第漆話 【 幸せのありか 】

 灰夢と恋白は、ショッピングモールを訪れ、

 恋白の経験してみたいものを、探し回っていた。





 そして二人は、ペットショップへと足を踏み入れていた。


「可愛いですね〜、とても甘えん坊ですっ!」

「ふっ、お前を母親だと思ってるのかもな」


 子犬に舐められながら、恋白は嬉しそうに子犬を愛でる。


「俺はなんだか、めちゃくちゃ怯えられてるんだが……」

「……え?」


 恋白が灰夢の方を目にすると、周りの子犬たちが、

 灰夢の方を見て、ビクビクと部屋の角に震えていた。


「俺、何かしたか?」

「主さまの動物としてのくらいが、高すぎるのかもしれませんね」

「俺も少し、触れ合いたいんだが……」


 恋白が、灰夢の足元の籠に入った、大型犬に視線を向ける。


「ですが、主さまの足元の子は、凄く忠実にお座りをしておりますよ?」

「……ん? 本当だ。こいつ、なんか牙朧武に似てる気がするな」

「──ワンッ!」

「【 シベリアン・ハスキー 】という犬種らしいですね。その子……」

「なんだろうな。少し、愛着が湧く……」

「へっへっへっへっ……」


 舌を出して見つめるハスキーを、灰夢が静かに見つめる。


「こんな子たちが家にいたら、幸せな毎日を送れそうですね」

「まぁ、ペットを飼うと、結婚できないって言われるくらいだからな」

「……結婚?」

「人間で言う、男女が共に生きていく為の誓いだ」

「なるほど、つがいの儀式のようなものですね」

「どちらかと言うと、契約とかに近いかもな」

「……契約。なぜ、それができなくなるんですか?」


 灰夢がハスキーを見つめながら、理由を語りだす。





「初めは好き同士でも、時間と共に、その感情が薄れていき、

 居るのが【 あたりまえ 】になり、最後には邪魔になる。


 欲しいものを手に入れ、幸せの中にいる程、

 幸せの価値が分からなくなる。それが人間だ。


 欲深く、無いものをねだって、感情が動く。

 そういう人間ほど、大切なものが見えなくなる。


 今のご時世なんか、多くの人間がそんな奴ばかりだ。


 どちらかが感情を無くせば、自ずともう片方も消える。

 共に過ごして生きると誓った相手でも、愛の欠けらも無い。


 どんなものだって、手入れをしなければいずれは壊れる。

 それは、目に見えない愛情だって、当然、同じことだ。


 普段から、常に相手に感謝をし、時に想いを口にして、

 互いに存在を必要とする言葉を、時々掛けてあげればいい。


 たったそれだけの言葉でも、人間の心なんて報われる。

 人はただ、誰かに必要としてもらいたいだけなんだから。



 ──だが、今の人間には、それが分からないんだ。



 自分を必要としてくれた相手に、感謝することも忘れ、

 自分の不満をぶつけるだけの日々が、幸せを消していく」



























    「 自分の手で幸せを壊しているとも、気が付かないでな 」



























 ハスキーを愛でながら、灰夢が悲しそうに告げる。


「それは、とても悲しいですね」

「まぁ、正直にいえば、それが現実だ……」

「ペットを買うと、結婚が出来ないと言うのは?」

「こんなに甘えてくる人間はいない。故に、愛情が動物だけに向くんだよ」

「あぁ、なるほど。それで……」

「【 結婚は人生の墓場 】なんてのは、よく言ったもんだ」


「ですが、月影の家に住む方々は、みんな、主さまに甘えておりますよ?」

「あれは異常だ。まぁ、世の中的にいえば、むしろ理想なんだろうがな」

「なるほど。皆様の愛情あっての形……なのですね」

「まぁ、そういうことだ……」


 そういって、灰夢が恋白と笑みを交わす。


「主さまは、ご結婚など、なさらないのですか?」

「こんな年寄りに、そんな未来があると思うか?」

「ですが、梟月さまと霊凪さまは、恐らく、そういう間柄なのですよね?」

「あぁ、まぁ、それはそうなんだが。あれは、あれで例外だろ」

