第伍話 【 川柳 】

 いつも通りの朝、灰夢は重箱のお弁当を作ると、

 言ノ葉にそれを持たせ、出発を見送るのだった。





「いってらっしゃい、二人とも……」

「行ってくるのです、お母さんっ! お兄ちゃんっ!」

「行ってきますね。霊凪さん、お兄さん……」

「あぁ、気をつけてな」


 言ノ葉と氷麗が手を振りながら、祠で出ていく姿を、

 横に立つ霊凪と共に、姿が見えなくなるまで見つめる。


「最近、俺でも重箱がデケェと思うようになった」

「そうね。言ノ葉のお友達が増えて、私も嬉しいわ」

「高校なんて、俺の時代には考えもしなかったが……」

「ふふっ……。灰夢くんならまだ若いのだし、通えるんじゃないかしら?」

「見た目の話だろ。中身で言ったら、月影の中でも一番上だからな? 俺……」

「それを感じさせない距離感が、あの子や私たちには親しみやすいのよ」

「まぁ、あの爺と婆を前にしたら、年の差なんて有耶無耶うやむやだったからな」


 空を見上げる灰夢の周りを、イチョウの葉が吹き抜けていく。

 そんな灰夢の横顔を見つめながら、霊凪は小さく笑顔を作った。


「灰夢くん、いつも娘をありがとね」

「なんだよ、急に……」

「急じゃないわ、いつも思っているもの……」

「俺が好きでしてることだ、気にすんな」

「うふふ。最近の灰夢くんは、大忙しだものね」

「忙しいっつぅか、あれは面倒事が多いだけだろ」

「毎日が飽きなくて、私は楽しいわよ?」

「あんたは前向きだなぁ、俺は暇人だった去年が恋しいくらいだってのに……」


 そんな話をする二人の後ろから、ミーアが顔を覗かせる。


「お兄さま、霊凪さま、おはようございます」

「あら、ミーアちゃん。おはよう……」

「おはよう。どうだ? 新しい家は……。よく寝れたか?」

「はい。ここに来てからは、寝付けない夜が無い程です」

「そうか、そいつは良かった……」


 ミーアの幸せそうな表情に、二人がそっと笑顔を返す。


「うふふっ。まさか、植物庭園の中にお城を立てるなんてね」

「まぁ、満月に作れないものはねぇからな」

「クーちゃんも近くにいますので、とても安心できます」

「クラーラも、お前が傍にいる方が安心するだろ」

「はい。それもこれも、皆様のおかげです。本当に、ありがとうございます」

「いいのよ。あなたが笑っていてくれるなら、それで……」


 二人の言葉に、ミーアも自然と笑顔がこぼれる。


「言ノ葉さまと氷麗さまは、どちらに行かれたのですか?」

「学校だ。まだ、あいつらは学生だからな」

「学校……。素敵ですね、昔を思い出します」

「ミーアは、学校は行ってたのか?」

「少しだけですけどね。この力を得てからは、行けなくなってしまったので……」

「……そうか」


 ミーアが小さく苦笑いを見せると、霊凪がそっと肩に触れた。


「だったら、ここで色々と学んでみるといいわ」

「……霊凪さま」

「学校でなくとも、学べることはたくさんあるもの……」


 霊凪の言葉に、灰夢が空を見上げながら考える。


「霊凪さんは、家でもできる学校っぽい事っつったら何が浮かぶ?」

「そうねぇ……。簡単なモノなら、【 川柳 】なんてどうかしら?」

「川柳か。そりゃ、確かに気軽にできて、国の文化も味わえるな」


 そんな二人の会話に、ミーアは首を傾げていた。


「……センリュウ? とは、何でしょうか?」

「言葉の音を『 五七五 』で並べて心情を表す。この国特有の定型詩だ」

「なるほど、この国の文化……。それは、とても気になりますね」

「なら、後で川柳を考えるお勉強をしてみましょうか」

「──本当ですかっ!? ワタクシ、楽しみでございますっ!」

「うふふっ……。楽しみができて、私も嬉しいわ」


 嬉しそうに微笑む二人を横目に、灰夢が店へと歩き出す。


