第拾壱話【 交わした約束 】

 月影たちは、店の前に群がる悪魔たちを葬り、

 残った骸骨の群れを、ひたすら蹴散らしていた。




「さすがに、数が多すぎデスね」

「はぁ、はぁ……。アタシのマナも、そろそろ限界……」


 無限に溢れるような骸骨の数に、精霊たちが疲労を見せる。


「なんで、マスターたちは疲れてないデスかね」

「あの人たち普通じゃないから、考えたら負けだよ。ノーミー……」


 余裕な表情で敵を蹴散らし続ける月影たちを見て、

 ノーミーとサラは、桁違いの力量に呆れ返っていた。


 そんなリリィたちと共に戦っていた梟月の元へ、

 後ろから、子供たちを守っていた霊凪が歩み寄る。


「あなた、遅くなってごめんなさい。……準備が出来たわ」

「そうか。では、すまないが、お願いできるかな?」

「えぇ……」


 そういうと、霊凪は下駄の音を響かせながら、

 恐れることなく、骸骨の群れに歩いて向かった。


「……お母さん?」

「……霊凪さん?」


 言ノ葉と氷麗が、静かに歩んでいく霊凪の後ろ姿を見つめる。


「リリィくん、満月くん、下がろう……」

「あぁ……」

「うん……」


 それを見た月影たちが、何かを警戒するように、

 言ノ葉たちの元へと下がり、距離をとっていく。


「お父さん、お母さんが……」

「大丈夫だから、お母さんを信じなさい」

「…………」


 敵陣まで進んだ霊凪を、大量の骸骨が囲んでいく。

 そんな霊凪の姿を、子供たちが心配そうに見つめる。


「き、梟月さんっ! 霊凪さんが、囲まれて……」

「大丈夫だよ、氷麗ちゃん。この場において、霊凪の右に出る者はいないから……」

「……え?」

「霊凪はね。昔、【 戦場ノ埋葬屋 アンダーテイカー】と呼ばれる巫女だったんだ」

「……アンダーテイカー?」

「あぁ……。埋葬屋の仕事は、戦争で亡くなった人たちの魂を埋葬すること──」

「そ、それって……」

「あぁ……。死者の魂を導く者として、彼女以上に優れた人間はいない」


 霊凪は体に白いオーラを纏うと、周囲の骸骨たちを見つめていた。


「ごめんなさいね。あなたたちに罪はないのに、こんなことに巻き込んで……」


「カタカタカタカタカタカタ……」

「カカッ……」

「カカタッ、カカタカカタカタタ……」


「今、導いてあげるから──」


 そう呟きながら、霊凪が両手を空に掲げ、

 ゆっくりと、少しだけ右足を宙に浮かせる。


 そして、浮かした足を静かに下ろし、コツンと一回、

 下駄の音を響かせると、周囲に白い波動が広がった。



























    『 はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ 』



























            【  ❖ 霊冥忌術れいめいきじゅつなぎ ❖  】



























 その広がる波動と共に、周囲の骸骨たちが一斉に灰へと還り、

 淡い光を放つ大量の魂が、祠を照らすように天へと昇り始めた。


 その一瞬の光景に、精霊と子供たちが目を丸くしたまま固まる。


「嘘、一瞬で……」

「す、凄いデス……」

「霊凪さんが、音を立てただけで……」


「あれが【 冥府めいふ死神しにがみ 】。生と死の調和を守る、選ばれし者の力だ……」


「霊凪さまは、生まれながらにして、なんて強力な力を……」

「お、お母さん……」


 淡い光を放つ魂が昇っていくのを、一人、静かに見守る霊凪の姿は、

 子供たちの瞳には、どこか悲しげな表情をしているように見えていた。



( 大丈夫……。あとは、私に任せて…… )



 死者の魂を弔いながら、心の中で優しく声をかけ導いていく。

 そんな霊凪を、雲の切れ間から零れる日差しが静かに照らす。


「灰夢たちの方も、そろそろ終わったかな」

「蒼月たちなら、大丈夫……」


「……お兄ちゃん」

「……お兄さん」


「ししょー、桜夢ちゃん助けられたかな」

「おししょー、なら……。きっと、大丈夫……」

「そうだね。あのししょーが、約束してくれたんだから……」


 鈴音が風花と笑い合っていると、霊凪が家族の元へ戻ってきた。


「お疲れさま、霊凪……」

「えぇ……」

「……大丈夫かい?」

「大丈夫よ。ありがとう、あなた……」


 微笑み合う霊凪と梟月を見て、満月たちがホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃあ、わたしたちは蒼月たちの帰りを待つとしようか」