「……では、なさらないのですか?」

「少なくとも、死ぬ事を考えているうちは、しないだろうな」

「そう、ですか……」

「せっかく結婚したのに、死に別れなんて、相手もゴメンだろ?」

「それは、そうかもしれませんが……」


「それに、結婚っつっても書類上、俺は既に生きてねぇしな」

「……え?」

「人間は百歳程度しか生きねぇんだ。世間じゃ俺は、もう居ないんだよ」

「あぁ、なるほど。では、主さまは……」

「そうだよ。俺はどこにもいない、もう過去の人間だ……」

「過去の人間だなんて、そんな……」


 恋白は寂しそうな顔で、ハスキーを甘やかす灰夢を見つめる。


「俺が不死身じゃなくなれば、そういう未来を見据える日もくるかもだがな」

「ですが、主さまが不死身じゃなくなるのは……」

「まぁ、十中八九は死ぬ時だろうが、それ以外にもあるかもしれないだろ?」

「というと、忌能力だけが無くなるということですか?」

「あぁ、そういう事だ……」


「なるほど。確かに、その考えはありませんでした……」

「そうじゃなくても、俺はこうしてるだけで、幸せをちゃんと感じてる」


 そういって、灰夢が静かに笑みを浮かべる。





「俺の帰る場所があって、出迎えてくれる家族がいて、

 結婚なんて言葉じゃなくても、こうやって繋がれてる。



 ──時に、助け合って、必要としてくれる存在がいる。



 くだらない話をして、笑い合える日々がそこにある。


 それが、どれだけ幸せか、どれだけ自分が恵まれてるか、

 孤独に生きていた過去を見れば、今が死ぬほど幸せだと、



 ──俺は日々、家族あいつらと言葉を交わすことで、実感している。



 他愛無い日々を愛し、今、手元にあるものを見つめ直す。

 そして、今の自分を必要としてくれる、身近な者に感謝をする。



 ──それが出来れば、存外、幸せなんてのは目の前にある。



 確かに、俺は不死身故に、生きている実感を持ってない。

 だが、止まった時間を生きる俺ですら、幸せは感じられる。


 一部を除けば、寿命が長かろうと無限ではない。

 時が来れば、いつかは必ず別れの時が訪れるはずだ。



 ──その痛みや、辛さは、不死身の俺ですらも治せない。



 牙朧武や九十九を、同じ不死の呪いに巻き込んだのもそうだが、

 これ以上、別れを味わいたくなくて、俺は不死を解こうとしてる。


 他人からすれば、ほとんど無限に等しい時を生きる仲間だから、

 大して実感もないだろうし、早死したいだけの奴に見えるかもだが、



 ──長い時を見れば、いつかは、俺だけが残る未来が来るんだ。



 そんな孤独を、また味わうのが、俺には死ぬより怖いんだ。

 だが、それは裏を返せば、今がそれだけ幸せということでもある。


 昔の俺は、孤独と絶望の中、自殺願望しか持ってなかったが、

 今の俺は、幸せであるが故に、不死を解くのを目的としている。



 ──結果だけ見れば同じかもだが、発想の起源は真逆に等しい。



 共に刻んだ日々の思い出を胸に、共に歩み朽ちていく。

 俺はただ、そんな日々を過ごして行きたいだけなんだ。


 それに、こんな俺だからこそ、見ることの出来る【 今 】もある。

 過去に孤独と絶望を味わったからこそ、目の前の幸せを実感している」



























   「 だから、今の俺は、誰がなんと言おうと、


            正真正銘、幸せな日々を送ってるんだよ 」



























 そう語りながら、灰夢は恋白に小さな笑みを見せた。


「主さまは、本当に良いお方ですね」

「俺だけじゃない。多分、月影は全員そう思ってるよ」

「そんな方々に迎えていただいて、わたくしはとても幸せです」

「それが分かる恋白だからこそ、俺も迷わずに連れてこれたんだ」

「えへへっ。主さま、今日はお口がお上手ですね」

「まぁ、普段は照れくさいが、今日ぐらいはな」


 そういって、二人は静かに笑顔を交わすと、

