよかったな」

「……なんで?」

「そんなんが他のやつの手に渡るより、お前に預ける方が安心だろ」

「僕のことを予想以上に信頼してくれてて、今日驚きの連続なんだけど……」

「お前、今まで俺のこと何だと思ってたんだよ」

「性格の捻れた、口の悪い弟弟子……」

「まぁ、間違ってねぇから、文句は言わねぇでおこう」


 灰夢が目を瞑りながら、コクコクと静かに頷く。


「それ、お前なら使えそうなのか?」

「まぁ、かなり魔力は使うけど、使えなくはないかな」

「……そうか」

「心臓を一つ犠牲にするみたいだけど、僕には五つあるし……」

「おい、結構な反動があるじゃねぇか」

「心臓が一つしかない普通の悪魔からすればね。僕には関係ないさ」

「それが当たり前だと思っている時点で、お前も相当ヤベェよ」

「ははっ、かもね」


 そういうと、蒼月は異空間に魔導書をしまった。


「……もう一つは?」

「こっちは、死術書だった」

「えっ、死術書っ!? ……どんな?」

「とりあえず見せるから、感想をくれ……」

「……うん」



【 死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 灰弄かいろう ❖ 】



 死印が刻まれると同時に、灰夢の体から灰が湧き始めた。


「……あれ? それって、前から持ってなかった?」

「これじゃない。これはあくまで、灰を生み出す為の準備段階だ」

「……灰を、生み出す?」

「この術は使ってる間、ずっと体が灰になり続ける」

「あぁ、確かに。戦ってる時に、よく出てるよね。その煙みたいなの……」

「それでだ、肝心なのがこっちだ……」

「……ん?」



























         【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 骸殼がいかく ❖  】



























                「 ……え? 」



























          むくろ配下はいかよ、はいつのらせ現出げんしゅつし、


               そのって、めいしたがえ──



























          【  ❖ 骸殼死術がいかくしじゅつ灰想骸禍かいそうがいか ❖  】



























    ──その瞬間、灰夢の周りに浮いた灰が集まり、横に骸骨が現れた。



























 その骸骨を見て、蒼月が目を丸くする。


「灰夢くん、もしかして……」

「俺はいよいよ、骸骨の軍隊が作れるようになったらしい」


「…………」

「…………」

「……ヤバいな」

「……だよな」



『 カタカタカタカタカタカタ…… 』



 灰夢が操ると、骸骨はカタカタと笑っていた。


「それは具体的に、どういう術なの?」

「分かりやすくいえば、灰を操って自在に形作るものだな」

「あぁ、なるほど……」

「ただし、前提条件として、事前に灰を用意しておく必要になる」

「なかったら、発動しないの?」

「いや、足りない分は、自分の体が灰になって生み出される」

「あらら、そりゃ大変だ……」

「さっき試しにこれだけ使ったら、俺の両腕が消えた」

「簡単に言うよ、全く……」

「まぁ、常に体を灰に変えていく【 灰弄ノ書 】と合わせれば使いやすい」


 蒼月が考え事をしながら、骸骨をじーっと見つめる。


「この死術書は、マザーが作り出したのかもしれないな」

「……マザーが作った?」

「……うん」


 疑問を抱く灰夢に、蒼月が分かりやすく解説していく。





「死術書と言うものは、忌能力者の血で術式を書くことで生み出される。

 だからこそ、本人が作ろうと思えば、量産することだって出来るんだ。


 もちろん。体質が違うのに無理に使えば、反動が出てくる。

 そもそも、マナの体質が無い人間が使えば、命も削られる。


 量産したから強いということもないし、上手く継承できない力もある。

 君や桜夢ちゃんのような常時発動型の力は、継承するのは難しいだろう。


 それに、灰夢くんのような不死身の体質にはないのかもしれないけど、

 血液を取り込むが故に、体に合わなければ拒否反応が出ることもある。


 取り込んだ時点で身体が持たずに、崩壊してしまうことも少なくない。


 怪異の力を求めてか、次世代への継承か、あるいは、誰かの形見か。

 昔は力を求め奪い合ったり、戦争の道具にされたりとかもあったけど。


 忌能の力を無理やり他者に移す為に生み出された、魔導書の劣化版。

 それが、君が追い求めている『 死術書 』と呼ばれる産物の正体だ。


 ここからは僕の推測だけど、マザーは自らの忌能力を奴隷に使わせて、

 あの時よりも、更に巨大な軍団を作る計画を企てていたのかもしれない」





 そんな蒼月の考えを聞いて、灰夢が深く考え込む。


「確かに、爺も俺と同じ死術をいくつか使ってたな」

「恐らく、それは過去の戦争なんかで使われた量産品の産物だろうね」

「なるほど……。そう思うと、早めにマザーを止められたのは良かったのかもな」


 灰夢が骸骨を灰に戻し、様々な動物の骨に変形させる。


「灰夢くんがいよいよ、灰を夢のように実体化させ始めたか」

「名前通りなのはカッコイイかもだが、悪役にまた一方近づいた気分だ」

「あははっ、そりゃ間違いないね」

「ったく、戦う手段を増やすために、集めてるんじゃねぇんだけどなぁ……」

「まぁ、いいじゃない。おかげで、救える命があるんだからさっ!」

「……まぁな」


 灰夢は一通り操ってみせると、死術を解いた。


「まぁ、呼び出して言いたかった話は、こんなところだ」

「そっか、本当にありがとね。外典って滅多に手に入らないから、ありがたいよ」

「おう、役に立てたなら良かった……」


 蒼月が嬉しそうに微笑み、灰夢がホッと息を吐く。


「とりあえず、僕は貰った術式を扱えるようにしてみるよ」

「あぁ……。俺も、この骸殻ノ書の扱いに、もう少し慣れてみる」

「最近は守るべき子供たちがどんどん増えてるから、僕らも頑張らないとね」

「増えすぎだろ。もう、どっかの大家族みてぇになってきてんじゃねぇか」

「そんなこと言うけど、ほとんど灰夢くんが連れて来てるんだよ?」

「自覚はしてるが、あまりにも最近、そういうのに出くわしすぎなんだよ」

「あははっ。運が良いのか悪いのか、よく分からないね」

「まぁ、当の本人たちが笑ってるだけ、良しとしとくか」

「うん、そうだね……」




 そういって、それぞれ自分の魔導書をしまうと、

 二人は酒を持って、露天風呂へと向かうのだった。

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