第拾弐話【 罪の重さと贈り物 】

 灰夢たちが、ネクロマンサー戦を乗り越えた次の日の朝、

 蒼月から連絡を受けたSACTの二人が、店を訪れていた。




「ネクロマンサァァァァァァアアッ!?」

「あ、あぁ……。まぁ、そうだ……」


 大声を上げる唯に、灰夢がドン引きしながら頷く。


「なるほど、自分の配下にする死体や実験体を集めていたと……」

「そうらしい。それに利用されてたのが、桜夢だったみてぇだ……」


 体にへばりつく桜夢の頭を、灰夢が優しく撫でる。


「実際の現場での内容や戦果については、蒼月さんから聞きました」

「悪かったな、標本にできなかった」

「いえ……。むしろ、そんなの持って帰って来られても処理に困ります」

「……そうか?」

「あたりまえですっ! 下手したら、わたしまでゾンビになっちゃいますよっ!」

「まぁ、それもそうか」


 平然と答える灰夢に、唯は呆れた視線を送っていた。


「でも、灰夢さんが無事で、本当によかったです」

「そりゃな。俺は死にたくても、死ねねぇのが悩みなんだから……」

「それはそうですけど、どうするんです? 自分がサンプルにされたら……」

「それが嫌だから、向こうを墓に戻してやったんだろ?」

「はぁ……。それが簡単に出来たら、普通は苦労しないんですって……」


 灰夢の一つ一つの返しに、唯が安堵と困惑を繰り返す。


「それで、その子の今後ですが……」

「……どうだ? 何とかなりそうか?」

「……狼さん」


 桜夢は少し怯えながら、灰夢の後ろに隠れていた。


「もちろんです。無事に釈放という事で、こちらで処理させていただきます」

「──狼さんっ!」

「そうか、礼を言……痛ってぇ、お前ちょっとじっとしとけ」

「えへへ〜っ! 狼さん〜、狼さ〜んっ!」


 桜夢が嬉しそうに笑みを浮かべ、灰夢の体ユラユラと揺らす。


「なんか、見る度に二人の距離が縮んでますね」

「……お前、何か怒ってねぇか?」

「別に、なんでもないです。気にしないでください」

「……お、おぅ」


 ぷいっと頬を膨らませる唯に、灰夢は戸惑っていた。


「詳しい処理の内容や世間への公表内容などは、追ってご連絡致します」

「わかった、色々とありがとな」

「いえ……。わたしたちは、貴方に救われた身ですから……」

「そう言って貰えると、こっちも助かる」


「世界の危機を救っていただき、ありがとうございました」

「ふっ……、それはさすがに大袈裟だろ」

「いえいえ……。そのスケールのお話だって、蒼月さんが言ってましたよ?」

「あいつがそういうこと言うと、無駄に説得力があるからな」

「そりゃ、世界がゾンビに埋め尽くされる所だったんですからね」

「元はと言えば、唯が俺に依頼してきたから、こうして桜夢を救えたんだ」

「むしろ、わたしに出来るのは、それくらいでしたから……」


 嬉しそうに微笑む桜夢を見つめ、二人が小さな笑みを浮かべる。


「それでも、結果は結果だ。唯が来なければ、俺には救えなかった」

「そう言っていただけると、わたしも貴方に頼って良かったと思います」

「いつの世も、忌能力者は嫌われ者だ。そんな俺らを頼ってくれて、ありがとな」

「い、いえ……そんな、滅相もないです……」


 唯は顔を赤らめながら、ペコペコと頭を下げていた。


「ぶぅ〜、狼さんの浮気者〜っ!」

「……は?」

「あ、あっはは……」


 そんな灰夢たちの元に、蒼月と話していた宗一郎が歩み寄る。


「灰夢くん。その子について話があるんだが、少しいいかな?」

「おぅ、どうした?」

「その子は書類上、捨てられた親の元に居ることになっているんだ」

「……そうなのか」

「だが、調査の結果、その男は今もろくな生き方はしていなかった」

「……そうか」

「だから、梟月さんの養子として、後処理をしようかと思ってね」

「……えっ、そんなこと出来るのか?」

「本当はいけないことだが、その子の今後を考えると、親代わりは必要だろう」

「まぁ、そりゃそうだが……」

「我々の施設にも孤児院はあるが、忌能力者が多いわけではない」

「…………」

「梟月さんにも、了承は得ている。ただ、その子は君に懐いているようだからね」


「桜夢が、うちの養子にねぇ……」

「……狼さん」


 不安そうに見つめる桜夢の頭に、灰夢がポンッと手を置く。


「そいつは、ありがたい限りだな」

「そうか、よかった……」


「狼さぁ〜んっ!!」

「ちょ、おい……分かったから、じっとしてろってっ!」

「えへへ〜っ!」


 灰夢の答えを聞くと、桜夢は嬉しそうに甘えていた。


「彼女の答えは、聞くまでもなさそうだね」

「あぁ、そうだな」

「ふ〜ん、ふふふ〜んっ! えへへ〜っ!」


 灰夢と宗一郎が見守るように、微笑む桜夢を見つめる。


「それでは、その形で処理させてもらうね」

「あぁ、ありがとな。よろしく頼む……」


 すると、宗一郎を見つめながら、桜夢が小さな声で呟いた。


「あの、ワタシは……」

「……ん?」

「ワタシは、自由になってもいいの?」


 そんな桜夢の言葉に、宗一郎が首を傾げる。


「何故、そう思うんだい?」

「だって、ワタシ……。今まで、凄く悪いことしたし……」

「あぁ、そうだね」

「でも、まだ罰を受けてないよ?」

「桜夢くん。君は、我々のような人間が何の為に居るか知っているかね?」

「……悪い人を捕まえる為じゃないの?」

「そう……。悪い人を捕まえるのが、私たちSAKTや警察のお仕事だ……」

「なら、ワタシのことは捕まえないの?」


 その言葉を聞いて、宗一郎が唯と視線を交わすと、

 そっと笑みを浮かべながら、桜夢に向けて語り出した。





「刑務所と言うのは、悪い事をした罪を償うところだ。