 何匹ものペットを愛でてから、その場を後にした。


「……次はどうする?」

「…………」

「……恋白?」


 ぼけーっと見つめる視線の先に、恋白が指を指す。


「あの、主さま。あのカラフルな食べ物は、いったい……」

「……ん? あぁ、サーティ〇ワンか。アイスだよ」

「……アイス?」

「まぁ、言うなれば冷たいお菓子だな」

「冷たいお菓子、少し興味深いですね」


 そういって、恋白がじーっと看板を見つめる。


「お前、寒いの苦手だったろ? 冷たいものは食えるのか?」

「ちょっと食べたことがないので、なんとも……」

「まぁ、食えなきゃ俺が食えばいいか」

「……え?」

「試してみたいんだろ? あれ……」

「よろしいのですか? 主さま……」

「あのアイスは美味いんだが、凝りすぎてて、自分で作るのはキツいんだ」

「なるほど。つまり、ここにしかないチャンスなのですね」

「あぁ。チャンスは見つけた時に、その場で試してみるに限る」

「えへへっ。では、お願いしますっ! 主さまっ!」


 そういって、二人はじっくり選びながらアイスを買い、

 恋白はアイスを一口食べると、目を輝かせて食べ進めた。



( ……めっちゃ食うじゃん )



「美味しいですね、主さまっ!」

「そ、そうか。まぁ、喜んでんならよかったよ」

「主さまのは、なんてお味なのですか?」

「ポッピン〇シャワー、一番人気のやつだ」

「ポッピン? なんだか、想像のつかない名前と色をしていますね」

「ほら、ひと口食べてみな」

「えへへっ、いただきますね。あ〜ん……」


 灰夢がじーっと、恋白の様子を見つめる。


「……どうだ?」

「──ッ!? あ、ああ、主さま、お口の中が……っ!」

「あははっ、パチパチするだろ? そういうやつなんだよ」

「これはなんとも、不思議な食べ物でございますね」

「まぁ、他ではなかなか味わえないな」


 すると、恋白が自分のアイスをすくい、灰夢に向けた。


「では、主さまもよろしければ、わたくしのをどうぞ……」

「いいのか? んじゃ、せっかくなんで……」

「はい、あ〜ん……」

「……え? 俺がされるのか? それ……」

「えへへっ。さっき試着室で、わたくしを褒め殺しにしたお返しです」

「お前、実はまだちょっと怒ってるだろ」

「ふふっ、気のせいですよ……」


 恋白が笑みを浮かべながら、スプーンを向けて笑顔で見つめる。


「はぁ、わかったよ……」

「ふふっ、やりました。はい、あ〜ん……」


 照れながら食べる灰夢を、恋白は嬉しそうに見つめていた。


「おいしいですか? 主さま……」

「あ、あぁ……」

「ふふっ、照れている主さまは、なんだか新鮮ですね」

「う、うるせぇ、ほっとけ……」

「えへへつ……」

「ほら、早くしないと、お前のアイスも溶けるぞ」

「あっ、それはいけませんね」


 そういって、残りのアイスを食べようとした恋白が、

 自分のスプーンを見つめて、そのままじーっと固まる。



( ……あれ? わたくしは、今、主さまに、このスプーンで…… )



 恋白が顔を赤くしながら、再び灰夢の方を見つめると、

 灰夢は気にせず、黙々と残りのアイスを食べ進めていた。


「……ん? どうした? 寒くなったか?」

「……あっ、いえ……その、大丈夫です。えへへ……」

「……?」


 恋白が赤らめた顔を隠しながら、残りのアイスを食べ進める。


「この後は、どこ行ってみたい?」

「そうですね。あのキラキラしている所が、わたくし、とても気になります」

「あぁ、ゲームセンターか。んじゃ、これ食ったら行ってみるか?」

「はいっ! お願い致します、主さまっ!」

「おう、任せとけ……」


 嬉しそうに見つめる恋白に、灰夢が笑みを返す。





 その後も、ゲームセンターで遊び、ケーキを食べ、買い物をして、

 二人が店を回り続けると、あっという間に一日の時間が過ぎていった。

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