「うふふ、今夜はパーティね。早速、準備しなくっちゃ……」

「わたくしも、お手伝いいたしますね。霊凪さま……」

「えぇ、お願いするわ。恋白ちゃん……」


「ワタシ、買い出し、行ってくる」

「言ノ葉もご一緒しますよ、リリィお姉ちゃんっ!」

「よければ、私にも手伝わせてください」

「鈴音も〜っ!」

「風花も、お手伝い……します、です……」

「うん、ありがとう。みんな……」


 雲の晴れた祠の空には、大きな七色の虹が掛かっていた。



 ☆☆☆



 その頃、灰夢たちもまた、戦いの終わりを迎えていた──



 牙朧武が影の穴を広げ、蒼月たちと共に、静かになった外に出る。

 そこは、竜巻が去った後のように、何もかもが吹き飛び消えていた。


「いやぁ……凄いな、これ……なんかもう、言葉もないや……」

「全く、我が主ながら、人の身でこれは恐怖を感じるのぉ……」

「ご主人は、どこじゃ?」


 九十九たちが灰夢を探し、何も無い平地をキョロキョロと見回す。


「……狼さん」

「……ごしゅじん」


 すると、遠くで人の形をした、黒い煙を上げる何かが目に映る。


「あそこにいるの、灰夢くんだね」

「しっかりと、二本足で立っておるのぉ……」

「本当に、人間とは思えぬ生命力じゃな」


 灰夢は一人、空を見上げ、雲の切れ間から差し込む光を浴びていた。



 ☆☆☆



 灰夢は新しい服を纏うと、蒼月たちの元へと歩いてきた。


「また、死ねなかった……」

「いやいや、勝った第一声がそれっ!?」

「そりゃなぁ、それが俺の最終目標だし……」

「はぁ……。もう、存在が異次元だよ。君……」

「悪魔に身を落とした奴が、何を言ってやがる」


 呆れ返る蒼月に、灰夢がボソッとツッコミを入れる。


「ごしゅじーん!」

「おぉ~、ケダマ。よく頑張ったな、かっこよかったぞっ!」

「んにゃ〜ん、ゴロゴロ〜~~っ!」


 抱きついてきたケダマは、嬉しそうに鳴き声を上げながら、

 甘える子猫のように、灰夢にスリスリと頭を擦り付けていた。


「まさか、ケダマちゃんと桜夢ちゃんをすり替えるとは思わなかったよ」

「あれは、捕まった時の最終手段だったんだが。上手くいって良かったな」


 灰夢と蒼月が、ゴロゴロと甘えるケダマを見ながら、

 マザーを攻撃していた時の、巨大な化け猫の姿を思い返す。


「なんかもう、牙朧武くんくらいの迫力だったね」

「あぁ……。正直出てきた時、予想以上すぎて俺がビビった」

「あははっ、でしょうね」


 二人は苦笑いをしながら、視線を交わしていた。


「灰夢よ。お主の雷の死術は、あんなに強かったのか?」

「あれは、いつもの【 迅檑死術 】じゃない」

「他にも、雷を操る死術があったのか」

「かなり前の死術の中に、落雷を自分に落とす術があったんだ」


「……自分に落とすの?」

「あぁ……。それを使って、落下しながら雷を落としただけだ」

「落ちただけって、周り何もなくなっちゃったけど……」


 牙朧武と蒼月が辺りを見渡しながら、改めて死術の威力を悟る。


「できる限り、雲に静電気を溜めたからな」

「天候まで手懐けたら、もう怖いものないでしょ……」

「確かに、かなり強い死術だが、雷雨じゃねぇと使えねぇんだ」

「あぁ、なるほど。かなり限定的な術だね」

「まぁな。だから、九十九の炎を空に放って、大気を温めて雷を起こした」

「なるほど。それで、今になって、まともに使えるようになったのか」

「あぁ、そういうことだ……」


 灰夢が後ろを振り返り、何も無くなった工場地帯を見渡す。


「みんなの方も、そろそろ落ち着いた頃かな?」

「さっき、恋白から声が届いた。向こうも片付け終わったってよ」

「あっ、恋白ちゃんとも心話しんわできるんだ」

「俺から精気吸ってるからな。あいつも……」

「本当に、何人に精気を分けて戦ってるだよ。君は……」

「おかげで、こうして守りきれたんだ。見返りには十分だろ」

「やれやれ、不死身は言うことが違うなぁ……」


 すると、桜夢がゆっくりと灰夢の手を掴んだ。


「……狼さん、体……大丈夫?」

「……ん? 見ての通り、もう完全に元通りだが?」

「雷、自分に落としたって……」

「あぁ……。それでも死なねぇから、今、目の前にいるんだろ?」

「じゃあ、マザーは……」


 灰夢が桜夢の頭に手を置いて、そっと笑って見せる。



