 心から反省をして、同じ過ちを繰り返さないようにね。


 そうして良いこと悪いことを、次世代へと伝えていき、

 この国の未来を、より良くしていくのが我々の仕事だ。


 以前から私に、灰夢くんが言っていたよ。

 君はずっと、一人で罪の意識と戦っていたと。



 でも、逆らうことが出来ないほどの相手だったと──



 当然だろう。私たちみたいな大の大人や男ですらも、

 太刀打ちできないほど、恐ろしい相手だったのだから。


 本当は自由に生き、将来を見据える年頃の少女に、

 それを与えることすら、我々大人にはできなかった。



 ──我々には、君を救うことが出来なかったんだ。



 それは、我々大人が、心から詫びなくてはならない恥ずべき事だ。

 罪を背負うべきは君ではない。君を救えなかった、我々の方なんだよ。



 ──そして、今、ようやくその償いを、少しだけ果たせそうだ。



 君を魔の手から救い出すことが、とても遅くなってしまったが、

 ようやく一人の少女が、光を浴びて歩き出そうと踏み出したんだ。


 そんな未来を担う子供の人生を、私たちが奪っては、

 私たちが君を縛り付けていた者と同じになってしまう。


 それでは、我々や警察の居る意味が、無くなってしまうだろ?」



「……おじさん」



「私も大人だ。考えもなく、同情で見逃しているのではない。

 ちゃんと君の将来を考えて、みんなと話し合った結果なんだ」


























     「 今まで、身に余るほどの辛い思いをさせてしまったね 」



























  「 これからは胸を張って、自由に自分の人生を生きなさい。


         それが、私が君に渡せる【 人生 】と言う名の贈り物だ 」


























   その瞬間、桜夢の中の拭いきれなかった罪の意識が消え、


          心からの安堵によって、暖かな涙が、静かに溢れていた。



























「ぐすっ……ワタシ、生きてても……いいん、だよね……?」

「もちろんだ。君の望む自由を、思う存分生きていきなさい」

「……うん」

「これからも私たちが、少しずつ君の未来を支えていくから……」

「うん、うん……。ありがとう、おじさん……」

「君の笑顔が見れてよかったよ。桜夢くん……」



























      桜夢は涙を流しながら、灰夢の体に抱きつき、


            太陽の様な曇りなき笑顔で、想いを言葉にした。



























      「 狼さん。ワタシ、自由になれたよ。


              これからは、前を向いて歩けるよ 」



























   「 ……ワタシの鎖を、解いてくれて……本当に、ありがとう…… 」



























          「 あぁ、どういたしましてだ…… 」


























 灰夢と桜夢は祠の出口まで、唯と宗一郎を見送りに来ていた。


「では、私たちはこれで失礼するよ」

「あぁ、色々と世話になったな」

「お易い御用だ。これが我々の務めだからね」


「また何かあったら、また、いつでも頼ってくれ」

「そう言って貰えると助かる。こちらも何かあれば、協力させてもらうよ」

「あぁ、礼を言う……」

「では、また会おう……」


「わたしも、これで失礼しますっ!」

「あぁ、唯もありがとな。こん詰めすぎて倒れんなよ」

「はい、ありがとうございますっ!」


 二人はビシッと敬礼をすると、車に乗って去っていった。


「ねぇ、狼さん……」

「……ん?」



























          「 ワタシの人生を、よろしくねっ! 」


























 そう笑顔で告げる桜夢に、灰夢が背中を向けながら言葉を返す。


「養子の親は、俺じゃねぇけどな」

「も〜っ! そこは、『 俺が一生面倒見てやる 』って言うところでしょ?」

「言わねぇよ。誰が、そんな臭ぇセリフ言うか……」


「いや、狼さんは結構、臭いセリフ言ってるよ?」

「そういうこと言うやつは、もう助けてやらん」

「え〜っ!? ねぇ、ごめんなさい〜っ! お願いだから許して〜っ!」

「知らん、俺にも自由を主張する権利がある」

「ぶぅ〜! 狼さんのイジワルぅ〜っ!」


「誰にでも、そのぶりっ子が通じると思うな。……とっとと離れろ」

「やだやだやだ〜っ! これからは、ず〜っと一緒やも〜んっ!」

「ざっけんな。人の顔面を鉄パイプでぶん殴ったやつが、どの口でほざく……」

「あれ、もしかして根に持ってる!? 不死身だし、一発くらい良いでしょ〜っ!」

「不死身にも痛覚はあるんだ。そういう差別をするやつが俺は嫌いです」

「え〜っ! もぅ〜、ワガママだなぁ〜。狼さんは〜っ!」


「だから、どの口が言ってんだよ。この、エロサキュバスがっ!」

「あいたたたたたた、ほっへほっぺほっへをふへららいへ〜ほっぺをつねらないでぇ〜



























 桜夢は祠の入口から、お店の中へと帰るまでの間、


       灰夢にじゃれて、素直な言葉を発しているうちに、


             自分の将来の事を、初めて心から言葉にしていた。

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