第拾陸話【 勇者の背中 】
ゴーストの一声で、街中に鎧の亡霊が溢れ出し、
ミーアの周囲にも、ゆっくりと危機が迫っていた。
「ファントム様、こちらにも亡霊たちが……」
「さぁっ! 姫の死に様を見たくなければ、とっとと明け渡せっ!」
灰夢が呆れながら、夜空の星を見上げる。
「考えが甘いな、ゴースト……」
「……なんだと?」
「ミーアッ!! 剣を抜けッ!!!」
「──ハッ! ──はいっ!!」
ミーアは言われるがままに、渡されていた聖剣を鞘から引き抜いた。
『 所有者ノ
『 ──敵ノ攻撃ヲ確認、反撃ヲ開始シマス 』
その瞬間、ミーアが鎧の亡霊の攻撃を弾き返し、
続けざまに攻撃を入れると、一撃で鎧が砕け散る。
「──何ッ!?」
「か、体が勝手に……」
ミーアは、次々と襲い来る鎧の亡霊たちを前に、
まるで、虫を叩くような勢いで、薙ぎ払い始めた。
「バカな、そんなはずは……」
「どうだ、強いだろ? お姫さまは……」
「あんな小さな姫が、一人で戦えるはずが……」
( まぁ、戦ってるのは剣の方なんだが…… )
あまりにも衝撃的な光景に、ゴーストが口を開けたまま固まる。
そんなミーアの異常な絵面を、灰夢も九十九と共に見つめていた。
『凄いのぉ……。さすが、満月殿の作ったべアレックスガリバーじゃ……』
『っつうか、火力高くねぇか? 相手を気絶させるだけって聞いてたんだが……』
『あの娘は、竜の力を持っておるのじゃろ?』
『あぁ、そうだが……』
『だからじゃろ。そんな小娘が、普通の人間と同じ筋力のはずが無い』
『おいおい。まさか、あの見た目でバーサーカーってか? 冗談だろ……』
『桜夢殿すら比にならんほどの、凄まじい馬鹿力じゃろうな』
『確かに、あの絵面は笑えねぇな』
『そんな筋力で振りかぶられたら、亡霊も立つ瀬がないのぉ……』
ミーアの周囲の亡霊たちが、いとも簡単に吹き飛んでいく。
( あの高速エレベーターで微動打にしなかったのは、そういう事か…… )
そんな光景に驚きながらも、ゴーストは再び声を上げた。
「そ、それでも……。貴様には、この街の民は救うことは出来ないだろ」
「……さぁ、それはどうかな?」
「いくら止めようとも、
「…………」
「お前が一人で抗ったところで、結局は誰も救えないんだよッ!」
「バカか、お前は……。俺がいつ、一人で戦っていると言った?」
「──何っ?」
「すぅ……」
灰夢が空を見上げ、大きく息を吸い込む。
『 ──ワァオォオォォォォオォォォオォォオオォォォオォォンッ!! 』
灰夢の大きな遠吠えを上げ、街全体に響かせる。
すると、街中の影から牙朧武の眷属たちが次々と現れ、
彷徨う鎧の亡霊たちに噛みつき、影の中へと鎮め始めた。
「なんだ、コイツらは……。貴様、一体何をしたッ!!」
「残念ながら、【
「……ストラテジー、ゲームだと?」
「まんまと罠にハマったな。礼を言うぞ、ゴースト……」
慌てるゴーストに、灰夢が不敵な笑みを見せる。
「さっき言っただろ、『 その竜具もお目当てだ 』って……」
「──だ、だから何だッ!!」
「だから、この時を待ってたんだ。
「……最後の探し物?」
「竜具の『 腕輪 』と『 聖剣 』は、お前が持ってる。なら──」
『 最後の一つである『 宝玉 』は、一体どこにある? 』
「 ──貴様、まさかッ!? 」
『 ……普通、考えるだろ? 』
『 万が一、自分が追い込まれた時の切り札として、
自分以外の忠実な
街の中では眷属たちと共に、
頭に透花を乗せながら、亡霊を喰らい走り回っていた。
『がお~ですっ!』
「幽霊さん、なんかテンション高いっすね」
『何かに憑依している時の幽々は、何も怖いものがありませんっ!』
「あ、あははっ……」
逃げ回る人間を避けながら、幽々が駆け抜けていく。
「本当にあるんすかねぇ、霊宴ノ宝玉なんて……」
『送り狼さんが言ってたのなら、ありそうですけどね』
「それを隠し持ってる亡霊なんて、見分けがつかないっすよ」
『でしたら、片っ端から食べちゃいましょうっ!』
巨大な獣の姿に怯え、街の人間たちが道を開ける。
「どいてくださいっす〜っ! ちょっとイカつい狼が通りますよ〜っ!」
『がお~っ! 幽々が全部、食べちゃいますよ〜っ!』
