第陸話 【 多重契約 】

 灰夢はクラーラの元へ、蒼月、ミーアと向かい、


            不死の力を封印できるかどうかを試していた。



























       【  ❖ 聖天魔術・魔ヲ鎮める聖天ノ極光 マギ・ホゥワ・ハイリッヒ・オーロラ❖  】



























 灰夢の足元に魔法陣が広がり、虹色の光が灰夢の体を包み込む。

 その瞬間、パシュッという音と共に、灰夢を包んでいた光が弾けた。


「あっ、消えた……」

「凄いなぁ、聖天龍本家の力も打ち破っちゃったよ」

「ここまで来ると、さすがに自分でも呆れるな」


 灰夢が自分の体を見つめながら、小さくため息をつく。


『まさか、魔力を回復した私の力さえも、いとも簡単に弾くなんて……』

「お兄さまの不死の呪いは、本当にお強いのですね」

「前に剣で貫かれた時は、効いてた気がしたんだがな」


「一度受けた影響で、体に耐性がついたのかもしれないね」

「適応力が高すぎんだろ、俺の体……」

「世界を滅ぼせても、灰夢くんは滅びなさそうだ」

「ゴキ〇リの生命力なんて比じゃねぇな、ったく……」

「自分で言ってて悲しくならない? それ……」

「なる、かなり……」


 呆れ返る灰夢に、蒼月たちが哀れみの視線を向ける。


『今まで、私が封じられなかった力なんて、無かったのですが……』

「灰夢くんは歩く例外だから。気にしな〜い、気にしな〜いっ!」

「……おい」


 申し訳なさそうに俯くクラーラを、蒼月は笑顔で励ましていた。


「仕方ねぇ、また一から探し直しだな」

『申し訳ありません。助けていただいたのに、お力になれず……』

「気にすんな。別に、これが出来なくても連れ出してたことに変わりはねぇ……」

『……ファントムさん』

「まぁ、いつものことだ。そんなに気に病まなくていい、試してくれてありがとな」

『そう言っていただけると、ありがたいです』


 笑顔で答える灰夢に、クラーラがそっと頭を下げる。


「クラーラは、ここでの生活はどうなんだ?」

『居心地はとてもいいです。ミーアもいますし、精霊の方々もお優しいので……』

「そうか。まぁ、何か不便がありゃ言ってくれ。出来るなら力になっから……」

『はい、ありがとうございます』


 すると、そんな灰夢たちの元に、ノーミーがやってきた。


「……おやっ? ダークマスターがいるデスね」

「……ん? おう、邪魔してんぞ。ノーミー……」

「ふふん、いらっしゃいませデスっ!」


 嬉しそうにニコニコしながら、ノーミーが歩み寄る。


「ノーミー、クラーラの住処を作ってくれてありがとな」

「全然いいデスよ。ダークマスターの頼みデスからねっ!」

「ふっ、そっか……」


 そんな二人を見て、クラーラはふと疑問を抱いた。


『ノーミーさんは、灰夢さんの契約精霊では無いのですよね?』

「……ん? はい、違うデスよ……?」

『その割には、とても仲が良いですね』

「まぁ、ダークマスターは、ワタシと闇の盟約を結んだ仲デスからねっ!」

「結んでねぇよ、勝手に同類にすんな」

「……なん、デスとッ!?」


 目を大きく開きながら、ノーミーがゆっくりと崩れ落ちる。


『ふふっ。そんな何気ない会話にも、心からの信頼を感じますね』

「まぁ、信頼出来るやつなのは、俺が保証してやるよ」


「えへへ〜っ。ダークマスターは、ワタシを信頼してるんデスねぇ〜っ!」

「ノーミーちゃん、さすがにチョロ過ぎるでしょ……」

「前言撤回、こいつは当てにならん……」

「うわぁ〜、ごめんなさいデスよぉ〜っ!」


 灰夢の口から放たれる言葉で、コロコロ表情を変えるノーミーに、

 蒼月は一人、呆れながらも、どこか微笑ましそうに見つめていた。


『大精霊さんたちも、ここでは自由に過ごしているのですね」

「この間、リリィに会っただろ?」