「その前に朝飯だ。桜夢や幽々も呼んでくるから、席で待ってな」

「はい、お兄さま。ありがとうございます」


 二人は灰夢の後を追うと、揃って店へと戻って行った。



 ☆☆☆



 その日の午後になり、灰夢は桜夢と幽々に声をかけると、

 五人で川が流れている、植物庭園の森エリア深部に来ていた。


「素敵、こんな所を作っていたのね」

「前に、ディーネと散歩してた時に教えてもらってな」

「凄〜いっ! なんか、澄んだ森って感じだねっ!」

「ここに居ると、ワタクシも心が落ち着きます」

「川柳を考えるには、丁度いい環境だろ」

「幽々もお勉強、楽しみですっ!」


 そんな灰夢たちの元に、風の大精霊シルフィーが姿を見せる。


「……およ? フッシーだっ! みんなもいるっ!」

「おぉ、シルフィー。邪魔してんぞ……」

「少しの間、失礼するわね。シルフィーちゃん……」

「全然いいよっ! ゆっくりしていって〜っ!」


「せっかくだ、シルフィーも川柳考えてみるか?」

「……センリュウ?」

「言葉を五七五で綴って、心情を表す遊びだ……」

「なんかよく分からないけど、やってみたいっ!」

「んじゃ、シルフィーも参加だな」

「やったぁ〜っ! 入れて入れて〜っ!」


 新たにシルフィーを仲間に加えた灰夢と子供たちは、

 霊凪と共に、川柳の勉強会をスタートさせるのだった。



 ☆☆☆



「それじゃあ、始めようかしら……」

「あぁ……」


 それぞれが短冊を持ち、川の近くの岸辺に座る。


「ねぇ、フッシー……。この長細い紙は何?」

「これに言葉を書いて読むんだ。五七五、もしくは、五七五七七でもいい」

「あっ、そんなに長くてもいいの?」

「あぁ……。字余りと言って、例え一文字多くても、読みやすけりゃ許される」


「送り狼さん……。これって、今の心情を書くんですか?」

「心情ならなんでもいい。今でも過去でも未来でも……」

「なるほど……。それなら、意外と簡単そうですね」

「やってみると難しいから、頭使うぞ。これ……」


「狼さん、見本見せてよっ!」

「そうだなぁ、簡単にパッと表現するとだ……」


 灰夢は筆を握ると、スラスラと川柳を綴り出した。



























        『 にたいな だけどねない 不老不死ふろうふし 』



























「っとまぁ、こんな感じだ……」

「おぉ、いきなり心情がストレートに伝わってきたね」

「灰夢くん……。あなた心情、悲しすぎないかしら?」

「しょうがねぇだろ。これが俺の人生の目標なんだから……」


 さも当然のように答える灰夢に、霊凪が哀れみの視線を送る。


「素敵ですね。とても想いが込められております」

「す、素敵なのかなぁ……」

「お姫さまは、送り狼さんに毒され過ぎなの……」


 何故か、ミーアは胸に手を当てながら、一人で感動していた。


「人によっては善し悪しはあるんだろうが、今は細かいことは気にすんな」

「とりあえず、フッシーみたいに五七五で読める形で書けばいいんだね」

「あぁ……。間違ってもいいから、まずはやってみな」


 そんな灰夢の袖を、桜夢が後ろからクイクイッと引く。


「……ん?」

「狼さんっ! ワタシ、できたよっ!」

「そうか。んじゃ、まずは桜夢からだな。読んでみ……」

「は〜いっ!」


 桜夢は笑顔で答えると、前に両手で掲げながら詠み始めた。



























        『 唐揚からあげげの 最後さいご一個いっこ ゲットだぜっ! 』



























 ドヤ顔で詠み終えた桜夢が、周囲をキョロキョロと見回す。


「──どうっ!? どうっ!?」

「あれだ、ポケ〇ンにしか聞こえなかった」

「……えっ?」