すると、道の先から逃げてきた二人の男が、幽々を見て固まった。
「うわああぁああああぁぁあっ、助けてくれっ!」
「こっちにもバケモンが、もうダメだぁ〜っ!」
「大丈夫っすよ。襲わないっすから、どうしたっすか?」
幽々の上から降りた透花を見て、男たちが冷静さを取り戻す。
「む、向こうから……。頭の無い、変な騎士が歩いてきて……」
「俺たちを殺そうと、襲ってきてるんだっ!」
それを聞いて、透花と幽々が道の先に視線を向けると、
三体の鎧の亡霊が、剣を掲げながら向かってきていた。
『あっ、いましたっ!』
「いけぇ〜っ! 喰らい尽くすっす!」
『がお~っ! うらめすの~っ!』
走ってきた亡霊たちを、幽々が魔物のように食い散らかす。
「うわぁ……」
「あれは、何の生き物なんだ……」
「まぁ、そうなるっすよね」
( 絵面はちょっと、カバー出来ないっす…… )
亡霊たちを食べ終えると、しょぼんとした様子で幽々が戻ってきた。
「どうだったっすか?」
『残念、外れでした……』
「そうっすか、仕方ないっすね。他を当たるっす……」
透花が再び幽々の上に乗り、二人で男たちに手を振る。
『教えてくれて、ありがとうなの〜っ!』
「二人とも、気をつけてお帰りくださいね〜っ!」
二人は男たちに別れを告げると、次の亡霊を探しに走った。
「な、なんだったんだ……。あの獣は……」
「なんか、凄く優しい声をしていたな」
☆☆☆
幽々たちと同じように、街の反対側を牙朧武と沙耶が駆ける。
『うむ。わずかじゃが、匂いはこっちじゃな』
「おととととっと、落ちるところだった……」
『すまぬのぉ、来てもらって……。吾輩だけじゃと怖がられそうでな』
「いや、構わないさ。ボクでも役に立てるのならな」
すると、亡霊から逃げてきた一人の男が、
走ってきた牙朧武を見て、その場に
「うわぁ、こっちにもバケモノがっ! 死にたくないっ!」
「牙朧武くん、彼の後ろだっ! 五体っ!」
『うむ、吾輩に任せよっ!』
そして、沙耶は牙朧武の上から降りると、優しく男に呼び掛けた。
「……大丈夫かね? 君……」
「……え? は、はい。大丈夫です……」
「そうか。怪我をしないうちに、早く帰りたまえ……」
「……あっ、はい。ありがとうこざいます」
男が軽くお辞儀をして、足早にその場から去っていく。
「さて、次だな……」
『いや、ここまでのようじゃ……』
「……え?」
『あったぞ、霊宴ノ宝玉。灰夢の狙い通りじゃ……』
牙朧武は影から、飲み込んだ亡霊の持っていた宝玉を取り出した。
「おぉ、本当だぁっ! やったぜ、いえ~いっ!」
『じゃがこれ、どうやって止めるんじゃ?』
牙朧武が難しそうな顔で、宝玉をじーっと見つめる。
「さっきボクたちは、その宝玉の使い手を迎えに行ったじゃあないか」
『あぁ、そうじゃったな』
「とりあえず、運び屋くんに連絡しよう。頼めるかね? 牙朧武くん……」
『任せておくがいい、耳を塞いでおれ……』
「ほいさ、了解だっ!」
『 ウオオオオオオォォォォォォオオオオオオォォゥゥゥゥ!!! 』
沙耶が耳を塞いだのを確認すると、牙朧武は息を吸い込み、
天高くに向かって、街全体に響く程の大きな遠吠えを上げた。
☆☆☆
その遠吠えを聞いた灰夢が、そっと笑みを浮かべる。
「宝玉が見つかったってよ。潮時だな、ゴースト……」
「──何っ!?」
「時期に亡霊たちも全て消える。お前の負けだ……」
灰夢の言葉を聞いたゴーストは、その場で静かに俯いた。
「フッ、フフフフフッ……」
「……?」
「アハハハッ、アハハハハハハッ!!」
「……何がおかしい」
「お前如きに、止めることは不可能だッ!」
「……何?」
「宝玉の力は、光の加護を持つ者にしか扱えない」
「…………」
「宝玉を手に入れても、扱えなければ無意味だッ! 残念だったなッ!」
嘲笑うように怒鳴り散らすゴーストを見て、灰夢が小さくため息をつく。
「はぁ……。おめでたいやつだな、お前……」
「──なんだとっ!?」
「そんなもん、本来の持ち主が使えば一発だろ」
「……本来の、持ち主だと?」
その言葉と共に、ミーアを取り囲んでいた亡霊たちが、
まるで、地面に溶け込むかのように、一斉に姿を消す。