        「 消えたよ。跡形もなく消し飛ばしてやった 」



























 その言葉に、桜夢の瞳が潤み出す。


「……本当に?」

「あぁ、間違いない。消し飛ばした俺が言うんだ、信じろ……」


「ほん……ほんとうに、マザーに……勝ったの?」

「あぁ、そうだよ……。約束は、ちゃんと果たした……」

「おお……かみ、さん……」

「お前を縛る枷は、もう何もねぇ……」

「わだじ、わだじ……」



























      「 ……桜夢。お前はもう、自由に生きていいんだ…… 」



























         その言葉を聞いた瞬間、桜夢の瞳から涙が溢れた。



























    「 ……ありが、とう……おお、かみ……さん……ありがとう…… 」



























 桜夢は暖かい涙を流しながら、灰夢に泣きついた。


「ワタシ、初めて……。生きてて、よかったって……」

「お前が死ぬ前に、ちゃんと救えて良かった」

「狼さん、ありがとう……。ワタシなんかを、助けてくれて……」

「助け出すのが遅くなったな。よく頑張った、桜夢……」


 抱きつく桜夢が、ギュッと強く灰夢の服を掴む。


「ありがとう。約束を、守ってくれて……。助けてくれて、ありがとう……」

「もういいよ、桜夢。その笑顔だけで十分だ……」


「ううん、言わせて。ワタシ、狼さんに……。もっと、お礼が言いたい……」

「ふっ、ワガママの多い小娘だな」


 灰夢は呆れた顔をしながら、桜夢の体を強く抱きしめた。



























        「 えへへっ……。狼さん、ばり好いとーよ…… 」



























         そういうと、桜夢が灰夢の口に優しくキスをした。



























               「 ──ッ!? 」



























 それを見て、外野たちが呆れながら微笑む。


「ひゅ〜ひゅ〜、モテモテだね。灰夢くん……」

「これまた、熱々じゃのぉ……」

「まぁ、もうなんか、見慣れた光景じゃな」

「……ごしゅじん?」


「おまっ、また……」

「だって、したかったんだもん……」

「それで許されたら、警察は要らねぇんだよ。このメスガキが……」

「えへへ〜。でもワタシ、キスも狼さんが初めてだし、まだ処〇だよ?」

「聞いてねぇよッ!! いらん情報を提供すんなっ!!!」

「狼さんが、ワタシの貞操を守ってくれたんやもんっ!」

「守ったのは貞操じゃねぇ、命だっ!!」


 笑顔で下ネタを連発する桜夢に、灰夢がツッコミを重ねていく。


「じゃ〜、助けてくれたお礼に、ワタシの初めて全部あ〜げるっ!」

「要らねぇよ。とっとと離れろ、エロサキュバスッ!!!」

「やだやだ〜っ! ずっと一緒にいてくれるって言ったもんっ!」

「それは、あの骸骨を墓にぶち込むまでの話だ。約束の期限は終了だっ!」


「え〜っ! じゃあ、今度こそ約束しよっ! ずっとそばに居てくれる?」

「居てくれねぇよっ! とっとと独り立ちしてくれ……」

「狼さん、イジワルだよ〜っ! こんなに可愛い女の子が目の前にいるんだよ?」

「自分で言うなよっ! なんで俺の周りには、こんなんばっかなんだ……」


 面倒くさそうに頭を抱えながら、灰夢が空を見上げる。


「乙女は『 可愛い 』って褒められると、もっと可愛くなるんだって!」

「残念ながら、お前がいくら可愛くなろうと、俺に誘惑は効かねぇの。覚えとけ……」

「ぶぅ〜っ! だったら、もっと吐息を吹き込んでやるっ!」

「やめろ、おいっ! 喰らうぞ、小娘っ!」

「えへへ〜。狼さんなら、ワタシを食べてもいいよ〜っ!」

「そういう意味じゃねぇよ。おいコラ、離せッ!!!」


 くだらない冗談を言いながら、灰夢に甘える少女桜夢は、

 涙を少し残した瞳のまま、満面の笑みを向けていた。



 ☆☆☆



 灰夢たちが祠に帰ると、店に残っていた月影たちが、

 店の中を飾り付けながら、パーティの準備をしていた。


「やぁ、おかえり……」

