第陸話 【 恋白のお願い 】
灰夢はその日、子供たちが寝静まった後、
一人でそっと、星の瞬く露天風呂に来ていた。
「はぁ〜、風呂はこうじゃなくっちゃなぁ……」
灰夢が大きく息を吐きながら、夜空を見上げて小さく呟く。
「……あ、あの……。主、さま……」
「……ん〜? なんだ〜?」
「少しだけ、お時間を……よ、よろしいでしょうか?」
「おう、別に構わ……なくねぇよっ! 何してんだよ、恋白っ!!」
灰夢が慌てて声の方に振り向くと、中央の岩の後ろに、
体に白いタオルを体に巻いた、恋白がポツンと立っていた。
「少し、二人でお話がしたくて……」
「普通に呼べば、ここじゃなくても話くらい出来るだろ」
「こうすれば、二人でお話ができると、蒼月さまが……」
「アイツ、後でぜってぇ殺す……」
灰夢が拳を握りしめ、殺意を
「ご、ご迷惑だったでしょうか?」
「はぁ……。来ちまったもんはいい、どうした?」
「あのですね。私事ながら、少々お願いがございまして……」
「……お願い? 恋白から頼み事なんて、珍しいな」
「はい。ご迷惑でしたら、お断りくださいませ……」
「それはひとまず、聞いてから考えるとする」
「で、その……お願いというのが、なんですけども……」
「……?」
「わたくし、【 デート 】と言うものをしてみたくてですね」
「あぁ、デートか。なるほど……」
「 ……は? 」
まさかの内容に、灰夢の思考が停止する。
「それはまた、なんで急に……」
「その、人間の世界を……少し、見てみたいと思いまして……」
「あぁ、なんだ。そういうことか……」
「……ダメ、でしょうか?」
「まぁ、恋白は人の姿になれんだし、別にいいんじゃねぇか?」
「よ、よろしいのですか!?」
勢い余って、目の前まで恋白が歩み寄る。
「お、おう……」
「嬉しいですっ! ありがとうございます、主さまっ!」
「わかった、わかったから。落ち着け……」
「あっ、申し訳ありません……はしたない姿を、お見せしました……」
冷静になった恋白が、顔を赤くして離れていく。
「というか、なんでデートなんだ? どこで知った、そんな言葉……」
「蒼月さまが、『 こう言えば、彼は喜んで連れていってくれる 』と……」
「アイツ、後で千回殺す……」
指をポキポキ鳴らしながら、灰夢が殺意を高める。
「せっかくなので。主さまの事も、もう少し知りたくて……」
「まぁ、確かに。互いを知るのはいいことだが、それにしても言い方だろ」
「何か、お気に障ったでしょうか?」
「そうじゃねぇが、他の奴にはそういう言い方はしない方がいい」
「……? 何か、おかしいのですか?」
「そう言うのは、彼氏彼女がするもんだからだよ」
「……彼氏? 彼女?」
「要するに、異性を誘惑する言葉だ。めんどくせぇ羽虫が寄ってくんぞ」
「その時は、わたくしが蛇になって丸呑みに……」
「絵面が酷いわっ! ビジュアル大事にしろッ!!」
「かしこまりました。では、主さまにだけ、ということで……」
「その言い方も、また色々と問題だけどな」
嬉しそうに微笑む恋白から、灰夢が呆れて目をそらす。
「なんか、行ってみたいところとかあるのか?」
「そうですね。人が集まるような、大きな建物に行ってみたいです」
「ショッピングモールとかなら、まぁそんな感じか」
「……どうでしょうか?」
「そうだな。俺も買いたいものがあったから、ちょうどいい。行くか……」
「本当ですか!? ありがとうございます、主さまっ!」
感極まった恋白が、灰夢の手をギュッと握りしめる。
「わかったから、落ち着け。距離が近い……」
「あっ、申し訳ありません。主さま……」
再び冷静さを取り戻し、恋白が顔を赤くして離れていく。
「……なら、明日行くか?」
「……よろしいのですか?」
「別に用もねぇし。少し早めに起きれば、チビ共にも見つからねぇだろ」
そう告げる灰夢に、恋白が首を傾げる。
「……見つかると、何かあるのですか?」
「……大勢で行きたいか?」
「あっ、いえ……出来るなら、二人で……」
「なら、多分見つからねぇ方がいい。ぜってぇ群がってくる」
「そうですね。主さまは、人気者ですから……」
「俺からすれば、振り回されてるだけだがな」
「ふふっ、主さまらしいです」
「白愛の事は、俺から満月に頼んどくよ」
「はい、ありがとうございます」
「んじゃ、予定は明日で決まりだな」
「楽しみにしておりますね、主さまっ!」
「……おう」
互いに笑顔を交わして、期待を胸に膨らませる。
そして、そのまま無言の空間が、二人を包み込んだ。
「……出ていかねぇのか?」
「……もう少しだけ、ご一緒してもよろしいですか?」
「……はぁ。もう、好きにしてくれ……」
そういって、灰夢は恋白と、満点の星空を見上げた。
☆☆☆
次の日、灰夢は朝一で蒼月をぶっ飛ばした後、
恋白を連れて、ショッピングモールへと来ていた。
「す、凄い。建物の中にしては、予想以上の広さです」
「まぁ、店が何十個も入ってるからな」
「主さま、今日は和服を来ていらっしゃらないのですね」
「俺でも流石に、この大人数が集まる場所ぐらいは気を使うさ」
「えへへっ。なんだか、特別な気がして嬉しいです」
「……特別?」
「これが、デートなのでしょうか? わたくし、とてもワクワク致します」
「デートねぇ。まぁ、期待に応えられるように努力するよ」
「はいっ! お願いしますね、主さまっ!」
恋白は嬉しそうに、灰夢の腕にしがみついた。