「──な、なんだっ!? 貴様、何をしたッ!!」
「俺は何もしてねぇよ。ただ、俺の仲間が宝玉を持ち主に返しただけだ……」
「バ、バカな……。まさか、そんなはず……」
「残念だったな、ゴースト……。報いを生けるのは、お前の方だ……」
その瞬間、灰夢の後ろに巨大な影の穴が広がり、
荒れ狂う風と共に、光を放つ聖天龍が姿を現した。
「──な、なんだッ!?」
「……クラーラ」
クラーラがミーアを守るように、ゆっくりと降り立ち、
ゴーストを仇のように睨みつけながら、静かに口を開く。
『
その言葉を受けて、ゴーストも力強く睨みつける。
「今更、竜がなんだ……。この力は、オレ様のモノだッ!!」
『それは、私が友の為に作り出した竜具。決して、貴様の物では無い』
「今はオレ様のものだッ! お前も姫も、黙ってオレ様に従えばいいんだッ!!」
『いつまでも、貴様の思い通りになると思うな。ゴースト……』
「うるさいッ! オレ様に逆らうなら、また封印してやるッ!!!」
<<<
ゴーストが剣を掲げ、眩しい光を放つと同時に、
周囲に魔法陣が広がり、灰夢たちを鎖が縛った。
「──キャッ!」
『ミーアッ! おのれ、ゴースト。ミーアにまで危害を……』
封印の鎖が強く締め付け、クラーラとミーアの動きを封じていく。
「フッ……。大人しく従えばいいものを、オレ様に逆らうからこうなるのだッ!!!」
「…………」
灰夢が自分を縛る鎖を見つめながら、ゴーストに問いかける。
「お前、この力で恋白たちを傷つけたのか?」
「……恋白? あぁ……。さっき捕まえた、あの女か……」
ゴーストの言葉に、灰夢から呪力が溢れ出す。
「なるほど……。あの女の言っていた『 主さま 』というのは、お前のことか……」
「…………」
「だが、それも今日までだ。お前を殺せば、あの女もオレ様の
「…………」
「みんなオレ様の言いなりだ。誰もオレ様に逆らうことは出来ないのさッ!!!」
そう嘲笑うゴーストの耳に、とてつもなく低い声が響いた。
『 ……テメェ、今、なんてつった? 』
その言葉と共に、灰夢は自分を縛る鎖を握り潰した。
「──なッ!?」
「……ファントムさん」
「……ファントム様」
影の鎧から光る赤い眼光が、真っ直ぐにゴーストを見つめる。
「あいつらは俺や家族だ。それを傷つけた意味、分かってんだろうな?」
「うるさいッ! オレ様は欲しいものを全て奪う、怪盗ゴーストなんだッ!!!」
「…………」
「今のオレ様は神に等しい。お前みたいな他所者が、オレ様に命令するなッ!!!」
灰夢は月ノ涙を雫落に戻すと、ゆっくり前へと歩き出した。
「……慈悲は要らねぇな」
灰夢の歩く姿を、クラーラとミーアが静かに見つめる。
「クラーラ、そこで待ってろ」
『……ファントムさん』
「お前の
『…………』
ゴーストは聖剣を両手で構えると、周囲の光を集め、
灰夢を強く威嚇するように、大きな声で叫び出した。
「これで終わりだ、怪盗ファントムッ!!」
「…………」
「オレ様に逆らったことを、あの世で後悔するがいいッ!!!」
「…………」
ゴーストの言葉を聞いて、灰夢はピタリと足を止めると、
剣を刀に変えて鞘の中に戻し、ゆっくりと腰を落とした。
『
『
動かない灰夢の姿を見て、ゴーストが勝利を確信し、
一筋の光の軌跡を残しながら、一直線に駆けていく。
「──さらばだ、怪盗ファントムッ!!!」
「──ファントム様ッ!!!」
目を瞑ったまま、微動だにしない灰夢の姿に、
後ろで見ていたミーアが、慌てて声を上げる。
だが、そんな姿を共に見ていたクラーラには、
灰夢の背中が、かつての英雄の姿に見えていた。
『……ジークフリート』
静かに時を待つ灰夢が、一度だけゆっくり呼吸をする。
「すぅ……」
「──死ねぇぇええええッ!!!」
<<<
そして、ゴーストの剣が灰夢の体に届く瞬間、
灰夢は目を瞑ったまま、小さく言葉を呟いた。
『
【 ❖
「 ──グハッ!? 」
灰夢の放った雷の一閃は、聖剣と仮面。
そして、ゴーストの鎧をも切り捨てた。
『 汚ねぇ手で、俺の
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