「おかえりなさい、みんな……」

「おぉ、戻ったか……」

「おかえり、みんな……」


「おう、ただいま……」

「ただいま〜、無事に終わったよ〜!」


 出迎える月影たちに、扉を開けた灰夢と蒼月が答える。


「桜夢ちゃんっ!」

「桜夢さん……」

「桜夢……お姉、ちゃん……」

「桜夢ちゃん……」


「言ノ葉ちゃん、氷麗ちゃん、風花ちゃん、鈴音ちゃん……」


「よかったのですっ!」

「よかった、帰ってきた……。本当に、良かった……」

「桜夢お姉ちゃん、無事で……。よかった、です……」

「おかえりぃ〜〜!!」


「ごめん、ごめんね……。みんな。ごめんね……」


 子供たちは桜夢を見て飛びつき、みんなで涙を流していた。


「灰夢くん、蒼月も、お疲れ様……」

「よく帰ってきたわね、二人とも……」


 飾り付けをしていた梟月と霊凪が、蒼月と灰夢を迎える。


「みんな無事みたいで、良かったよ」

「ありがとな、チビ共を守ってくれて……」

「大切な家族ですもの、当然よ……」


 そんな四人の元に、満月とリリィも歩み寄ってきた。


「無事に、間に合ったようだな」

「いやぁ〜。かなりギリギリだったよ……」

「全くだ。満月の作ったGPSがなかったら、間に合わなかった……」

「魔力障壁も張ってあったから、僕じゃ見つけられなかったと思うし……」

「そうか。まぁ、力になれたなら良かったよ」


 そういって、満月がホッとした表情を見せる。


「……マザーは?」

「……消した」

「……灰夢が消したのか?」

「あぁ、二度と再生できねぇぐらいにバラしてやった……」

「言い方だろ。まぁ、お前に倒せない敵はいないか」

「いや、蒼月やみんなが居なきゃ勝てなかった。全員に感謝だ……」


 そんな灰夢の元に、恋白も歩いてやってきた。


「さすがは、わたくしの主さまです。わたくし、感服致しました……」

「恋白もありがとな。お前の言葉があったから、安心して任せられた」

「わたくしは主さまに救われた身ですから、お力になれて光栄です」


「ったく……。俺に取り憑いてる奴は、どうしてこうも律儀なんだ」

「主さまの器の広さ故です。主さまには、感謝をしてもしきれませんから……」

「それはお互い様だ。俺ももう、何度も恋白に救われてるよ」

「……主さま」


 小さく微笑む灰夢に、恋白が嬉しそうに微笑み返す。


「これで、この仕事はようやく終了だね」

「長い戦いだったな、全く……」


「うふふ……。さぁ、今夜はパーティよっ!」

「最近、しょっちゅうパーティしてんな。ウチの店……」

「いいじゃない。理由さえつければ、毎日が記念日なんだものっ!」

「そうだね。せっかくだし、宴の二次会と行こうじゃないかっ!」


「夜は明けたぞ? 今日、まだ誰も寝てねぇんじゃねぇか?」

「それもまた、この店らしいだろ」

「まぁ、それもそうか……」

「これでこそ、月影一家ってもんだ」

「……だな」


 微笑む灰夢と満月を、歩み寄ってきたケダマと白愛か見上げる。


「ましゅたぁ〜、ぐ〜っ!」

「ごしゅじ〜んっ!」

「白愛……。ほら、おいで……」

「ケダマも、今日はありがとな」


 二人は白愛とケダマを抱き上げ、盛り上がる店の光景を見渡す。


「本当に、見違えるほど賑やかになったな」

「あぁ。オレたちのやってきたことは、無駄じゃなかったんだろう」

「いつか爺と婆に、報告してやらねぇとな」

「……出来るのか? お前に……」

「さぁ、分からん。今日も、雷と一緒に落ちたのに生きてたし……」


 そう軽く告げる灰夢に、満月がしかめっ面を向けた。


「お前、またエグい術を使ったのか?」

「エグいとか言うなよ。死術なんだから、しょうがねぇだろ」

「はぁ……。いい加減、もう死ぬのは諦めたらどうだ?」

「諦めがついたら、とっくに諦めてるっつぅの……」


 呆れる灰夢の横顔を、満月が静かに見つめる。


「お前は、今も虚無の人生なのか?」

「さぁ、どうだろうな。まぁ、昔よりは楽しいさ」

「……そうか」

「あぁ……」


「いつか、お前も報われることを願ってるよ」

「ふっ……。ありがとな、満月……」





 満月と灰夢は、それぞれ白愛とケダマを抱きしめ、

 共に笑う仲間を見て、今ある幸せを噛み締めていた。

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