「うふふっ、桜夢ちゃんらしいわね」

「素直な心が表現されていて、とてもよく心情が伝わってまいりました」

「えっとえっと……ありのままの自分を出せていて、よかったです……」

「私も負けてられないなぁ、頑張ろっと!」

「なんで、今ので感動できるんだ? お前ら……」


 誰も違和感を覚えない現状に、灰夢が顔をしかめる。


「次は、ワタクシが詠んでもよろしいでしょうか?」

「あぁ……。読んでみ、ミーア……」

「では、失礼して……」


 桜夢に続くように短冊を掲げると、ミーアは川柳を詠みだした。



























      『 怪盗かいとうに こころまでもを まれて


             いつもあなたを おも日々ひびなり── 』



























 川柳を詠み終えたミーアが、恥ずかしそうに短冊で顔を隠す。


「い、いかがで……しょう、か……」

「うふふ、とてもよかったわ。素直な心が表されているわね」

「最後の七七まで想いが募っていて、素敵でした……」

「ワタシ、唐揚げのことしか考えなかった……」

「その怪盗さん、凄くかっこいいねっ! ミーアさん、素敵っ!」

「え、えへへっ……。なんだか、とても照れちゃいますね……」


 ミーアは熱くなった顔を冷ましながら、照れ隠しをしていた。



























     ( やべぇ……。これ、俺が一番気まずいパターンだ…… )



























 目を逸らす灰夢を気にもかけずに、幽々がパッと手を上げる。


「あ、あのあの……。次は、幽々が……」

「あらっ……。それじゃあ、聞かせてもらえるかしら……」

「ではでは、行きます……」


 精一杯に胸を張りながら、幽々は自分の短冊を詠み出した。



























       『 友達ともだちと 学生時代がくせいじだい かたれない


               だって友達ともだち いなかったから  』



























((( ……お、重い )))


 自分で言いながらドンドンと落ち込む幽々に、一同が言葉を失う。


「ストレートすぎるだろ」

「フッシーにだけは言われたくないんじゃないかな」


「じ、人生の奥深さが伝わる内容だったわね」

「そうそう。だからこそ、今があるというか……」

「今の幽々さまには、ワタクシたちがおりますから……」

「みなさん……。ぐすっ、嬉しいです……」


 灰夢の横に座る桜夢が一人、どんよりとうつむく。


「ワタシ、唐揚げのことしか考えなかった……」

「お前の感想はそれしかねぇのか? 桜夢……」


「じゃあ、次っ! 私、詠みたいっ!」

「シルフィー……。俺は、お前を信じてるぞ……」

「……え?」

「うふふ、楽しみね……」

「……そ、それじゃ、いくねっ!」


 シルフィーは両手で川柳を掲げると、その内容を詠み上げた。



























      『 恋心こいごころ あなたにとどく そのまで


                 ともかくれて 予行練習よこうれんしゅう── 』



























 詠み終えたシルフィーが、顔を赤らめながら微笑む。


「えへへっ。……ど、どうかなぁ?」

「シルフィーさまは、日々努力をなさっているのですね」

「素敵ね。あなたの努力が、いつか実ることを願っているわ」

「ゆ、幽々も……。いつか、そんな恋がしてみたいです……」


 川柳を聞いていた灰夢が、ディーネと二人で森の中を覗き、

 シルフィーが花たちと会話の練習をしていたことを思い出す。



( ……予行練習か、俺の時もしてたな )



