第捌話 【 幸福をもたらす者 】
灰夢と恋白は、丸一日かけて店内を歩き回り、
広いショッピングモールを、二人で満喫していた。
「いやぁ、堪能しました。新しい発見が多くて、とても楽しいですっ!」
「俺も、あまりこういう機会はねぇから、今日は楽しかった」
「本当ですか!? ふふっ、よかったですっ!」
「そろそろ店も閉まるな。最後に、もう一つだけ見てもいいか?」
「はい、大丈夫ですよっ!」
そういって、二人はアクセサリーショップへと入っていった。
「ん〜、これがいいか。いや、こっちか……」
「それは、どなたかにプレゼントですか?」
「あぁ、ちと約束しちまったことがあって、それでな……」
「なるほど、お優しいですね。主さまは……」
「まぁ、約束は約束だしな」
灰夢は色々と見比べながら、品物を選んでいた。
「こういうのを選ぶの苦手だから、意見を貰ってもいいか?」
「…………」
「……恋白?」
「──あっ! 申し訳ありません……つい、ボーっとしてしまって……」
「……どうした?」
「いえ、なんでもありません。お気になさらず……」
「……そうか」
恋白の前には、蛇の形をした小さなネックレスが飾ってあった。
「それで、いかがなさいましたか?」
「いや、渡す相手が喜びそうなものって、何がいいんだろうなってよ」
「そうですね。『 その方だからこそ 』と言った物は、喜ばれるかと……」
「そいつだから、かぁ……」
「出来るなら、本人が見ても分かるものだといいですね」
「そう言われると、なかなか難しいな」
恋白のアドバイスを聞いて、灰夢が更に深々と考える。
「真剣に悩まれておられる姿を見ると、その方は、とても大切な方なのですね」
「まぁ、それは、あそこに住んでる家族全員変わらねぇよ」
「その愛情があるからこそ、皆様も、主さまを好いておられるのですよ」
「返ってくる愛情表現が、時々過剰だけどな」
「ふふっ。主さまは鈍いお方ですから、それくらいがちょうど良いかと……」
「それを恋白に言われると、さすがにダメージが入るな」
そう言いながら、灰夢はいくつかのアクセサリーを手に取った。
「ちょっと買ってくる。恋白は、店の外で待っててくれ」
「かしこまりました。では、あちらでお待ちしておりますね」
恋白は灰夢を見送ると、そのまま店の外へと向かった。
☆☆☆
恋白が店の前で、辺りを見渡しながら灰夢を待つ。
( 主さまは、どなたに渡されるのでしょうか )
自分で見ていた、蛇のネックレスを思い浮かべながら、
恋白が羨ましそうに、店員と話す灰夢の背中を見つめる。
すると、そこに、三人組の男たちがやってきた。
「……ねぇねぇ、君一人?」
「……?」
声のする方に、恋白がゆっくりと視線を送る。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「名前なんかいいからさ。よかったら、俺らと今から遊ばない?」
「申し訳ありません。わたくし、主さまをお待ちしておりますので……」
「あははっ、主さまって。いつの時代の人だよ……」
「なになに、そういうプレイなの?」
「君、面白いね。断るなら、せめて、もう少しまともな理由で……」
笑っていた男たちの目の前から、モヤモヤとオーラが漂う。
「わたくしの主さまを、愚弄なさりましたね?」
「……え?」
「おい、なんだこいつ……」
「なんか、目がやべぇんだけど……」
蛇のようにギロッと恋白が睨むと、一瞬で男たちの動きが固まった。
「なんだ……? 体が、動かねぇ……」
「くそっ、どう……なって、やがる……」
「あ、あにきぃ……」
「あなた方には、死を持って償って頂きましょうか」
ゆっくり恋白が歩み寄り、袖から蛇を覗かせる。
「へ、へびぃ……っ!?」
「だ、誰か……助け、て……」