「そんじゃ行くか、まずはどこがいい?」
「そうですね。では、あそこのお洋服屋さんに行ってみたいですっ!」
「あそこか、あいよ……」
灰夢と恋白は、大きな服屋へと足を運んだ。
「ユニ〇ロ、変わったお名前のお店ですね」
「服屋も色々と種類があるからな。店ごとに名前があるんだよ」
「あぁ、なるほど……」
「ほら、中を見てみな……」
言われるがままに、恋白が店の中を覗く。
「おぉ、棚にも壁にも、凄い数のお洋服がありますよ?」
「ここはモコモコした服が多い。寒さが苦手な恋白にはいいと思うぞ」
「ですが、いざ買うとなると、少々気が引けますね」
「……なんでだ?」
「お洋服は、満月が作ってくださいましたから……」
そういって、恋白が自分の着ている服を見せる。
「あいつは見たものや、シンプルなものしか作れないんだぞ?」
「……そうなのですか?」
「デザイナーじゃねぇからな。あくまで情報を元に、形を作ってるだけだ」
「あぁ、なるほど……」
「細かい模様とか刺繍だと、限界があるらしい」
「では、主さまの普段の和服は、満月さまのものでは無いのですか?」
「俺の羽織は特注だ。あれはちゃんと、和服屋に頼んで作ってもらってる」
「なるほど、そうだったのですね」
「だからまぁ、気に入ったものがあれば、好きに選べ。買ってやるから……」
「ですが、お金……勿体なくないですか?」
「恋白は、まだ来たばかりだ。服はいくらあっても損はねぇだろ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「ずっと祠にこもってたんだ、今くらい、素直に甘えろ」
「……主さま」
「それに、主を男らしく引き立てるのも、お前の務めだぞ? 恋白……」
そう告げる灰夢を見て、恋白が嬉しそうに微笑む。
「えへへ。さすが、主さまです。では、お言葉に甘えさせていただきますねっ!」
「おう、どんとこい……」
恋白は目をキラキラさせながら、店の中を楽しそうに見て回りだした。
「主さま。こちら、いかがでしょうか?」
「うん、悪くないな。試しに着てみるか?」
「……え? それは、許されるのですか?」
「試着室っていう所で、試しに着ることが出来るんだよ」
「なるほど、そのような場所があるのですね」
灰夢が試着室に連れていき、外で着替えを待つ。
「主さま、できました……」
「おう、開けてみ……」
カーテンが開くと、まるで、天使が舞い降りたような、
真っ白な服に身を包んだ恋白が、灰夢の前に姿を見せた。
「…………」
「……主さま?」
「あぁ、悪ぃ……予想以上に似合ってっから、つい……」
「本当ですか!? えへへっ、嬉しいですっ!」
すると、それを見た女の店員が、二人に歩みよる。
「あら、彼女さん、とても綺麗な方ですねっ!」
「……えっ!? あっ……いえ、その……わたくしは、彼女では……」
「俺にはもったいないくらいの、自慢の彼女ですよ」
「あははっ。彼氏さん、言い切りましたねっ!」
「……主さま」
恋白の顔が、みるみるうちに赤く火照っていく。
「白いお洋服、良くお似合いですね」
「本当に、俺も初め天使かと思いましたよ」
「元々のスタイルの良さでしょうか。涼しげで、よくお似合いです」
「お二人共、褒めすぎです……」
褒め殺しにされる恋白が、顔を隠しながら丸くなる。
「ふふっ、可愛い彼女さんですね。モデルさんか何かですか?」
「まさか、こんなに可愛い彼女ですから、他の男になんか見せませんよ」
「あははっ。愛されすぎてて、彼女さんが羨ましいですね」
「も〜っ! そこまでにしてくださ〜いっ!」
顔を赤くし、頬をぷっくらと膨らませながら、
恋白が手を振り回して、ポコポコと灰夢の体を叩く。
「悪かったって。ほら、他のはいいのか?」
「むぅ〜、なんだか、恥ずかしくなってきちゃいました」
「そう言わずに、せっかくだから見せてくれよ」
「も〜、こういう時だけズルいですよぉ〜っ!」
その後も、ちょくちょくからかいながら、
灰夢は恋白を、色々と着せ替えて遊んでいた。
「もぅ、主さまったら。からかい過ぎです……」
「デートっつうから、彼氏ぐらい演じねぇと、盛り上がらねぇだろ?」
「それはそうかもしれませんが、でも、あれは流石に……」
「悪かったって。ほら、次に行くぞ……」
そういって、灰夢は先に進んでいく。
そんな後ろ姿を、恋白は見つめていた。
( 主さまが、彼氏…… )
恋白がそっと灰夢の袖を握り、灰夢が止まって振り向く。
「……ん?」
「あっ……すいません、つい……」
「まぁ、人が多いからな。はぐれないようにしとくか」
そういって、灰夢はそっと恋白の手を握った。
「……主さま」
「これもまた、デートっぽいかもな」
「えへへっ、わたくし……とても、嬉しいです……」
「そうか、そりゃよかった……」
恋白が灰夢の手を握り返しながら、満面の笑みを見せる。
「次、どこか行きたいところはあるか?」
「あっ! でしたら、わたくし、ペットショップに行ってみたいです」
「ペットショップか。なら、あっちだな」
灰夢が恋白の手を引き、ペットショップへと向かう。
その灰夢の背中を見つめながら、恋白も後を追っていた。
( この時間が、ずっと続けばいいのに…… )
恋白が手に力を入れると、灰夢は後ろを振り向かないまま、
そっと恋白の手を握り返し、その手を離さないようにしていた。
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