 笑みを浮かべる灰夢に、パッとシルフィーが振り向く。


「……ど、どうだった? フッシー……」

「……ん? おぅ、いいと思うぞ。お前も努力してんだな」

「えへへっ、そうかなぁ……」

「その想い、いつか届くといいな」

「うん。今、遠分は難しいことを確信したよ」

「……は?」


 そんな灰夢の横に座る桜夢が、変わらず暗いオーラを放つ。


「ワタシ、唐揚げのことしか考えてなかった……」

「桜夢……。お前もう、ずっと語尾にソレつけとけ……」


「うふふっ……。これは、私も負けてられないわね」

「霊凪さんの短冊とか、一番何が出てくるかわからねぇな」

「ワタクシ、とても楽しみでございます」

「ですです。霊凪さんの川柳、ワクワクしますねっ!」

「それじゃあ、行くわね……」


 霊凪は小さく微笑むと、静かに自分の川柳を詠み出した。



























      『 あのひとの たましいまでも きしめて


               ともきよう 永遠とわ日々ひびを── 』



























      ( その想いは、川柳の中だけにして欲しかった…… )



























 歪みに歪んだ深すぎる愛情に、灰夢が言葉を失う。


「……どうかしら?」

「そんなに想える方がいるって、素敵ですね」



( お前は、そこまでされたいのか? シルフィー…… )



「うふふっ。あの人の心、私が頂いちゃいました」

「まるで、霊凪さまが怪盗のようでございますね」



( 心と魂は盗むレベルが違ぇだろ、ミーア…… )



「なんだか、凄く深い愛が伝わってきたの。素敵なの……」

「愛はね、最後に必ず勝つのよ」



( ……重いわ )



 心でツッコミを入れながら、灰夢が虚しそうに空を見上げる。


「愛って凄いなぁ……。あとワタシ、唐揚げのことしか考えてなかった……」

「なんかもう、お前のが一番マシな気がしてきたな」


 短冊を見つめる霊凪は、一人、笑みを浮かべていた。


「言ノ葉の忌能力じゃないけどね。この世には、言霊というものがあるのよ」

「……忌能力とは別にですか?」

「えぇ……。言葉にしたことは、実現する可能性が高まると言われているの……」

「なるほど、そういう言い伝えもあるのですね」

「そう、だからね……」



























     『 想ったこと、伝えたいことは出来る限り、


            ちゃんと言葉にして、相手に伝えないとね 』



























 霊凪がそう語りかけながら、子供たちに穏やかな笑みを向ける。


「……霊凪さま」

「でも、みんなはもう十分、素直になってるから大丈夫かしら?」


 霊凪は言葉を続けながら、空を見上げる灰夢を見つめていた。


「私の想い、伝わってるのかなぁ……」

「大丈夫です。シルフィーさまなら、きっと……」

「ミーアちゃんも、怪盗さんに振り向いてもらわないとねっ!」

「──ふぇっ!? あっ、それは……その、えっと……」


 シルフィーの返しに、ミーアの頬が赤く染まる。


「ワタシはいつも伝えてるよっ! ねっ、狼さんっ!」

「幽々も、送り狼さんが取られないように頑張るのっ!」

「あぁ、さっきの女子会のやつって、フッシーだったんだ……」

「はぁ、修羅場は勘弁してくれ……」


「うふふっ……。言葉の大切さは伝わったみたいね」

「私の目標達成までは、まだまだかかりそうかなぁ……」

「ワタクシも、祈願達成はまだまだのようです」


「ほら、次の句を考えてみ……。出来れば恋愛以外でな」

「あっ……。なら、私、もう一回やりたいっ!」

「ワタシも、ワタシも〜っ!」

「ちゃんと聞いてやるから、一人ずつな」

「えへへっ……。それじゃあ、行っくよぉ〜っ!」


 子供たちの想いを込めた、おかしな川柳を聞く度に、

 呆れながら苦笑いをしつつも、心温まる灰夢だった。



























   ここで一句、


     『 月の影 密かに過ごす 祠には


                星にも負けぬ 笑顔輝く── 』

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