「あ、あぁ、あにきぃ……」
「このまま、三人まとめて丸呑みにして差し上げます」
そう言いながら、恋白が口をそっと開く──
──その瞬間、恋白に軽くチョップが入る。
「 おい、『 ビジュアルを大切にしろ 』っつったろうが…… 」
──あうっ。
恋白が振り返ると、買い物を済ませた灰夢が立っていた。
「主さま……」
「ったく、油断も隙もねぇ……」
「申し訳ありません。ですが、この方々が……」
蛇睨みが解けた男たちが、その場に倒れ込む。
「テメェら、俺の連れに何か用か?」
「こ、この女を……たった、一撃で……」
「コイツ、只者じゃねぇ……」
「あ、あにきぃ……」
恋白を一撃で黙らせた灰夢を見て、男たちは震えていた。
『 俺の連れに、何の用か聞いてんだよ。……聞こえねぇのか? 』
そういって、灰夢が真ん中の男の胸ぐらを掴み寄せる。
「す、すすす、すいません……」
「次、俺の
「ひぃぃいいぃぃ……」
「分かったら、とっとと失せろ」
「「「 す、すす、すいませんでしたァ〜っ!! 」」」
男たちは、その場から走って逃げていった。
「申し訳ありません。主さまの、お手間を取らせてしまい」
「別にいい。もう少し、俺も気をつけておくべきだった。……怪我はねぇか?」
「はい。主さまのお陰で、わたくしは無事でございます」
「そうか。なら、とっとと帰るとするか」
「そうですね。帰りましょう、
そういって、恋白は嬉しそうに微笑んでいた。
☆☆☆
灰夢は森の中を歩き、恋白と共に家へと向かっていた。
「今日は、ありがとうございました。とても良い経験をさせていただきました」
「そんだけ喜んでくれりゃ、連れて行った甲斐があったよ」
「こういう経験が出来るのも、主さまが連れ出してくれたからこそですね」
「満月が設備を整えたからだ。礼なら、あいつに言っとけ」
「…………」
「……恋白?」
灰夢がそう告げると、恋白が突然、その場に立ち止まり、
振り向いた灰夢の顔を見つめながら、静かに笑みを見せた。
「もちろん。満月さまにも、心から感謝をしておりますが、
わたくしは、主さまにも、同じくらい感謝をしております。
本来、醜い大蛇の姿をした、島の守り神である、このわたくしが、
お傍に仕えることを、あなた様は、笑って受け入れてくださった。
その身を懸けて救い、手を伸ばしてくださった主さまがいて、
わたくしは初めて、今、この場所に立つことが許されるのです。
あなた様の、お優しい心と、暖かな温もりのおかげで、
わたくしは、今、この景色を見ることが出来るのです。
祠で眠り、人の平和を守り、願いを聞いてきた蛇神が、
初めて、【 自分の願い 】を言葉にすることを許された。
──それは、わたくしにとって、本当に幸せなことなのです。
『 ワガママを言え 』と言い、時に気を使ってくださり、
わたくしの知らない、未知の世界に触れるチャンスをくださる。
そんな、主さまを──
──わたくしは、心より、お慕いしております。
本当に、言葉などでは、お伝えしきれない想いですが、
あなた様に出会えて、わたくしは本当に幸せなのです。
本来の理由は、白愛の為かもしれませんが、
わたくしはそれでも、今、とても幸せなのです。
わたくしたちの命を拾い、家族として暖かく迎え入れ、
分け隔てなく接してくださり、本当にありがとうございます。
どうか、わたくしの願いが許されるのであれば、
この先も、あなた様のお傍に、置いてくださいませ」
「 あなた様を想う、一人の家族として── 」
そう告げる恋白を見て、灰夢は目を丸くしていた。
「……恋白」
「ふふっ。わたくしの想い、少しは伝わりましたでしょうか?」
「いや。まだ、遠慮が抜けてねぇな」
「……そうですか?」
首を傾げる恋白に、灰夢がそっと歩み寄る。