『あぁ、はい。会いました。あの綺麗な女性ですね』

「あいつが庭園の監視者だから、ここでは自由にさせてんだ」


『あの方も、ファントムさんや蒼月さんと同じ忌能力者なのですか?』

「そうだよ〜っ! リリィちゃんは、植物の精霊の力を宿した人間だからね」

『植物の精霊というと、ドリュアスでしょうか?』

「おぉ、さすがドラゴン。博識だ……」

『いえいえ、そんな。恐縮です……』

「彼女は表に出る時に、植物の体を利用して、この子たちを体に宿しているんだ」

『……宿している? 契約はせずにですか?』

「うん。なるべく自由にさせたいと言うのが、彼女の方針らしくてね」

『なるほど、凄いですね。人の身で、そんなことが出来るなんて……』

「まぁ、半分が人間であり、半分が植物であるリリィちゃんならではだね」


「血縁のルミアはともかく、他の奴にはできねぇっつぅんだから、相当なんだろうな」

「まぁ、灰夢は同じようなことしてるけどね」

「……は?」

「だって、灰夢くん……。重複契約してるじゃんか」

「…………」


 灰夢がボケーッとした顔で、身の回りのバケモノたちを数える。


「そもそも、その重複契約とやらをすると、普通はどうなるんだ?」

「ん〜。まぁ、精霊とか悪魔なら、魔力暴走を起こして死ぬかな」

「……魔力暴走?」

「召喚系なら別だけど、宿すタイプだと、溢れるマナに肉体が耐えられないんだよ」

「それ、リリィはどうやって避けてるんだ?」

「リリィちゃんは肉体じゃなくて植物だから、壊れても再生するかな」

「……便利なもんだな」

「それに、リリィちゃんの場合は余った魔力を、ここの環境設備に使ってるよ」

「なるほど……。つまり、普段から放出できれば問題ないわけか」


「あとは、体内で種族ごとにバトったりして、体が弾けたりするかな」

「その件については、どうなんだ? ノーミー……」

「ワタシたちの場合は、マスターへの忠義があるからこそ出来ることデスね」

「……忠義か」

「面識もない精霊なら、普通は目と目が会った瞬間に大バトルデスよ」

「喧嘩番長か、お前らは……。それをまとめるリリィは、スケバンか何かか?」

「まぁ、マスターは強いデスからね。あながち間違ってもないのデス……」


 それを聞いて、灰夢が腕を組みながら考え込む。


「なぁ、蒼月……」

「……ん?」

「精霊や悪魔以外だと、どうなるんだ?」

「ん〜、色々あるけど……。例えば……」

「……例えば?」

「九十九ちゃんのような生命力を吸うタイプは、命が枯渇してサヨナラだね」

「あぁ、それは大丈夫だな。なんか、すげぇ安心した……」

「うん、まぁ、灰夢くんだからね。他の人は出来ないよ」


「ちなみに、ワタシも人間の生命力を織り交ぜると、大魔術が放てるデスよっ!」

「……大魔術?」

「はい。精霊の力と人間の生命力を合わせた時に、初めて生まれる強い霊力デスっ!」

「ほぅ、そんなもんもあるのか」


 ノーミーの話の補足をするように、蒼月が横から話を続ける。


「リリィちゃんの花想精霊術はかそうせいれいじゅつ、自分の霊力と生命力を織り交ぜてるんだよ」

「あぁ……。あの、見た事のねぇ巨大な植物をポンポン作り出すやつか」

「あれはマナの力で変異した植物で、聖域にしか存在しない部類のモノだね」

「待て……。聖域って場所には、あんなのがゴロゴロ生えてるのか?」

「ゴロゴロではないけど、ドリュアスやエルフの住む森の近辺には多いかな」

「エルフが実在するというところにも疑問が浮かぶが、今は触れないでおくか」


「本来、ドリュアスは小さな植物の生成と、体の変異くらいしか出来ないんだ」

「じゃあ、リリィは常に命を削って戦ってんのか?」

「本気の時はね。でも、半分はマナだし、死術ほどの大きなリスクは無いよ」

「そうか。だが、そう考えると、あいつもだいぶ危険な戦い方をしてるんだな」

「あの子も大切なものを守る為なら、危険を顧みない自己犠牲タイプだからね」


「あれは、人であり精霊であるマスターだからこその特殊能力デスね」

「だからこそ、伝承なんかでも人と精霊は、お互いの力を補う為に契約を行うのさ」

「なるほど……。そりゃ、確かにウィンウィンな関係だな」


 その説明を聞いた灰夢は、納得したように頷いていた。

 そんな灰夢たちの日常会話に、クラーラが目を丸くする。


『ここにいる方々は、本当に凄い力をお持ちなのですね』

「凄いっつぅか、こうだがな」

『ファントムさんは、今は何人の方と契約していらっしゃるのですか?』

「……三人だな」


 指を三本立てる灰夢を見て、蒼月が口を開く。


「……あれ? なんな、一人増えてない?」

「したというか、されたというか」

「もしかして、恋白ちゃん?」

「あぁ……」

「あははっ、それは何よりだね」

「言ノ葉たちに言うとめんどくせぇから、内密で頼むな」

「大丈夫だよ、時間の問題だから……」

「おい。蒼月まで、牙朧武と同じこと言うなよ」

「誰に聞いても、必ずそう返ってくると思うよ」

「俺の未来に、いったい何が待ってんだ……?」

「逃れようのない修羅場かな」

「魂でも寿命でもくれてやるから、何とかしてくれ。青眼ノ悪魔……」

「悪魔に軽々と魂を捧げないでよ。存在意義が薄くなっちゃうじゃん」

「魂を代償に願いを叶えてくれるんだろ? 悪魔ってのは……」

「僕は別の時間軸が見えるだけで、ドラ〇もんじゃないんだよ」

「悪魔でも対処出来ねぇとは、しがらみの強い人生だなぁ……」

「ひとつ言えるのは、灰夢くんが死ぬのは遠分先ってことぐらいかな」

「今、一番欲しくねぇ言葉だ。それ……」


 微塵も危機感を感じさせない会話に、ミーアたちは固まっていた。


「でも、本当に都合のいい力だよね。不死身って……」

「……都合がいい?」

「だって、外部からの干渉は弾くのに、契約とかはちゃんと出来るでしょ?」

「あぁ、まぁ……」

「忌能力の封印や体の異常だって弾く。なのに、死術とかは体に取り込める」

「……それは、おかしいのか?」

「本当に拒絶するだけなら、契約や死術を取り込む時に弾いても不思議じゃないさ」

「そう言われると、確かにそうだな」

「なのに、君は死術の反動だけを回復し、術式自体は普通に扱えている」

「なるほど……」

「灰夢くんは多分、自分が思ってる以上に不死の力を扱えてるんだと思うよ」

「この力を、俺が……」


 灰夢が聖剣で封印されかけた時に、自らの意志で封印を破った時を思い出す。


「確かに、そうなのかもしれねぇな」

「なら、ワタシがダークマスターと契約したら、ワタシは最強になれるデスか?」

「まぁ、いくら大魔術をぶっ放そうと、灰夢くんは絶対に死なないからね」

「おぉ〜っ!」

「……扱いが雑すぎんだろ」


 笑顔で語る蒼月に、ノーミーがキラキラと目を輝かせ、

 そんな二人を、横から灰夢が冷めた視線で見つめていた。


「皆さまはお兄さまといると、とても幸せそうですね」

「まぁ、普段はただ、ほのぼのゲームして過ごしてるだけだからな」


「それに、灰夢くんは呪いだろうと恐れずに対話してくるからね」

「呪いがあっての出会いでもある。これもまた、巡りってやつなんだろ」


 灰夢が自分の手を見つめながら、小さく微笑む。


「ワタクシも、お兄さまに出会えて良かったです」

「そう言ってもらえると、お前を盗んできた甲斐があるな」


「心より、感謝致します」

『私からも、お礼を申し上げます』

「硬っ苦しいのは無しだ。変に責任とか背負い込むなよ」

「はいっ! ありがとうございます、お兄さま……」





 クラーラの瞳には、そっと微笑み返すミーアの横顔が、

 ノーミーたちと同じ、幸せそうな一人の少女に見えていた。

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