「少し、目を瞑れ……」
「……え?」
「いいから……」
「は、はい……」
恋白は少し緊張気味に、灰夢に言われるがまま目を瞑った。
目を瞑ったのを確認すると、灰夢は優しく髪を退け、
恋白の首元に、店で買った蛇のネックレスを付けた。
「目、開けていいぞ……」
「主さま、これ……」
「言っただろ? 主を男として立たせるのが、お前の役目だって……」
「わたくしの見ていた、ネックレスを……」
「お前も俺の中じゃ、とっくに大切な家族だ。遠慮なんかすんな」
「あるじ、さま……」
「 主である俺が、お前に幸せを運ばなきゃ、
幸福を呼ぶ白蛇を、誰が幸せにするんだ? 」
その言葉を聞いて、恋白の瞳から暖かな涙が溢れ出した。
「 白愛がいるからだけで、お前をここに連れてきたんじゃない。
お前に笑って生きてもらう為に、俺はここに連れてきたんだ 」
「 だから、恋白自身が幸せになる為に、これからの日々を生きてくれ 」
「 ……あるじ、さま…… 」
「……どうだ? 少しは俺の気持ち、伝わったか?」
「……はい、心より……感謝、致します……」
恋白の涙を、灰夢が優しく手で拭い、
そんな灰夢に、恋白が満面の笑みを見せる。
「わたくし、今、とても幸せですよ。主さま……」
「そうか。なら、今日のデートは大成功だな」
「えへへっ。さすが、
「こういうのは慣れないから、ホッとしたよ」
「わたくし、大満足の一日でした」
「そっか、そりゃよかった……」
笑って見せる灰夢の腕を掴み、恋白が上目遣いで見つめる。
「主さま。少しだけ、失礼させていただきますね」
「──ッ!?」
恋白は灰夢をそっと引き寄せると、頬に優しくキスをした。
「……ちょ、こ……恋白!?」
「ふふっ。遠慮をしなくていいと、仰ってくださいましたので……」
「おまっ……。言ったとはいえ、いきなり色々飛び越えすぎだろ」
「そうですか? わたくしは今までも、向けていたつもりですよ?」
「……そ、そう……なの、か?」
突然の大胆な恋白の行動に、灰夢がキョトンとしたまま固まる。
「これで離れていても、主さまと会話ができますね」
「……え?」
「わたくし、今、本当の意味で、取り憑かせていただきましたので……」
「……い、今のでか?」
「はい。いつでもどこでも、主さまを感じ取ることができます」
「そ、そう……。なんか、実感ねぇなぁ……」
「一方的なものですからね。ただ、これで、いつでも精気を受け取れます」
「そうか。どうせ減らない生命力だ、いくらでも持っていってくれ」
「ありがとうございます。お言葉に、甘えさせていただきますね」
「……おう」
そういって、二人はそっと笑顔を交わした。
「あの、主さま……」
「……ん?」
「 いつか主さまが、己の未来を見据える時が来たら、
その時は、わたくしも候補に入れてくださいね 」
顔を赤くした恋白が、幸せそうに微笑む。
「お前、それって……」
「ふふっ。今日は主さまと、グッと距離が縮まった気が致します」
「お、おう。少し、縮まりすぎな気もするけどな」
灰夢が呆れながらも、恋白の頭を優しく撫でる。
「今日は初めてがたくさんでした。本当に、ありがとうございます」
「ふっ、俺も楽しかったよ。ありがとな、恋白……」
「えへへっ。また、ご一緒してくださいますか?」
「あぁ、いつでもいってこい……」
「はい、ありがとうございますっ! 主さまっ!」
そういって、恋白は満面の笑みを灰夢に向けた。
幸運を呼ぶ白蛇が、人々に平和をもたらし、
村に住んだ人々を、笑顔にしていたように、
その白蛇もまた、眩しい笑顔を見せていた。
❀ 第捌章 新たな家族と夏雪祭 完結 ❀
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